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著作権判例セレクション

【公衆送信権】送信可能化権の侵害性(「ビットトレント」の事例)

▶令和51027日東京地方裁判所[令和5()70029]▶令和6516日知的財産高等裁判所[令和5()10110]
() 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(「本件各氏名不詳者」)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(「ビットトレント」)を利用したネットワーク(「ビットトレントネットワーク」)を介して、別紙記載の動画(「本件動画」)を複製して作成した動画ファイル(「本件複製ファイル」)を、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じ自動的に送信し得る状態としたことによって、本件動画に係る原告の公衆送信権を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償請求のため、被告が保有する別紙記載の各情報(「本件各発信者情報」)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(「プロバイダ責任制限法」)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求めた事案である。
原判決は、控訴人の「権利が侵害されたことが明らかである」(法5条1項1号)とはいえず、また、本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法5条1項)に当たるとも認められないとして、控訴人の請求を全て棄却したところ、控訴人がこれを不服として控訴した。

(前提事実)
『⑶ ビットトレントの仕組み
ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコル及びこれを利用するためのソフトウェアである。
ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有されている。
共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。
イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、インターネット上のウェブサーバー等において提供されている当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。端末にインストールしたクライアントソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末はビットトレントネットワークにピアとして参加し、定期的にトラッカーにアクセスして、他のピアのIPアドレス等の情報のリストを取得する。
上記の手順によってピアとなった端末は、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認するための通信を行い、これに対し当該他のピアがこれに応答することを確認した上(以下、この当該他のピアとの通信を「ハンドシェイクの通信」という。)、当該他のピアが上記特定のファイルを構成するピースを保有していれば、当該他のピアに対して当該ピースの送信を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、ピアは、他のピアから、自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。
⑷ 株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)による調査
本件調査会社は、別紙動画目録記載のIPアドレス、ポート番号及び発信日時を以下の方法により特定した。
ア 本件調査会社は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件動画の品番を含むファイルのハッシュ値を探索し、当該ハッシュ値を監視対象とした。
イ 前記アの監視に用いられたソフトウェア(以下「本件監視ソフトウェア」という。)が、トラッカーに接続し、監視対象である当該ハッシュ値を有する特定のファイル(本件複製ファイル)を共有しているピアの情報の提供を求めたところ、トラッカーから別紙動画目録記載のIPアドレス及びポート番号を含むリストが返信された。
また、本件監視ソフトウェアは、トラッカーから上記のピアの情報に係るリストが返信された後、実際に各ピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、各ピアが応答することを確認した。別紙動画目録記載の発信日時は、ハンドシェイクの通信により各ピアから応答確認があった日時である。』

1 争点1(原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について
