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著作権判例セレクション
【著作権の譲渡】プログラムの翻案権の帰属が争点となった事例/法61条2項の「推定」を覆した事例/契約解除による翻案権の復帰(解除の遡及効)を否定した事例
▶平成17年3月23日東京地方裁判所[平成16(ワ)16747]▶平成18年08月31日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10070]
(注) 本件は,振動制御システムを販売する被告の行為が,振動制御器F3に組み込まれているプログラムにつき原告が有する翻案権を侵害しているとして,原告が,被告に対し,著作権法112条1項に基づき振動制御システムの頒布等の差止めを求めるとともに,不法行為に基づく損害賠償等の支払を求めた事案であり,被告は,振動制御器F3に組み込まれているプログラムは翻案権を含めて原告から被告に譲渡されたなどと主張した。
原告と被告は,平成9年8月ころ,原告が被告の企画する振動制御・計測システムで開発コードネームを「F3」とする製品の開発作業に参加する旨の契約(「F3契約」)を締結した。F3契約の第7条は,F3の開発過程で生じる著作権の対象となり得るものは被告に帰属する旨を規定している。
2 争点1(F3の著作物性の有無)について
前記前提事実)並びに前項(F3契約締結に至るまでの交渉経過)に認定した事実によれば,本件プログラムは,著作物として保護するに値する創作性を有するものと認められる。
3 争点2(F3の翻案権の留保の有無)について
(1) 前提となる判断
(略)
(2) 翻案権留保についての判断
前記(1)で判断したところに加え,前記前提事実及び認定した事実に記載したとおり,92年基本契約及び94年基本契約においては,いずれも個別契約による著作権譲渡の効果が個別契約の失効後も失われない旨を規定し,本件プログラムの著作権を被告に帰属させ,被告がこれを利用できるようにしていたこと,被告から原告に対して支払われた開発費が相当額に上ること,F3契約は上記のような性質を有する歩合開発費が支払われる期間を限定しておらず,原告は被告によるF3の販売が続く限り利益の分配を受けることができたことを併せ考慮すれば,本件プログラムの著作権は,翻案権も含めて被告に譲渡され,本件プログラムを利用した収益は,いったんすべて被告が取得するものとしてF3契約が締結されたと解するのが相当であり,本件プログラムの翻案権のみが原告に留保されたものとは,到底,認めることができない。
(3) 小括
したがって,著作権法61条2項の推定は,本件事案には及ばず,F3契約により,本件プログラムの著作権は翻案権を含めて原告から被告に譲渡されたものと認めることができる(なお,原告は,本件解除により翻案権が原告に復帰する旨を主張するものではなく,これを認めるに足りる証拠もない。)。
4 結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求にはいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
[控訴審同旨]
2 争点1(本件プログラムの著作物性の有無)について
前記前提事実及び上記に認定した事実によれば,本件プログラムは,プログラムの著作物として保護するに値する創作性を有するものと認められる。
3 争点2(本件プログラムの翻案権の帰属)について
(1) 控訴人は,控訴人従業員のAがプロジェクトマネージャーとなり,本件プログラムが作成されたこと,控訴人と被控訴人は,遅くとも,平成4年のライセンス料支払開始時までに,著作権の帰属に関する契約内容の実質的な変更に合意し,控訴人が,開発されたプログラムの著作権を有し,被控訴人はライセンス料を支払うという合意が成立したこと等を挙げて,控訴人が本件プログラムの翻案権を有する旨主張する。
被控訴人は,同主張に対し,時機に後れた攻撃防御方法(民訴法157条1項)であり,また,適時提出主義(同法156条)に反する旨主張する。
