Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

【コンテンツ契約紛争事例】出版契約における協議条項の解釈が問題となった事例

▶令和51020日東京地方裁判所[令和3()27154]▶令和6423日知的財産高等裁判所[令和5()10104]
() 本件は、原告が、被告スクウェア・エニックスが発売したゲームソフトを原作とする小説を執筆し、その際、原告が同小説の主人公の名称を発案して執筆したところ、被告らが同ゲームソフトを原作とする映画を製作委員会の構成員として共同で制作するに当たり、同映画の主人公の名称として原告が発案した前記主人公の名称を使用したことが原告の著作権を侵害した、被告スクウェア・エニックスには原告との出版契約に基づき同名称を使用するに当たって原告と協議する義務が存在したにもかかわらず協議をしなかったことについて、被告らは、共同して同協議義務に係る債権侵害をしたとして、被告らに対して、著作権法115条の名誉回復措置としての謝罪文の掲載、著作権侵害又は前記債権侵害の共同不法行為に基づき、連帯して賠償金等を請求した事案である。

1 本件名称に著作物性が認められるか(争点1)について
()
2 被告スクウェア・エニックスは、本件出版契約に基づき本件映画を作成するにあたり、原告との間で本件名称を使用することにつき協議する義務に違反したか(争点2) 及び本件映画を作成したことが、被告らによる、原告の被告スクウェア・エニックスに対する協議履行請求権の債権侵害の不法行為に当たるか(争点3)について
(1) 本件出版契約書には次の記載がある。
FことA(以下、「甲」という(判決注:原告))と、株式会社エニックス(以下、「乙」という(判決注:被告スクウェア・エニックス))とは、甲が執筆した「小説ドラゴンクエストV」(以下、「本著作物」という)を書籍として、複製並びに頒布する際の条件について、以下のとおり定める。
(著作権の設定)
第1条 本著作物は、乙が保有する著作物「ドラゴンクエストV」(以下「原著作物」という)を題材に甲が創作したものである。
故に、本著作物の原著作物に含まれるものを除き、それ以外の著作権は甲乙の共有のものである。
2.前項の定めにより、甲は本契約の有効期間中であるか否かを問わず、乙の承諾なしに本著作物の全部もしくは一部を転載ないし出版できず、あるいは第三者をして転載ないし出版させることはできないものとする。
(出版権の設定)
第2条 乙は本著作物を複製ならびに頒布する出版の権利を占有する。
2.甲は、乙が本著作物の出版権の設定を登録することを承諾する。
(二次的使用)
第5条 この契約の有効期間中に、本著作物が翻訳・ダイジェスト等、または演劇・映画・放送・録音・録画等、その他二次的に使用される場合、甲はその使用に関する処理を乙に委任し、乙は著作権使用料等の具体的条件について甲と協議の上決定する。
(契約の有効期間)
第6条 この契約の有効期間は、契約の日から5年間とする。
2.この契約は、期間満了の3ヶ月前までに甲乙いずれかから文書をもって終了する旨の通告がなされない限り、この契約と同一条件で自動的に3年間ずつ延長される。
(著作者人格権の尊重)
第9条 乙が本著作物を出版する際、本著作物の内容、表現またはその書名、題号に変更を加える場合には、あらかじめ乙(判決注:ママ)の承諾を必要とする。
(契約条項の変更)
20条 契約中に別段の明示の規定がある場合を除き、本契約のいかなる条項の変更、追加または削除も両当事者の代表者が記名捺印した書面によらない限り効力を生じない。
(契約の尊重)
21条 甲乙双方は、この契約を尊重し、この契約に定める事項について疑義を生じたとき、またはこの契約に定めのない事項について意見を異にしたときは、誠意をもってその解決にあたる。
(2) 原告は、本件映画で本件名称と類似する「リュカ・エル・ケル・グランバニア」を使用するに当たって、被告スクウェア・エニックスは、本件出版【契約第5条】に基づき、その可否を原告と協議する義務があったと主張する。
本件出版契約第5条では、「・・・本著作物が・・・映画・・・等・・・に使用される場合、甲(原告)はその使用に関する処理を乙(被告スクウェア・エニックス)に委任し、乙は著作権使用料等の具体的条件について甲と協議の上決定する。」と定められている。