著作権法上、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの(同法2条1項1号)をいい、「送信可能化」(同項9号の5)に該当するには、上記著作物について、「自動公衆送信し得るようにすること」が必要である。そして、著作物について自動公衆送信し得るようにしたといえるためには、自動公衆送信の対象となる情報が、著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを含んでいる必要があると解される。
本件において、証拠によれば、ビットトレントネットワーク上に存在する本件複製ファイルは、それを再生することにより、原告が著作権を有する著作物である本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものであると認められる。
そして、証拠によれば、本件各氏名不詳者が、ビットトレントネットワークを介して、少なくとも本件複製ファイルの一部をダウンロードしたことが認められる。
しかし、本件全証拠によっても、本件各氏名不詳者が、それぞれ、別紙動画目録の発信日時欄記載の日時に行われたハンドシェイクの通信の時点までに、本件複製ファイルを構成する全ピースのうちどの程度の容量のピースをダウンロードし、これを保持していたのか、また、同時点までに全ピアによってダウンロードされていた本件複製ファイルのピースを併せると、どの程度の容量のピースを構成することになるかは、いずれも不明であるから、本件各氏名不詳者が、それぞれ又は他のピアと共同して、本件動画の表現上の本質的な特徴を5 直接感得することができる情報を自動公衆送信し得るようにしたと認めるに足りない。
したがって、本件各氏名不詳者により本件複製ファイルが「送信可能化」され、本件動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたことは明らかであるとはいえない。
2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について
仮に、本件各氏名不詳者が、本件複製ファイルのうち、再生することによって本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる容量のピースを保持していたとしても、本件各発信者情報は、以下の理由により、「当該権15 利の侵害に係る発信者情報」に当たるとはいえない。
⑴ ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化に該当する行為について
ア 著作権法2条1項9号の5は、イ又はロ所定の行為により自動公衆送信し得るようにすることを「送信可能化」と定義していることから、「送信可能化」されたといえるためには、同項9号の5イ又はロに該当する行為がされることが必要であるところ、ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化については、次の二つの場合が考えられる。
() あるピアが、ビットトレントネットワークによって取得した特定のファイルを、当該ビットトレントネットワークに参加している他のピアとの間で共有しようとする場合
前提事実⑶イのとおり、ビットトレントネットワークにおいては、特定のファイルに対応するトレントファイルを端末のクライアントソフトウェアに読み込ませることで、当該トレントファイルを共有するピアによって形成されるビットトレントネットワークに参加し、特定のファイルを構成するピースを他のピアからダウンロードしたり、他のピアにアップロードしたりすることができるようになる。
そして、あるピアがこのようなダウンロード及びアップロードを行うためには、他のピアがあるピアのIPアドレス及びポート番号の情報を把握している必要があるから、そのダウンロード及びアップロードに先立ち、あるピアがトラッカーに対して自身のIPアドレス及びポート番号の情報をあらかじめ通知しているものと考えられる。すなわち、ビットトレントネットワークに参加しているピアは、特定のファイルを構成するピースを他のピアからダウンロードしさえすれば、改めてトラッカーに自身のIPアドレス及びポート番号の情報を通知するなど特段の手順を経ることなく、自身のピアのIPアドレス及びポート番号の情報を把握しているピアに対し、自身がダウンロードしたピースを他のピアにアップロードすることができる。
このようなビットトレントの仕組みに照らせば、共有しようとする特定のファイルを構成するピースを何ら保有していないピアは、他のピアから当該ピースの送信を受けることによって、別の他のピアからの要求があればいつでも当該ピースを送信し得る状態になったといえる。
そうすると、①共有しようとする特定のファイルを構成するピースを何ら保有していないピアが、当該ピースを保有する他のピアから当該ピースをダウンロードすること、又は、②当該ファイルを構成するピースを保有するピアが、当該ファイルを構成するピースを何ら保有していない他のピアに対して当該ピースをアップロードすることをもって、著作権法2条1項9号の5イ所定の「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置…の公衆送信用記録媒体に情報を記録…すること」に当たると解するのが相当である(以下「類型1」という。)。
