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著作権判例セレクション

【美術著作物】体験型装置(舞台装置・展示構造物)の著作物性を否定した事例

▶平成23819日東京地方裁判所[平成22()5114]▶平成240222日知的財産高等裁判所[平成23()10053]
() 著作物性の認定において、原審と控訴審とで判断が割れた事案である。

[控訴審]
1 争点(1)(控訴人は,控訴人装置につき著作権を有するか(控訴人装置の著作物性の有無))について
(1) 認定事実
ア 控訴人は,平成13年頃,伸縮性のある布を筒状になるように成形し,5ないし6本のロープを使用して,床面から浮かせた状態で固定することにより,筒状の布の中に人が入ったときに,左右方向及び下方向からの反力を体感することができる構造物を考案し,これを「スペースチューブ」等と名付け,控訴人が個人として主催する「東京スペースダンス」の公演における舞台装置として使用し始めた。
イ 控訴人は,スペースチューブの中に入った人の体が左右方向及び下方向からの反力により支えられた状態となることを「浮遊」又は「無重力状態」などと呼び,平成13年頃から,中に人が入り「浮遊」又は「無重力状態」を体験することで,全身的な身体感覚を回復することができる装置として,スペースチューブをイベント等で展示するようになり,遅くとも平成16年頃からは,「体験型装置」として使用するようになった。
このように,控訴人は,スペースチューブを,劇場等における「舞台装置」として,また,科学館や美術館等における展示用の「美術作品」として,子供を含む一般のための「体験型装置(教育的教材)」として,活用している。
ウ 控訴人装置の形状等
()
(2) 検討
以上を前提に,控訴人装置の著作物性について検討する。
ア 創作性について
() 著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号),作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方,思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては,当該作品等は著作物に該当せず,同法による保護の対象とはならない。
() 控訴人装置は,前記のとおり,当初は舞台装置として使用されていたが,科学館や美術館等で美術作品として展示されたり,体験型装置として使用されているものである。控訴人装置が体験型装置として使用された場合,人が中に入り,布の反力によって体が支えられる状態を体験することができるものであるから,人が中に入った状態では,様々な形態をとるし,また,中に入った人は日常生活では感じることのできない感覚を味わうことができる。このように,控訴人装置は,体験型装置としても用いられるが,控訴人が本件訴訟において著作物として主張するのは,上記のような動的な利用状況における創作性ではなく,原判決別紙反訴原告装置目録に示された静的な形状,構成における創作性である。
() 控訴人は,そのような控訴人装置の創作性として,①「閉じた空間・やわらかい空間」であること,②「浮遊を可能にする空間(宙吊り)」であること,③「見た目の日本的美しさをもつ空間」であること(控訴人装置の上辺部分について,神社の屋根や日本刀の曲線に似ているような形状を有すること)を主張する。
もっとも,控訴人装置は,体験型装置として用いられており,控訴人も,争点(4)において,不正競争防止法2条1項3号の「商品」に該当すると主張するものであって,実用に供され,又は産業上利用されることを目的とする応用美術に属するものというべきであるから,それが純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美的特性を備えている場合に限り,著作物性を認めることができるものと解すべきである。
そこで,以下,上記観点をふまえ,控訴人主張に係る①ないし③の各要素に基づき,控訴人装置の創作性について検討する。
イ ①「閉じた空間・やわらかい空間」であることについて
() 「閉じた空間」とは,控訴人装置が使用されている際の人によって広げられていない部分の空間の性質を示すものであり,使用時において中に入った人によって開かれていくという構想は,控訴人が控訴人装置で実現しようとした,控訴人装置によって構成された空間の性質に関する思想ないしアイデアである。著作物としての表現は,そのような思想ないしアイデアそのものではなく,それらが具体的に表現された控訴人装置の形状,構成に即して把握すべきものであるから,「閉じた空間」という空間の性質を創作性の根拠とする控訴人の主張は採用することができない。
また,控訴人は,控訴人装置の具体的特徴として,2枚の布を合わせることにより「閉じた空間」としたことに創作性があるとも主張する。
しかしながら,この2枚の布を合わせたという平面的な構成は特徴のある表現ということはできず,創作性を認めることはできない。
() 「やわらかい空間」とは,控訴人装置の中に人が入った使用状態において,中に入った人が周囲の空間が固定的ではなく,自在に変形するものと感じられる空間であるという思想ないしアイデアであり,この点も控訴人装置の創作性の根拠とすることはできない。
また,控訴人は,控訴人装置の具体的特徴として,伸縮性・弾力性のある布を使用し,ロープを使用して床からの高さを50センチメートルないし1メートルとして,空間に浮遊させて設置することにより,「やわらかい空間」としたことに創作性があるとも主張する。しかし,そのうち,「やわらかい空間」自体は思想又はアイデアにすぎないことは前記のとおりであり,また,伸縮性・弾力性のある布を使用していることは,実際に控訴人装置が使用される際に機能を発揮する構成にすぎない。
