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著作権判例セレクション

【地図図形著作物の侵害性】建築設計図書の侵害性を認定した事例

▶昭和54620日東京地方裁判所[昭和50()1314]
一 原告B本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる(証拠)及び同本人尋問の結果によれば、亡Fは、土浦市内においてK建築設計事務所の名で建築物の設計、工事監理業を営む一級建築士であつた者であり、昭和491月頃、原告設計図書33葉(表紙一葉を含む別紙記載の小林ビル新築工事設計図書)を作成したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そして、原告設計図書の概括的内容が請求の原因一1(二)記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、前顕甲第二号証の一ないし三三及び原告B本人尋問の結果によれば、原告設計図書1(表紙)を除く原告設計図書32葉は、いずれも、一級建築士である亡Fが、昭和485月頃から昭和491月頃までの間(基本設計の段階を含む。)に、その知識と技術を駆使し、原告事務所員で同じく一級建築士である原告B(長男)をその補助者として使用して、独自に作成した建物の設計図書(設計図、表)であることが認められる。
したがつて、原告設計図書32葉(2ないし32)は、いずれも、著作権により保護される著作物であり、亡Fはその著作権を取得したというべきである(ただし、原告設計図書3のうちの案内図は、客観的に定まつた本件土地の所在位置をごくありふれた手法により描いた略図であつて、そこに何らの独創性を見出すことはできず、建築士としての知識と技術を駆使しなければ描けないものとは到底言えないから、著作権により保護される著作物とは認められない。)。被告は、原告設計図書は著作権により保護される著作物とはいえないとして縷々主張するが、失当であること明らかである。
二 一方、被告が昭和499月頃被告設計図書9葉(別紙記載の小林ビル新築工事設計図書)を作成したことは当事者間に争いがない。
三 しかして、原告らは、被告は原告設計図書を複製又は変形して被告設計図書を作成したものであると主張するので、この点について判断する。
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2 ところで、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠してこれと同一性のあるものを再製することをいうと解すべきであるから、たとえ既存の著作物と同一性のあるものが作成されたとしても、それが既存の著作物に依拠したものでないときは、その複製をしたことには当たらず、著作権(複製権)侵害の問題を生ずる余地はないというべきである。
本件において、被告事務所員Jは、株式会社小林工務店の担当Iから交付をを受けた原告設計図書5ないし8のコピー(及び敷地の実測図)に依拠して被告設計図書を作成したものであることは前記のとおりであり、本件全証拠によるも、被告設計図書の作成に際し、右Jあるいは被告が右原告設計図書5ないし8以外の原告設計図書のコピーの交付を受け、あるいは、その内容を覚知するに足るだけ接する機会を得たとの事実は認められない(もとより原告設計図書は公刊されるような性質のものではない。)。
したがつて、原告設計図書5ないし8を除くその余の原告設計図書については、個々の著作権が侵害されたと原告らが主張する原告設計図書349ないし1418ないし20も含め、これに依拠した設計図書を右Jが再製するに由ないから、仮に、被告設計図書中に原告設計図書5ないし8を除く原告設計図書と同一性のある設計図書があつたとしても、それらの原告設計図書についての複製権侵害の問題を生ずる余地はない。著作物の変形も、既存の著作物に依拠することを要するから、同様に、原告設計図書5ないし8を除く原告設計図書についての翻案権侵害の問題を生ずる余地はない。
よつて、被告は原告設計図書を複製又は変形して被告設計図書を作成したものであるとの原告ら主張のうち、原告設計図書5ないし8に関する部分以外は、その余の点について判断するまでもなく、この点において既に理由がない。
3 そこで、前顕(証拠)により、原告設計図書5ないし8とこれに対応する被告設計図書2ないし4に同一性があるかどうか、後者が前者の複製物といえるかどうかを検討する。