しかし,控訴人主張の基礎となる,F3契約の開発をめぐる控訴人と被控訴人の各役割及びF3契約におけ「歩合開発費」の性質は,第一審から中心的な争点として主張,立証がされてきたものであり,控訴人の上記主張も,そのような従前の主張,立証をそのまま利用するものであって,新たな立証を要するものでもないから,本件訴訟の経過に照らせば,同主張が直ちに訴訟の完結を遅延させるものとまでは認められず,これを却下すべきであるとする被控訴人の主張は採用することができない。
(2) そこで,控訴人の上記主張について検討すると,本件プログラムは,F3契約に従い,被控訴人からの委託を受けて,控訴人の発意に基づき,控訴人従業員のAら(以下「控訴人従業員ら」ということがある。)が職務上作成に当たってこれを完成させたものであり,作成されたプログラムについては,著作権法15条2項に該当することが明らかであるから,別段の定めがない限り,それを開発した控訴人従業員らの使用者である控訴人にプログラムの著作権が認められる。
しかしながら,92年基本契約及び94年基本契約には,控訴人と被控訴人間の契約に基づき開発されたソフトウェアの著作権は被控訴人に帰属するという条項(第16条)があるほか,上記のとおり,本件プログラムに係る個別契約であるF3契約にも,「第7条〔著作権〕当該製品開発過程で生じる著作権の対象となりうるものは,甲(注,被控訴人)に帰属するものとする。」との条項がある。これは,上記のF3契約締結に至る交渉経過にかんがみると,被控訴人の委託により控訴人が開発したプログラムであっても,その著作権を当然に控訴人が被控訴人に譲渡する趣旨のものであると認められる。
したがって,本件プログラムについて,控訴人従業員らが果たした役割や被控訴人の開発能力の有無にかかわらず,上記契約によれば,本件プログラムの著作権は,被控訴人が有することは明らかである。控訴人従業員らが果たした役割等を根拠として,著作権が控訴人にあることをいう控訴人の主張は,控訴人従業員らが果たした役割を検討するまでもなく,失当である。
なお,控訴人は,F3が,控訴人のオリジナルによる技術面の基本構想,アイデア,技術力により開発されたオリジナルの成果物である旨主張する。
その法的意味は必ずしも明らかではないが,控訴人従業員らによって開発されたプログラムであっても,契約によりその著作権を被控訴人が有することは前記のとおりであり,また,仮に,控訴人が,本件プログラムは被控訴人から独立して開発されたものである旨主張するものとすると,F3契約において,製品の仕様を決定するのは被控訴人であり(3条),平成11年11月19日付け覚書に照らしても,開発する製品の仕様を控訴人が独自に決定するような関係になかったことは明らかであり,具体的仕様の決定において,控訴人が,技術的観点やよりよい製品とするため積極的に協力していたことが認められるとしても,本件プログラムは,飽くまでF3契約に基づき被控訴人の委託により開発されたものであり,被控訴人と独立して開発されたものではない。
(3) 控訴人は,F3契約以前から,被控訴人は,控訴人に対して控訴人開発のプログラムの開発費が支払えず,控訴人が開発したプログラムについて,控訴人が著作権等を有することを前提として,「製造ライセンス料」が被控訴人から控訴人に対して支払われるようになっていたことを根拠として,控訴人と被控訴人間の契約書の文言にかかわらず,控訴人から被控訴人に対し,開発されるプログラムの著作権の譲渡がされないとの合意が,当事者間において,遅くとも平成4年までにされていたとし,本件プログラムの翻案権を含む著作権が控訴人にある旨主張する。
しかし,F3契約について,上記のとおり,控訴人と被控訴人の間で,内容についての交渉が行われ,双方が意見を述べるなどして条項が定まったものであるが,その交渉経過に照らしても,著作権の帰属に係る条項につき,当事者間で契約文言と異なる合意がされた事情は全く見当たらず,契約文言と異なる解釈をすべき理由は見いだすことができない。かえって,控訴人自身が,交渉において,「F3はメーカであるIMV殿の所有する製品であり,・・・」,「製品所有者たるIMV殿の主権」
と述べているように,控訴人は,交渉過程において,その開発したプログラムについて,被控訴人の支配権を認め,その旨を被控訴人にも明らかにしていたのであり,同プログラムの著作権は当然に被控訴人が有することを前提として交渉し,その旨を被控訴人に表明していたことが認められる。
