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著作権判例セレクション
【表現形式が異なる著作物間の侵害性】ノンフィクション小説vs.劇場用映画/人格権としての名誉権及び名誉感情の侵害を認定した事例
▶平成27年9月30日東京地方裁判所[平成26(ワ)10089]▶平成28年12月26日知的財産高等裁判所[平成27(ネ)10123]
(注) 本件は,原告が,被告に対し,被告の製作に係る映画(「本件映画」)は,原告の執筆に係る「性犯罪被害にあうということ」及び「性犯罪被害とたたかうということ」と題する各書籍(「本件各著作物」)の複製物又は二次的著作物(翻案物)であると主張して,本件各著作物について原告が有する著作権(複製権,翻案権)及び本件各著作物の二次的著作物について原告が有する著作権(複製権,上映権,公衆送信権及び頒布権),並びに本件各著作物について原告が有する著作者人格権(同一性保持権)に基づき,本件映画の上映,複製,公衆送信及び送信可能化並びに本件映画の複製物の頒布の差止め(同法112条1項)を求めるとともに,本件映画のマスターテープ又はマスターデータ及びこれらの複製物の廃棄(同条2項)などを求めた事案である。
1 本訴に至る経緯
(略)
2 争点1(著作権〔翻案権・複製権〕侵害の成否)に対する判断
(1) 著作者は,その著作物を「複製する」権利を専有し(著作権法21条),また,その著作物を「翻訳し,(中略)脚色し,映画化し,その他翻案する」権利を専有する(同法27条)。複製とは,「印刷,写真,複写,(中略)その他の方法により有形的に再製すること」をいい(同法2条1項15号参照),翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同項1号),既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらない(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
すなわち,事実それ自体は,人の思想又は感情から離れた客観的な所与の存在であり,精神的活動の所産とはいえず,著作物として保護することはできない。ただし,歴史的事実や客観的事実であっても,これを具体的に表現したものについて,その表現方法につき表現の選択の幅があり,かつその選択された具体的表現が平凡かつありふれた表現ではなく,そこに作者の個性が表れていれば,創作的に表現したものとして著作物性が肯定される場合があり得るし,客観的事実を素材とする場合であっても,種々の素材の中から記載すべき事項を選択し,その配列,構成や具体的な文章表現に,著作者の思想又は感情が創作的に表現され,著作物性が認められる場合もあり得る。
したがって,本件各著作物と本件映画との間で表現上の共通性を有するものについては,その共通性(同一性)を有する部分が事実それ自体にすぎないときは,複製にも翻案にも当たらないと解すべきであるし,それが,一見して単なる事実の記述のようにみえても,その表現方法などからそこに筆者の個性が何らかの形で表現され,思想又は感情の創作的表現と解することができるときには,複製又は翻案に当たるというべきである(知財高裁平成25年(ネ)第10027号同年9月30日判決参照)。
また,著作権法27条は,著作物を「変形し,又は脚色し,映画化し」たりすることが「翻案」に該当することを明文で規定しているところ,そもそも言語の著作物と映画の著作物とでは,表現方法が異なり,言語の著作物を映画化した映画の著作物においては,登場人物の思考や感情などを表現するに際し,もとになった言語の著作物の表現をそのまま使用するのではなく,登場人物の行動,仕草,表情,構図,効果音などといった視覚的・聴覚的要素も加えた表現が用いられることが,むしろ通常であることをも考慮した上で,本件映画の表現(描写)に接した際に,本件各著作物の表現(著述)上の本質的な特徴を直接感得することができるか否かを判断すべきである。
以上の観点から検討する。
【(2) 別紙対比表4-1及び4-2の各エピソードについて
ア 別紙対比表4-1のエピソード3について
(ア) 別紙対比表4-1のエピソード3において,本件著作物1と本件映画とは,「翻案該当性」欄記載のとおり,②公園に駆け付けた元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)の様子に驚いて,誰かに何かされたのかと聞いたこと,③被控訴人(主人公)はうなずくことしかできなかったこと,④元恋人(婚約者)が,被控訴人(主人公)が性犯罪被害を受けたことを知ってやり場のない怒りで手近な物に当たる様子,⑤被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に対して「ごめんなさい」と謝り続けたこと,及びその著述(描写)の順序が共通し,同一性がある。
なお,被控訴人は,「翻案該当性」欄記載のとおり,①被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に助けを求めたことも,本件著作物1と本件映画とで共通する点として主張するが,本件著作物1では,被控訴人が元恋人に電話を掛け,電話越しに異変を察知した元恋人が被控訴人の状況を確認しようとし,その場にいることを命じたという,助けを求める具体的な場面が著述されているのに対し,本件映画では,婚約者が息を切らしながら走っていることの描写と上記②~⑤のやりとりを通じて,主人公が元恋人に助けを求めたことが暗に表現されているのであるから,言語の著作物と映画の著作物との表現形態の差異を考慮しても,本件著作物1における被控訴人が元恋人に助けを求める場面の著述と共通する描写が,本件映画においてなされているものと認めることはできない。
(イ) そして,前記(ア)の本件著作物1の著述中の同一性のある部分(以下「本件著作物1-3の同一性ある著述部分」という。)は,それぞれの著述だけを切り離してみれば,事実の記載にすぎないようにも見えるものの,本件著作物1-3の同一性ある著述部分全体としてみれば,自ら助けを求めた元恋人から尋ねられたにもかかわらず,性犯罪被害に遭った事実を告げることができず,うなずくことと「ごめんなさい」を繰り返すことしかできない性犯罪被害直後の被害女性の様子と,助けを求められて駆け付けたにもかかわらず,何も助けることができなかったというやり場のない怒りを,大声を出すことと物にぶつけるしかない元恋人の様子とを対置して,短い台詞と文章によって緊迫感やスピード感をもって表現することで,単に事実を記載するに止まらず,被害に遭った事実を口に出すことの抵抗感や,被害に遭ってしまった悔しさ,やるせなさ,被害者であるにもかかわらず込み上げてくる罪悪感をも表現したものと認められる。
そうすると,本件著作物1-3の同一性ある著述部分は,被控訴人が被害を受けた当事者としての視点から,前記②~⑤の各事実を選択し,被害直後の被控訴人の状況や元恋人とのやりとりを格別の修飾をすることなく短文で淡々と記述することによって,被控訴人の感じた悔しさ,やるせなさ,罪悪感等を表現したものとみることができ,その全体として,被控訴人の個性ないし独自性が表れており,思想又は感情を創作的に表現したものと認められる。
(ウ) 本件映画のうち,別紙対比表4-1のエピソード3の本件映画欄の描写(ただし,「公園近く・路上(夜)」から「公園の入口が視界に飛びこんでくる。」までの冒頭3行を除く。)は,前記(ア)認定の表現上の共通性により,本件著作物1-3の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものと認められ,本件映画の上記描写に接することにより,本件著作物1-3の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから,本件著作物1-3の同一性ある著述部分を翻案したものと認められる。
(エ) 控訴人は,前記(ア)の類似点②~⑤は,いずれも事実であり,その選択や配列にも創作性ないし特段の工夫があるものではないし,④に至っては,共通するのは事実ではなく,その表現の元となるアイディアやコンセプトにすぎないから,本件著作物1-3の同一性ある著述部分には,創作性がなく,著作物ではないと主張する。
