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著作権判例セレクション
【一般不法行為】仮処分申立ての違法性の有無が争点となった事例
▶平成16年1月28日東京地方裁判所[平成15(ワ)5020]
(注) 本件は,原告らが被告に対し,被告が原告らを相手方としてした仮処分命令の申立てが不法行為を構成するとして損害賠償を求めた事案である。
1 著作権侵害の成否
まず,原告らが,携帯万能8を販売することは携快電話6について被告の有する著作権を侵害しているか否かについて,検討する。
(1) 認定事実
前記争いのない事実等に証拠と弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
ア 被告は,平成13年1月31日,AMI社との間で,被告がAMI社に対して,携帯電話のデータをパソコンで編集するなどの機能を有するパソコン用ソフトウエアについて,開発を委託する旨の本件開発委託契約を締結した。携快電話6は,本件開発委託契約に基づき,AMI社が被告の委託を受けて製作した製品である。
イ 本件開発委託契約では,「AMI社が作成した仕様書,本件開発製品及び附属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム,書類,図面,情報その他の資料に関する著作権及び所有権その他一切の権利は,委託料の完済時に被告が取得する。」(17条合意)と合意された。被告は,AMI社に対し,携快電話6の開発に係る委託料を完済した。
ウ 被告とAMI社は,平成14年4月5日,本件開発委託契約を終了させたが,契約終了後の両者の法律関係を定めるものとして本件合意書を交わし,その3項で,17条合意において規定された「AMI社が作成した仕様書,本件開発製品及び付属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム,書類,図面,情報その他の資料(以下,本件著作物という)に関する著作権及び所有権その他一切の権利」の本件著作物のうちには「ソースコード」は含まれておらず,「ソースコード」がAMI社の固有の権利であることを確認する旨,及び今後AMI社は,これを自由に付加開発し,他に開示することができる旨合意した。
エ 原告らは,平成14年4月ころ,AMI社に対して,携帯電話のメモリを編集する等の機能を有するパソコン用ソフトウエアの開発を委託し,AMI社は,携帯万能8を製作した。原告らは,同年7月27日,AMI社の使用許諾を受けて,携帯万能8の販売を開始した。携帯万能8は,プログラムとデータファイルから構成されるソフトウエアに係る製品であるが,AMI社は,携快電話6のプログラムのソースコードに改良を加えて携帯万能8のプログラムを製作し,また,携快電話6に使用したデータファイルをそのまま若しくは一部変更して携帯万能8のデータファイルとして使用し,携帯万能8を製作した。このため,携帯万能8のデータファイル(画像ファイル,音源ファイル,携帯電話機情報ファイル)には携快電話6のデータファイルと全く同一のファイルが多数含まれている。原告らは,携帯万能8についてAMI社から使用許諾を受けている。
オ 携快電話6と携帯万能8とは,以下のとおり,多数の共通点がある。
(ア) 両者の画像ファイルは同一である。携快電話6に含まれる画像ファイルはリナコ社が製作した。AMI社は,リナコ社から使用許諾を得て,これらの画像ファイルを携快電話6及び携帯万能8に使用した。なお,AMI社は,被告に対し,上記画像ファイルの製作者がリナコ社であることを伝えていなかったので,被告は,上記画像ファイルをAMI社が製作したものと信じていた。
(イ) 着信メロディーのサンプル曲として含まれている音源ファイルのうち,7個が同一である。携帯電話機情報ファイルも同一である。
(ウ) 起動直後の画面,スケジュール編集画面,メールツール画面,メール転送設定画面,ブックマーク編集画面,着メロ編集画面,画像編集画面,iアプリ作成画面において,両者は極めて類似する。
カ 被告は,平成14年12月10日,原告らが「携帯万能9」の商品名で携帯万能8の後継商品を発売し,携帯万能8の販売差止め等を求める必要がなくなったとして,本件仮処分申立てを取り下げた。
(2) 判断
以上認定した事実を基礎にして,著作権侵害の成否について判断する。
ア プログラムの著作権侵害の有無
(ア) 前記(1)認定の事実によれば,被告は本件開発委託契約の17条合意により,AMI社が開発した携快電話6のプログラム及びデータファイルの著作権を同社から承継取得したことが認められるが,その後,本件合意書3項により「ソースコード」についてはAMI社が固有の権利を有し,AMI社は「ソースコード」を「自由に付加開発し,他に開示することができる」旨合意している。そして,「ソースコード」の一般的な意味及び本件合意書3項の文言からすれば,本件合意書3項にいう「ソースコード」とは,携快電話6のプログラムのソースコードを意味するものと解するのが相当である。
これに対して,被告は,上記「ソースコード」はAMI社がもともと開発していたドライバ等を意味する旨主張するが,本件証拠上,そのように解すべき事情は窺われないから,被告の主張は採用できない。
したがって,携快電話6のソースコードの著作権はAMI社に帰属する。被告は,携快電話6について,AMI社と共同著作権を有しているとも主張するが,採用の限りでない。