なお,確かに,F2に関して,製造ライセンス料という名目で被控訴人から控訴人に対し金員が支払われていることは認められるが,「製造ライセンス料」という文言のみで,直ちに著作権の帰属が決定されるものではない。「製造ライセンス料」の支払が定められた平成2年のG1・G2契約においても,プログラムの著作権については,被控訴人が有することが明確に定められ,その後に締結された92年基本契約,94年基本契約においても,被控訴人の委託により開発したプログラムの著作権が被控訴人に帰属することが明確に記載されていることは,上記(2)のとおりである。したがって,従前,控訴人が開発したプログラムの著作権を被控訴人が取得する旨の契約条項があったところ,その後に,ライセンス料の支払がされるようになり,著作権の帰属について新たな合意がされたことをいうと解される控訴人の主張は,時間的な関係が事実と齟齬するものであり,主張の前提を欠く。そして,一般的には,「ライセンス料」は,その製造に係る権利を有しているライセンサーが受け取る金員であるが,本件においては,前記のとおり,被控訴人内部では,控訴人が製造することを放棄する対価として与えられる金員との認識を有していたこと,控訴人もこれを暗黙のうちに了承していたことをうかがうことができるのであって,「ライセンス料」という語句を使用したことにより控訴人の権利を推認させるものではないし,特に,F3契約交渉の過程において,「ライセンス料」の支払が実態に反するとして問題となり,F3契約においては,「ライセンス料」の支払がされることがなくなったことからも,従前,被控訴人が「ライセンス料」を支払っていたことは,本件プログラムについて被控訴人が著作権を有するとの上記判断を左右するものではない。
(4) したがって,本件プログラムの著作権は,92年基本契約,94年基本契約及びF3契約に基づき,当然に,控訴人から被控訴人に譲渡されたことにより,被控訴人に帰属するというべきであり,本件プログラムの翻案権を含む著作権を控訴人が有する旨の控訴人主張は採用することはできない。
4 争点3(本件プログラムの翻案権の留保の有無)について
(1) 上記のとおり,本件プログラムの著作権は,92年基本契約,94年基本契約及びF3契約により,当然に,控訴人から被控訴人に譲渡されたところ,92年基本契約及び94年基本契約において,著作権に係る条項は,「本契約に基づき開発されたソフトウェアの著作権は甲(注,被控訴人)に帰属する。」とされ,F3契約においても著作権に係る条項は,「当該製品開発過程で生じる著作権の対象となりうるものは,甲(注,被控訴人)に帰属するものとする。」とされているのみで,本件プログラムの翻案権は,譲渡の目的として特掲されていない。そうすると,著作権法61条2項により,上記翻案権は,本件プログラムの著作権を譲渡した控訴人に留保されたものと推定されることとなる。
(2) 被控訴人は,本件においては,上記推定を覆す事実が認められるとして,本件プログラムの翻案権は,控訴人に留保されずに著作権とともに被控訴人に譲渡された旨主張し,控訴人はこれを争うので,以下検討する。
ア F3契約の解釈に当たり,まず,控訴人と被控訴人間の上記の契約締結に至る交渉経緯についてみると,上記交渉に際し,被控訴人においては,当初から,開発委託先と製品の納入先を同一とすることは,被控訴人の製品企画者・メーカとしての立場を確保できないおそれがあることから,被控訴人自身が,開発されるべき製品に主体的に関与できるようにするという方針があったところ,例えば,F3の関連商品,派生商品が製造されることを念頭において,それらには,当然には,現在交渉している契約が適用されるものでないという方針が控訴人に対し示された。
他方,控訴人は,「歩合開発費」の提案において,控訴人は,「製品の販売開始の後であってもF3という製品が存在する限り,市場および競合製品の変化,さらなるコストダウンの要求等々様々な問題に対応し,F3の持つ製品としての競争力を維持/拡大していくことに関しましても貢献していきたいと考え」ているとして,競合製品との関係で,F3の改良があることを前提とするほか,F3については,「製品所有者たるIMV殿の主権」を問題として,「基本的に,『製品改良はIMVの責任において実施する』でなくてはならない」として,F3が改良されることがあることを前提に,改良は,F3の所有者である被控訴人の責任において行うべきことであるとした。