しかしながら,上記④は,性犯罪被害を打ち明けられた元恋人(婚約者)がやり場のない怒りを大声と手近な物にぶつける様子であり,なお事実としての具体性を失ってはいないものといえるから,アイディアではなく,事実又は表現が共通するということができる。そして,上記②~⑤の著述を含む本件著作物1-3の同一性ある著述部分は,単なる事実の記載に止まらず,思想又は感情を創作的に表現したものであって,創作性があり,著作物性を認めることができることは,前記(イ)のとおりである。控訴人の主張は,理由がない。
(オ) 控訴人は,本件著作物1では被控訴人の視点で描かれているのに対し,本件映画では婚約者に寄り添った視点で描かれているなど,本件著作物1と本件映画とでは,その表現の本質的特徴が全く異なるから,翻案に当たらないと主張する。
しかしながら,前記(1)のとおり,翻案に当たるか否かは,本件映画に接する者が本件著作物1-3の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるか否かにより判断されるべきものであり,控訴人の主張するような視点やその表現部分の意味内容などは,表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないというべきである。そして,本件映画のうち,別紙対比表4-1のエピソード3の本件映画欄の描写(ただし,「公園近く・路上(夜)」から「公園の入口が視界に飛びこんでくる。」までの3行を除く。)に接した者は,前記(ア)の表現上の共通性により,本件著作物1-3の同一性ある著述部分における表現上の本質的な特徴を直接感得することができることは,前記(ウ)のとおりである。控訴人の主張は,理由がない。
イ 別紙対比表4-2のエピソード3について
(ア) 別紙対比表4-2のエピソード3において,本件著作物2と本件映画とは,「翻案該当性」欄記載のとおり,②公園に駆け付けた元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)の様子に驚いて,誰かに何かされたのかと聞いたこと,③被控訴人(主人公)はうなずくことしかできなかったこと,④元恋人(婚約者)が,被控訴人(主人公)が性犯罪被害を受けたことを知ってやり場のない怒りで手近な物に当たる様子,⑤被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に対して「ごめんなさい」と謝り続けたこと,及びその著述(描写)の順序が共通し,同一性がある。
また,言語の著作物と映画の著作物との表現形態の差異を考慮しても,本件著作物2における①被控訴人が元恋人に助けを求める場面の著述と共通する描写が,本件映画においてなされているものと認めることはできない。
(イ) 前記(ア)認定の本件著作物2と本件映画との表現上の共通点は,前記アの別紙対比表4-1のエピソード3と同一である。
そうすると,前記アと同様の理由により,本件映画のうち,別紙対比表4-2のエピソード3の本件映画欄の描写(ただし,「公園近く・路上(夜)」から「公園の入口が視界に飛びこんでくる。」までの3行を除く。)は,前記(ア)の本件著作物2の著述中の同一性のある部分を翻案したものと認められる。
ウ 別紙対比表4-1のエピソード4について
(ア) 別紙対比表4-1のエピソード4において,本件著作物1と本件映画とは,「翻案該当性」欄記載のとおり,①事件翌朝に元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)に仕事を休むように勧めたこと,②それに対し,被控訴人(主人公)が,事件を理由に仕事を休むことはできないと拒んだことが共通し,同一性がある。また,②の場面の本件著作物1の「なんて言って休めばいいの?」という言葉と,本件映画の「なんて言って休んだらいいの?」という台詞とは,ほぼ同一である。
(イ) そして,前記(ア)の本件著作物1の著述中の同一性のある部分(以下「本件著作物1-4の同一性ある著述部分」という。)は,性犯罪被害に遭った翌朝の元恋人との会話の形式で,被害を他人に知られることに対する恐怖,被害に遭った事実は現実であるのにこれを正直に話すことはできないやるせなさ,平常を装うしかない無力感,不条理さ等を表現したものと認められ,そのための事実の選択や感情の形容の仕方,叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており,表現上の創作性が認められる。
(ウ) 本件映画のうち,別紙対比表4-1のエピソード4の本件映画欄の描写は,前記(ア)認定の表現上の共通性により,本件著作物1-4の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものと認められ,本件映画の上記描写に接することにより,本件著作物1-4の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから,本件著作物1-4の同一性ある著述部分を翻案したものと認められる。
(エ) 控訴人は,前記(ア)の類似点①及び②は,いずれも事実であり,そのような特筆すべき事実の選択もありふれたものであるから,本件著作物1-4の同一性ある著述部分には,創作性がなく,著作物ではないと主張する。
しかしながら,前記(イ)のとおり,上記①及び②の著述を含む本件著作物1-4の同一性ある著述部分は,単なる事実の記載に止まらず,思想又は感情を創作的に表現したものであって,創作性があり,著作物性を認めることができるから,控訴人の主張は,理由がない。
(オ) 控訴人は,本件著作物1と本件映画とでは,被控訴人(主人公)における仕事を休めないとする意味合いや,被控訴人(主人公)と元恋人(婚約者)との関係が異なり,その表現の本質的特徴が全く異なるから,翻案に当たらないと主張する。
しかしながら,前記ア(オ)と同様の理由により,控訴人の主張するような表現部分の意味内容や登場人物の関係性などは,表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないというべきである。そして,本件映画のうち,別紙対比表4-1のエピソード4の本件映画欄の描写に接した者は,前記(ア)の表現上の共通性により,本件著作物1-4の同一性ある著述部分における表現上の本質的な特徴を直接感得することができることは,前記(ウ)のとおりである。控訴人の主張は,理由がない。
エ 別紙対比表4-1のエピソード6について
(ア) 別紙対比表4-1のエピソード6について,被控訴人は,エピソード6-1及び6-2を一体のものとして,本件映画と対比しているが,本件著作物1において,エピソード6-1と6-2とは,30頁以上離れた著述であり,エピソード6-1が「第二反応」という章の後半に位置するのに対し,エピソード6-2は,その次の「二次被害」という章の更に次の「ゼロ地点」という章の中盤に位置するものであって,時系列的にも,エピソード6-1が,事件の1週間ほど前に喧嘩別れした元恋人が事件後に再び被控訴人の様子を見に来るなどしてくれていた時期の出来事であるのに対し,エピソード6-2は,事件から9か月ほど経ち,元恋人と再び喧嘩別れした後の出来事であり,一体のエピソードとは認め難いものである。
そうすると,本件映画に接した者が,エピソード6-1及び6-2について,その間に30頁以上もの著述(表現)があるにもかかわらず,それらの著述を考慮することなく,エピソード6-1及び6-2を合わせた著述の表現上の本質的な特徴を本件映画から直接感得するということは,およそ考え難いというべきであるから,エピソード6-1及び6-2を一体のものとして,本件映画と対比することは相当でないというべきである。
そして,被控訴人の主張は,エピソード6-1と6-2とをそれぞれ別個に本件映画と対比して,翻案を主張する趣旨を含むと解されるから,以下,エピソード6-1と6-2とをそれぞれ別個に本件映画と対比して検討する。
(イ) 別紙対比表4-1のエピソード6において,エピソード6-1と本件映画とは,「翻案該当性」欄記載のとおり,①被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に対し,また自分が襲われてもいいのかなどと挑発的,脅迫的な発言をしたこと,②元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)に対し,被控訴人(主人公)が被害に遭ったことを本当は喜んでいたとか,スリルがあって気持ちいいと思っていたとか,被害を受けた被控訴人(主人公)と付き合っているだけで感謝して欲しいなどという,被控訴人(主人公)の気持ちを逆撫でし,被控訴人(主人公)を絶望させるような発言をしたことが共通し,同一性がある。また,①の場面の本件著作物1の「また襲われてもいいの?」という言葉と,本件映画の「健ちゃんはまた私が襲われてもいいの?」という台詞,②の場面の本件著作物1の「お前ホントは喜んでたんだろ。スリルがあって気持ちいいとか思ってたんだろ」や「お前みたいな汚れた女とつき合ってやってんだ。感謝しろ!」という言葉と,本件映画の「おまえさあ,その二人組だっけ,犯されているとき,本当は興奮して濡れてたんだろ?また犯されたいって,今もそう思ってるんだろう?」や「今までつきあってやっただけでも感謝してほしいね」という台詞とは,ほぼ同一である。