(イ) 前記(1)認定のとおり,携帯万能8のプログラムは,AMI社が携快電話6のプログラムのソースコードに改良を加えて製作したものであるが,本件合意書3項によれば,携快電話6のソースコードの著作権はAMI社に帰属し,AMI社は,携快電話6のソースコードを「自由に付加開発し,他に開示することができる」のであるから,被告が携快電話6のプログラム(オブジェクトコード)の著作権を有するとしても,携帯万能8のプログラムが被告の著作権を侵害して製作されたものということはできない。
そして,原告らはAMI社の使用許諾を得て携帯万能8を販売しているのであるから,原告らの販売行為は,携快電話6の著作権を侵害しない。
イ 画像ファイルの著作権侵害の有無
前記(1)認定のとおり,携帯万能8の画像ファイルには携快電話6の画像ファイルと同一のものが存在する。
ところで,前記のとおり,携快電話6の画像ファイルはリナコ社が製作したものであるから,仮に画像に著作物性が肯定されるものが含まれていたとしても,当該画像ファイルの著作権はリナコ社に帰属しているものと解される。本件において,被告が当該著作権を承継取得したとの主張,立証もない。したがって,被告は携快電話6の画像ファイルの著作権を有しないから,携帯万能8の画像ファイルが被告の著作権を侵害することはない。
また,被告は,携快電話6の画像ファイルの画像がデータベースの著作物に当たるので,携帯万能8の画像ファイルはデータベースの著作権を侵害する旨主張する。しかし,当該画像ファイルは,似顔絵を作るために顔を目,鼻,口,眉,頭髪等の各部分に分け,それらの部分ごとに複数の画像を作成し,データファイルのフォルダに保存しただけのものであって,「情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」とはいえないから,著作権法2条1項10号の3所定の「データベース」には当たらない。したがって,この点の被告の主張は採用できない。
ウ その他のデータファイルの著作権侵害の有無
前記(1)認定のとおり,携帯万能8のその他のデータファイル(携帯電話機情報ファイル,音源ファイル)には携快電話6のデータファイルと同一のものが存在する。
ところで,前記のとおり,携快電話6のその他のデータファイルはAMI社が製作し,被告はAMI社からその著作権等を承継取得した。一方で,携帯万能8のその他のデータファイルは,原告らがAMI社から使用許諾を得て携帯万能8の一部として販売している。そうすると,携帯万能8のその他のデータファイルのうち,携快電話6のファイルと同一のものについては,被告と原告らとはAMI社を起点として,いわゆる二重譲渡と同様の関係にあるということができるから,被告が原告らに対し,AMI社からその他のデータファイルの著作権又は著作隣接権を承継取得したことを対抗するためには,著作権法77条1号所定の権利の移転登録を要するというべきである。しかし,被告は移転登録を得ていないのであるから,仮にその他のデータファイルについて著作権又は著作隣接権が成立するものが含まれていたとしても,原告らが携帯万能8を販売する行為は,当該著作権又は著作隣接権の侵害とはならない。
この点について,被告は,原告らがいわゆる背信的悪意者に当たるから,被告は権利の移転登録なくしてその他のデータファイルの著作権等の取得を原告らに対抗することができると主張する。しかし,本件全証拠によっても原告らが背信的悪意者に当たるとすべき事情は認められない。
(3) 小括
以上のとおり,原告らが携帯万能8を販売する行為は,被告が携快電話6について有する著作権の侵害とはならない。
2 本件仮処分申立ての違法性の有無
(1) 本件仮処分申立てが,相手方に対する違法な行為といえるためには,同申立てに係る審理において,申立人の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであり,しかも,申立人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのに,あえて仮処分命令を申し立てたなど,仮処分命令の申立てが裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁第三小法廷昭和63年1月26日判決参照)。
そこで,この観点から,被告が原告らを相手方としてした仮処分命令の申立てが,違法な行為といえるか否かについて,検討する。
(2) 前記2で認定判断したとおり,原告らが携帯万能8を販売する行為は,被告が携快電話6について有する著作権を侵害するものではないから,本件仮処分申立ては,結果として被保全権利がなく,理由がないことに帰する。
しかし,前記のとおり,①被告は本件開発委託契約の17条合意により,プログラムのソースコードを除き,携快電話6についての著作権を取得していたこと,②原告らの販売する携帯万能8のデータファイルには,携快電話6のそれと全く同一のファイルが多数含まれており,具体的には,画像ファイル及び携帯電話機情報ファイルが全く同一であり,着信メロディーのサンプル曲である音源ファイルは7個が同一であったこと,③携快電話6と携帯万能8は,起動直後の画面,スケジュール編集画面,メールツール画面,メール転送設定画面,ブックマーク編集画面,着メロ編集画面,画像編集画面,iアプリ作成画面が極めて類似していたこと等の事実経緯に照らすならば,被告が,原告らによる携帯万能8の販売行為を自己の携快電話6について有する著作権を侵害するものと信じたことについては相応の事実的及び法律的根拠があったというべきである。
そうすると,被告の本件仮処分申立ては,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとは認められないから,原告らに対する違法な行為とはならず,不法行為を構成しない。
3 結語
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がない。