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著作権判例セレクション
【その他の支分権】 図書館による貸し出し等の行為につき、貸与権等の侵害を否定した事例
▶平成22年2月26日東京地方裁判所[平成20(ワ)32593]▶平成22年08月04日知的財産高等裁判所[平成22(ネ)10033]
(注) 本件は,別紙記載の出版物(「原告著作物」)を著作した原告が,韓国の出版社である高麗書林が出版した韓国語の書籍である別紙記載の出版物(「本件韓国語著作物」)が原告の原告著作物に係る著作権(複製権,翻訳権・翻案権)を侵害するものであることを前提に,被告らに対し,被告らが,それぞれ設置する図書館等において本件韓国語著作物を閲覧,謄写,貸与する行為が,原告の著作権(二次的著作物に係る貸与権)を侵害する,被告らが,それぞれ設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵、貸与する行為が,原告の著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)を侵害すると主張して,著作権法112条に基づき,本件韓国語著作物の閲覧,謄写,貸出しの差止め及び廃棄を求めるとともに,主位的に,著作権及び著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき,所定の損害賠償金等の支払を求めた事案である。
1 争点1(著作権侵害の成否)について
当裁判所は,被告らがそれぞれ設置する図書館等において,本件韓国語著作物を利用者に閲覧・謄写させたり,貸し出したりすることが,原告の著作権【(二次的著作物に係る貸与権,複製権等)】の侵害には該当しないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
【(1) 本件韓国語著作物による複製権及び翻訳権・翻案権侵害の有無
ア 認定事実
(ア) 控訴人は,平成8年2月28日,「夏の書房」から上中下3巻にわたる日本語による控訴人著作物を出版した。
控訴人著作物は,控訴人が,平成元年12月から平成4年8月までの間,米国ワシントンD.C.に滞在し,米国国立公文書館において,米軍が朝鮮戦争当時に北朝鮮から押収した資料等を調査し,これらの資料等から重要と思うものを選び出し,邦訳して紹介すると共に,控訴人の執筆による解説を付するなどした,控訴人が著作権を有する著作物である。
(イ) 本件韓国語著作物は,高麗書林が,発行日を平成10年(1998年)6月21日として出版した全6巻にわたる韓国語による書籍である。
(ウ) 控訴人著作物と本件韓国語出版物とは,全3巻((上)・(中)・(下))と全6巻((1)ないし(6))との違いがあるが,控訴人著作物の各巻の扉と本件韓国語著作物の表紙及び扉とをみるに,控訴人著作物の題名の「北朝鮮の極秘文書」が本件韓国語著作物では「北韓開放直後極秘文書」と変更され,控訴人著作物の控訴人の筆名について本件韓国語著作物には記載がなく,控訴人著作物の出版社名の「夏の書房」の記載が本件韓国語著作物では「高麗書林」と変更され,表題の下部に付された小題が内容において異なるものがあるものの,これらの全体の体裁は酷似している。
また,控訴人著作物の各巻の目次及び項目と本件韓国語著作物の各巻の目次及び項目とをみると,本件韓国語著作物については,誤訳とみられる箇所を除き,巻数の違いによる差異を別にすると,各項目は,控訴人著作物の日本語を韓国語にほぼ直訳したものであって,頁数も同一である。
さらに,控訴人著作物の各巻の解説と本件韓国語著作物の第(1)巻の解説とをみると,同解説は,控訴人著作物の各巻の解説を1つにまとめ,一部の記載部分を削除した外は,ほぼ直訳したものである。
イ 以上の事実によると,本件韓国語著作物は,控訴人著作物の目次,項目及び解説部分をほぼ直訳して翻訳したものであり,また,各項目の内容についても,控訴人著作物の内容をほぼ直訳して翻訳したものと推認される。
したがって,本件韓国語著作物は,控訴人著作物の著作者の翻訳権を侵害して作成された違法なものである。
(2) 貸与権侵害の成否】
【ア】貸与権の規定
貸与権の規定(著作権法26条の3)は,昭和59年改正法により設けられた規定であるが(当時の条文は26条の2。),同改正法により付加された著作権法附則4条の2により,書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与による場合には,当分の間,適用しないこととされた。その後,平成16年改正法(平成17年1月1日施行。)により,上記附則4条の2は削除され,平成17年1月1日から書籍及び雑誌の貸与にも貸与権の規定が適用されることになったが,同改正法附則4条により,同法の公布の日(平成16年6月9日)の属する月の翌々月の初日において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については,上記附則4条の2の規定は平成16年改正法の施行後もなおその効力を有するとされ,平成16年8月1日において現に公衆への貸与の目的で所持されていた書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については,引き続き貸与権の規定は適用されないこととされた。