(ウ) そして,前記(イ)の本件著作物1(エピソード6-1)の著述中の同一性のある部分(以下「本件著作物1-6-1の同一性ある著述部分」という。)は,事件後の被控訴人と元恋人との会話の中から,激しい挑発的な内容の発言を選択して,これを続けざまに列挙して著述(表現)することにより,単に事実を記載するに止まらず,性犯罪被害に遭った被控訴人が元恋人に対して甘えて依存し,元恋人には自分を護るべき義務があるというような気持ちを抱き,これを元恋人に対し脅迫的な言動でぶつけてしまうしかなかった被控訴人の不条理かつ不安定な精神状態や,被控訴人の気持ちを理解しようとしながらも,受け止めることが負担になり,被控訴人に反発し,あるいは,支えようとした被控訴人を逆におとしめてでも,自らを正当化しようとするまでに,精神的に追い詰められていった元恋人の精神状態などをも表現したものと認められる。
そうすると,本件著作物1-6-1の同一性ある著述部分は,被控訴人が被害を受けた当事者としての視点から,前記①及び②の各事実を選択し,事件後の被控訴人と元恋人との会話を生々しく記述することによって,被控訴人の感じた上記の不条理かつ不安定な精神状態や,元恋人を精神的に追い詰めてしまったことに対する申し訳なさ等を表現したものとみることができ,その全体として,被控訴人の個性ないし独自性が表れており,思想又は感情を創作的に表現したものと認められる。
(エ) 本件映画のうち,別紙対比表4-1のエピソード6の本件映画欄の描写(ただし,「玲奈『ごめんなさい,これからは健ちゃん」から「とは忘れて,幸せになって』【画像6-4】」までの末尾5行を除く。)は,前記(イ)認定の表現上の共通性により,本件著作物1-6-1の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものと認められ,本件映画の上記描写に接することにより,本件著作物1-6-1の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから,本件著作物1-6-1の同一性ある著述部分を翻案したものと認められる。
(オ) 控訴人は,前記(イ)の類似点①及び②は,いずれも事実であり,強姦事件が被害者が交際していた異性との関係に与える悪影響を象徴的に示す事実を選択することはありふれた選択であるから,本件著作物1-6-1の同一性ある著述部分には,創作性がなく,著作物ではないと主張する。
しかしながら,上記①及び②の著述を含む本件著作物1-6-1の同一性ある著述部分は,単なる事実の記載に止まらず,思想又は感情を創作的に表現したものであって,創作性があり,著作物性を認めることができることは,前記(ウ)のとおりである。控訴人の主張は,理由がない。
(カ) 控訴人は,本件著作物1のエピソード6-1では,別れのシーンではなく恋人たちの衝突のシーンとして描かれているのに対し,本件映画では,婚約者の一方的な意思に基づく別れが,主人公の社会からの疎外の第一段階として描かれており,本件著作物1と本件映画とでは,描かれているシーンも,その表現の本質的特徴も全く異なるから,翻案に当たらないと主張する。
しかしながら,前記ア(オ)と同様の理由により,控訴人の主張するような表現部分の意味内容などは,表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないというべきである。そして,本件映画のうち,別紙対比表4-1のエピソード6の本件映画欄の描写(ただし,「玲奈『ごめんなさい,これからは健ちゃん」から「とは忘れて,幸せになって』【画像6-4】」までの末尾5行を除く。)に接した者は,前記(イ)の表現上の共通性により,本件著作物1-6-1の同一性ある著述部分における表現上の本質的な特徴を直接感得することができることは,前記(エ)のとおりである。控訴人の主張は,理由がない。
(キ) 他方,エピソード6-2は,わずか3行から成るごく短いものであり,その著述自体もありふれたものであって,被控訴人の個性が表れているということはできないから,創作性を認めることはできない。
オ 別紙対比表4-2のエピソード6について
(ア) 別紙対比表4-2のエピソード6において,本件著作物2と本件映画とは,「翻案該当性」欄記載のとおり,①被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に対し,また自分が襲われてもいいのかなどと挑発的,脅迫的な発言をしたこと,②元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)に対し,被害を受けた被控訴人(主人公)と付き合っているだけで感謝して欲しいという,被控訴人(主人公)の気持ちを逆撫でし,被控訴人(主人公)を絶望させるような発言をしたことが共通し,同一性がある。また,①の場面の本件著作物2の「また襲われてもいいの?」という言葉と,本件映画の「健ちゃんはまた私が襲われてもいいの?」という台詞,②の場面の本件著作物2の「お前みたいな女と付き合ってやってるんだよ」という言葉と,本件映画の「今までつきあってやっただけでも感謝してほしいね」という台詞とは,ほぼ同一である。
(イ) 前記(ア)認定の本件著作物2と本件映画との表現上の共通点は,前記エのエピソード6-1と本件映画との対比とほぼ同一である。
そうすると,前記エと同様の理由により,本件映画のうち,別紙対比表4-2のエピソード6の本件映画欄の描写(ただし,「玲奈『ごめんなさい,これからは健ちゃん」から「とは忘れて,幸せになって』【画像6-4】」までの末尾5行を除く。)は,前記(ア)の本件著作物2の著述中の同一性のある部分を翻案したものと認められる。
カ 別紙対比表4-1のエピソード7について
(ア) 別紙対比表4-1のエピソード7について,被控訴人は,エピソード7-1,7-2及び7-3を一体のものとして,本件映画と対比しているのに対し,控訴人は,エピソード7-1,7-2及び7-3は,同一エピソードとは認められず,これらを被控訴人が恣意的に選択して一つのエピソードとして著作権侵害を主張できるとする根拠も明らかではないと主張する。
そこで,検討すると,エピソード7-1,7-2及び7-3は,いずれも「二次被害」という章の前半に位置するものであり,エピソード7-1の冒頭である80頁7行目からエピソード7-3の末尾である84頁4行目まで,わずか4頁足らずの著述に含まれるものであり,その間の52行の著述のうち34行を抜き出したものである。また,その内容は,いずれも,被控訴人が事件後に両親から二次被害を受けたと感じた両親との会話を記述したもので,同一のテーマによる一塊の記述ということができる。以上に加え,引用されていない20行の中には,時系列的に過去の出来事に関して著述されているその余の部分とは異なり,著述時の被控訴人の考え方などが記載された異質な著述(82頁7行~11行)も含まれていることをも併せ考慮すると,本件映画に接した者が,エピソード7-1,7-2及び7-3を合わせた著述の表現上の本質的な特徴を直接感得するということも,十分あり得るといえるから,エピソード7-1,7-2及び7-3を一体のものとして,本件映画と対比した上で,翻案権侵害の有無を判断することは,相当である。
(イ) 別紙対比表4-1のエピソード7において,本件著作物1と本件映画とは,「翻案該当性」欄記載のとおり,①被控訴人(主人公)が意を決して,性犯罪被害に遭ったことを母親に告白したこと,②それに対して母親が被控訴人(主人公)を優しくいたわるどころか,逆に被害を打ち明けた被控訴人(主人公)を怒ったこと,③その後も両親は被控訴人(主人公)を気遣うどころか厳しい言葉を投げ,それに対して被控訴人(主人公)が失望と怒りをぶつけたこと,④被控訴人(主人公)は母親に優しく抱きしめてもらいたかったが,その願いがかなわなかった点において共通し,同一性がある。また,②の場面の本件著作物1の「なんでいまさらそんなこと言うのよ!?あんたの言うこと信じられない!!」という言葉と,本件映画の「どうして今頃になってそんなことを打ち明けるの?お母さん,あなたの神経が信じられない!」という台詞,③の場面の本件著作物1の「お前は強い子だから,そんなこと(事件のこと)を気にするような子じゃないでしょ」という言葉と,本件映画の「お前は強い子だから,そんなことは気にせずに今までどおり生きていけるはずだ」という台詞,③の場面の本件著作物1の「あんたが襲われたのはあんたのせいではないけど,私たちのせいでもないんだから,そんなことで私たちを責めないでよね!」という言葉と,本件映画の「あなたが襲われたのは,私たちのせいだって言うの?そんなの筋違いだわ!」という台詞とは,ほぼ同一である。