したがって,いずれも,控訴人装置の創作性を基礎付けるものということはできない。
ウ ②「浮遊を可能にする空間(宙吊り)」であることについて
() 「浮遊を可能にする空間」であることは,控訴人が本件において著作物であると主張する控訴人装置そのものに表現されたものではなく,控訴人装置の中に人が入って使用された際,中に入った人が浮遊していると感じる状態になること意味するものであり,控訴人装置の機能を示すものにすぎない。
したがって,当該要素は,控訴人装置自体に表現されたものではないから,これを控訴人装置の創作性の根拠とする控訴人の主張は採用することはできない。
また,控訴人は,控訴人装置の具体的特徴として,左右と下からの強い反力を持たせて「浮遊を可能にする空間」とし,これによって「新しいバランス」を与え,「全身的な身体感覚の回復」を図るものであり,バランスの取り方次第で浮遊可能となるように布の張りを調整しているとも主張する。
しかしながら,浮遊を可能とすることや,新しいバランスを与えること,全身的な身体感覚の回復を図ることは,いずれも控訴人装置の使用時における機能であって,控訴人装置に表現されたものとはいえない。また,布の張り方自体は布の形状を形成し,その機能を発揮させるための方法にすぎず,このような点に創作性を認めることはできない。
() 「宙吊り」は,控訴人装置の空間における配置を示すものであるが,それ自体では控訴人装置が空間に存在するという抽象的な観念を示すものにすぎず,具体的な表現を示すものとはいえないから,この点も控訴人装置の創作性の根拠とすることはできない。
また,控訴人装置を宙吊りにしたことは,装置の機能を発揮させるための構成であるともいうことができる。いずれにせよ,創作的表現と認めることはできない。
エ ③「日本的美しさをもつ空間」であることについて
() 「日本的美しさをもつ空間」であるということそれ自体は,控訴人の思想又はアイデアを示すものであって,ここに創作性の根拠を認めることはできない。
また,控訴人は,ロープの「ずらし方」に創作性があると主張するが,それは,本体部分の布の形状を形成するための方法にすぎず,表現と認めることはできないし,張られたロープ自体の形状に創作性を認めることもできない。
() 控訴人は,控訴人装置の具体的特徴として,上辺部分について,神社の屋根や日本刀の曲線に似ているような形状を有することについて,創作性の根拠として主張する。
原判決別紙反訴原告装置目録の写真によると,控訴人装置の上辺部分は確かに「く」の字に似た反った曲線を有しているものである。
しかしながら,布状のチューブを宙吊りにする場合,本体部分の端部において支持具とロープとで固定することは格別珍しいものではない。その際,固定用のロープの角度や緊縮度によっては,チューブ部分に「たわみ」や「反り」が生じることはむしろ通常のことであると認められる。もちろん,ロープの角度や緊縮度を調整することにより,「たわみ」や「反り」の形状をも調整することが可能であったとしても,それにより生じるチューブ部分の上辺部分の形状について,制作者の個性が表現されたものとはいえないから,これをもって創作的な表現であるということはできない。
控訴人装置における上辺部分の「反り」についても,それが直ちに「神社の屋根や日本刀」のような美観を想起させるものということはできないし,仮に,そのように観察し得る余地があったとしても,創作的な表現とまでいえないことは,同様である。
() 控訴人は,控訴人装置は,「空間の生け花」と称され,日本的な独特な表現であるとして評価されており,控訴人装置の見た目の美しさ,控訴人装置内に入った際に体験者が感じる擬似的無重力環境という異次元空間の感覚が控訴人装置の最大の特徴であり,このような独特な空間構成力によって,控訴人装置は,国内外のどこにもない空間として成立しているなどと主張する。
しかしながら,体験者が控訴人装置内に入った際に感じる感覚については,控訴人装置の機能を示すものにすぎない。
また,著作権法によって保護すべき「著作物」であるか否かは,あくまで創作性の有無によって判断すべきであって,控訴人装置に対する評価が控訴人の主張するようなものであったとしても,前記判断が左右されるものではない。
なお,控訴人は,前記①及び②の要素こそ,「独立の創作性」の名に相応しいものであり,上記③の要素はこれらの結果として成立しているものであって,③の要素のみで単独では成立しないとも主張している。
したがって,控訴人の当該主張を前提とすると,前記のとおり,①及び②の各要素に基づいて創作性を認めることができない以上,当然に③の要素についても認められないということになる。
オ 控訴人のその余の主張について
() 控訴人は,前記①ないし③の要素のほかに,控訴人装置の軽さや色についても,創作性の根拠として主張する。
しかしながら,控訴人装置の軽さは,素材の性質であって,控訴人装置の創作物として鑑賞するときに,その創作性の対象として認識されるものではない。また,控訴人装置の本体部分及び二重化部分が白色の素材で構成されていることについては,その色の選択について創作性を認めることはできない。控訴人は,恐怖感や不安感を低下させるために色の選択をしているのであって,当該選択には創作性があるとも主張するが,それは控訴人装置の使用時にその機能を十分発揮させるための色の選択の根拠を述べるのみであって,控訴人装置自体の創作性の根拠となるものではない。
() 控訴人は,控訴人装置の大きさについても創作性があると主張するが,控訴人が大きさについて選択の根拠として挙げる控訴人の芸術家としての感性については,その具体的な内容が不明であり,そこから創作性を根拠付けることはできない。
