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著作権判例セレクション

【美術著作物の侵害性】書の著作物としての本質的な特徴と侵害性(書を写真により再製した事例)

平成111027日東京地方裁判所[平成10()14675]▶平成140218日東京高等裁判所[平成11()5641]
() 本件は、原告の著作に係る書を撮影した写真を照明器具の宣伝広告用カタログに掲載した被告らの行為が、原告の有する複製権、氏名表示権及び同一性保持権を侵害したと主張して、原告が被告らに対し、損害賠償を請求した事案である。

一 争点1(複製権侵害の成否)について
1 証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。
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2 以上認定した事実を基礎として、原告各作品を撮影した写真を、八年及び九年カタログに掲載した被告らの行為が、原告各作品の複製行為に当たるか否かについて検討する。
著作権法は、複製について、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」をいうと規定する(著作権法2115号)。右複製というためには、原著作物に依拠して作成されたものが、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を、一般人に覚知させるに足りるものであることを要するのはいうまでもなく、この点は、写真技術を用いて再製された場合であっても何ら変わることはない。
ところで、書は、本来情報伝達という実用的機能を有し、特定人の独占使用が許されない文字を素材とするものであるが、他方、文字の選択、文字の形、大きさ、墨の濃淡、筆の運びないし筆勢、文字相互の組合せによる構成等により、思想、感情を表現した美的要素を備えるものであれば、筆者の個性的な表現が発揮されている美術の著作物として、著作権の保護の対象となり得るものと考えられる。そこで、書について、その複製がされたか否かを判断するに当たっては、右の趣旨に照らして、書の創作的な表現部分が再現されているかを基準としてすべきである。
この観点から、原告各作品と被告各カタログ中の原告各作品部分を対比する。
原告各作品は、前記のとおり、原告作品一については、「雪月花」の各文字を柔らかな崩し字で、原告作品二については、「吉祥」の文字を肉太で直線的に、原告作品三については、「遊」の文字を流麗な崩し字で、原告が、40センチメートルないし七、80センチメートルの紙面上に、毛筆で書したものである。なお、本件において、原告各作品そのものは提出されていないので、細部の筆跡は必ずしも明らかでない(原告作品一及び二は、被告各カタログ中の原告作品一及び二部分を拡大複写したものによって推認した。)。他方、被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品が、紙面の大きさ6ミリメートルないし20ミリメートル、文字の大きさ3ミリメートルないし8ミリメートルで撮影されているが、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、書かれた文字を識別することはできるものの、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等、原告各作品の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得することは到底できないものと解される。
してみれば、被告各カタログ中の原告各作品部分は、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の原告各作品における特徴的部分が実質的に同一であると覚知し得る程度に再現されているということはできないから、原告各作品の複製物であるということはできない。
以上のとおり、原告の複製権が侵害されたことを理由とする原告の請求は理由がない。
なお、原告の氏名表示権侵害及び同一性保持権侵害の主張については、前記のとおり、被告らの原告各作品の利用の態様が、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を覚知させるようなものでない以上、原告の氏名表示権及び同一性保持権による利益を損なうものと解することはできず、結局、原告の右主張は失当ということになる。
二 よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので、主文のとおり判決する。

