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著作権判例セレクション

【美術著作物】ワイナリーの広告看板用の図柄の著作物性を否定した事例

▶平成2572日東京地方裁判所[平成24()9449]▶平成260122日知的財産高等裁判所[平成25()10066]
1 本件図柄及び本件各原告看板の著作物性(争点1-1)について
(1) 前記当事者間に争いのない事実等,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 本件図柄は,被告のワイナリーの広告看板の図柄とするために作成されたものであり,本件各原告看板は,原告が,本件図柄を利用して,車両等を被告のワイナリーに誘導するための広告看板として製作したものである。また,原告は,本件図柄を利用して,本件各原告看板のほかに複数の被告のワイナリーの広告看板を製作した。
イ 本件図柄は,別紙原告図柄目録記載のとおりであり,濃い青色の横長の長方形の背景の中央に,ステムの長さが短めのワイングラス様のグラスの形が大きく白抜きされ,グラスの上に黄色で「ワイナリー/工場見学」の文字がアーチ型に配置され,グラスの中に背景と同色で「シャトー」「勝沼」の文字が横書きに二段に配置されている。
ウ 本件原告看板1は,別紙原告看板目録1記載のとおりであり,本件図柄とほぼ同じ図柄の右側に白色の縦長の長方形の背景が配置され,背景部分の上部には左折を示す赤色の矢印が,下部には「2km」の赤色の文字が配置されている。
エ 本件原告看板2は,別紙原告看板目録2記載のとおりであり,上部に白色の横長の長方形の背景,下部に濃い青色の縦長の長方形の背景を配置し,白色の背景部分の上部には右折を示す赤色の矢印,下部には「2.7km」の赤色の文字が配置され,濃い青色の背景部分の上部には黄色で「ワイナリー」「工場見学」の文字が二段に配置され,その下に本件図柄中のグラスとほぼ同じグラス(中には「シャトー」「勝沼」の文字が横書きに二段に配置されている。)が配置されている。
(2) 原告は本件図柄及び本件各原告看板が「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)に当たると主張するので,以下,検討する。
ア 著作権法2条1項1号は,著作物について「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定し,同条2項は「この法律にいう『美術の著作物』には,美術工芸品を含むものとする。」と規定している。これらの規定に加え,著作権法が文化の発展に寄与することを目的とするものであること(同法1条),工業上利用することのできる意匠については所定の要件の下で意匠法による保護を受けることができるとされていることに照らせば,純粋な美術の領域に属しないいわゆる応用美術の領域に属するもの,すなわち,実用に供され,あるいは産業上利用されることが予定されている図案やひな型などは,鑑賞の対象として絵画,彫刻等の純粋美術と同視し得るといえるような場合を除いては,著作権法上の著作物に含まれないものと解される。
これを本件についてみると,本件図柄は,その外形上明らかに被告のワイナリーの広告等の図柄として作成されたものであり,また,本件各原告看板は,本件図柄を利用して製作された広告看板そのものであって,いずれもいわゆる応用美術の領域に属するものと認められる。
そして,本件図柄及び本件各原告看板は,訴求力のある広告効果を持たせるような配色,図柄の形状,字体の選択,各素材の配置等について一定の工夫がされているとはいい得るものの,広告の対象となる被告の名称及び施設の種類を表す文字とグラスの図柄の単純な組合せからなるもので,これらが,社会通念上,鑑賞の対象とされ,純粋美術と同視し得るものであると認めることは困難である。
イ さらに,著作権法上の著作物として保護されるためには「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)であることを要するが,前記著作権法の趣旨に鑑み,ありふれた表現にすぎないものは,「創作的に表現したもの」には当たらないというべきである。
これを本件図柄及び本件各原告看板についてみると,①ワイナリーの広告看板に「ワイナリー」や「工場見学」という文字,ワイナリーへの方向を示す矢印及び距離,ワイングラスを想起させる図形を表示することは,一般的であると解されること,②グラスの上及び中に配置した文字のバランスに工夫があるとしても,素材を用いて図柄を作成する上での配置としてありふれたものの域を出ないし,グラスの形状にも,格別の創作性は認められないこと,③文字のうち「シャトー勝沼」の部分は毛筆体を思わせるやや角張った特徴のある書体であるが,書体の形態は文字の有する情報伝達機能を発揮するため必然的に一定の制約を受けるものであるから,書体に著作物性を認めるためには書体が顕著な特徴を有するといった独創性があることを要するところ,上記文字の書体にそのような独創性があるとは認められないこと,④広告看板の背景や素材に濃い青色と白色と黄色,あるいはこれらの色と赤色を採用して組み合わせることは,他の看板においても見られるものであって,ありふれたものにすぎないこと,⑤本件図柄及び本件各原告看板を一体として見たとしても,文字と図柄の単純な組合せにすぎず,全体として一つのまとまりのある表現物として創作性を有しているとは認められないことからすれば,著作権法上保護されるに足りる創作性があるということはできないと解される。
ウ 以上のとおりであるから,本件図柄及び本件各原告看板は著作権法上の著作物に当たらないと判断することが相当である。
(3) よって,その余の点を判断するまでもなく,本件図柄及び本件各原告看板の著作権侵害に基づく原告の請求は理由がない。