(ウ) そして,前記(イ)の本件著作物1の著述中の同一性のある部分(以下「本件著作物1-7の同一性ある著述部分」という。)は,性犯罪被害を受けた被控訴人が,母親に対し,母親にいたわってもらいたい,すぐに真実を告白できなかった自分を理解して欲しいとの思いで事件を告白したにもかかわらず,両親が,娘である被控訴人が被害を受けた現実を受け止めることができず,被害に遭った被控訴人を逆に叱責するという態度を示したことを叙述することにより,被控訴人の悲しみ,失望,やるせなさ,被害者であるのに被害に遭った事実を隠さなければならないことに対する矛盾や怒り等を表現したものと認められる。
そうすると,本件著作物1-7の同一性ある著述部分は,被控訴人が被害を受けた当事者としての視点から,前記①~④の各事実を選択し,事件後の被控訴人と両親とのやりとりを生々しく著述することによって,被控訴人の悲しみ,やるせなさ,怒り等を表現したものとみることができ,その全体として,被控訴人の個性ないし独自性が表れており,思想又は感情を創作的に表現したものと認められる。
(エ) 本件映画のうち,別紙対比表4-1のエピソード7の本件映画欄の描写は,前記(イ)認定の表現上の共通性により,本件著作物1-7の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものと認められ,本件映画の上記描写に接することにより,本件著作物1-7の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから,本件著作物1-7の同一性ある著述部分を翻案したものと認められる。
(オ) 控訴人は,前記(イ)の類似点①~④は,いずれも事実であり,家族から思いがけず配慮に欠ける心ない態度をとられた場合に,そのような事実を選択することはありふれた選択であるから,本件著作物1-7の同一性ある著述部分には,創作性がなく,著作物ではないと主張する。
しかしながら,前記(ウ)のとおり,上記①~④の著述を含む本件著作物1-7の同一性ある著述部分は,単なる事実の記載に止まらず,思想又は感情を創作的に表現したものであって,創作性があり,著作物性を認めることができるから,控訴人の主張は,理由がない。
(カ) 控訴人は,本件著作物1と本件映画とでは,事件を告白した直後の被控訴人(主人公)と母親との関係についての被控訴人(主人公)による分析の視点の有無や,被控訴人(主人公)と両親とが対立するスピードと激しさの相違,フランツ・カフカの『変身』になぞらえた象徴的な描写の有無が異なり,その本質的特徴が異なるから,翻案に当たらないと主張する。
しかしながら,前記ア(オ)と同様の理由により,控訴人の主張するような表現部分の意味内容などは,表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないというべきである。そして,本件映画のうち,別紙対比表4-1のエピソード7の本件映画欄の描写に接した者は,前記(イ)の表現上の共通性により,本件著作物1-7の同一性ある著述部分における表現上の本質的な特徴を直接感得することができることは,前記(エ)のとおりである。控訴人の主張は,理由がない。
キ 別紙対比表4-2のエピソード7について
(ア) 別紙対比表の4-2のエピソード7において,本件著作物2と本件映画とは,「翻案該当性」欄記載のとおり,①被控訴人(主人公)が意を決して,性犯罪被害に遭ったことを母親に告白したこと,②それに対して母親が被控訴人(主人公)を優しくいたわるどころか,逆に被害を打ち明けた被控訴人(主人公)を怒ったこと,③被控訴人(主人公)は母親に優しく抱きしめてもらいたかったが,その願いがかなわなかった点において共通し,同一性がある。また,②の場面の本件著作物2の「なんで今さらそんなこと言うの?あんたの言うこと,信じられない!」という言葉と,本件映画の「どうして今頃になってそんなことを打ち明けるの?お母さん,あなたの神経が信じられない!」という台詞とは,ほぼ同一である。
(イ) 前記(ア)認定の本件著作物2と本件映画との表現上の共通点は,前記カ(イ)の別紙対比表4-1のエピソード7の共通点のうち,③その後も両親は被控訴人(主人公)を気遣うどころか厳しい言葉を投げ,それに対して被控訴人(主人公)が失望と怒りをぶつけたことを除く3点において同一であり,本件映画の台詞とほぼ同一の発言が3か所から1か所に減ったものである。
そして,前記カ(イ)の別紙対比表4-1のエピソード7の共通点として不足する部分を考慮してもなお,前記カと同様の理由により,本件映画のうち,別紙対比表4-2のエピソード7の本件映画欄の描写(ただし,1枚目17行の「玲奈『だって……』」から末行の「玲奈が部屋を出ていく。」までの37行を除く。)は,前記(ア)の本件著作物2の著述中の同一性のある部分を翻案したものと認められる。】
(3)
依拠性について
本件映画の各エピソードのうち,本件各著作物の記述と同一性を有する部分は,いずれも対象となる事実や感情の選択や形容の仕方などが共通していることは前記(2)で認定したとおりである。
これに加え,被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件映画は,少なくとも本件各著作物にある場面を参考にして映像として表現したものであることは自認しているものと認められるから,本件映画の各エピソード部分の表現は,いずれも本件各著作物の記述に依拠して作成されたと認めるのが相当である。
【(4) 台詞の著作権の侵害について
ア 被控訴人が,本件各著作物の台詞の著作権が侵害されているとして,別紙対比表4-1及び4-2において主張するのは,以下のとおりである。
① 別紙対比表4-1のエピソード4における本件著作物1の「なんて言って休めばいいの?」という台詞について,本件映画の「なんて言って休んだらいいの?」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
② (a)別紙対比表4-1のエピソード6における本件著作物1の「また襲われてもいいの?」という台詞及び(b)別紙対比表4-2のエピソード6における本件著作物2の「また襲われてもいいの?」という台詞について,それぞれ本件映画の「健ちゃんはまた私が襲われてもいいの?」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
③ 別紙対比表4-1のエピソード6における本件著作物1の「お前ホントは喜んでたんだろ。スリルがあって気持ちいいとか思ってたんだろ」という台詞について,本件映画の「おまえさあ,その二人組だっけ,犯されているとき,本当は興奮して濡れてたんだろ?また犯されたいって,今もそう思ってるんだろう?」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
④ (a)別紙対比表4-1のエピソード6における本件著作物1の「お前みたいな汚れた女とつき合ってやったんだ。感謝しろ!」という台詞及び(b)別紙対比表4-2のエピソード6における本件著作物2の「お前みたいな女と付き合ってやってるんだよ」という台詞について,本件映画の「今までつきあってやっただけでも感謝してほしいね」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
⑤ 別紙対比表4-1のエピソード6における本件著作物1の「頼むから,もう俺のことは忘れて,幸せになってくれ。」という台詞について,本件映画の「頼むから,おれのことは忘れて,幸せになって」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
