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著作権判例セレクション
【一般不法行為】フォントの使用と不法行為該当性
▶平成25年7月18日大阪地方裁判所[平成22(ワ)12214]▶平成26年9月26日大阪高等裁判所[平成25(ネ)2494]
(注) 本件は,フォントベンダーである原告が,テレビ放送等で使用することを目的としたディスプレイフォントを製作し,番組等に使用するには個別の番組ごとの使用許諾及び使用料の支払が必要である旨を示してこれを販売していたところ,原告が使用を許諾した事実がないのに,前記フォントを画面上のテロップに使用した番組が多数制作,放送,配給され,さらにその内容を収録したDVDが販売されたとして,番組の制作,放送,配給及びDVDの販売を行った被告テレビ朝日並びに番組の編集を行った被告I M A G I C Aに対し,被告らは,故意又は過失により,フォントという原告の財産権上の利益又はライセンスビジネス上の利益を侵害したものであり,あるいは原告の損失において,法律上の原因に基づかずにフォントの使用利益を取得したものであると主張して,主位的には不法行為に基づき,予備的に不当利得の返還として,原告の定めた使用料相当額の金員の支払を求めた事案である。
2 不法行為についての判断
(1) 本件タイプフェイスの保護について
ア 原告は,本件タイプフェイスをデータ形式にした本件フォントが,一揃いのタイプフェイスとしてはもちろんのこと,一文字単位でも法的な保護に値する利益を有する旨主張する。
本件タイプフェイスの具体的形態は,前記のとおりであって,著作権法2条1項1号の著作物に該当するものとは認められず(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決参照),原告も,著作権法に基づく保護を求めているものではないが,本件フォントをテレビ放送等に使用することは,上記法律上保護された利益を侵害するものとして,不法行為に当たると主張する。
しかしながら,著作権法による保護の対象とはならないものの利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解されるが(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決参照),本件フォントを使用すれば,原告の法律上保護される利益を侵害するものとして直ちに不法行為が成立するとした場合,本件タイプフェイスについて排他的権利を認めるに等しいこととなり,このような主張は採用できない。
イ 原告は,前記アの主張とは別に,本件フォントに係るライセンスビジネスという営業上の利益が侵害された旨の主張もするところ,本件フォントをテロップに使用したテレビ番組が放送されたのは,被告らが,本件フォントソフトを使用してテロップを製作し,あるいは本件フォント成果物をテロップに使用したことにより,故意又は過失による不法行為が成立し,これによって,原告の営業上の利益が侵害された,あるいは,本件フォントに係る使用許諾契約上の地位が侵害された旨を主張すると趣旨と解される。そこで,次項以下では,前記認定事実に照らし,原告のかかる利益を侵害する不法行為が成立するか否かにつき,検討することとする。
(略)
(6) 小括
したがって,原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。
3 不当利得についての判断
(1) 原告は,被告らが,法律上の原因なく本件フォントの使用利益を利得し,あるいは使用料支払を免れたことが,不当利得に当たると主張する。
しかしながら,本件タイプフェイスには,著作物としての排他的権利性は認められないから,本件フォント成果物を取得し,これをテレビ番組等に使用することで,被告らが一定の利益を受ける面があったとしても,被告らが,「他人の財産又は労務によって利益を受け」(民法703条1項)たと評価することはできない。
また,前記のとおり,被告らは,本件使用許諾契約の当事者とは認められず,同契約に基づく債務を負担する立場にないから,本件使用許諾契約に基づく使用料が支払われていないことをもって,原告の損失,あるいは被告らの利得と評価することもできない。