本件出版契約は、本件小説について「本著作物」と述べた上で、それについての複製、頒布(譲渡)という著作権法上の支分権該当行為を行う際の条件を定めるとし、また、第1条で、著作権の帰属等を定めた上で、第2条以下でも、出版権(第2条)や著作者人格権(第9条)など著作権法上の権利について定めている。これらからすると、本件出版契約第5条も、本件小説の著作権を原告と被告スクウェア・エニックスが保有していることを前提として、著作権法の権利関係を前提とした義務等を定めたものといえる。そして、原則として、第三者が本件小説を著作権者である原告及び被告スクウェア・エニックスの承諾なく複製、翻案等して利用することは著作権(複製権、翻案権等)を侵害し、第三者がそのような著作権侵害を避けて本件小説の複製、翻案等の利用をするためには原告及び被告スクウェアの利用許諾等を得ることが必要なところ、本条は、そのように第三者において本件小説を利用するための利用許諾が必要な場合、原告及び被告スクウェア・エニックスの双方が当該第三者と個別又は共同で交渉して契約を締結する等の処理をするのではなく、原告と被告スクウェア・エニックスが第三者との契約締結前に許諾の条件について協議の上で決定し、原告が保有する著作権の持分に係る部分についても同協議結果のとおり実現されるように原告が被告スクウェア・エニックスにその処理を委任する趣旨であると認められる。前記協議、処理の委任の対象となる第三者の利用態様が、許諾のない限り著作権侵害を構成するものを想定していることは、協議にかかる具体的条件の例として「著作権使用料」が挙げられていることからも裏付けられる。
以上のとおり、本件出版契約第5条では、第三者との間で第三者が本件小説を著作権侵害とならない態様で利用するための利用許諾の交渉、契約締結、契約に基づく処理を行う場合には、その処理を被告スクウェア・エニックス単体で行うものとし、ただし、その利用許諾の条件については原告との協議の上で決定されたところに基づくことが定められていると認められ、第三者において著作権侵害とならない態様で利用するため交渉が必要ない場合や第三者との間でそのための交渉が持たれない場合には、被告スクウェア・エニックスには原告との間で同条に基づく協議をする義務があったとはいえない。
本件小説で記載されている本件名称について、著作物であるとは認められないことは前記1で説示したとおりであり、本件名称のみを第三者が利用することは著作権侵害に当たるとはいえない。そうすると、原告及び被告スクウェア・エニックスは本件映画の作成に当たって、著作権法上、本件名称の利用についてその利用を拒否できる地位にはなかったのであり、本件出版契約上の義務に基づいて被告スクウェア・エニックスから映画の作成に当たって本件名称の利用許諾条件について映画製作の主体に交渉を持ち掛ける理由もないし、そのような交渉が持たれたことを認めるに足りる証拠もない。そうすると、被告スクウェア・エニックスが本件名称について第三者と利用許諾についての交渉を提起すべき理由もなく、そのような交渉が行われたこともうかがえないのであるから、被告スクウェア・エニックスがこれらの交渉のために本件名称の利用許諾の条件について原告と協議すべき理由もないことになる。
よって、本件において、被告スクウェア・エニックスに、本件出版契約に基づき原告と本件名称の利用条件について協議すべき義務があったとはいえず、同義務の違反があったとはいえない。
(3) 原告は、本件出版契約の前に原告と被告との間で平成2年5月17日に締結された、テレビゲームであるドラゴンクエストI、Ⅱ、Ⅲの設定に【準拠して】原告が執筆した「ドラゴンクエスト精霊ルビス伝説 上中下」という題名の各書籍についての出版契約(以下「別件出版契約」という。)では、ゲームの設定について著作権があることを前提に契約が締結され、本件出版契約もこれを前提にしたものであり、本件出版契約で規定されている「著作物」には、著作権法上の著作物に当たるか否かにかかわらず、キャラクターの名称も含まれるから、被告スクウェア・エニックスには協議義務があったなどと主張する。