⑥ (a)別紙対比表4-1のエピソード7における本件著作物1の「なんでいまさらそんなこと言うのよ!?あんたの言うこと信じられない!!」という台詞及び(b)別紙対比表4-2のエピソード7における本件著作物2の「なんで今さらそんなこと言うの?あんたの言うこと,信じられない!」という台詞について,本件映画の「どうして今頃になってそんなことを打ち明けるの?お母さん,あなたの神経が信じられない!」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
⑦ 別紙対比表4-1のエピソード7における本件著作物1の「お前は強い子だから,そんなこと(事件のこと)を気にするような子じゃないでしょ」という台詞について,本件映画の「お前は強い子だから,そんなことは気にせずに今までどおり生きていけるはずだ」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
⑧ 別紙対比表4-1のエピソード7における本件著作物1の「あんたが襲われたのはあんたのせいではないけど,私たちのせいでもないんだから,そんなことで私たちを責めないでよね!」という台詞について,本件映画の「あなたが襲われたのは,私たちのせいだって言うの?そんなの筋違いだわ!」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
イ 前記①ないし⑧の本件各著作物の台詞自体は,いずれもごく短いものであり,台詞そのものに表現上の創作性があるとはいえず,ありふれたものであって,各台詞はそれ自体で被控訴人の個性が表れているということはできない。
したがって,仮に,前記①ないし⑧の各台詞が類似又は同一と解されるとしても,上記台詞のみでは,思想又は感情を創作的に表現したものとはいえない。被控訴人の主張は,理由がない。
(5)
まとめ
以上のとおり,別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の本件映画における表現は,それに対応する本件各著作物の前示部分の著述を翻案したものと認められる。
そして,前記1認定の事実によれば,被控訴人が,控訴人に対し,本件映画の製作に本件各著作物を利用することについて許諾したとは認められないから,仮に,控訴人自身が,本件映画は本件各著作物から事実のみを抽出したものであり,著作権侵害に当たらないと認識していたとしても,少なくとも本件各著作物の利用について過失が存するものと認められる。
したがって,控訴人は,別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の表現を不可分的に有する本件映画を製作したことにより,被控訴人が本件各著作物について有する著作権(翻案権)を侵害したものと認められる。】
【3 争点2(著作者人格権〔同一性保持権〕侵害の成否)に対する判断
同一性保持権を侵害する行為とは,他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいう(最高裁昭和55年3月28日第三小法廷判決,同平成10年7月17日第二小法廷判決参照)。
控訴人は,前記2において当裁判所が翻案を認めた別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の本件映画における表現に対応する本件各著作物の各記述を視覚的又は聴覚的効果を生じさせる方法で表現し,かつ,これを媒体に固定する方法により,被控訴人の本件各著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつ,その表現形式に改変を加え,本件映画における別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の描写を行ったものであるから,控訴人は,被控訴人が本件各著作物について有する著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものと認められる。】
4 争点3(人格権としての名誉権及び名誉感情の侵害の成否)に対する判断
(1)
本件映画の主人公と原告との同定の可能性について
ア 本件映画の主人公と原告に係る事実は,次の点で共通する。
① 主人公の女性が,夜,帰宅途中に停車中の車に乗っている助手席側の男から道を聞かれ,道を教えていたところ,もう一人の別の男が現れて,車内に連れ込まれたこと
② 主人公が生理中であることが分かり,二人組の男のうち,一人は嫌がり,一人からだけ暴行を受けたこと
③ 事件直後に公園のトイレに入って体や衣服についた血を拭き,公園に恋人を呼び出したこと(ただし,原告が呼び出した相手は元恋人である。)
④ 事件の翌日に出勤したこと
⑤ 事件直後から(元)恋人が主人公をサポートしようとしてくれるが,体に触られることにも拒絶反応が出る状態で,結局うまく行かずに別れてしまうこと
⑥ 事件後に結婚するが,結局,事件のことが障害になり離婚してしまうこと
⑦ 事件後しばらくして親に被害に遭った真実を告白するが,親からは慰めてもらうどころか,さっさと忘れるんだなどと言われ,親子関係が上手くいかなくなったこと
⑧ 主人公が実名で性犯罪被害者のためのウェブサイトを立ち上げること
⑨ 主人公が実名でテレビに出演し性犯罪被害についての話をすること
⑩ 上記⑧,⑨により,性犯罪被害者等から主人公に対し,多数の反響があったこと
⑪ 主人公が父親から性的虐待を受けている少女と知り合い交流すること
イ そして,弁論の全趣旨によれば,上記①ないし⑪に現れた原告に係る事実が記述された本件著作物1は単行本が約2万9000部,文庫版が約1万2000部,本件著作物2の単行本が約1万部発行されていることが認められるから,原告と面識があり,又は,上記に摘示した原告に係る事実の幾つかを知る者が不特定多数存在することは推認するに難くないところ,それらの者が本件映画を観た場合,本件映画の主人公と原告とを同定することは容易に可能である。すなわち,上記の各事象を個々的に取り出した場合には,これを有する人物を特定するに足りないとしても,上記を組み合わせた本件映画における主人公の設定は,本件各著作物における原告の体験した事実や原告を取り巻く現実の家族関係や交友関係の経過に依拠して描写されたものであることが推認され,本件映画の主人公のモデルが原告であることを特定するに十分なものということができる。
(2)
本件映画を観た不特定の者が,本件映画の主人公を原告と同定し得ることは上記のとおりであるから,主人公についての描写に,その社会的評価を低下させる性質のものがある場合には,当該描写は,本件映画のモデルとなった原告の社会的評価をも低下させることになり,原告の名誉を毀損するというべきである。
しかし,本件映画を観た者が,原告が本件映画の製作,上映を許諾したと誤信し,許諾をしているという誤信により,これまで原告が培ってきた性犯罪の被害者等からの信頼,信用等の社会的評価が低下する旨の原告の主張は,本件映画の表現それ自体による社会的評価の低下を主張するものでないから,この点についての原告の主張は採用できない。
なお,被告は,本件映画の製作に,性犯罪被害者を冒瀆する意図はなかった旨主張するが,製作意図いかんにかかわらず,本件映画における描写において,社会的評価を低下させるものがあれば,名誉等を毀損するものというべきである。
(3)
以下に,原告が主張する本件映画中の映像が本件映画の主人公の社会的評価を低下させる性質のものか否かについて検討する。
ア 主人公の両親が主人公を殺す場面
証拠によれば,本件映画において,別紙侵害認定表現目録1記載の脚本に係る場面が存在することが認められる。
この場面は,主人公の両親が,主人公を殺し,主人公の兄もまた両親に殺害されたことを示唆するものであり,自己の両親が子殺しをする,又は,子供を殺害しようとすることを描写するもので,通常,このような描写は,本人及びその家族の社会的評価をも低下させるものというべきである。
被告は,原告を知る者であれば,原告が今現在も生きていることを知っており,本件映画における両親に殺害される場面は虚構であることは容易に認識し得るため名誉毀損には当たらない旨主張する。
しかし,当該場面が虚構であるとしても,不特定多数の者が本件映画の登場人物やモデルを同定することができ,本件映画における登場人物についての描写において,モデルとなった原告が現実に体験したと同じ事実が摘示され,かつ,観衆にとって,モデルとなった原告に関わる現実の事実であるか,本件映画の製作者である被告が創作した虚構の事実であるかを截然と区別することができない場合においては,本件映画中の登場人物についての描写がモデルである原告の名誉を毀損し,原告の名誉権や名誉感情を侵害する場合があるというべきである。