(2) また,仮に,第三者が,本件フォントの不正な使用を理由とする損害賠償責任又は本件使用許諾契約違反による債務不履行責任を負う場合を想定しても,原告は,この者に対する権利行使が可能であり,被告らがフォント成果物を取得しこれを使用したことによって原告の上記債権が消滅したり移転したりするものではなく,やはり損失は認められない。
(3) よって,被告らが本件フォントをテロップに使用したことについて,不当利得が成立するとすべき理由はなく,原告の被告らに対する不当利得返還請求はいずれも理由がない。
4 結論
したがって,原告の請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
[控訴審同旨]
3 争点1(被控訴人らによる本件フォントの使用と不法行為該当性)について
(1) 控訴人が主張する本件フォント又はそのライセンスビジネス上の利益について
ア 現行法上,創作されたデザインの利用に関しては,著作権法,意匠法等の知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を設定し,その権利の保護を図っており,一定の場合には不正競争防止法によって保護されることもあるが,その反面として,その使用権の付与等が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため,各法律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的な使用権等の及ぶ範囲,限界を明確にしている。
上記各法律の趣旨,目的にかんがみると,ある創作されたデザインが,上記各法律の保護対象とならない場合には,当該デザインを独占的に利用する権利は法的保護の対象とならず,当該デザインの利用行為は,各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(以上の点につき直接に判示するものではないが,最高裁判所平成16年2月月13日第二小法廷判決,同裁判所平成23年12月8日第一小法廷判決参照)。
イ 本件では,控訴人は,本件フォントの著作権侵害を理由とする請求をしないことを明らかにしているほか,意匠法や不正競争防止法による保護も一切主張していない。したがって,控訴人が主張する本件フォントという財産法上の利益とは,上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益として主張される必要がある。
ところで,本件で控訴人は,本件フォントは知的財産であり,法律上保護される利益(民法709条)であると主張している。ここで控訴人が主張する法的利益の内容・実体は必ずしも明らかでないが,不法行為に関する控訴人の主張からすると,他人が本件フォントを無断で使用すれば,本件フォントの法的利益を侵害するものとして直ちに違法行為となり,無断使用について故意又は過失があれば不法行為を構成するという趣旨であると解される。しかし,この主張は,本件フォントを他人が適法に使用できるか否かを控訴人が自由に決定し得るというに等しく,その意味で本件フォントを独占的に利用する利益を控訴人が有するというに等しいから,そのような利益は,たとえ本件フォントが多大な努力と費用の下に創作されたものであったとしても,上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益とはいえず,前記のとおり法的保護の対象とはならないと解される。
この点について,控訴人は,本件タイプフェイスないし本件フォントが知的財産基本法上の「知的財産」(同法2条1項)であり,控訴人は「知的財産権」(同2項)を有すると主張するが,同法上の「知的財産権」とは,「法令により定められた」権利又は法律上の利益であるところ,タイプフェイスに関しては,その法的保護のあり方について未だ議論がされている途上にあることからすると,本件タイプフェイスないし本件フォントが仮に同法上の「知的財産」に当たるとしても,「知的財産権」に当たると解することはできない。
