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著作権判例セレクション
【損害額の算定例】法114条1項の適用事例
▶平成30年6月19日東京地方裁判所[平成28(ワ)32742]
8 争点8(損害額等)について
以上のとおり,制作工程写真及び美術館写真を除く部分について,被告による原告らの著作権(複製権,譲渡権,公衆送信権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害が認められる(被告わさびチューブ及び被告石鹸についての著作者人格権侵害を除く。)ところ,既に説示したところに照らせば,被告にはこの点につき少なくとも過失があったと認められる。そこで,以下,原告らの損害額について検討する。
(1) 被告作品集
ア 著作権法114条1項の適用の有無
原告らは,被告作品集の販売に係る損害額について原告作品集の利益額に基づき114条1項の適用があると主張するのに対し,被告はこれを争うため,以下検討する。
(ア) 原告作品集の販売主体及び原告らの販売能力
原告作品集の奥付には「🄫1998 ㈱一竹辻が花」と記載され,原告作品集は訴外一竹辻が花のウェブサイトにおいて販売されていることが認められるところ,訴外一竹辻が花(昭和59年5月8日
に「株式会社オピューレンス」から商号変更)は平成22年まで原告Aが代表者を務めていた会社であり,原告工房も含めて実質的には原告Aらの経営によるものと認められ,その販売主体は実質的には原告らとみることができる。また,原告作品集の制作には,故一竹を引き継いで「辻が花染」を制作する原告Aの関与が大きいものと考えられることも併せ考慮すれば,原告らには原告作品集の販売能力があると認められる。
これに対し,被告は,そもそも原告らが原告作品集を販売しておらず,販売能力がないから,被告作品集への114条1項の適用の基礎を欠くと主張するが,上記説示に照らして採用できない(なお,被告は,原告作品集の奥付に「制作(株)便利堂」と記載されていることも指摘するが,この点は販売能力とは関係がない。)。
(イ) 原告作品集と被告作品集の代替性
原告作品集と被告作品集は,その大部分において,着物作品(部分を含む。)を1頁に大きく配置して紹介するとともに,観賞の対象とするものであり,そのほかの部分においても,故一竹の略歴,制作工程の説明,美術館の紹介が記載されており,内容は類似するものと認められる。また,上記内容の共通性に照らして,着物作品の観賞を主としつつ,故一竹と「辻が花染」について理解を深めるという利用目的・利用態様も基本的には同一であると認められる。そうすると,後記のとおり,販売ルートの違いはあるものの,両作品集には代替性が認められる。被告は,内容,利用目的・利用態様及び販売ルートの相違から,原告作品集と被告作品集には代替性がないと主張するが,上記説示に照らして採用できない。
(ウ) 以上からすれば,被告作品集の販売に係る損害額について原告作品集の利益額に基づき著作権法114条1項の適用があるというべきである。
イ 原告らが販売することができないとする事情(推定覆滅事情)
被告は,販売市場の相違,被告の営業努力,被告作品集の顧客吸引力により,被告作品集の譲渡数量の全数について販売することができないとする事情があると主張する。
そこで検討するに,原告作品集は訴外一竹辻が花のウェブサイトにおいてインターネット上で販売されているのに対し,被告作品集は一竹美術館のショップ内で販売されており,顧客層に一定の違いがあると考えられること,また,被告作品集は,美術館のショップにおいてまさに一竹作品等を観賞した者に対して販売されていることにより,販売態様の異なる原告作品集とは顧客誘引力に違いがあると考えられること,以上の事情を踏まえると,被告作品集の30%については,原告らが販売することができないとする事情があったと認めるのが相当である。
ウ 損害額
以上を前提に損害額を算定する。
(ア) 逸失利益
a 譲渡数量
前記前提事実のとおり,被告は,原告作品集を,平成24年6月から平成28年4月までの間,一竹美術館のショップにおいて,日本語版につき3359冊,英語版につき54冊を販売し,また,日本語版につき674冊,英語版につき38冊を無償配布した(合計4125冊)。
b 1冊あたりの原告らの利益額
証拠によれば,原告作品集は,1冊3500円で販売され,製造原価は1冊あたり1499円(小数点以下切り捨て。以下同じ。)と認められるから,一冊あたりの限界利益額は,2001円(3500円-1499円)と認められる。