() また,控訴人は,2枚の布を接ぎ合わせた形状についても,創作性があると主張するが,そこに製法としての特殊性があるとしても,それが控訴人装置の創作性を根拠付けるものとはいえない。
() 控訴人は,原審における本人尋問において,控訴人装置の上辺中央付近が1本のロープにより斜め上方向に向かって引っ張られており,これにより,控訴人装置は後方に向かって曲がった形状となっているところ,上記曲線も控訴人装置の創作性を基礎付ける要素を構成する旨の供述をするが,本件において控訴人が控訴人装置として特定する原判決別紙反訴原告装置目録の図面には,控訴人装置の中央付近を引っ張るロープは記載されておらず,控訴人本人のいう「曲線」の具体的形状が明らかではない上,上記曲線が控訴人装置の創作性を基礎付けることになる具体的理由も主張されていないのであって,この点を控訴人装置の創作性を基礎付ける要素と解することもできない。
() 控訴人のその余の主張も,いずれも採用できない。
(3) 小括
以上からすると,控訴人装置には創作性を認めることはできない。
2 争点(2)(被控訴人装置は,控訴人装置の著作権侵害(複製権侵害)又は著作者人格権侵害(同一性保持権侵害)に当たるか)について
前記1のとおり,控訴人装置について,著作物性を認めることができない以上,被控訴人装置について,控訴人装置に係る複製権及び同一性保持権侵害をいう控訴人の主張は,その前提を欠くものであり,失当である。
3 控訴人装置の著作権又は著作者人格権に係る請求の当否
(1) 控訴人装置の著作権に係る確認請求について
控訴人は,本件訴訟において,まず,控訴人装置について,控訴人が著作権を有することの確認を求めるが,その主張に係る著作権が控訴人に帰属することを被控訴人との間において確認することを求めるものではなく,控訴人装置に著作物性が認められて著作権の対象となり得るものであることを被控訴人との間において確認することを求めるものであるところ,控訴人装置に著作物性が認められて著作権の対象となり得るものであるならば,当該著作権が控訴人に帰属すること自体は被控訴人が争うところでなく,被控訴人は,控訴人装置に著作物性があるか否かを争うとともに,著作物性が認められたとしても,被控訴人装置が控訴人の主張する著作権を侵害するものではないとして,控訴人の主張を争っているものである。
このような場合において,控訴人装置の著作物性の有無それ自体は,著作権侵害を理由とする請求の当否の前提問題として判断されるべきものであって,かつ,それで足り,控訴人装置に著作物性が認められた場合における当該著作権の帰属それ自体を争っているわけではない被控訴人との間において,控訴人装置について著作物性が認められるとして,控訴人が著作権を有することの確認を求める訴えは,確認の利益がなく,不適法といわなければならないから,却下されるべきものである。
(2) 控訴人装置の著作権に係るその余の請求について
控訴人は,次に,被控訴人装置が控訴人装置に係る控訴人の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するとして,被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄を求めるが,前記説示のとおり,控訴人装置に著作物性を認めることができない以上,控訴人の請求は,その前提を欠き,理由がないから,棄却されるべきものである。
()
9 争点(10)(被控訴人装置を用いた営業活動による不法行為の成否)について
(1) 控訴人は,被控訴人が,控訴人との共同事業が破綻するや,直ちに控訴人から教えられた技術的手法に基づいて控訴人装置を模倣し,これと少なくとも実質的同一性を有する被控訴人装置を制作し,これを展示する等の営業活動を行ったことは,競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用する行為であって,不法行為を構成するものであると主張する。
(2) しかしながら,控訴人装置が法的保護に値するか否かは,正に著作権法及び不正競争防止法が規定するところであって,当該装置が著作権法によって保護される表現に当たらず,また,不正競争防止法2条1項1号及び3号において保護されない以上,同様の装置につき,控訴人が独占的,排他的に使用し得るわけではない。
控訴人主張に係る控訴人装置に関する情報(技術的手法)についても,不正競争防止法によって保護される営業秘密に当たらず,また,本件契約に基づく秘密保持義務の対象とは認められない以上,同様である。
したがって,被控訴人が被控訴人装置を用いて事業を行ったからといって,控訴人装置ないし同装置に関する情報について著作権侵害,不正競争防止法及び本件契約に違反する行為が認められない本件において,それ以外に控訴人の具体的な権利ないし利益が侵害されたと認められない以上,不法行為が成立する余地はない。
そして,控訴人装置の制作について,いかに控訴人が創意工夫をこらしたとしても,それが著作権法の保護に値せず,そのほか控訴人の具体的な権利ないし利益の侵害が認められない以上,不法行為を理由に,法的保護を受けることができないことはいうまでもない。著作権法の保護の対象とされない表現物及び不正競争防止法における営業秘密に該当しない情報については,原則として自由に利用し得るものであり,被控訴人装置を制作し,これを展示する等の営業活動を行ったことをもって,競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用したなどということはできない。
(3) したがって,控訴人の主張は失当というほかない。