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著作権判例セレクション

【コンテンツ契約紛争事例】イラストの著作権譲渡契約が問題となった事例

▶平成28229日 東京地方裁判所[平成25()28071]
() 本訴請求は,イラストレーターである原告が,被告との間で締結したとするイラスト(いずれも被告の依頼により原告が制作したもの。「本件各イラスト」)の各著作権(「本件各著作権」)及び被告の依頼により原告が色紙に直接書いて被告に渡したイラスト(「特典色紙イラスト」といい,本件各イラストと併せて「本件イラスト」)の著作権(「本件各著作権」と併せて「本件著作権」)を原告が被告に有償で譲渡することなどを内容とする契約(「本件著作権譲渡契約」)を被告の債務不履行(本件著作権の譲渡の対価の不払)により解除した上で,被告に対し,①本件各著作権に基づく差止請求権(著作権法112条1項)を主張して,本件各イラストの複製,公衆送信,展示,譲渡及び翻案の差止めを求め,②本件各著作権に基づく廃棄等請求権(同条2項)を主張して,インターネット上のウェブサイト「夢萌.com」ホームページ(被告の管理に係るウェブサイト。「本件ウェブサイト」)に掲載されている本件各イラストの削除,被告の住所地又は営業所に存する被告所有の本件各イラストの原画の返還,並びにその複製物及び原画のデータの廃棄を求め,③本件著作権譲渡契約の債務不履行及び同契約の解除による損害賠償請求権(民法415条,545条3項)又は同解除に伴う原状回復請求権(民法545条1項)を主張して,損害賠償金又は使用利益相当額等の支払を求めるとともに(なお,上記損害賠償請求と使用利益請求とは選択的請求の関係にあると解される。),④被告が,本件イラスト13が印刷されたクリアファイル(「本件特典クリアファイル」)を取得し,本件特典クリアファイルの印刷のため原告が印刷業者に支払った印刷代金相当額を法律上の原因なく利得していると主張して,不当利得返還請求権(民法703条)に基づき,不当利得金等の支払を求めた事案である。

1 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
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2 争点1-1(原告と被告との間に本件著作権譲渡契約が締結されたか)について
(1) 前記認定事実,とりわけ,①原告が,被告が設置している本件ウェブサイトで販売されていたイラストつきの酒類を見て,被告に対し,「私にも仕事させていただけないかなぁと思いまして」とのメールを送信し,条件を尋ねられた際には「グッズのギャランティとしては参考までに 大体5~10万円でお受けしております。」と記載していること,②原告は,本件打合せにおいても,被告代表者に対し,原告が通常グッズのイラストを制作する場合には,パッケージが10万円,それ以外は最低でも5万円から仕事を受けていると説明していること,③本件打ち合わせにおいては,キャラクターを5人制作して,それぞれ異なる味の酒のラベルにすることなどが合意されたこと,④その後,原告が,自身の画集に本件果実酒のイラストを掲載してよいか尋ねたのに対して,被告代表者がラベルと同一のものはファンがとまどうから認めない旨回答していることなどからすれば,原告と被告との間には,平成24年12月11日の本件打合せにおいて,原告が本件果実酒のラベル等に使用するためのイラストを制作し,その著作権を被告に有償で譲渡する旨の契約が成立したものと推認されるというべきである。もっとも,原告と被告とが,その後,イラストの制作の都度,対価の具体的金額や支払時期等について個別に確認等をしていたわけではないことや,上記のとおり,原告と被告とはキャラクターを5人制作し,それぞれ異なる味の酒のラベルにするものとしていたこと,原告は,パッケージのためのイラストは10万円で仕事を受けていると説明したこと,販売促進用のグッズについては,必ずしも多量の複製物が制作されたわけではないほか,その多くが購入者特典として無償で配布等されたことなどに照らせば,被告が,本件果実酒の販売促進のために制作するグッズ等に使用するイラストについてまでも,ラベルイラストと別個に著作権譲渡の対価を支払うべきものと認識していたかは疑わしく,当事者間の合理的意思としては,被告が原告に支払うべき対価は,イラスト1点ごとに幾らというのではなく,本件果実酒のシリーズ(温州みかん,こい梅,ぶどう,こいあんずの各シリーズ)1点ごとに,それぞれ少なくとも10万円を支払うべきものであったと推認される。
この点について,原告が被告に最初に送信したメールが本件のきっかけとなっていること,原告が,被告とともに酒造の見学に行ったほか,被告の事業について様々なアドバイスを行ったりラベルの印刷会社を紹介したりしたこと,被告が,本件果実酒の販売促進のためにホームページを開設し,イベントに参加し,また,原告の要望に応じて被告の事業方法を変更したことなどがうかがわれるものの,これらの事実をもっても,上記推認を覆すには至らないというべきである。
(2) 被告は,原被告間の法律関係について,原告がイラストを制作し,被告が同イラストを包装や広告宣伝に使用した飲料を販売して,その売上金額の3パーセントを原告に分配する旨の本件基本合意が成立した旨主張し,被告代表者も,その尋問において,本件打ち合わせには原告に対して売上金額の3パーセントを支払う旨申し向けた,これに対して原告が分かりましたと答えたなど,同旨の供述をする。