[控訴審同旨]
1 争点1(複製又は翻案の成否)について
(1) 前記前提となる事実及び証拠並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
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(2) 複製の成否について
ア 本件各作品の複製の成否を判断する前提として、まず、書の著作物としての特性について検討する。
書は、一般に、文字及び書体の選択、文字の形、太細、方向、大きさ、全体の配置と構成、墨の濃淡と潤渇(にじみ、かすれを含む。以下、同じ。)などの表現形式を通じて、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢い、ひいては作者の精神性までをも見る者に感得させる造形芸術であるとされている。他方、書は、本来的には情報伝達という実用的機能を担うものとして特定人の独占が許されない文字を素材として成り立っているという性格上、文字の基本的な形(字体、書体)による表現上の制約を伴うことは否定することができず、書として表現されているとしても、その字体や書体そのものに著作物性を見いだすことは一般的には困難であるから、書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分は、字体や書体のほか、これに付け加えられた書に特有の上記の美的要素に求めざるを得ない。そして、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することであって、写真は再製の一手段ではあるが(著作権法2条1項15号)、書を写真により再製した場合に、その行為が美術の著作物としての書の複製に当たるといえるためには、一般人の通常の注意力を基準とした上、当該書の写真において、上記表現形式を通じ、単に字体や書体が再現されているにとどまらず、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢いといった上記の美的要素を直接感得することができる程度に再現がされていることを要するものというべきである。
イ このような観点から検討すると、本件各カタログ中の本件各作品部分は、上質紙に美麗な印刷でピントのぼけもなく比較的鮮明に写されているとはいえ、前記(1)ウ、エの紙面の大きさの対比から、本件各作品の現物のおおむね50分の1程度の大きさに縮小されていると推察されるものであって、「雪月花」、「吉祥」、「遊」の各文字は、縦が約5~8㎜、横が約3~5㎜程度の大きさで再現されているにすぎず、字体、書体や全体の構成は明確に認識することができるものの、墨の濃淡と潤渇等の表現形式までが再現されていると断定することは困難である。すなわち、この点については、本件各作品の現物が本件訴訟で証拠として提出されていないため、直接の厳密な比較は困難であるが、亡A自身が本件各作品を再現したという検甲1~4を参考に検討してみると、例えば、本件作品A(雪月花)を再現したという検甲4の「雪」の1画目のわずかににじんだ濃い墨色での表現、同3画目の横線が右側でわずかにかすれ、切り返し部でいったん筆が止まって、左側に大きく筆を流している柔らかな崩し字の表現、「月」の1画目の起筆部分の繊細な筆の入り方、同2画目の力強い縦線の濃く太い線とその右に沿って看取できるわずかなかすれによる表現、「花」の草冠の2本の縦線のうち右側の「ノ」とその下の「一」の間にある微細な空げきによる筆の流れを示す表現等が、墨色の濃淡と潤渇といった表現形式から感得することができるのに対し、本件各カタログ中の本件各作品部分においても、また、検甲4を本件各カタログ中の本件各作品部分とほぼ同一の大きさに縮小したものにおいても、こうした微妙な表現までは再現されていない。同様に、本件作品B(吉祥)を再現したという検甲3の「吉」の4画目に入る筆の勢い、「祥」の2本の縦線の肉太で直線的な筆の止め方の妙、本件作品C(遊)を再現したという検甲2及び本件作品D(遊)を再現したという検甲1の「遊」の字画中の「子」からしんにょうの起筆部分に至るまで一気に運筆して形成される流麗な崩し字の表現、かすれ痕を伴ったしんにょうの左から右に弧を描くような伸びやかな筆使いといった表現が、墨色の濃淡と潤渇等の表現形式から感得することができるのに対し、本件各カタログ中の本件各作品部分においても、また、検甲1~3を本件各カタログ中の本件各作品部分とほぼ同一の大きさに縮小したものにおいても、こうした微妙な表現までが再現されているとはいえない。
そうすると、以上のような限定された範囲での再現しかされていない本件各カタログ中の本件各作品部分を一般人が通常の注意力をもって見た場合に、これを通じて、本件各作品が本来有していると考えられる線の美しさと微妙さ、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢いといった美的要素を直接感得することは困難であるといわざるを得ない。なお、控訴人は、書に詳しくない控訴人が本件カタログ中に本件各作品が写されているのを偶然発見し、これが本件各作品であると認識した旨主張するが、ある書が特定の作者の特定の書であることを認識し得るかどうかということと、美術の著作物としての書の本質的な特徴を直接感得することができるかどうかということは、次元が異なるというべきであるから、上記の認定判断を左右するものではない。
したがって、本件各カタログ中の本件各作品部分において、本件各作品の書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分が再現されているということはできず、本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの行為が、本件各作品の複製に当たるとはいえないというべきである。
ウ 控訴人は、書の最も重要な要素は形、すなわち造形性であり、書の複製の成否の判断においても、本質的な要素は形であるところ、本件各カタログ中の本件各作品部分でも本件各作品の書の造形性が再現されている旨主張する。しかし、上記のとおり書が文字を素材とする造形芸術である以上、その著作物としての本質的な特徴としては、字体や書体に付加される美的要素を軽視することはできず、単に書の形が再現されていれば複製が成立すると解した場合には、字体や書体そのものに著作物性を肯定する結果にもなりかねない。そうすると、書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分については、上記のとおり解さざるを得ないというべきであり、控訴人の上記主張は採用することができない。
また、控訴人は、墨の濃淡は拓本や篆書、隷書においては問題にならない旨主張するが、拓本による再製や篆書、隷書の複製一般の問題は、これらの複製が問題となっていない本件においては、上記判断に何ら消長を来すものではない。
(3) 翻案の成否について
言語の著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決)ところ、美術の著作物においても、この理を異にするものではないというべきであり、また、美術の著作物としての書の翻案の成否の判断に当たっても、書の著作物としての本質的特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分のとらえ方については、上記(2)アに述べたところが妥当すると解すべきであるから、本件各カタログ中の本件各作品部分が、本件各作品の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものではなく、また、これに接する者がその表現上の本質的な特徴を直接感得することができないことは、前示(2)の判断に照らして明らかというべきである。
そうすると、本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの行為は、本件各作品の翻案にも当たらないというべきである。
(4) したがって、本件各作品に係る亡Aの著作権(複製権又は翻案権)の侵害に基づく控訴人の請求は理由がない。
2 争点3(氏名表示権及び同一性保持権の侵害)について
本件各カタログ中の本件各作品部分が本件各作品の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分を有するものではなく、本件各カタログが本件各作品の複製物であるとも、その翻案に係る二次的著作物であるともいえないことは上記1のとおりであるから、亡Aの氏名表示権及び同一性保持権は本件各カタログに及ばないというべきである。
したがって、本件各作品に係る亡Aの著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害に基づく控訴人の請求も理由がない。
3 結論
以上のとおり、控訴人の被控訴人らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。