c 逸失利益
よって,平成28年4月までに原告らに発生した逸失利益は,著作権法114条1項に基づき,577万7887円(4125冊×0.7×2001円)と推定される(推定覆滅後)。
このうち,原告Aの逸失利益は,被告作品集に掲載されている原告らの著作物計57点(一竹作品51点,工房作品4点,制作工程文章1点,旧HPコンテンツ1点)中,原告Aが著作権を有する著作物が53点であるから,著作物数で按分し,537万2421円である。
原告工房の逸失利益は,被告作品集に掲載されている原告らの著作物57点中,原告工房が著作権を有する著作物が4点であるから,著作物数で按分し,40万5465円である。
(イ) 購入費用
証拠によれば,原告Aは,被告による侵害行為を特定し,本訴において侵害を立証するため,被告作品集を3000円で購入したものと認められるから,同額の損害が発生した。
(ウ) 慰謝料
前記前提事実,前記3のとおり,被告は,制作工程文章(1ないし7及び9)及び旧HPコンテンツ(1及び2)を一部改変して被告作品集に掲載しており,これは原告Aの意に反する改変といえるから,同一性保持権の侵害に当たる。その改変の内容,程度に照らし,原告Aが受けた精神的苦痛を慰謝するのに必要な金額は,制作工程文章及び旧HPコンテンツにつきそれぞれ5万円の合計10万円と認めるのが相当である。
(エ) 合計
以上より,被告による被告作品集の販売により,原告Aに547万5421円,原告工房に40万5465円の損害が発生した。
(2) 被告小冊子
ア 著作権法114条1項の適用の有無
(ア) 原告作品集の販売主体及び原告らの販売能力
原告作品集の販売主体が原告らであること,原告らに販売能力があることは,前記(1)ア(ア)のとおりである。
(イ) 原告作品集と被告小冊子の代替性
被告小冊子は,一竹美術館を紹介することを主たる目的とした冊子と認められるが,一竹作品22点を掲載しており,それ自体を観賞することができるから,原告作品集と一定の代替性があるものと認められる。
後記のとおり,被告が主張する内容,利用目的・態様,販売ルート等の相違は,原告らが販売することができないとする事情として考慮すべきものである。
(ウ) 以上からすれば,被告小冊子の販売に係る損害額について原告作品集の利益額に基づき著作権法114条1項の適用があるというべきである。
イ 原告らが販売することができないとする事情(推定覆滅事情)
被告は,販売市場の相違,被告の営業努力,被告作品集の顧客吸引力により,被告作品集の譲渡数量の全数について販売することができないとする事情があると主張する。
そこで検討するに,原告作品集は訴外一竹辻が花のウェブサイトにおいてインターネット上において3500円で販売されているのに対し,被告小冊子は一竹美術館のショップ内において500円で販売され,また一部は旅行代理店やホテル等において無料配布されており,顧客層や販売価格に相当の違いがあること,また,被告小冊子は原告作品集の5分の1程度の頁数であることに加え,一竹作品のほかにも,一竹美術館の外観や敷地,着物作品以外の展示品等も掲載されており,全体として一竹美術館自体を紹介する要素が強く,作品集とは内容・性格がかなり異なるものと認められること,原告自身も寄与率を15%と主張していること,以上の事情を踏まえると,被告小冊子の90%については,原告らが販売することができないとする事情があったと認めるのが相当である。
ウ 損害額
以上を前提に損害額を算定する。
(ア) 逸失利益
a 譲渡数量
前記前提事実のとおり,被告は,被告小冊子を,平成24年6月から平成28年4月までの間,一竹美術館のショップにおいて,日本語版につき3027冊,英語版1につき1781冊,英語版2につき425冊の合計5233冊を販売した。
b 1冊あたりの原告らの利益額
前記(1)ウ(ア)b のとおり,一冊あたりの限界利益額は,2001円と認められる。
c 逸失利益
よって,平成28年4月までに原告らに発生した逸失利益は,著作権法114条1項に基づき,104万7123円(5233冊×0.1×2001円)と推定される(推定覆滅後)。
(イ) 権利侵害による支出
証拠によれば,原告Aは,被告による侵害行為を特定し,本訴において侵害を立証するため,被告小冊子1冊を500円で購入したものと認められるから,同額の損害が発生した。
(ウ) 合計
以上より,被告による被告小冊子の販売により,原告Aに104万7623円の損害が発生した。