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著作権判例セレクション
【公衆送信権】公衆送信権の侵害認定事例(P2P型のファイル共有ソフト「BitTorrent」を用いた送信が問題となった事例)
▶令和3年3月19日東京地方裁判所[令和2(ワ)19880]▶令和3年10月7日知的財産高等裁判所[令和3(ネ)10030]
(注) 本件は,漫画家である原告が,電気通信事業を営む被告に対し,発信端末の利用者(「本件発信者」)が,被告の提供するインターネット接続サービスを介し,原告が執筆した漫画の電子データをP2P型のファイル共有ソフト「BitTorrent」を用いて送信又は送信可能化したことにより,上記漫画に係る原告の著作権(公衆送信権,送信可能化権)を侵害したことが明らかであるとして,プロバイダ責任制限法4条1項に基づき,上記著作権侵害行為に係る発信者情報の開示を求めた事案である。
(前提事実)
『(2) BitTorrentの仕組み
BitTorrentとは,インターネット上で,中央サーバを設けずに,P2P方式でファイルを共有するためのプロトコル(通信規約)の一つであり,【同プロトコル】を実装したクライアントソフトの名称でもある。
BitTorrentにおいては,ファイルのダウンロードを,①まず,対象ファイルに対応するトレントファイルを入手してBitTorrentクライアントソフトに取り込み,②次に,当該トレントファイルで指定されたトラッカー(【接続した端末を追跡し,対象ファイルの提供者】のリストを管理するサーバ)と通信して同提供者のIPアドレスの一覧を入手し,③最後に,入手したIPアドレスの一覧から1つ以上のIPアドレスの端末を選択して対象ファイルの送信要求を行い,選択した端末から「ピース・ファイル」と呼ばれる対象ファイルが断片化されたデータを順次受信することにより行う。
そして,BitTorrentでファイルをダウンロードしたネットワークの参加者は,BitTorrentクライアントソフトを停止させるまで,トラッカーに対し,当該ファイルが送信可能であることを継続的に通知し,他の不特定のネットワーク参加者からの要求があればいつでもこれを送信し得る状態に置かなければならない。
(3) 本件漫画の電子データの共有
本件発信者1~3は,被告から別紙発信端末目録記載の各IPアドレスの割当てを受け,同目録記載の各日時頃,被告の提供するインターネット接続サービスを介し,トラッカーに対し,同日時頃より前にBitTorrentを用いてダウンロードした本件漫画の電子データ(以下「本件データ」という。)を送信可能であることを通知(以下「本件通知」という。)し,本件ファイルの提供者のIPアドレスの一覧に登録されていた。
本件発信者1及び3は,上記各日時頃,原告訴訟代理人に対し,本件データを送信していた。他方,本件発信者2が,上記日時頃に,原告訴訟代理人に対し,本件データを送信していたかどうかについては,明らかになっていない。』
2 争点2(権利侵害の明白性)について
(1) 前記前提事実(3)によれば,本件発信者1及び3は,本件データの送信により,BitTorrentネットワークの不特定の参加者の一人である原告訴訟代理人に対し,本件データを送っていたのであるから,本件漫画に係る原告の著作権(公衆送信権)を侵害していたことは明らかである。
これに対し,被告は,本件データの送信は,著作物でない本件データのピース・ファイルを流通させるものにすぎないと主張するが,前記前提事実(2)によれば,BitTorrentは,ネットワーク参加者が,ピース・ファイルを全て受信することにより,送信要求の対象となったファイルと同一のファイルを自己の端末に複製することを可能にするのであるから,ピース・ファイルの送信であっても他のネットワーク参加者と共同して本件漫画に係る原告の著作権を侵害しているということができる。
(2) また,前記前提事実(3)によれば,本件発信者2は,BitTorrentを用いて本件データを自己の端末にダウンロードして記録した上で,本件通知をすることにより,トラッカーからIPアドレスの一覧を入手した不特定のネットワークの参加者からの求めに応じて,自己の端末から本件データを自動で送信し得る状態にしていたのであるから,本件漫画に係る原告の著作権(送信可能化権)を侵害していたことは明らかである。
[控訴審同旨]
1 当裁判所も,被控訴人の請求は全部理由があるものと判断する。その理由は,次のとおりである。
2 争点2(権利侵害の明白性)について
事案に鑑み,争点2から判断する。
(1) 訂正して引用した原判決の前記前提事実(2)及び(3)のとおり,本件発信者1~3は,トラッカーに対し,BitTorrentを用いてダウンロードした本件データが送信可能であることを通知する旨の本件通知をし,他の不特定のネットワーク参加者からの要求があれば本件ファイルに係るピース・ファイルをいつでも送信し得る状態に置いたのであるから,本件通知により,本件データを送信可能化したものということができる。そして,被控訴人が本件発信者1~3に対して本件データの送信可能化を許諾していたなど,本件発信者1~3による本件データの送信可能化が違法でないと認めるに足りる証拠はないから,本件発信者1~3がした本件通知により,本件漫画に係る被控訴人の送信可能化権が侵害されたことは明らかである。
(2) この点に関し,控訴人は,本件データの送信を可能にする状態を作り出したのは,本件通知ではなく,発信者が本件データを発信者の端末にダウンロードした行為であるから,本件通知が本件漫画に係る被控訴人の送信可能化権を侵害したわけではない旨主張する。確かに,訂正して引用した原判決の前記前提事実(2)のとおり,BitTorrentでファイルをダウンロードしたネットワークの参加者は,他の不特定のネットワーク参加者からの要求があればいつでもこれを送信し得る状態に置くこととされ,これにより,ピース・ファイルの送信が行われ得ることになるが,ここでいう他の不特定のネットワーク参加者からの要求は,トラッカーが管理する当該ファイルの提供者のリストに基づいてされるものであり,当該リストは,当該ファイルをダウンロードした参加者がトラッカーに対し当該ファイルが送信可能であることを継続的に通知することによって作成されるものであるから,本件発信者1~3についても,単に本件データをダウンロードしただけでは,その送信可能化が完成したというには足りず,トラッカーに対して本件通知をすることにより,他の不特定の参加者に対する本件データの送信可能化が実現されるに至ったものとみるのが相当である。
(3) 控訴人は,BitTorrentを用いて送信されるファイルが断片化されたピース・ファイルであることを根拠に,本件発信者1~3がした本件データの送信可能化によっても,本件漫画に係る被控訴人の送信可能化権は侵害されない旨主張する。しかしながら,訂正して引用した原判決の前記前提事実(2)及び(3)のとおり,本件発信者1~3を始めとするBitTorrentの利用者は,ピース・ファイルを順次受信することにより対象ファイルの全体を受信することができるのであるから,BitTorrentにおける1回の送信の対象が対象ファイルを断片化したピース・ファイルであるとしても,本件発信者1~3が本件漫画に係る被控訴人の送信可能化権を侵害したとの前記結論を左右するものではない。