そして,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件映画は,原告が体験した現実の事実に被告が創作した虚構の事実が織り交ぜられ,渾然一体となってその全体が描写されていると認められるから,本件映画の観衆は,これらの性質を異にする事実を容易に判別することができず,虚構の事実を現実の事実と誤解する危険性が高いものといえる。そうすると,主人公の両親が主人公を殺害する上記場面は,実際には両親が原告を殺害しようとしたことはないのに,そのような場面が現実にあったと誤解する危険性を十分にはらんでいるものというべきである。
したがって,上記場面は,本件映画の主人公の社会的評価を低下させる性質のものといえ,本件映画の主人公が原告と同定されることにより,原告の社会的評価を低下させるものというべきである。また,その名誉感情を害するものといえる。
イ 「おちんちん」との表現を主人公が使用している場面
証拠によれば,本件映画における主人公が「おちんちん」との表現をしている場面は,別紙侵害認定表現目録2①ないし③記載の脚本に係る次の3場面あることが認められる。
① 主人公の実家で婚約者が両親と共に食事をした後,自転車で二人乗りしながら主人公が婚約者を駅まで送る道中における場面)
② 主人公が勇気を出して両親に強姦された事実を伝えたところ,予期せず親からひどい言葉を浴びせられ,いたたまれず,実家に引きこもっている兄に扉越しに訴える場面
③ 事件のショックから,夫との間で性交渉を持てずにいた主人公が,何も知らない義母から,いつになったら子供ができるのか,体に欠陥でもあるのかと言われ,深く傷つき,夫へ愚痴を言っている場面
そして,上記各場面は,主人公の女性が,その婚約者,兄又は夫との間の会話において,成人男性の性器を表現するため,あえて「おちんちん」という言葉を口にした場面であって,上記各場面においてその言葉を持ち出さなくても会話は成立すること,我が国においては,プライベートな会話であっても,成人男性の性器の名称を口にすることを避けることが少なくないことをも考慮すれば,上記各表現は,主人公が品位のない女性であるとの印象を与えるものであって,主人公の社会的評価を低下させるものというべきである。
したがって,上記場面は,本件映画の主人公が原告と同定されることにより,原告の社会的評価を低下させ,また,その名誉感情を害するものである。
5 争点4(本件各著作物の場面・台詞不使用の合意の成否)に対する判断
【(1) 前記1に認定した事実経過のとおり,控訴人は,本件各著作物に依拠した本件脚本1を完成させて被控訴人に送付したところ,平成25年12月11日,被控訴人から本件映画において本件各著作物を原作・原案として使用することを認めない旨の結論に達したとの乙4メールを受け取った。そして,控訴人は,被控訴人の代理人であるAに対し,乙5メールにおいて,「『性犯罪被害』をテーマにした映画の制作を続行いたしたく存じます。」,「脚本の内容において,書籍から使用している場面・台詞に関しては,すべて削除いたします。」と記載し,これに対し,被控訴人は,Aを通じて,控訴人に対し,乙6メールにおいて,「どういうかたちであれど,映像化はできなかったと思います。」,「参考資料として明記するのは問題ないそうです。」と伝えたことが認められる。
したがって,上記事実経過に照らせば,控訴人は,性犯罪被害をテーマにした映画の製作を続行する旨を被控訴人に約し,これに対して,被控訴人は,控訴人が本件各著作物に記載された場面・台詞を使用しないで映画の製作を続行するものと理解し,その限りにおいて,控訴人の性犯罪被害をテーマにした映画製作に同意したものと認められ,乙6メールを控訴人が受け取った時点で,控訴人と被控訴人との間で,控訴人が本件各著作物の場面・台詞を使用しないことを条件として性犯罪被害をテーマにした映画製作を続行することについての合意(以下「本件各著作物不使用の合意」という。)が成立したものと評価できる。
一方,証拠によれば,控訴人が平成26年1月17日に完成させた確定稿は,その相当部分が本件脚本1のままであり(原判決別紙確定稿対比表における黄色部分は本件脚本1と同一の箇所であり,別紙合意に基づく差止一覧における赤色部分は本件著作物1と同一の箇所,緑色部分は本件著作物1とほぼ同趣旨の箇所,水色部分は本件著作物2と同一又は同趣旨の箇所である。),控訴人は,本件各著作物に記載された場面・台詞を使用して確定稿を完成したことが認められる。
以上によれば,控訴人は,本件各著作物不使用の合意に違反して,本件映画を製作したものと認められる。】
(2)ア 被告は,乙3メールの返信を受けた4日後,本件映画祭まで3か月を切った時点に乙4メールを受け取り,突然の原告の翻意を受け,被告は非常に動揺し,焦っていたこと,原告が本件各著作物に記載されている事実を映画化すること自体を拒否しているとは思っていなかったこと,事件を映画化すること自体については数年前から実質的な合意があったものであったことなどから,被告が乙5メールを出したのは,(i)原告の名前や本件各著作物の題名は使用しない,(ii)本件各著作物の著作権侵害とならないように脚本をフィクションとして再構成する,ということを条件に映画を続行したいというものであり,「本件各著作物に記載されている事実は使用しない」という意思は全くなかったなどと主張する。
しかし,前記1に認定した事実経過によれば,本件各著作物の映画化については,最終的に,被告が完成した脚本を原告が見てから許諾することになっていたものと認められ,原被告間に数年前からの実質的な合意は認められない。また,原告本人尋問の結果によれば,原告は,本件脚本1を受領した時点で,短期間に修正することは困難と判断して乙4メールを送付したものであること,乙5メールの「脚本の内容において,書籍から使用している場面・台詞に関しては,すべて削除いたします。」との文言を普通に解釈すれば,本件各著作物に記載されている場面は,描かれている事実も含めてすべての場面・台詞を使用しないとの意思と解されることから,被告の上記主張は採用できない。
イ また,被告は,本件映画において,その主人公が原告と同定されない限り,「参考文献」としての使用に当たる旨主張するが,本件映画の全般にわたり,原告及び原告を取り巻く状況,関係等が同一又は類似であるため,本件映画の主人公のモデルが原告であると容易に同定できることは前記認定のとおりであるから,被告の主張は採用できない。
なお,被告は,本件脚本1から,主人公の氏名,事件の発生年月日,警察に被害を届け出し,屈辱的な取り調べを受けること,病院に行ったこと,法律事務所に就職すること,本を出版すること,事件後,取材のために恋人にインタビューすること,母親との和解,出版のサイン会,父親との和解の点を削除し,変更した上,本件脚本1になかった様々なフィクション的なエピソード(主人公の両親が挨拶に来た主人公の恋人に対しアフリカの部族について語るシーン,主人公が親に殺されるシーン,加害者が男に犯されるシーンなど)を付加しているものであるから「参考文献」としての使用の範疇に属する旨も主張する。
しかし,上記の変更点や追加されたシーンがあったとしても,それらが本件映画に占める割合はわずかであって,本件映画において,本件各著作物と共通する場面が占める割合の方が多く,本件映画の主人公を原告と同定できることに変わりない。
さらに,本件映画の【エンドロールに本件各著作物を参考文献として掲げている部分を削除したり】,本件各著作物とは全く関係ない旨のテロップを流したとしても,本件映画の内容が変わらない限り,その主人公が原告であると同定されることに変わりない。
ウ また,被告は,強姦された状況やその後の展開等については,同様又は類似の体験をしている性犯罪被害者は多数存在し,本件映画が一見してフィクションだと分かることやそのテーマの違い等をも考慮すれば,本件映画が原告をモデルにしたとはおよそ考えられない旨も主張するが,上記のとおり,本件映画を通して主人公の属性や取り巻く状況等から原告と同定できる以上,被告の主張は採用できない。
また,実際に,実名を公表して活動している性犯罪被害者は原告以外にも存在しているとしても,【被控訴人が実名を公表して活動している性犯罪被害者であるということのみによって】,本件映画の主人公が原告と同定されるものではなく,本件映画に全般的に顕れた原告に係る事実が共通するために,原告と同定されるのであって,仮に原告以外に実名を公表して活動している性犯罪被害者がいたとしても上記認定を左右するものではない。