() ビットトレントネットワーク以外の手段によって取得した特定のファ5 イルをビットトレントネットワークにおいて共有しようとする場合前提事実⑶イのとおり、ビットトレントネットワークにおいては、トレントファイルを共有するピアで形成されるビットトレントネットワーク内でのみ当該トレントファイルに対応する特定のファイルが共有され、他のピアからのピースの送信要求は、トラッカーから提供されるピアのIPアドレス等の情報のリストに基づいてされるところ、当該情報は、各ピアが定期的にトラッカーに通知した自身のIPアドレス等の情報が基礎となっている。
このようなビットトレントの仕組みに照らせば、ピアは、トラッカーに対して自身の情報を提供するための最初の通知の送信をしたことによって、他のピアからの要求があればいつでもファイルを構成するピースを送信し得る状態になったといえる。
そうすると、当該トラッカーに対する最初の通知の送信をもって、著作権法2条1項9号の5ロ所定の「その公衆送信用記録媒体に情報が記録され…ている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電 気通信回線への接続…を行うこと」に当たると解するのが相当である(以下「類型2」という。)。
イ これを本件についてみると、別紙動画目録の各項番記載の情報により特定されるピアが類型1又は2のいずれの態様によって本件複製ファイルを自動的に送信し得る状態となったのかを認めるに足りる証拠はない。
しかも、前記アで検討したとおり、ビットトレントの仕組みに照らせば、別紙動画目録の各項番記載の情報により特定されるピアが類型1及び2以外の態様によって本件複製ファイルを自動的に送信し得る状態になったとは考え難く、これを裏付ける証拠もない。
したがって、本件各氏名不詳者が、本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる容量のピースを保持していたことを前提にした場合、本件動画については、別紙動画目録記載の情報により特定されるピアによって、類型1又は2のいずれかの態様すなわち著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定のいずれかの行為により、自動公衆送信し得るようにされたものと認めるのが相当である。
⑵ ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化に該当する通信について
前記⑴において説示したとおり、ビットトレントを利用したファイル共有においては、当該ファイルを自動的に送信し得る状態にするための態様として、著作権法2条1項9号の5イ所定の行為に対応する類型1及び同号ロ所定の行為に対応する類型2を想定することができる。
しかし、前提事実⑶イのとおり、ハンドシェイクの通信は、ビットトレントネットワークを形成しているピアが、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認する通信であって、共有される特定のファイルを構成するピースをダウンロード又はアップロードする通信(類型1)ではないし、トラッカーに対する通知の送信(類型2)でもない。
そして、本件において、類型1及び2以外の態様によって、ビットトレントネットワークを形成しているピア同士の間で行われるハンドシェイクの通信が著作物を「送信可能化」する行為に該当し得ることについては、主張及び立証がされていない。
したがって、上記ハンドシェイクの通信が著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定の行為に該当するとは認められない。
なお、上記ハンドシェイクの通信に先立って同項9号の5イ又はロ所定の行為がされた可能性があるとしても、同行為によりいったん「送信可能化」がされてしまえば、自動公衆送信し得る状態が完全に実現される以上、「送信可能化」に該当する行為が継続されることはなく、また、上記ハンドシェイクの通信によって再度送信可能化がされることもないというべきである。
したがって、この観点からも、上記ハンドシェイクの通信が本件動画を送信可能化する通信であると認めることはできない。
以上によれば、上記ハンドシェイクの通信に係る本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるとは認められないというべきである。
3 結論
以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

[控訴審]
1 争点1(控訴人の「権利が侵害されたことが明らかである」か)について
(1) 前提事実によると、共有対象となる特定のファイルに対応して形成されたビットトレントネットワークにピアとして参加した端末は、他のピアとの間でハンドシェイクの通信を行って稼働状況やピース保有状況を確認した上、上記特定のファイルを構成するピースを保有するピアに対してその送信を要求してこれを受信し、また、他のピアからの要求に応じて自身が保有するピースを送信して、最終的には上記特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。