【イ】上記経過規定を本件に当てはめると,被告東京大学は平成11年5月19日(東洋文化研究所図書館),平成13年3月9日(文学部図書館)に,被告東京学芸大学は平成12年2月4日に,被告大阪大学は平成15年12月18日に,被告筑波大学は平成10年11月25日に,被告九州大学は平成12年7月24日に,被告青山学院は平成12年9月18日に,被告専修大学は平成16年4月8日に,被告日韓文化交流基金は平成11年4月6日に,それぞれ本件韓国語著作物を購入し,そのころ,それぞれが設置する図書館等に本件韓国語著作物を所蔵し,【現在に至っている】。
【被控訴人東京大学の東洋文化研究所図書館及び文学部図書館に各所蔵の本件韓国語著作物は,貸出し可能な状況にあるが,現在に至るまで貸出しがされた記録はない。被控訴人東京学芸大学の馬渕研究室に所蔵の本件韓国語著作物は,研究室内での研究に利用されており,一般利用者からの利用の申出があった場合には支障のない範囲で応じることとされているが,現在に至るまで貸出しされていない。被控訴人大阪大学,被控訴人九州大学及び被控訴人青山学院の各図書館に所蔵の本件韓国語著作物は,貸出し可能な状況にあるが,現在に至るまで貸出しされていない。被控訴人筑波大学の図書館に所蔵の本件韓国語著作物は,大型本として禁帯出との取扱いがされているところ,現在に至るまで貸し出しされていない。被控訴人日韓文化交流基金の図書センターに所蔵の本件韓国語著作物は,平成19年6月以降禁帯出との取扱いがされているところ,現在に至るまで貸出しされていない。被控訴人専修大学の図書館に所蔵の本件韓国語著作物は,本件訴訟提起を契機として,平成20年11月10日ころ,暫定的な措置として,書架から一時取り外され,事務所内で保管されており,貸出しができない状態となっている。】
そうすると,被告らが設置する図書館等で所蔵する本件韓国語著作物は,いずれも平成16年8月1日の時点において現に公衆への貸与の目的をもって所持されていた書籍であり,かつ,本件韓国語著作物は主として楽譜により構成されているものでないことは明らかであるから,平成16年改正法附則4条,同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2により,その貸与につき貸与権の規定は適用されないこととなる。したがって,被告らが所蔵する本件韓国語著作物については貸与権の規定が適用されず,本件韓国語著作物に係る著作者の貸与権が及ばない以上,仮に原告が本件韓国語著作物の原著作物の著作者であったとしても,二次的著作物である本件韓国語著作物に係る原告の貸与権が及ぶことはなく(著作権法28条),原告の二次的著作物に係る貸与権の侵害に該当することはないため,原告の著作権侵害に基づく各請求は失当である。
原告は,被告らによる本件韓国語著作物の閲覧,謄写も貸与権の侵害になると主張する。しかし,著作権法の「貸与」とは,使用の権原を取得させる行為をいうが(著作権法2条8項),図書館等において書籍を利用者に閲覧,謄写させる行為は利用者に使用権原を取得させるものではないから,「貸与」に当たるということはできず,原告の上記主張は誤りというほかない。
【ウ】原告は,貸与権の規定の制定,変遷の経緯からすると,平成16年改正法附則4条,同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2により貸与権が及ばない書籍又は雑誌の範囲は,貸本業者が所持する書籍又は雑誌に限定されると解するのが相当であると主張する。
【しかしながら,著作物の複製物を公衆に貸与する「貸与権」については,映画の著作物の複製物の「頒布権」に含まれる「貸与」を除くと,昭和59年改正法により新設された権利であって,それまでは,著作物の複製物を公衆に貸与することは自由とされていたものである。そして,昭和59年改正法によって,新しい権利として「貸与権」が設けられた際に付加された平成16年改正法により削除される前の著作権法附則4条の2において,経過措置が設けられ,書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)については,当分の間,貸与権の規定は適用されないこととされ,貸本業者が所持する書籍又は雑誌に限らず,書籍又は雑誌の貸与一般について貸与権の規定が適用されないとされたものである。その後の平成16年改正法により,上記附則4条の2は削除されて経過措置が廃止され,書籍又は雑誌の公衆への貸与についても貸与権の規定が適用されることになったが,平成16年改正法附則4条において,同年8月1日において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については,同改正前の著作権法附則4条の2の規定は,その施行後もなおその効力を有するとされたものである。