そして,そのような控訴人からの提案を受けて,被控訴人も,控訴人の提案を基本的に受け入れ,「『製品の改良作業等にあたっても,アイセルは利益共同体としての責任と義務に基づき,これに積極的に参画する』ことを基本合意事項として確認したい。ただし,製品の改良等は,IMVの製品所有者としての主権に基づいて計画され実施されるものであることは,論を待たない」とし,被控訴人による改良があることを前提に,それに控訴人が協力するものとして,F3契約の骨子が固まり,その後,歩合開発費の計算式など細部を詰めて,F3契約が締結されたものと認めることができる。
これら交渉の過程に照らせば,F3契約においては,控訴人と被控訴人間においては,F3に係る本件プログラムについても,将来,改良がされることがあること,控訴人はその改良に積極的に協力するが,改良につき,主体として責任をもって行うのは,被控訴人であることが当然の前提となっていたことが認められる。すなわち,当事者間では,被控訴人が本件プログラムの翻案をすることが当然の前提となっていたと認められるのであって,これは,被控訴人による本件プログラムの翻案権を前提としていたものと解するほかない。
したがって,上記に照らせば,控訴人と被控訴人間では,翻案権の所在について明文の条項は定められなかったものの,本件プログラムを改良するなど,被控訴人が本件プログラムの翻案権を有することが当然の前提として合意されていたものと認めるのが相当である。
イ また,F3契約の条項に照らすと,第2条は,〔基本合意事項〕として,上記に記載するところを定めるものであるが,これは,上記アで述べた趣旨を条項としたものというべきであり,控訴人が,「製品完成後においても市場および部品供給上や製品製造上の事情の変化に追随して,当該製品の市場競争力を維持するために必要な貢献」を行うことを規定する。同規定は,本件プログラムの改良等,本件プログラムが翻案される可能性を前提とするものであり,かつ,その翻案について,控訴人は「貢献」を行うとして,飽くまで翻案の主体は,被控訴人とするものであり,被控訴人が翻案権を有することを前提としているものと解することができる。
したがって,F3契約の条項上も,被控訴人が本件プログラムの翻案権を有していることを前提としているものと認められる。
ウ 以上によれば,F3契約において,本件プログラムの翻案権の帰属は,明文で定められているものではないが,控訴人と被控訴人間には,上記翻案権が被控訴人に帰属するものであるという合意が存在し,控訴人が開発する本件プログラムの著作権は,翻案権を含め,被控訴人に譲渡されたものと認めるのが相当である。
エ 控訴人は,控訴人と被控訴人間の本件各ソフト開発に関する取引関係の実態が,ライセンス料支払契約に実質的に変更している以上,各契約書の「本契約に基づき開発されたソフトウェアの著作権は被控訴人に帰属する」との条項の解釈も,その権利の範囲は不明確かつ不確定であるというべきであるから制限的に解釈されるべきであり,本件プログラムの翻案権は控訴人に留保されている旨主張する。
しかし,F3契約は,前記のとおり,控訴人が主張するような,控訴人が製造に係る権利を有することを前提とするライセンス契約ではないのであり,控訴人の主張は前提を欠くものである。
オ 控訴人は,本件プログラムについて,開発費として支払われた金額は,開発の原価に満たない一方,被控訴人は歩合開発費をほとんど支払わずにばくだいな利益を得ており,歩合開発費も本件プログラム開発の対価であるなどとして,開発費の支払だけで翻案権を含めて著作権が被控訴人に移転することはあり得ない旨主張する。