(一)まず、原告設計図書5(一階平面図、二階平面図)、原告設計図書6(三階平面図、屋上階平面図)とこれに対応する被告設計図書2(一階平面図、二階平面図、三階平面図、R階平面図)とを対比するに、請求の原因三1の(一)ないし(四)の相違点が存すること、これらの相違点を除き、外形を形づくつている線、各室の間仕切線及び各窓の位置、形が同一であることは当事者間に争いがなく、その他、一階裏の住宅用入口のドア、一階(三か所)、二階(二か所)、三階(二か所)の各便所のドア、二階右側の事務室の倉庫のドアの開く方向が前者と後者とでは左右反対であること、三階左右両側事務室の倉庫のドアの数が前者では各二であるのに対し、後者では各一であること等の相違点が存することが認められるけれども、これらの相違点は、右争のない相違点も含めいずれも僅少部分の修正増減にとどまるのであつて、全体として優に前者と後者の同一性を肯認することができる。
そして、被告設計図書2は被告事務所員Jが原告設計図書56に依拠して作成したものであることは前記のとおりであるから、被告設計図書2は原告設計図書56に依拠して再製されたその複製物というべきである。被告は、単に前者を参考にしただけのことであると主張するが、参考にしたというにとどまらないことは以上から明らかである。
(二)原告設計図書7(南立面図、西立面図、東立面図、北立面図、4LINE断面図)とこれに対応する被告設計図書3(南面立面図、西面立面図、東面立面図、住宅部分断面図、事務室部分断面図)とを対比するに、住宅二階、三階の正面の窓のうち、右から一番めと三番めのスパンの窓に請求の原因三1(四)の相違点が存すること、この相違点を除き、外形を形づくつている線、各窓の位置、形が同一であることは当事者間に争いがなく、その他、「く」の字形の建物の設計図書であるため描き方に若干の差異があり、また、前者の4LINE断面図とこれに対応する後者の事務室部分断面図の各部位の数値等に若干の差異があるものの、全体として、前者の南立面図と後者の南面立面図、前者の北立面図の一部及び西立面図と後者の西面立面図、前者の北立面図の一部及び東立面図と後者の東面立面図、前者の4LINE断面図と後者の事務室部分断面図について、優にそれぞれの同一性を肯認することができる。
そして、被告事務所員Jが原告設計図書7に依拠して被告設計図書3を作成したことは前記のとおりであるから、被告設計図書3は原告設計図書7に依拠して再製されたその複製物というべきである。被告は、単に前者を参考にしただけのことであると主張するが、参考にしたというにとどまらないことは以上から明らかである。
(三)原告設計図書八(矩計図、詳細図)と被告設計図書四(矩計詳細図)とを対比するに、前者と後者とでは工法や各部位の数値の示し方等に若干の差異があるものの、全体として優に同一性を肯認することができる。
そして、被告事務所員Jが原告設計図書8に依拠して被告設計図書4を作成したことは前記のとおりであるから、被告設計図書4は原告設計図書8に依拠して再製されたその複製物というべきである。
四 以上のとおり、被告は被告設計図書2ないし4を作成することにより原告設計図書5ないし8を複製したということができるので、次に右複製についての被告の過失の有無を判断する。
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ところで、建築主との契約に基づき設計図書を作成した建築士は、建築主からその変更を求められた場合には、特段の事由のなき限り最終的にはこれに応じなければならないというべきであり、被告本人尋問の結果によれば、被告自身もそのように考えていることが認められ、さすれば、被告は、Hから右のとおり原告設計図書の原設計者に設計変更を依頼して断られた旨の説明を受けたのであるから、そこに何らかの事情があると考えてしかるべきであり、Hに原設計者の氏名を問いただして原設計者に照会し確認するべき注意義務があるというべく、被告がそのような措置に出ることは極めて容易であつたことも多言を要しないところである。
しかるに、被告は、右のとおり原設計者に設計変更を依頼して断られた旨の説明を受けながら、漫然、Hの前記のような言明を信じ、何ら右のような確認をすることなく、設計変更を引受け、その後も何ら確認をすることなく、被告設計図書を作成したものであつて、この点過失を免れない。
したがつて、被告は、過失により原告設計図書5ないし8を複製したということができるから、特段の事由のない限り、著作権侵害の責を免れることはできない。
五 そこで、次に被告の抗弁について判断する。
1 まず被告は、亡Fは、Gとの間の設計請負契約の当然の内容として、Gが自己のビルの建築のために必要とする範囲内で原告設計図書を利用することを許諾したものであり、被告の行為は右利用許諾の範囲内の行為であると主張する。
一般に、建築主は、建築士が建築主との設計請負契約に基づいて作成した設計図書の交付を受けたときは、当該設計請負契約の当然の内容として、当該設計図書に従つて建築物を建築することができるという権能を有するわけであるが、もとより、当然に当該設計図書についての著作権の譲渡を受けたものではないから、当該設計図書に従つて建築物を建築することができるという右権能に付随して、その建築に当つて通常必要となる部数の当該設計図書の写しを交付するよう建築士に対して請求し、あるいは建築士がこれに応じないときは自ら通常必要となる部数の写しを作成することができるとは言いえても、本件のように躯体構造等に一部変更を加えるべく、改めて建築確認申請をするのに必要な設計図書として利用するために当該設計図書を複製することまで本件設計請負契約の当然の内容としてあるいは前記権能に付随して許されると言うことはできない。