そして、証拠及び弁論の全趣旨によると、ビットトレントネットワークで共有されていた本件複製ファイルが本件動画の複製物であること、原判決別紙動画目録記載の各IPアドレス及びポート番号の組合せは、本件監視ソフトウェアが、本件複製ファイルを共有しているピアのリストとしてトラッカーから取得したものであること、同目録記載の発信日時は、上記IPアドレス及びポート番号を割り当てられていた各ピアが、本件監視ソフトウェアとの間で行ったハンドシェイクの通信において応答した日時であることがそれぞれ認められる。
そうすると、上記各ピアのユーザーは、その対応する各発信日時までに、本件動画の複製物である本件複製ファイルのピースを、不特定の者の求めに応じて、これらの者に直接受信させることを目的として送信し得るようにしたといえ、他のピアのユーザーと互いに関連し共同して、本件動画の複製物である本件複製ファイルを、不特定の者の求めに応じて、これらの者に直接受信させることを目的として送信し得るようにしたといえる。これは、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置である各ピアの端末の公衆送信用記録媒体に本件複製ファイルを細分化した情報である本件複製ファイルのピースを記録し(著作権法2条1項9号の5イ)、又はこのような自動公衆送信用記憶媒体にビットトレントネットワーク以外の他の手段によって取得した本件複製ファイルが記録されている自動公衆送信装置である各ピアの端末について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続を行った(同号ロ)といえるから、本件動画につき控訴人が有する送信可能化権が侵害されたことが明らかである。
(2) 被控訴人は、各ピアのユーザーが送信可能化権を侵害したことが明らかというには、当該ピアのユーザーのピース保持率が100%又はこれに近い状態に達していることを要すると主張する。しかし、上記(1)のとおり、ビットトレントネットワークに参加した各ピアは、共有対象となったファイルの一部であるピースをそれぞれ保有してこれを互いに送受信し、最終的には当該ファイルを構成する全てのピースを取得することが可能な状態を作り出しているのであるから、各ピアのユーザーは、他のピアのユーザーと互いに関連し共同して、当該ファイルを自動公衆送信し得るようにするものといえる。そして、ハンドシェイクの通信に応答したピアは、当該ファイルの一部であるピースを保有してこれを自身の端末に記録し、他のピアの要求に応じてこれを送信する用意があることを示したものと認められるから、その保有するピースの多寡にかかわらず、上記送信可能化行為を他のピアと共同して担ったものと評価できる。被控訴人の主張は採用することができない。
2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるか)について
(1) 前記1(1)のとおり、原判決別紙動画目録記載のIPアドレス、ポート番号及び発信日時により特定される通信は、各ピアが本件監視ソフトウェアとの間で行ったハンドシェイクの通信において応答した通信であって、他のピアとの間で本件複製ファイルのピースを送受信し、又は本件複製ファイルを記録した端末をネットワークに接続する通信そのものではない。このような通信に係る発信者情報(本件各発信者情報)も、法5条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるかが問題となる。
(2) そこで検討すると、法5条1項は、開示を請求することができる発信者情報を「当該権利の侵害に係る発信者情報」とやや幅を持たせたものとし、「当該権利の侵害に係る発信者情報」のうちには、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの。)を含むと規定しているところ、特定発信者情報に対応する侵害関連通信は、侵害情報の記録又は入力に係る特定電気通信ではない。上記の各規定の文理に照らすと、「当該権利の侵害に係る発信者情報」は、必ずしも侵害情報の記録又は入力に係る特定電気通信に係る発信者情報に限られ ないと解するのが合理的である。
また、法5条の趣旨は、特定電気通信による情報の流通には、これにより他人の権利の侵害が容易に行われ、その高度の伝ぱ性ゆえに被害が際限なく拡大し、匿名で情報の発信がされた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難になるという、他の情報流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ、特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者が、情報の発信者のプライバシー、表現の自由、通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより、加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解される(最高裁平成22年4月8日第一小法廷判決参照)。なお、令和3年法律第27号による改正により、特定発信者情報の開示請求権が新たに創設されるとともに、その要件は、特定発信者情報以外の発信者情報の開示請求権と比して加重されている。その趣旨は、SNS等へのログイン時又はログアウト時の各通信に代表される侵害関連通信は、これに係る発信者情報の開示を認める必要性が認められる一方で、それ自体には権利侵害性がなく、発信者のプライバシー及び表現の自由、通信の秘密の保護を図る必要性が高いことから、侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内において開示を認めることにあると解される。