しかし,仮に,控訴人が,内部的に歩合開発費も含めて開発の収支を考えていたとしても,控訴人自身,F3契約の交渉に当たり,被控訴人から「成功報酬」の支払なら応じられると告げられたことに応じて,被控訴人に対して,「『歩合開発費』が存在することで,弊社がIMV殿の(利益に貢献する製品を作るという)立場で製品開発に全力を尽くすための強力な動機付けができあがる事になります。」とし,「歩合開発費」について,「『歩合開発費』があくまで成功報酬で(あ)り,『成功』とは貴社がF3によって利益を上げることであると考えます。そのように考えた場合F3の粗利に対する比率で,『歩合開発費』(を)算定しても良いのではないかと考えます。」として,被控訴人の利益に応じた成功報酬としての「歩合開発費」を提案し,その提案を受けるように説得していて,そこでは,歩合開発費と開発費との関係は何も述べていない。
そして,同提案を受けて,控訴人と被控訴人間で合意が成立したのであり,その後の交渉の過程を見ても,「歩合開発費」の性質について,上記控訴人の提案と異なる解釈がされたことはない。現に,F3契約は,「甲(注,被控訴人)は,乙(注,控訴人)のこの協力に対し,初期に発生する開発費に加えて,製品の市場投入後に得られる甲の利益の一部を第9条〔歩合開発費〕に定める方式に従って,利益分配する。」(第2条)と規定する。
また,本件の「歩合開発費」の支払額は,F3の販売量や販売価格に依存するものであり(F3契約の第9条),その性質上,額は,
定額ではなくて,多額にもなれば少額にもなり,すでに発生している開発費用の額と直接的な関連性を有するものではなく,正に利益の分配としての性質を有するものにほかならない。
さらに,前記によれば,F3の開発手順や開発に要する費用等は, その開発期間中,控訴人と被控訴人が協議した上,合意に基づいて決定され,被控訴人による開発費の支払は,開発期間中に控訴人が概ね各月ごとに行う請求を受けてされ,予定外の開発作業のために要した費用についても,控訴人は,それが全体から見ても少額であっても請求し,被控訴人は控訴人の請求に応じて支払っている。このような開発費の定め方及び支払方法は,控訴人において,F3の開発の進展に伴い,順次開発作業の対価を取得することができる方式であったということができる。
これらに照らせば,被控訴人から控訴人に対し,本件プログラムの開発期間中,開発のために要した費用として,開発費が支払われ,それに加えて,控訴人の特別の協力に対して,利益の分配としての歩合開発費が支払われるとされたものと解するほかない。このことは,仮に,控訴人が,内部的に歩合開発費も含めて開発の収支を考えていたことにより左右されるものではないし,また,被控訴人が,内部的に歩合開発費をコストと考えて,収支を計算していたとしても,同様である。
したがって,開発費が控訴人による本件プログラム開発の原価に満たないものであり,歩合開発費も開発の対価であるとして,それが支払われていないことを根拠として,翻案権が控訴人に帰属することをいう控訴人の主張は,開発費及び歩合開発費の位置付けにおいて,当事者間の合意に反するものといわざるを得ないのであって,控訴人のもとで開発のために現実に要した費用を検討するまでもなく,主張の前提を欠くものとして,採用できない。
控訴人は,また,本件プログラムの価値の大きさを根拠として,翻案権が留保されている旨主張もするが,仮に,その価値が大きいものであったとしても,そのことが直ちに翻案権の所在に影響するものではなく,翻案権の留保の有無は,F3契約締結に至る交渉経過及びF3契約の条項に照らし,上記のように当事者の意思を合理的に解釈することにより認定されるべきものであり,控訴人の主張は採用の限りではない。
カ また,控訴人は,翻案権を開発を委託する会社に譲渡することは,開発会社として独占的に請け負うことができる優位性を譲り渡してしまうことに等しいもので,社会通念上,あり得ない旨主張する。
しかし,一般的に,プログラム開発会社にとって翻案権が重要であるとしても,プログラム開発会社が開発したプログラムの著作権ないしその一部である翻案権をだれに帰属させるのかは,その対価等とも関連し,当事者の合意によって定まるものであって,本件プログラムの翻案権について,それを譲渡する旨の当事者間の合意があったことは,上記認定のとおりであるから,およそプログラムの著作物の翻案権の譲渡が社会通念上あり得ないとする控訴人の主張は採用することはできない。
キ 控訴人は,さらに,F3契約締結交渉の経緯やF3契約の文言を理由に,翻案権が控訴人に留保されている旨を主張するが,それら交渉の経緯及びF3契約の文言に照らせば,むしろ,控訴人は,上記ア及びイのとおり,本件プログラムの翻案権を被控訴人に譲渡していると認めることができる。