また,控訴人は,被控訴人らは本件フォントを放送番組やDVDに最初に化体した者であり,このような者の無断利用行為に対して不法行為による法的な保護を与えたとしても,著作権に匹敵するような法的保護となるものではないと主張し,F教授の意見書においても同様の見解が述べられている。しかし,本件フォントは本来広告,ロゴタイプ,ウェブページ,テレビ番組等の商業的な利用を想定していることからすると,この見解による場合であても,通常想定する媒体での本件フォントの無断利用行為があれば直ちに不法行為としての違法性を有することになり,本件フォントを他人が適法に使用できるか否かを控訴人が自由に決定し得るというに等しいことに変わりはないから,そのような独占的利用の利益が,上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益であるということはできず,法的保護の対象とすることはできない。
また,上記の主張が,本件フォントを放送番組やDVDに最初に化体して使用する行為のみについて無許諾の利用行為を違法とするものであることから,著作権法が規律の対象とする利益とは異なる利益の保護を主張する趣旨であるとしても,ある創作物の利用行為をどこまで創作者の許諾に委ねるかは,まさに知的財産権関係の各法律が種々の観点から勘案して定めている事柄であるから,上記の点をもって,上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益であるということはできない。
ウ 他方,控訴人は,そのライセンスビジネス上の利益も本件での法律上保護される利益(民法709条)として主張しており,この趣旨は,控訴人が本件フォントを販売・使用許諾することにより行う営業が被控訴人らによって妨害され,その営業上の利益が侵害されたという趣旨であると解される。そして,その趣旨であれば,上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を主張するものであるということができる。
もっとも,我が国では憲法上営業の自由が保障され,各人が自由競争原理の下で営業活動を行うことが保障されていることからすると,他人の営業上の行為によって自己の営業上の利益が侵害されたことをもって,直ちに不法行為上違法と評価するのは相当ではなく,他人の行為が,自由競争の範囲を逸脱し,営業の自由を濫用したものといえるような特段の事情が認められる場合に限り,違法性を有するとして不法行為の成立が認められると解するのが相当である。
(2) 被控訴人テレビ朝日の不法行為の成否について
ア 前記認定事実のとおり,現在の我が国では,多数のフォントベンダーの下で,多様なフォントが多様な条件の下で流通しているが,本件フォントのように,テレビ番組や広告等の商用使用を予定して製作されたフォントについては,内容は様々であるものの,使用許諾契約において商用使用に制限を課しているものが多く,対価を支払ってフォントを使用する企業も多い。このことからすると,フォントを開発して販売又は使用許諾をするという営業活動は,広く商社会において受け入れられており,その営業上の利益も,フォントが著作物等に該当しないといったことのみをもって要保護性を欠くなどということはできない。もっとも,多様なフォントベンダーから多様なフォントが多様な条件で販売されていることからすると,フォントの商用使用に個別に使用料の支払を要するという控訴人のような営業方針が,商慣習になっているとか社会的規範を形成するに至っているとまで認めることはできない。
イ 前記認定事実のとおり,被控訴人テレビ朝日は,初めて平成14年に控訴人から旧フォントの無断使用について許諾料を支払うよう求められて以降,控訴人らのフォントについては,著作権は成立しないとの立場を取りつつも,トラブルを避けるために自ら契約しないようにするという方針を採ってきている。
そして,本件においても,被控訴人テレビ朝日は,本件番組のテロップ作成をP1社等のテロップ製作会社に委託し,その成果物の納付を受けて番組を編集したにとどまっており,自ら本件フォントソフトを使用してテロップを作成したとは認められない。
また,番組制作会社のAが本件フォントソフトを購入した際も,前記方針の下に番組には使用せず,社員のEが本件フォントソフトを購入し,番組使用の使用許諾を申し込んだときも,前記方針の下に番組制作会社を契約者とし,その制作会社において使用許諾を得た上で番組に使用している。
以上の点からすると,被控訴人テレビ朝日は,本件フォントに係る控訴人の営業活動と衝突する事態を回避するという方針を採ってきたということができる。