したがつて、右抗弁は理由がない。
2 次に被告は、亡Fないしは同人の代理人たる原告Bは、自ら設計変更図書を作成することは拒絶したものの、Gが第三者に対し設計変更図書の作成を依頼することを承諾するよう求めたのに対し、これを明示的に承諾し、あるいは、これを明確に拒絶することはせず極めてあいまいな態度をとつて黙示的に承諾したものであると主張する。
しかしながら、原告Bは、設計変更の話は設計料を清算してからにしてほしいと言つて自ら設計変更図書を作成することを拒絶した後、Hが、それなら知合の建築士に設計変更図書を書かせるから承諾してほしいと重ねて要請したのに対し、やはり、まず設計料を清算してほしいと言つてこれを拒絶したことは前記三1(四)に認定のとおりであり、してみれば、原告BがGやHの右申出を承諾したとはいえないのみならず、黙示の承諾があつたとも認め難く、その他亡Fないしは原告Bが、Gが第三者に対し設計変更図書の作成を依頼することを明示的、黙示的に承諾したとの事実は本件全証拠によるも認められないから、右抗弁も理由がない。
3 また被告は、被告の行為は、建築士法第19条の規定により許される正当な行為であるから、不法行為を構成しないと主張する。
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これらの規定に鑑みると、同法第19条は、同一の設計図書についての設計上の責任は原設計者に一貫して負わせるのが望ましいとの観点から、原設計者以外の建築士が設計図書の一部を変更しようとするときは、原設計者の承諾を求めなければならないものとし、これを承諾した原設計者は当該設計変更についての設計上の責任を負うものとするとともに、承諾を求めることのできない事由があるとき、又は承諾が得られなかつたときは、当該設計変更を行う建築士の責任においてこれを行うことができるものとして、この場合には当該設計変更についての一切の責任はひとえに、これを行つた建築士が負うべきものとすることにより、設計上の責任の所在を明確にすることを目的とするものであると解される。
右のようにして、設計変更をしようとするときは、原設計者の承諾を求めなければならないものとすることにより、結果的に原設計者の著作権の保護に資することはあつても、それはあくまでも事実上の結果にすぎず、まして、承諾を求めることができない事由があるとき、又は承諾が得られなかつたときは自由に設計変更を行うことができ、この場合、著作権侵害の責を負わない旨を定めた規定とは到底解されないのであり、要するに、同条は、著作権法ないし建築設計図書につき認め得る著作権とは無関係の規定といわざるをえない。
したがつて、同条の規定により著作権侵害の責を免れるということはできないから、右抗弁も理由がない。
4 最後に被告は、原告らの本件損害賠償請求権の行使は、信義則に反し、権利の濫用というべきであつて、許されないと主張する。
確かに、
(1)原告設計図書に基づく工事費積算額は、Gの希望していた金額の約二倍にもなつたこと、
(2)設計変更の依頼及び第三者による設計変更についての承諾の要請をいずれも原告Bが拒絶したこと、
(3)被告設計図書の作成及び建築確認申請手続をしたことにより被告がGから受領した金員は35万円にすぎないこと、
(4)実際問題として、Gの建築資金では原告設計図書に基づいてビルを建築することはできなかつたことは前記のとおりであるが、
右(1)については、Gの希望していた金額はあくまで希望として表明されたものであり、一方、亡Fは、Gが設計監理委託書を作成した時点で、右Gの希望額を大幅に上回る所要見込額を示したが、工事費について明確な合意がなされないまま、原告設計図書の作成に至つたものであつて、いちがいに亡Fの設計ミスということはできないこと、
右(2)については、原告Bの拒絶の理由は、まず設計料の清算をし、設計変更の話はその後にしてほしいというものであり、当時、亡Fは原告設計図書を作成してこれを建築主たるGに交付済みであつたのに、設計料は残金128万円が未払であつたことは前記のとおりであるから、右拒絶の理由は必ずしも不当とはいえないことを併せ考えると、原告らの本件損害賠償請求権の行使は、いまだ、信義則に反するとか、権利の濫用に当たるとかいうことはできないから、右抗弁もまた理由がない。
右のとおり、被告の抗弁はいずれも理由がないから、被告は過失により亡Fが原告設計図書5ないし8について有していた著作権を侵害したものであり、これによつて亡Fの被つた損害を賠償しなければならない。