(3) 以上によれば,著作権法61条2項の推定にかかわらず,本件においては,関係各証拠によって,上記推定とは異なる,本件プログラムの翻案権を控訴人から被控訴人に譲渡する旨の控訴人と被控訴人間の合意を認めることができるであり,この合意に基づき,本件プログラムの翻案権は,被控訴人が有するものというべきである。
5 争点4(本件解除による本件プログラムの翻案権の復帰)について
(1) 控訴人は,本件解除により,本件プログラムの翻案権は控訴人に復帰した旨主張するとともに,継続的契約関係においては,契約の性質,内容,当事者の意思を考慮してある程度の修正がされるが,本件における事情を考慮すると,F3契約等が解除された効果として,遡及効を否定して現状を維持させるべき要請はほとんどないなどとして,本件解除には遡及効がある旨主張する。
(2) そこで,本件解除の解除原因が存在し,解除の意思表示が有効であるかはさておき,仮に,これらが肯定されるとしても,控訴人主張のように本件解除に遡及効があるか否かについて,まず,検討する。
前記に照らせば,本件プログラムは,一度に開発されるものではなく,一定期間にわたって開発されるもので,開発期間中にあっても,開発の委託者である被控訴人と受託者である控訴人とで協議の上,開発対象となる具体的なプログラムを順次定め,それに基づいて,控訴人が開発作業を行い,そこで開発されたプログラムが被控訴人に納入され,被控訴人がその著作権等を取得し,開発費についても,その都度,控訴人と被控訴人間において支払額,支払時期等が合意された上で,開発期間中に,月ごと,あるいは検収後に控訴人に対して支払われるといったものである。
他方,被控訴人は歩合開発費の支払義務を負担するが,F3契約による「歩合開発費」は,前記のとおり,控訴人と被控訴人間において,利益の分配という性質を有するものとして扱われていたのであり,「初期に発生する開発費に加えて」,控訴人の「協力」(いずれもF3契約の第9条)に対して支払われるものであって,控訴人は,被控訴人に対して特別な協力を行い,その協力を理由として,控訴人に対し,利益の分配としての「歩合開発費」が支払われるものとされていた。
そうすると,本件プログラムをめぐる契約関係において,基本的には,控訴人による本件プログラムの開発期間中は,控訴人は,合意されたところに基づき,順次,プログラムを開発して,これを被控訴人に納入する義務を負うのに対し,被控訴人は,開発に応じて,合意された開発費の支払義務を負い,順次,納入されるプログラムの著作権等の権利を取得するという継続的な関係が存在し,プログラムの納入後は,控訴人には,製品の競争力維持のために特別な協力を行う義務が存在し,被控訴人には,「歩合開発費」の支払義務が存在するという継続的な関係があることが認められる。
上記継続的な関係においては,被控訴人が,順次,納入されたプログラムの権利を取得するものであるところ,その権利を基礎として,新たな法律関係が発生するものであるし,開発の受託者である控訴人も,委託者である被控訴人から指示されて被控訴人のために開発を行い,被控訴人に納入したプログラムについて,控訴人と被控訴人間の契約関係解消の場合,その開発作業の対価として受け取った金員の返還を想定しているとは考えられず,契約の性質及び当事者の合理的意思からも,本件における継続的な関係の解消は将来に向かってのみ効力を有すると解するのが相当である。92年基本契約,94年基本契約においても,契約解除の場合,開発されたソフトウェアの著作権が被控訴人に帰属する条項が有効である旨が定められている(第22条3項)。また,本件においては,歩合開発費についての条項が定められているが,歩合開発費は,控訴人の特別の協力に対して,利益の分配として支払われるものであり,控訴人が,歩合開発費の支払がないことを理由に,開発費が支払われていないということはできず,本件プログラムについて,開発段階で合意された開発費合計1億8967万6300円が被控訴人から控訴人に支払われたことにより,本件プログラムの開発費は支払われて,被控訴人は納入されたそれらの著作権等を取得し,本件解除当時は,F3契約について,F3の競争力維持のための控訴人の義務と被控訴人の歩合開発費支払の義務が残っていたと認められる。