ウ 前記認定のとおり,被控訴人テレビ朝日の本件各番組1の番号3に係る外注先であるP1社は,商用使用に制限がない時期から旧フォントソフトを使用して被控訴人テレビ朝日の番組のテロップを製作しており,被控訴人テレビ朝日も,テロップ発注用紙において,単に旧フォントの名称でもある「ロゴ丸B」等とのみ記載して,使用するフォントを指定していた。
そして,実際にP1社がテロップを製作した本件各番組1の番号3のテロップには,本件フォントと旧フォントとが混在して使用されているものが存するが,本件フォントは,旧フォントにタイプフェイスの同一性を損なわない範囲で僅かなデザインの改変やバージョンアップを施したものにすぎず,ロゴGの場合には,肉眼で確認可能な程度の形状の変更がされたのは旧フォントの7725文字のうちの343文字にとどまることからすると,被控訴人テレビ朝日の担当者にとっても,両者を判別することは極めて困難であったと認められる。そして,本件各番組1の他の番組中でも,本件フォントと旧フォントとが混在していることからすると,これらの事情は,他のテロップ製作業者においても同様であったと推認される。
これらからすると,フォント成果物たるテロップの画像データの納付を受けた被控訴人テレビ朝日が,本件フォントと旧フォントとを識別した上で,P1社が製作したテロップ成果物の中に本件フォントが使用されていると認識していたと認めることは困難である。そうすると,被控訴人テレビ朝日が,テロップ中に本件フォントが使用されていることを認識していながら,あえてそのテロップを用いて番組を制作していたとはいえない。
エ もっとも,控訴人は,被控訴人テレビ朝日は控訴人から再三にわたり無断使用を指摘したにもかかわらず,番組での本件フォントの使用を続けたと主張する。
しかし,控訴人が平成15年5月の本件フォントソフト販売開始後,平成21年10月26日まで,番組を特定して控訴人のフォントの無断使用を指摘したことがなかったことは,先に認定したとおりである。そして,仮に控訴人が主張するとおり,同年3月26日に控訴人代表者がBに対して番組における控訴人のフォントの無断使用の事実を告げていたとしても,Bの印象に残らない程度の簡単な指摘にとどまっていたと推認されるのであり,本件フォントを使用したとされる番組の特定がされたともうかがわれない以上,その程度の指摘に対して被控訴人テレビ朝日が直ちに内部調査等の対応を取らなかったとしても,被控訴人テレビ朝日が本件フォントの無断使用の事実を認識しながらあえて番組に本件フォントを使用し続けたと見ることはできない。
かえって,被控訴人テレビ朝日は,控訴人から正式通知のあった上記平成21年10月26日の後,同様の同年11月20日の被控訴人IMAGICAへの通知を経て,同年12月3日放送分以降,番組で本件フォント及び旧フォントのいずれの使用もしないようになった(ユーコムに制作を委託していた本件各番組2の番号5の「二人の食卓」を除く。)のであるから,ここでも被控訴人テレビ朝日は,本件フォントに係る控訴人の営業活動と衝突する事態を回避するという行動を取ったということができる。
また,上記「二人の食卓」については,その後の平成22年10月9日からテロップ中の本件フォントの使用が開始されたが,同番組はユーコムに制作を請け負わせており,被控訴人テレビ朝日は完成された番組の納品を受ける立場にあり,番組制作に伴う権利処理はユーコムにおいて行うこととされていたのであるから,被控訴人テレビ朝日としては,使用するフォント関係の権利処理もユーコムにおいてしかるべき処理がされていると考えていたものと認められる。したがって,「二人の食卓」についても,被控訴人テレビ朝日が,本件フォントの無断使用を知りながらあえて使用し続けたと認めることはできない。
なお,控訴人は,本件フォントを発売する以前に,被控訴人テレビ朝日に対し,番組を特定して,旧フォントの無断使用を指摘したことがあるが,それ以前の旧フォントソフトでは,購入時の使用許諾契約中で商用使用の制限が定められていなかったのであり,その後に控訴人が商用使用を一方的に制限しても,購入者の法的地位を変更することはできないから,被控訴人テレビ朝日が番組のテロップで旧フォントを使用し続けたことをもって,不当な行為であるということはできない。