さらに、著作権法23条1項は、著作権者が専有する公衆送信を行う権利のうち、自動公衆送信の場合にあっては送信可能化を含むと規定する。その趣旨は、著作権者において、インターネット等のネットワーク上で行われる自動公衆送信の主体、時間、内容等を逐一確認し、特定することが困難である実情に鑑み、自動公衆送信の前段階というべき状態を捉えて送信可能化として定義し、権利行使を可能とすることにあると解される。
ビットトレントによるファイルの共有は、対象ファイルに対応したビットトレントネットワークを形成し、これに参加した各ピアが、細分化された対象ファイルのピースを互いに送受信して徐々に行われるから、その送受信に係る通信の数は膨大に及ぶことが推認できる。しかるところ、ピースを現実に送受信した通信に係るものでなくては「権利の侵害に係る発信者情報」に当たらないとすると、ビットトレントネットワークにおいて著作物を無許諾で共有された著作権者が侵害の実情に即した権利行使をするためには、ネットワークを逐一確認する多大な負担を強いられることとなり、前記のとおり法5条が加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることとした趣旨や、著作権法23条1項が自動公衆送信の前段階というべき送信可能化につき権利行使を可能とした趣旨にもとることになりかねない。
他方、ハンドシェイクの通信は、その通信に含まれる情報自体が権利侵害を構成するものではないが、専ら特定のファイルを共有する目的で形成されたビットトレントネットワークに自ら参加したユーザーの端末がピアとなって、他のピアとの間で、自らがピアとして稼働しピースを保有していることを確認、応答するための通信であり、通常はその後にピースの送受信を伴うものである。そうすると、ハンドシェイクの通信は、これが行われた日時までに、当該ピアのユーザーが特定のファイルの少なくとも一部を送信可能化したことを示すものであって、送信可能化に係る情報の送信と同一人物によりされた蓋然性が認められる上、当該ファイルが他人の著作物の複製物であり権利者の許諾がないときは、ログイン時の通信に代表される侵害関連通信と比べても、権利侵害行為との結びつきはより強いということができ、発信者のプライバシー及び表現の自由、通信の秘密の保護を図る必要性を考慮しても、侵害情報そのものの送信に係る特定電気通信に係る発信者情報と同等の要件によりその開示を認めることが許容されると解される。
以上によると、本件各発信者情報は、法5条1項にいう「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たると解するのが相当である。
(3) 被控訴人は、法5条1項に基づく開示請求権の対象となる通信は、侵害情報の流通を現実に発生させたものに限られると主張する。しかし、上記(2)のとおり、法が開示の対象とする「当該権利の侵害に係る発信者情報」は、必ずしも侵害情報の記録又は入力に係る特定電気通信に係る発信者情報に限られないと解するのが相当であるから、被控訴人の主張は採用することができない。
被控訴人は、ハンドシェイクの通信は、本件監視ソフトウェアとピアとの間の1対1の通信にすぎず、ピースを送信してもいないから、特定電気通信に当たらないと主張する。しかし、ピアによるハンドシェイクの通信は、ビットトレントネットワークを構成する不特定多数の他のピアとの間で行われる通信であるから、不特定の者によって受信されることを目的とする通信といえるし、ピースを現実に送信しないことをもって、特定電気通信に当たらないということはできない。被控訴人の主張は採用することができない。
3 争点3(控訴人が本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」か)について
弁論の全趣旨によると、控訴人は、本件各氏名不詳者に対し、本件動画の著作権侵害を原因とする損害賠償請求等をすることを予定していると認められる。そして、控訴人が既に本件各氏名不詳者を特定している等の事情は認められないから、控訴人には本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる。
4 争点4(被控訴人が本件各発信者情報を保有しているか)について
証拠によると、本件各氏名不詳者は、原判決別紙動画目録記載の各発信日時に、被控訴人から、同目録の対応する各IPアドレス欄記載のIPアドレスの割り当てを受けていたことが認められるから、被控訴人が本件各発信者情報を保有していることが推認でき、この推認を覆すに足りる証拠はない。
5 結論
以上によると、控訴人の請求には理由があるから認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であり、本件控訴には理由がある。よって、原判決を取り消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。