[控訴審同旨]
1 当裁判所は,控訴人の当審における追加主張をふまえても本件図柄に著作物性は認められず,被控訴人には不法行為責任は認められないから本件控訴は棄却されるべきものと判断する。
その理由は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
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2 控訴人の当審における主張に対する判断
(1) 本件図柄の著作物性について
控訴人は,本件図柄を一体として鑑賞した場合,本件図柄における文字は,思想,感情を表現するものとして,絵柄に融合しており,絵柄の美術性に含まれているし,本件図柄は,画面いっぱいに,大胆にグラスが描かれ,構図的バランスが,ずしりと重量感を与え,色彩感覚と美的に表現され,見る人の心を惹きつけてやまないのであって,ありふれた平凡な絵柄ではなく,美術性と創作性を兼ね備えていると主張する。
控訴人は,本件図柄が被控訴人からの依頼で作成したものであることを否定するととともに,広告看板用の図柄であることを否定するが,本件図柄は芸術作品としてではなく,あくまでも広告業におけるマーケティングの一環として作成されたものであるし,芸術作品として展示や販売に供されたというように,広告看板以外の目的に使用されたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件図柄は,あくまでも広告看板用のものであり,実用に供され,あるいは,産業上利用される応用美術の範ちゅうに属するというべきものであるところ,応用美術であることから当然に著作物性が否定されるものではないが,応用美術に著作物性を認めるためには,客観的外形的に観察して見る者の審美的要素に働きかける創作性があり,これが純粋美術と同視し得る程度のものでなければならないと解するのが相当である。このような観点から見ると,本件図柄のグラスの形状には,通常のワイングラスと比べて足の長さが短いといった特徴も認められるものの,それ以外にグラスとしての個性的な表現は見出せない。また,ワイナリーの広告としてワイングラス自体が用いられること自体は珍しいものではない上に,図柄が看板の大部分を占めている点も,ワイナリーの広告としてありふれた表現にすぎない。そして,本件図柄を全体的に観察すると,上記ワイングラスの大きさや形状に加えて,被控訴人の商号及びワイナリーや工場の見学の勧誘文言が目立つような文字の配置と配色がなされていることが特徴的であるが,これも,一般的な道路看板に用いられているようなありふれた青系統の色と補色に近い黄色ないし白色のコントラストがなされているにとどまる。
そうすると,本件図柄には色彩選択の点や文字のアーチ状の配置など控訴人なりの感性に基づく一定の工夫が看取されるとはいえ,見る者にとっては宣伝広告の領域を超えるものではなく,純粋美術と同視できる程度の審美的要素への働きかけを肯定することは困難である。控訴人が著作物性の根拠として強調する点は,宣伝広告の効果を向上させるための工夫とも共通するものであって,必ずしも芸術性を高めるものではない。また,控訴人が主張するように,現代における芸術分野の区分の流動化が認められるとしても,本件図柄はあくまでも広告看板用に作成されたものであって,応用美術の範囲に属することに変わりはないというべきであるから,上記で判示した著作物性を認める判断基準が変わるわけではなく,本件図柄の著作物性を否定した上記判断を左右するものではない。
さらに,控訴人主張のとおり,ペンチという道具を単純化してその一部を平面的にデフォルメして構図化したデザインや四角いキャンバスを二つの三角形に分けてそれぞれ単色で色づけしたデザインのように,一見ありふれた表現方法が用いられているものが芸術作品として取り扱われている例があるとしても,これらは,いずれも美術作品として一点限りで制作されるのであって,広告のために複数が作成される商業的作品とは相違する上,作成時期も本件図柄と違っていずれも昭和40年代の作品で美術史的な位置付けも異なり,あくまでも純粋に審美性を追求する見地からシンプルな配色やデザインがあえて使用されたとも評価できる。そうすると,遠方から確認しやすく,一般消費者である通行人や通行車両の注意を惹き,広告対象物への興味をわき上がらせる形態が一次的に要求される広告看板用の本件図柄とは,その配色や構図の目的や意味合いは自ずと異なり,著作物性の前提となる作成者の創作性の反映や見る者に対する審美的要素への働きかけの有無や程度も当然に異なってくるというべきである。したがって,上記のような美術作品の存在は,本件図柄につき純粋美術と同視できる程度の審美的要素への働きかけを否定した上記判断を左右するものではない。よって,本件図柄には著作物性は認められないというべきであり,その帰属について判断する必要もない。
(2) 本件図案につき著作物性が否定された場合の被控訴人の不法行為責任
著作権法6条は,保護を受けるべき著作物の範囲を定め,独占的な権利の及ぶ範囲や限界を明らかにしているのであり,同条所定の著作物に該当しないものである場合,当該著作物を独占的に利用する権利は法的保護の対象とならないものと解される。したがって,同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成23年12月8日第1小法廷判決参照)。
本件においても,上記(1)で述べたとおり,本件図案につき著作物性が認められない以上,特段の事情が認められない限り,被控訴人に不法行為責任は認められないというべきであるところ,特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
この点について控訴人は,被控訴人との契約が継続することを前提に本件図柄の使用を許可した旨主張し,その根拠として,平成17年8月30日付け広告掲載申込書(甲109)の掲載条件欄に,括弧書きで「デザイン類似転用不可」,「製作類似転用不可」と手書きで記載されている点を指摘する。しかしながら,同契約書の表題はあくまでも「広告掲載申込書」であって,契約終了後の本件図案の使用に関する合意まで含むものと評価することは困難である。実際に,控訴人と被控訴人との間では,平成10年5月28日以降に広告看板の掲載に関する契約が多数交わされてきたが,その中では看板の取付料と年間掲載料についてのみ合意してきたと認められ(甲109と同趣旨の手書きの記載はない。),甲109の合意もその一環と解されるにすぎない。
したがって,甲109の記載をもって,控訴人と被控訴人とが本件図案の使用に関して一定の合意をしたと認めることはできない。よって,被控訴人の本件図柄の使用につき何らかの法的利益を侵害したものといえるような特段の事情を見出すことは困難であって,被控訴人の不法行為責任を認めることはできないというほかない。