オ 以上からすると,被控訴人テレビ朝日は,控訴人がフォントを開発して販売・使用許諾する営業活動を行っていることを認識しており,そのフォントに著作権は存しないという立場を取っていたものの,自社では控訴人のフォントを使用しないようにして控訴人の営業との衝突を回避する方針をとり,実際にもそれに沿った行動を取ってきており,テロップの製作を外注した本件番組についても,製作されたテロップ中に本件フォントが使用されていると認識しながらあえてそのようなテロップを使用し続けたとも認められないことからすると,被控訴人テレビ朝日がテロップに本件フォントを使用した本件番組を制作,放送,配信し,DVDを製作,販売した行為が,自由競争の範囲を逸脱し,営業の自由を濫用したものであると認めることはできない。
もっとも,本件番組の一部を収録した本件DVDの中には,平成22年4月以降に発売されたものも含まれており,被控訴人テレビ朝日は,それらの発売時点においては,収録した番組中に本件フォントが使用されており,控訴人がその無断使用に抗議していることを認識していたと認められる。しかし,それらの番組中で本件フォントを使用したことについて違法性が認められないことは前記のとおりであるところ,放送番組は,二次利用も想定して制作されるものであることも併せ考えれば,適法に制作できた番組を後にDVDに収録して販売したからといって,自由競争の範囲を逸脱し,営業の自由を濫用したということはできない。
また,仮に被控訴人テレビ朝日の担当者が,本件編集室内で本件フォントを使用してテロップを作成ないし編集することがあったとしても,それが臨時的,例外的なものであったと考えられることは先に述べたとおりであり,そのような使用行為がされたからといって,自由競争の範囲を逸脱し,営業の自由を濫用したということはできない。
カ 以上に対し,控訴人は,種々の主張をするので,検討する。
(ア) まず,控訴人は,P1社等のテロップ製作会社が使用した本件フォントソフト及び旧フォントソフトは,控訴人が販売した製品を違法にコピーしたものであり,このような違法コピーソフトを用いて製作されたテロップを使用したことが,被控訴人テレビ朝日の行為の違法性を基礎付けると主張する。
しかし,仮にP1社等が使用した本件フォントソフト及び旧フォントソフトが,控訴人が販売した製品を無断でコピーしたものであったとしても,被控訴人テレビ朝日は,専門のテロップ製作会社に対してテロップ製作を発注しているのであるから,フォント使用に伴う権利処理についても,テロップ製作会社において適切に行われていると信頼していたと認められ,被控訴人テレビ朝日が,P1社等が無断でコピーしたフォントソフトを使用していることを知っていたという事情もうかがわれない。そして,このことは,前記のとおりユーコムに製作を委託していた「二人の食卓」についても同様である。したがって,控訴人主張の点をもって,被控訴人テレビ朝日の行為が自由競争の範囲を逸脱し,営業の自由を濫用したものであるということはできない。
この点について,控訴人は,被控訴人テレビ朝日は,テロップ製作会社や番組制作会社を指揮監督し支配従属させていたのであるから,テロップ製作の主体は被控訴人テレビ朝日であると評価されるべきであると主張し,また,外注の場合に権利処理を外注先が行うこととされていても,控訴人のライセンスビジネスを認識している場合には,このような権利処理の内部分担約束だけで免責されると考えるべきではないと主張する。しかし,被控訴人テレビ朝日の行為が自由競争の範囲を逸脱し,営業の自由を濫用したものであるか否かを評価するに当たっては,同被控訴人自身の行為や認識を基礎にすべきものであり,その観点から,被控訴人テレビ朝日がどのような認識の下にどのような指示をしたかを問題とすべきである。そして,このような観点から被控訴人テレビ朝日のテロップ製作業者等に対する指示と認識を見ても,同被控訴人の行為が自由競争の範囲を逸脱し,営業の自由を濫用したものであるということができないことは,これまでに述べてきたとおりである。
(イ) 控訴人は,被控訴人テレビ朝日には,外注先から受領したテロップについて,本件フォント使用の有無を確認した上で,控訴人の使用許諾があるか否かを確認すべき注意義務があり,被控訴人テレビ朝日がこのような注意義務を尽くすことに困難はなかったと主張する。