エ 被告は,乙5メールを出した時点においては,直前に迫った本件映画祭へ出品するために本件各著作物をもとにした映画製作を拒否され,気が動転していたなどと主張し,真実はそのような意思がないのに,本件各著作物で使用する場面・台詞を一切使用しない旨をメールで送ってしまったとして,心裡留保を主張する。
しかし,被告は,テレビ番組等の製作に携わるという職業に従事する者である上,被告が確定稿を完成させた後に原告に送った甲8メールでは,「『性犯罪被害にあうということ』の脚本として以前お送りした内容を,全編にわたって改稿しましたが,最終的に一部の設定を初期の脚本に戻す,という判断をしました。」,「Aさんに否定された脚本の一部を使用したことにつきまして,あらためまして心よりお詫び申し上げます。」と明確に記載していることなどからすると,当初,被告は,原告に拒否された本件脚本1を使用する意思がなかったものの,その後,翻意して,本件脚本1を修正する形で確定稿を作成させ,確定稿に基づき本件映画を製作したことは明らかである。
そうだとすれば,被告が,原告に乙5メールを送った時点では,「書籍から使用している場面・台詞に関しては,すべて削除」すると考えていたことが真意であることは明らかというべきである。
また,以上の事実関係に照らせば,原告が,被告が乙5メールの記載内容どおりの意思を有していなかったと認識することはできないというほかはなく,原告の悪意又は過失を認めることは一層困難というべきである。
したがって,被告の心裡留保の主張は採用できない。
オ さらに,被告は,無因債務を認めることはできないから,合意は成立していない旨主張する。
しかし,被告の上記主張は,本件各著作物に記載された事実の使用について,原告が自ら法的支配・処分権を有していないとするものであるが,原告と被告の間の合意は事実の使用に限ったものでなく,原告が著作権を有する本件各著作物の使用についての合意であるから,被告の上記主張はその前提を欠き,採用できない。
6 争点5(本件映画の上映等の差止請求及び本件映画のマスターテープ等の廃棄請求の当否)に対する判断
【(1) 本件映画の上映等の差止請求について
ア 本件映画のうち,別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の表現が本件各著作物の翻案物に当たること,本件映画のその余の部分については,本件各著作物の複製又は翻案に当たらないか,複製又は翻案に当たる旨の主張がないことは,前記2において認定,説示したとおりである。
したがって,本件各著作物について被控訴人が有する著作権(翻案権)及び本件各著作物の二次的著作物について被控訴人が有する著作権(複製権,上映権,公衆送信権〔自動公衆送信の場合にあっては,送信可能化権を含む。〕及び頒布権〔著作権法27条,28条,21条,22条の2,23条,26条〕)に基づく差止請求は,別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の表現を含む本件映画の上映等の差止めを求める限度で理由がある。
また,本件各著作物について被控訴人が有する著作者人格権(同一性保持権)に基づく差止請求は,別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の表現を含む本件映画の複製物の頒布の差止めを求める限度で理由があるが,控訴人のみが控訴した本件においては,本件映画の複製物の頒布の差止めを認めなかった原判決を控訴人の不利益に変更することは許されない(なお,同一性保持権は,著作者の意に反する著作物及びその題号を「変更,切除その他の改変」をする行為のみを侵害行為としており,これらの改変がされた後の利用行為は侵害行為とされていない(著作権法20条)。また,著作権法113条1項が同一性保持権の侵害とみなす行為として規定しているのは,同一性保持権の侵害行為によって作成された物を情を知って頒布する行為のほか,頒布目的の所持や頒布の申出,業としての輸出やその目的の所持等の行為にとどまり,上映,複製,公衆送信及び送信可能化は含まれていない。そうすると,本件各著作物について被控訴人が有する同一性保持権に基づいて請求することができるのは,本件映画の複製物の頒布の差止め(控訴人は,同一性保持権を侵害する本件映画を自ら製作した者である上,本件映画が同一性保持権を侵害する旨判断した原判決にも接しているから,頒布時に情を知っていることは明らかである。)にとどまり,本件映画の上映,複製,公衆送信及び送信可能化の差止めを求めることはできない。)。
イ 原判決別紙侵害認定表現目録記載の場面が被控訴人の人格権としての名誉権及び名誉感情を害する性質のものと認められることは,前記4において認定,説示したとおりである。
そして,前記前提事実のとおり,本件映画は,未だ公衆に対し公開されていないものであるから,憲法21条が保障する表現の自由に鑑み,被控訴人は,人格権としての名誉権に基づいて,上記場面のうち名誉権侵害に係る表現を含む限りにおいて,本件映画の公衆への提供,すなわち,上映,公衆送信及び送信可能化並びに本件映画の複製物の頒布の停止を求めることができるというべきである。
他方,同表現を含む本件映画が複製されたとしても,公衆に提供されない限り,被控訴人の名誉権及び名誉感情が害されるものではないから,人格権としての名誉権及び名誉感情に基づいて同映画の複製の差止めを求めることはできないものというべきである。
そして,上記場面のうち名誉権侵害に係る表現は,前記4(3)のとおり,原判決別紙侵害認定表現目録記載1の場面においては,主人公の両親が主人公の殺害の動機を示唆する発言も含めて,その全体が,主人公の両親が主人公を殺し,主人公の兄もまた両親に殺害されたことを示唆する表現であるから,同目録記載1の表現全部であるということができる。他方,同目録記載の2の場面においては,主人公があえて口にした「おちんちん」との表現が,主人公の社会的評価(ひいては主人公と同定される被控訴人の社会的評価)を低下させるのであるから,名誉権侵害に係る表現は,同目録記載2の表現全部ではなく,同目録記載2のうち「おちんちん」との表現に限られるというべきである。
したがって,人格権としての名誉権に基づく差止請求は,別紙人格権侵害認定表現目録1~4記載の表現を含む本件映画の上映,公衆送信及び送信可能化並びに本件映画の複製物の頒布の差止めを求める限度で理由がある。
ウ 控訴人が,被控訴人との間で,性犯罪被害をテーマにした映画を製作・発表するに際し,被控訴人の名前を使用せず,かつ,本件各著作物の場面・台詞を使用しないことを約し,かかる条件の下で当該映画の製作を続行する旨の合意(本件各著作物不使用の合意)をしたと認められること,並びに,本件映画には,別紙合意に基づく差止一覧記載の赤色部分,緑色部分及び水色部分において,それぞれ本件各著作物の場面・台詞が使用されていることは,前記5において認定,説示したとおりである。
そして,控訴人は,本件各著作物不使用の合意を前提とすれば,被控訴人に対し,本件各著作物の場面・台詞を使用した映画を製作したり,これを公表したりしないこと,換言すると,本件各著作物を使用した映画の上映,複製,公衆送信及び送信可能化を行わないこと,並びに本件映画の複製物の頒布を行わないことを約したものと認めるのが相当である。
したがって,本件各著作物不使用の合意に基づく差止請求は,本件各著作物の場面・台詞が使用されている別紙合意に基づく差止一覧記載の赤色部分,緑色部分及び水色部分の表現を含む本件映画の上映等の差止めを求める限度で理由がある。】
【(2) 本件映画のマスターテープ等の廃棄請求について
ア 本件映画のうち,別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の表現が本件各著作物の翻案に当たることは,前記2において認定,説示したとおりである。
したがって,本件各著作物について被控訴人が有する著作権(翻案権)及び本件各著作物の二次的著作物について被控訴人が有する著作権(複製権,上映権,公衆送信権〔自動公衆送信の場合にあっては,送信可能化権を含む。〕及び頒布権〔著作権法27条,28条,21条,22条の2,23条,26条〕)に基づく廃棄請求,並びに本件各著作物について被控訴人が有する著作者人格権(同一性保持権)に基づく廃棄請求は,別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の表現を含む本件映画のマスターテープ等の廃棄を求める限度で理由がある。
イ 原判決別紙侵害認定表現目録記載の場面が被控訴人の人格権としての名誉権及び名誉感情を害する性質のものと認められることは,前記4において認定,説示したとおりである。