しかし、本件出版契約は、別件出版契約の約10年後に締結されたもので、本件出版契約に別件出版契約に関する言及もなく、別件出版契約の前提が本件出版契約において前提とされていたとは認められない。なお、別件出版契約の第1条には、「表記の著作物((判決注:ドラゴンクエスト精霊ルビス伝説 上中下)以下「本著作物」という)は、ファミコンゲーム・ドラゴンクエストシリーズ(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)の設定のもとに著作されたものである。旨に(判決注:ママ)、本著作物の著作権は、甲(判決注:原告)・乙(判決注:被告スクウェア・エニックス)・アーマープロジェクト・チュンソフト・バードスタジオの五者が共同所有するものとし、甲の印税は・・・・とする。」との定めがある。しかし、別件出版契約において、上記の「設定」に、著作権法上の著作物に当たらないキャラクターの名称等が含まれることが定められているわけではない。同条の「設定」が何を意味するかについては明確ではなく、対象のゲームに関する要素のうち、著作権法により著作物といえるもののみを意味すると解しても矛盾はない。
そうすると、別件出版契約に係る原告が主張するその他の経過等を考慮しても、原告と被告スクウェア・エニックスの間において本件出版契約締結に当たり「著作物」という文言を用いたとき、これにキャラクターの名称が含まれるとは認められない。
(4) また、原告は、【被控訴人スクウェア・エニックス】がキャラクター名が著作権によって保護に値することを前提に利益を得てきたことから、本件名称に著作物性がないと主張することは信義に反するなどと主張するが、被告スクウェア・エニックスが、キャラクター名自体が著作権により保護される対象であることを前提に利益を得てきたと認めるに足りる証拠はなく、原告の主張はその前提を欠く。
(5) 以上のとおりであって、原告と被告スクウェア・エニックスの間に本件映画に関連して本件名称の使用に関する協議を行う義務があったとは認められない。
よって、被告スクウェア・エニックスに上記義務違反があったことを理由とする原告の請求(争点2関係)には理由がなく、原告が原告主張の債権を有していたとは認められないから、その債権の存在を前提として債権侵害があったことを理由とする請求(争点3関係)も理由がない。
第4 結論
よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

[控訴審同旨]
2 当審における控訴人の主な補充主張に対する判断
()
⑵ 控訴人は、前記のとおり、厳密な意味での著作権の有無に関わらず、関連作品の著作者に謝辞を述べるなどの形で敬意を示すことは広く行われていること、被控訴人 Y1’が控訴人の要望を伝えるべく委任の範囲を変更する合意がされた旨を主張する。
しかし、補正の上で引用した原判決のとおり、本件出版契約に基づき被控訴人スクウェア・エニックスにおいて協議すべき義務があったとはいえず、著作権の有無にかかわらず何らかの形での敬意を示すとの控訴人主張の業界の慣行が存すると認めるに足りる証拠はなく、それが本件出版契約に基づく協議義務の発生の根拠ともなり得ない。
控訴人と被控訴人 Y1’は、令和元年(2019年)6月頃に、本件映画における主人公の名称に関して話をした事実は認められるものの、証拠によっても、控訴人から被控訴人 Y1’に対し伝えたとされる要望の内容についても明確ではなく、仮に控訴人の主張するとおり、控訴人から被控訴人 Y1’に対し、要望として、本件名称が控訴人の創作に由来すること及び控訴人の氏名を本件映画において明記するとともに、本件小説の宣伝広告をすることを求めたとしても、上記本人尋問の結果によっても、「別に無理だとかできないとかいうお返事はいただいていない」というにすぎず、被控訴人 Y1’が控訴人の主張する要望を承諾したか否かは明らかでないのであって、仮に同人が黙示に承諾したとしても、そもそも被控訴人 Y1’において被控訴人スクウェア・エニックスの代表権等を有しないことからして、控訴人が同要望をした時点において、直ちに委任の範囲の変更が生じたあるいは何らかの合意が成立したものとは認められない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。