以上によると,平成16年改正法によって削除された附則4条の2の経過措置の制定は,貸本業をいきなり規制することには理解が得られにくいことをも理由とするものであったとしても,昭和59年改正法による規制までは,書籍又は雑誌を貸与することは自由であったもので,同改正法によっても,同経過措置により,主として楽譜により構成されているものを除き,書籍又は雑誌を貸与することは自由のままとされ続けたものであるから,平成16年8月1日において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については,この経過措置の規定がなおその効力を有するとされる場合の貸与権が及ばない書籍又は雑誌の範囲は,貸本業者が所持する書籍又は雑誌に限定されると解すべき理由はなく,控訴人の主張は採用することができない。】
【(3) 複製権侵害の成否
ア 控訴人の主張する複製権
控訴人は,複製権侵害の主張をするところ,これは,著作権法28条を介しての控訴人著作物の翻訳物である二次的著作物といえる本件韓国語著作物の利用に関する原著作者である控訴人の権利に基づく主張をするものであって,同条の権利の侵害を理由とするものと解することができる。
イ 被控訴人らの複製権侵害の有無
控訴人は,上記複製権の侵害として,被控訴人らが,図書館等において,本件韓国語著作物を閲覧,謄写させることが複製権侵害になると主張するところ,複製権侵害における「複製」とは,「印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製すること」(著作権法2条1項15号)をいうものであって,控訴人主張の閲覧・謄写のうち,まず,被控訴人らが図書館等において本件韓国語著作物を閲覧させることが,複製権侵害における「複製」に当たるということはできない。
次に,被控訴人らが図書館等において,控訴人の主張するような態様で本件韓国語著作物を複写させるなどすることは,仮にその事実があれば,著作権法2条1項15号に規定する「複製」に当たるが,被控訴人らの図書館等は著作権法31条1項に規定する「図書館等」に該当するものであるから,被控訴人らの図書館等における複写サービスは,仮にそれが実施されたことがあったとしても,同号の図書館等における営利を目的としない事業としての図書館資料を用いて著作物を複製することに該当し,違法なものということはできないから,控訴人主張の複製権を侵害するものではない。
(6) 著作権法113条1項2号該当の有無】
また,原告は,本件韓国語著作物のような違法複製物につき貸与権の規定の適用がないと解することは,著作権法に違反する行為を放置,容認,保護することになり著作権法の目的に反し,また,著作権法113条1項2号により違法複製物をそれと知りつつ貸与することは認められないこととの関係からも,許されないと主張する。
しかし,平成16年改正法附則4条及び同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2は,貸与権の規定が適用されない書籍又は雑誌につき,違法複製物を除く適法なものに限定していないから,当該書籍等が適法なものか否かにより上記各規定の適用が異なるものと解することはできない。原告が主張するように,本件韓国語著作物が原告の原告著作物に係る著作権を侵害するものである場合には,本件韓国語著作物の貸与につき貸与権の規定の適用がないとしても,これを情を知って貸与し,又は貸与の目的をもって所持すれば,原告の著作権を侵害する行為とみなされるのであるから(著作権法113条1項2号,2条1項19号),著作権者の権利保護に欠けることはなく,著作権法の目的に反することはない。したがって,上記原告の主張も採用することはできない。
【前記のとおり,本件韓国語著作物は控訴人の翻訳権を侵害するものであり,また,】被告らは,原告から,各図書館等で所蔵する本件韓国語著作物が原告著作物を違法に複製・翻訳したものである旨の警告を受け,原告が株式会社高麗書林(韓国の高麗書林とは別法人)外1名を被告とする別件訴訟(当庁平成20年(ワ)第20337号事件)において著作権侵害を主張して争っているという事情を認識してはいるものの,本件韓国語著作物を原告の著作権を侵害する行為によって作成されたものであると知って所持しているものと【認めることはできないし,著作権法113条1項2号の「情を知って」とは,取引の安全を確保する必要から主観的要件が設けられた趣旨や同号違反には刑事罰が科せられること(最高裁平成6年(あ)第582号同7年4月4日第三小法廷決定参照)を考慮すると,単に侵害の警告を受けているとか侵害を理由とする訴えが提起されたとの事情を知るだけでは,これを肯定するに足らず,少なくとも,仮処分,判決等の公権的判断において,著作権を侵害する行為によって作成された物であることが示されたことを認識する必要があると解されるべきところ,本件において,本判決以前に,そのような公権的判断が示された事情はうかがわれず,被控訴人らについて同号】の「侵害とみなす行為」が成立するということもできない。
[控訴審同旨]