しかしながら,人格権に基づく差止請求については,著作権法112条1項のような,侵害の予防に必要な作為を当然に請求することができる旨の法律の明文の規定がないこと,また,上記場面の表現を含む本件映画のマスターテープ等が存在していても,これらが公衆に提供されない限り,被控訴人の名誉権及び名誉感情が害されるものではないことに照らせば,同人格権に基づいて本件映画のマスターテープ等の廃棄を求めることはできないというべきである。
したがって,被控訴人の人格権に基づく本件映画のマスターテープ等の廃棄請求は,理由がない。
ウ 控訴人が,被控訴人との間で,性犯罪被害をテーマにした映画を製作・発表するに際し,被控訴人の名前を使用せず,かつ,本件各著作物の場面・台詞を使用しないことを約し,かかる条件の下で当該映画の製作を続行する旨の合意(本件各著作物不使用の合意)をしたと認められること,並びに,本件映画には,別紙合意に基づく差止一覧記載の赤色部分,緑色部分及び水色部分において,それぞれ本件各著作物の場面・台詞が使用されていることは,前記5において認定,説示したとおりである。
しかしながら,本件各著作物不使用の合意は,控訴人が,被控訴人に対し,本件各著作物の場面・台詞を使用した映画を製作したり,これを公表したりしないことを約したものであって,そのような約定に反して本件各著作物の場面・台詞を使用した映画が製作された場合に,これを固定した媒体を廃棄することまで,当然にその内容に含むものということはできない。そして,本件各著作物不使用の合意に係る意思表示がされた乙5メール及び乙6メールを子細に検討しても,控訴人と被控訴人との間において,控訴人が本件各著作物の場面・台詞を使用した映画が製作された場合に,これを固定した媒体を廃棄する旨を合意したことを認めることはできない。
したがって,被控訴人の本件各著作物不使用の合意に基づく本件映画のマスターテープ等の廃棄請求は,理由がない。】
7 争点6(損害発生の有無及びその額)に対する判断
【(1) 著作者人格権の侵害による損害について
証拠及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,突然,性犯罪の被害を受け,被害者であるにもかかわらず,社会ではかえってこれを公然といえない苦しみ,家族や周囲の人たちに理解されない悲しみや絶望,それを乗り越えて踏み出すためのきっかけ,勇気,他の性犯罪被害者達への支援と交流などを本件各著作物に著述したにもかかわらず,控訴人が,被控訴人の許諾を得ずに,別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の表現により本件各著作物を翻案したことが認められ,控訴人は,これにより前記3のとおり被控訴人の本件各著作物に係る著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものである。
したがって,被控訴人は,控訴人による上記行為により,相当な精神的苦痛を被ったものと推認するのが相当であり,上記侵害の内容及び本件記録に顕れた諸事情を考慮すれば,被控訴人の精神的苦痛に対する慰謝料の額は50万円とするのが相当である。
なお,控訴人は,本件映画祭の直前になって被控訴人が翻意して映画化について許諾しなかったことをもって,被控訴人に過失がある旨主張しており,同主張は,過失相殺をいう趣旨と解されるが,そもそも,被控訴人が,最終的な脚本の内容を確認した上で,本件各著作物の映画化を正式に許諾する予定であったことについては,控訴人も了解していたものであって,本件映画祭直前に映画化についての許諾をしなかったことをもって,被控訴人に過失があるということはできない。】
(2)
弁護士費用について
本件事案の内容,審理経過その他本件記録に顕れた諸般の事情を総合考慮すると,被告による著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は,上記(1)の1割である5万円とするのが相当である。
(3)
【本件各著作物不使用の合意】違反による損害について
証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件各著作物の映画化に関しては,被告の才能を尊敬し,被告を信頼して,話を進めていたことが認められるのであり,被告から,映画の製作に当たっては,本件各著作物で使用している一切の場面・台詞を使用しないとの内容を含む乙5メールに接した原告は,同内容についても,これを信頼したものと推認される。
それにもかかわらず,被告は,前記認定のとおり,本件映画に本件各著作物の場面・台詞を使用していたものであるから,原告が被告の態度が不誠実であると非難することは,無理からぬところではある。
しかしながら,前記のとおり,【本件各著作物不使用の合意】に基づいて本件映画の上映等の差止めが認められること,本件各著作物の使用については著作者人格権の侵害行為に基づく慰謝料が認められることなどからすると,被告に対して,これらに加え,本件各著作物不使用の合意違反に基づく慰謝料の支払を命ずることは,相当でない。
(4)
まとめ
以上より,原告の被告に対する損害賠償請求は,損害賠償金55万円(著作者人格権侵害による慰謝料50万円と弁護士費用5万円の合計)及びこれに対する平成26年5月8日(不法行為後の日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があり,その余は理由がない。
第6 結論
以上によれば,原告の請求は,主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
[控訴審]
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1)
人格権に基づく請求について
ア 控訴人は,本件映画が本件各著作物と無関係であることを示すテロップを入れることにより,本件映画の主人公と被控訴人との同定可能性を可及的に防止できるから,人格権侵害のおそれはないと主張する。
しかしながら,原判決の引用部分で適切に認定説示されているとおり,本件映画の主人公と被控訴人とは,本件映画の全般にわたる多数の共通点により同定されるものであり(原判決参照),控訴人主張のテロップを入れたとしても,上記共通点が維持されている限り,本件映画の主人公が被控訴人であると同定することはなお可能であるというべきである。控訴人の主張は,理由がない。
イ 控訴人は,一般論として,家族に犯罪者がいるということが,犯罪者の家族についても「犯罪者側」の一員とみなされて,その社会的地位を低下させることがあり得るとしても,その犯罪の被害者自身が犯罪者の家族である場合には,「犯罪者側」の一員とみなされて,その社会的地位が低下するということは,およそ考え難いから,本件映画の主人公の両親が主人公を殺害する場面は主人公の社会的評価を低下させるものではないと主張する。
しかしながら,両親が殺人という反倫理性が極めて高い犯罪に及ぶ者であるという事実を摘示することは,そのような両親に育てられたことにより同様の倫理観,価値観を有するのではないかなどとみられるおそれがあり,その者の社会的評価を低下させる側面を有することは否定できない。そして,このことは,その者が当該犯罪の被害者となり相応の同情を集めることがあるとしても,容易に回復するものではない。控訴人の主張は,理由がない。
ウ 控訴人は,本件映画の主人公が「おちんちん」という言葉を発言した相手が恋人,兄,夫という最も親しい人であり,そのような者と二人きりのときに「おちんちん」と発言したとしても,主人公の社会的地位を低下させるものではないと主張する。
しかしながら,原判決の引用部分で適切に認定説示されているとおり,控訴人主張のような最も親しい人と二人きりであるという「プライベートな会話」であるとしても,不必要に「おちんちん」という言葉を発することは,主人公が品位のない女性であるとの印象を与えるものであり,その社会的評価を低下させるものというべきである。控訴人の主張は,理由がない。
エ 控訴人は,名誉感情の侵害のみに基づく差止請求は認められないと主張する。
しかしながら,本訴において,被控訴人に人格権としての名誉権に基づく差止請求が認められる以上,これとは別に人格権としての名誉感情に基づく差止請求の成否を検討する必要はない。
オ 控訴人は,原判決の人格権に基づく差止めの対象が不必要に広範であると主張するが,これに対する判断は,前記の補正のとおりである。
(以下略)