そうすると,控訴人による本件解除は,仮に,解除原因が存在し,解除の意思表示が有効であるとしても,遡及効はなく,将来に向かって効力を生じるものであると解されるのであって,そうとすれば,控訴人は,将来の競争力維持のための協力義務を免れるものの,本件解除によって,従前の法律関係を解消されるものではなく,被控訴人に帰属した権利が,控訴人に復帰するものではないと解するのが相当である。
(3) 控訴人は,本件解除に遡及効が認められることの理由として,歩合開発費の支払により控訴人の開発費が回収されること,控訴人と被控訴人は,いずれも,固定開発費と歩合開発費の合計でプロジェクト全体の収支計算をしているものであること,契約で合意された市場競争力維持のための控訴人による貢献は,実際は大きな工数・費用を必要としない小規模のものしか想定されていないのであり,それが免除される利益と,歩合開発費を失う不利益は全く均衡がとれないことを挙げる。
しかし,仮に,控訴人が,歩合開発費も含めて開発費の回収を考えていたとしても,前記のとおり,控訴人自身,歩合開発費を「成功報酬」と述べて,開発費との関係をいわずに,利益の分配を求めるとして,被控訴人と交渉を行っているのであり,本件の「歩合開発費」は,上記性質のものとして当事者間で合意されたものであり,歩合開発費の支払がないと開発費が回収されないことを前提とする控訴人の主張は失当である。そして,このことは,控訴人と被控訴人が内部的に収支計算をどのようにしていたかに左右されないし,被控訴人が,仮に,支払義務を負う歩合開発費をコストとして考えていたとしても,そのことが被控訴人が歩合開発費をプログラムの開発費と考えていたことと直ちに結びつくものではないし,被控訴人が,歩合開発費が,控訴人の開発費を後から支払うという性質のものであると表明あるいは示唆していたことを認めるに足りる証拠もない。また,控訴人は,市場競争力維持のための控訴人による貢献が免除される利益と,歩合開発費を失う不利益とが均衡がとれない旨をいうが,歩合開発費の額は,売上高,利益に依存するもので,確実に一定額が支払われるものではないから,控訴人主張の関係は,そもそも認める余地がない。
その他,控訴人は,利益共同体が崩壊するのであれば,控訴人は新たな取引相手を探し出してでも,企業の存続を図る必要があり,その際に,過去の開発成果を全く利用できなくなるような状態では,存続の可能性を実質的に奪われてしまうことなどの事情が存在することを,遡及効が認められない根拠とするが,上記のような控訴人の事実上の不都合が,直ちに,解除の遡及効の有無に関係すると認めることはできない。
(4) 控訴人は,著作権について遡及効が認められなくとも,翻案権については遡及効が認められるとし,本件解除により,控訴人は,それまでに蓄積した技術を駆使して製品を開発し,自ら新たな顧客を求めて奔走することとなるのであり,そのため,控訴人に翻案権が復帰することが不可欠であるのに対し,翻案権を被控訴人に残しておかないことの不都合はなく,また,歩合開発費の支払を免れる被控訴人との対比において,控訴人が市場競争力維持の貢献の義務を免除されることは,全く均衡を失している旨主張する。
しかし,控訴人のそれまでに蓄積した技術を駆使すれば,本件プログラムの翻案に当たらない,振動制御器のためのプログラムを開発することは格別困難なものではないはずである。一方,被控訴人が翻案権を有するか否かは,被控訴人にとって重要であるから,翻案権を控訴人に残しておかなければならない合理的な理由があるとは到底いえないし,歩合開発費と市場競争力維持の貢献の義務との関係が控訴人主張のように認められるものでないことも上記のとおりであり,控訴人主張は,失当である。
(5) 以上によれば,本件解除によって,本件プログラムの翻案権が控訴人に復帰したとする控訴人の主張は採用することができない。
6 結論
以上のとおり,控訴人は,本件プログラムについて翻案権を有しないのであるから,控訴人の請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がなく,これを棄却した原判決は相当である。