しかし,被控訴人テレビ朝日が,フォント使用に伴う権利処理について,テロップ製作会社や番組制作会社において適切に行われていると信頼していたと認められること,テロップ製作会社が製作したテロップや番組制作会社が制作した番組中に本件フォントが使用されていると認識しながらあえてそのようなテロップを使用し続けたと認められないことは,先に述べたとおりである。そして,テロップ製作会社や番組制作会社において,本件フォントを控訴人の許諾なく使用していると疑わせる事情があったとも認められない。したがって,そのような状況の下で,被控訴人テレビ朝日が,テロップ製作会社や番組制作会社に対し,本件フォントの使用の有無や控訴人の使用許諾の有無の確認をしなかったからといって,自由競争の範囲を逸脱し,営業の自由を濫用したものということはできない。
この点について、控訴人は、最高裁判所平成13年3月2日第二小法廷判決を指摘する。
しかし,同判決は,専ら音楽著作物を上映し又は演奏して公衆に直接見せ又は聞かせるために使用されるカラオケ装置につきリース業者がリース契約を締結して引き渡す場合の注意義務について判示したものであり,いわば著作物の利用行為に不可欠で,かつ著作権侵害を生じさせる蓋然性の高い装置を供給する者の注意義務を認めたというものであって,単に従来から使用されていた旧フォントと同じ名称でフォントを指定して専門のテロップ製作業者にテロップ製作を発注し,又は番組制作会社に番組の制作を発注した本件とは,事案を異にするというべきである。
キ 以上より,被控訴人テレビ朝日の行為について不法行為は成立しない。
(2) 被控訴人IMAGICAの不法行為の成否について
被控訴人IMAGICAについては,本件各番組1のテロップの編集を行った行為についての不法行為の成否が問題となるが,前記のとおり,被控訴人IMAGICAは,被控訴人テレビ朝日がテロップ作成業者に発注して納付を受けたテロップの画像データに基づいて,本件編集室で編集機器を操作して,映像素材にテロップを挿入したにとどまり,また,本件DVDの製作については全く関与していない(本件編集室のパソコンに本件フォントソフトがインストールされていたからといって,本件番組を編集する際に定型的,継続的業務として本件フォントソフトを使用してテロップを作成したと認められないことは,先に述べたとおりであり,仮に本件フォントソフトを用いたテロップの作成や修正が行われることがあったとしても,臨時的,例外的なものにとどまっていたと考えられる。)。
そして,被控訴人IMAGICAが,持ち込まれたテロップ画像データ中で使用されたフォントが,本件フォントであり,控訴人の許諾を得ずに使用されたと認識していたとは認められず,そのことを疑うべき特段の事情があったとも認められないこと,被控訴人IMAGICAは,平成21年11月20日に控訴人から本件フォントの無断使用の指摘を受けると,社内調査を実施し,インストールされていた本件フォントソフトを削除するとともに,被控訴人テレビ朝日に対しても自社が編集業務を行うテレビ番組では控訴人のフォントを使用しないよう申し入れ,その後,本件各番組1で本件フォント又は旧フォントが使用されることがなくなったことからすると,被控訴人IMAGICAの上記行為が,自由競争の範囲を逸脱し,営業の自由を濫用したものということはできない。
したがって,被控訴人IMAGICAの行為について不法行為は成立しない。
4 争点3(不当利得の成否)について
控訴人は,被控訴人らが,控訴人に無断で,本件フォントを本件番組の制作・放送・配給及び本件DVDの製作・販売等に使用したことが,控訴人に対する不当利得を構成すると主張する。
しかし,このように本件フォントを無断使用したことが直ちに不当利得を構成するとした場合には,本件フォントを他人が適法に使用できるか否かを控訴人が自由に決定し得るというに等しく,その意味で本件フォントを独占的に利用する利益を控訴人が有するというに等しいことは,先に不法行為について述べたところと同様である。そして,そのような利益は法的保護の対象とはならないことからすると,被控訴人らが本件フォントを本件番組に使用したからといって,直ちにその使用行為が法律上の原因を欠き,被控訴人らが利得を得,控訴人が損失を受けたということはできない。
また,控訴人は,控訴人と被控訴人テレビ朝日との間に本件フォントに関する使用許諾契約が成立しているとして,使用料を支払わないことが不当利得を構成すると主張するが,両者間に使用許諾契約が成立したと認められないことは先に2(4)で述べたとおりであるから、控訴審の主張は理由がない。
したがって,控訴人が主張する不当利得の成立も認められない。
5 まとめ
以上によれば,控訴人の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。