しかしながら,前記認定事実のとおり,原告は,被告への問い合わせにおいて,「グッズのギャランティとしては参考までに 大体5~10万円でお受けしております。」と明確に記載しており,被告代表者尋問の結果によっても,原告は本件打合せにおいて5万円から10万円と発言していたと認められるところ,それにもかかわらず,本件打合せにおいては,本件果実酒が何本程度売れる見込みであるかとか,原告が希望する5万円ないし10万円に達するためには,何本販売することが必要となってくるかなどの見通し,代金の精算をどのように行うべきかなどについても何ら話し合われていない。むしろ,原告は,本件打ち合わせの後である平成25年1月頃,被告代表者から,「3%」との記載のある契約書案を示されたのに対し,その署名押印に応じなかったというのである。そうすると,原告と被告との間に,被告が主張するような共同事業に関する本件基本合意が成立したものとみることは困難というほかない。
(3) したがって,上記(1)のとおり,原告と被告との間には,平成24年12月11日,原告が本件果実酒の包装や広告宣伝に使用するためのイラストを制作し,その著作権を,本件果実酒の1シリーズ(温州みかん,こい梅,ぶどう,こいあんずの各シリーズ)につき10万円で被告に譲渡する旨の合意が成立し,その後,原告が被告の依頼に応じて本件イラストを制作して,被告に提供し,被告が本件イラストを包装や広告宣伝に使用して飲料を販売するなどしたことからすれば,上記合意に従って本件著作権を原告が被告に有償で譲渡する旨の本件著作権譲渡契約が成立したものと認めるのが相当である。
3 争点1-2(本件著作権譲渡契約について解除原因が認められるか)について
上記2のとおり,原告と被告との間には,原告が,被告の販売する本件果実酒の包装や広告宣伝に使用するための本件イラストを制作し,その著作権を,本件果実酒の1シリーズにつき10万円で被告に譲渡することなどを内容とする本件著作権譲渡契約が成立していたと認められるところ,前記認定事実によれば,被告は,原告の制作した本件イラストを用いて,本件果実酒を合計4シリーズ(温州みかん,こい梅,ぶどう,こいあんず)販売したと認められるから,被告は,本件著作権譲渡契約に基づき,原告に対し,40万円を支払う義務を負っていたというべきである。
しかるところ,被告は,原告による本件イラストの対価の支払を求める平成25年9月24日付け通知書の受領を拒絶し(なお,前記認定事実によれば,同通知書に係る意思表示は,遅くとも保管期限であった同年10月3日までに社会通念上被告の了知可能な状態に置かれたものというべきであり,法律上被告に到達したとみるのが相当である。),原告に対して金銭の支払を行っていないのであるから,被告には,本件著作権譲渡契約につき,債務不履行が認められる。したがって,原告が,催告の上,相当期間が経過した後に,本件訴状によってした本件著作権譲渡契約の解除の意思表示により,本件著作権譲渡契約は有効に解除されたというべきである。
4 争点1-3(本件著作権譲渡契約の解除に伴う原告の金銭請求〔損害賠償請求又は原状回復請求〕は認められるか)について
(1) 原告は,被告の債務不履行により,本件イラストの対価(本件著作権の譲渡対価)に相当する金額の損害を受けたと主張する。
しかしながら,本件著作権譲渡契約が解除されたことにより,原告は,本件著作権を復帰的に取得するに至ったものであって,これを行使しうる地位にある以上,原告が本件著作権の譲渡対価相当額の損害を受けたと直ちに認めることは困難であり,このことは,原告が本件イラストを本件果実酒の包装等に使用するためにオーダーメイドで制作したものであったとしても変わることはない。
この点,原告は,原告においてもはや本件イラストを再利用することができない旨主張する。しかし,前記認定のとおり,原告は,平成25年1月10日,被告代表者に対し,今後発売を予定している画集に,「みみきゅ~る」のイラストを掲載してよいか尋ねていることにも照らせば,本件イラストが本件果実酒の包装や広告宣伝等以外の目的におよそ利用することができないという性質のものでないことは明らかであり,他に本件著作権の客観的価値の棄損を認めるに足りる証拠はない。
したがって,債務不履行及び解除による損害賠償請求権に基づく原告の金銭請求には理由がない。
(2) もっとも,被告は,本件著作権譲渡契約が解除されたことにより原状回復義務を負うところ(民法545条1項),被告は,同義務の内容として,解除までの間,本件著作権を利用したことによる利益(本件著作権譲渡契約の目的の使用利益)を返還する必要がある(最高裁昭和51年2月13日第二小法廷判決参照)。
そこで,本件著作権譲渡契約が解除されるまでの間,被告が本件著作権を利用したことによる利益について検討するに,被告は,原告に対し,本件果実酒の売上高の3パーセントに相当する額を支払う旨の契約を提案しているのであるから,少なくとも同3パーセントに相当する額については,本件著作権を利用することによる利益と認めるのが相当である。他方,被告が原告の描き下ろしたイラストを用いた商品として本件果実酒を広告宣伝し,原告のイラストを用いた販売促進物を購入者特典として用意するなど,原告のイラストの魅力をアピールして本件果実酒の販売を行い,現実に売上げをあげていることを考慮したとしても,被告が本件イラストを包装や広告宣伝に用いた本件果実酒を販売したのは,平成25年2月頃から原告が本件の訴状により本件著作権譲渡契約を解除した同年11月頃までの限られた期間にとどまり,その販売実績も,合計391本,売上高にして合計57万5100円にとどまることや,被告は,本件果実酒の販売のために,新たにウェブサイトを立ち上げるなど相応の費用を負担しており,収支全体としては損失が発生している可能性も十分にうかがわれること,原告が制作するイラストが市場においてどの程度の価値があるものとして評価されているかについて客観的な証拠はないこと,一般に酒類等の商品の包装や広告宣伝にイラストが用いられた際にイラストレーターにどの程度の利用料が支払われるかの水準等についても客観的な証拠はないことなどからすれば,上記売上高57万5100円の3パーセントに相当する1万7253円以上に,本件著作権を利用したことによる利益を認めることは困難というほかはない。
したがって,被告は,本件著作権譲渡契約の解除に伴う原状回復義務として,原告に対し,本件著作権を利用したことによる利益である1万7253円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成25年11月9日(本件訴状による付遅滞の効果は,使用利益請求にも及ぶと解するのが相当である。)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべきものである。
5 争点2(被告は本件特典クリアファイルの印刷代金相当額を法律上の原因なく利得しているか)について
前記認定事実によれば,原告は,平成25年6月頃,本件果実酒の販促グッズのうち,本件特典クリアファイルの印刷代金3万2288円を,被告に代わって立替払する趣旨で印刷業者に支払っているところ,本件特典クリアファイルは,被告が本件果実酒を販売するに際し,販売促進物として制作されたものと認められるから,その印刷代金は,本来被告が支払うべきものである。
そうすると,被告は,本件特典クリアファイルの印刷代金相当額である3万2288円について,法律上の原因なく利得しており,これにより原告が損失を受けているものといえるから,被告は,原告に対し,不当利得金3万2288円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成25年11月9日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべきものである。
6 争点3-1(本件各イラストの複製等の差止請求が認められるか)及び争点3-2(本件ウェブサイトに掲載されている本件各イラストの削除,本件各イラストの原画の返還,並びにその複製物及び原画のデータの廃棄請求が認められるか)について
原告は,本件各著作権に基づき,被告に対し,本件各イラストの複製等の差止めを求めているところ(著作権法112条1項),前記認定事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告は,現在も,本件イラスト6の1,同6の2,同7の1又は同7の2の複製物である本件ラベル及び本件イラスト13の複製物である本件特典クリアファイルを所持しており,被告が本訴請求につき請求棄却を求めて争っていることを考慮すると,被告において,なおこれらを譲渡するおそれがあるものと認められるから,本件各イラストのうち,本件イラスト6の1,同6の2,同7の1,同7の2及び同13の複製物の譲渡を差し止める必要性が認められ,その限りにおいて理由があるが(原告の本訴請求には,上記趣旨が含まれていると善解することができる。),その余の差止請求については,差止めの必要性を認めるには至らず,理由がない。
また,原告は,本件各著作権に基づき,本件ウェブサイトに掲載されている本件各イラストの削除,被告の住所地,営業所に存する被告所有の本件各イラストの原画の返還,並びにその複製物(本件特典クリアファイルを含む。)及び原画のデータの廃棄を求めているところ(著作権法112条2項),上記のとおり,被告が現在も本件ラベル及び本件特典クリアファイルを所持しており,これらを譲渡するおそれが認められることからすれば,本件ラベル及び本件特典クリアファイルを廃棄させる必要があるといえ,その限りにおいて理由があるが,現時点において,本件各イラストが本件ウェブサイトに掲載されていることや,被告の住所地,営業所に本件ラベル及び本件特典クリアファイル以外に本件各イラストの複製物が存することの立証はないことからすれば,その余の請求には理由がない(本件各イラストの原画の返還請求については,その法的根拠も明らかではない。)。
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9 まとめ
以上によれば,本訴請求は,被告に対し,本件イラスト6の1,同6の2,同7の1,同7の2及び同13の複製物の譲渡の差止めを求め,本件ラベル及び本件特典クリアファイルの廃棄を求め,また,4万9541円及びこれに対する平成25年11月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による金員の支払を求める限度において理由があり,その余は理由がない。