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著作権判例セレクション
【編集著作権の侵害性】製品カタログに対する侵害性を認定した事例/法114条の5の適用事例
▶平成28年2月16日東京地方裁判所[平成26(ワ)22603]
(注) 本件は,別紙記載のカタログ(「原告カタログ」)の著作権者である原告が,同記載のカタログ(「被告カタログ」)を被告が作成,配布した行為が原告の著作権(編集著作物である原告カタログ全体並びにこれに掲載された文章及び図表に係る複製権又は翻案権及び譲渡権)並びに著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害に当たると主張して,被告に対し,民法709条及び著作権法114条2項,3項に基づき,損害賠償金の一部等の支払を求める事案である。
(前提事実)
原告は,アメリカ合衆国の「米国コーラー社」の日本正規代理店として,米国コーラー社製品の輸入販売を行う株式会社である。
被告は,米国コーラー社の販売代理店である。被告カタログは,顧客に対して無償で配布されるものである。
原告カタログは,米国コーラー社の「In the Bathroom」及び「In the
Kitchen」と題するカタログ(「USカタログ」)等の記載から製品を選択して掲載したものである。
1 争点⑴(原告表現1~18の著作物性)について
⑴ 編集物(原告表現1~3)について
ア 別紙USカタログ品番目録,大・中・小分類対比目録及びレイアウト対比目録,証拠並びに弁論の全趣旨によれば,原告カタログは,USカタログの各題号を大分類とした上,日本の住宅事情,生活習慣,原告担当者の経験に基づく米国コーラー社らしさに関する認識その他の事情を考慮してUSカタログにおける中分類の一部を選択した上でこれと異なる順に配列し,各中分類に含まれる製品及び小分類の一部を選択して配列したものであり,ページごとの構成は,製品を2列及び5行に配列する構成その他の基本的な構成を決めた上で,適宜写真を挿入するなどしてこれを変化させた構成を設けたものと認められる。
したがって,原告カタログに掲載する製品の分類,選択及び配列に作成者の個性が表現されているということができるから,これら選択及び配列は,思想又は感情を創作的に表現したものと認めるのが相当である。
イ 原告は,特定の製品につき価格,サイズ,材質等と製品写真を基本情報とした点にも創作性があると主張するが,製品のカタログにおいてはこうした情報を掲載するのが一般的であることを踏まえると,この点について作成者の個性が表現されているということはできない。
ウ 他方,被告は,上記アは米国コーラー社の製品を扱う関係者の間では常識的な事情に基づくごく一般的な分類や配置であり,創作性がないと主張する。しかし,具体的な分類の態様,製品の配列等が米国コーラー社製品を扱う者にとって常識であるとうかがわせる証拠はなく,被告の主張を採用することはできない。
エ 原告表現1~3(上記イの部分を除く。)と被告表現1~3を対比すると,被告表現1及び2は,小分類名,品番及び製品名の選択配列のうち一部(別紙大・中・小分類対比目録及び同品番・製品名対比目録において「原告カタログ」欄と「被告カタログ」欄を結ぶ直線のないもの)を除き,原告表現1及び2と同一であると認められる。また,被告表現3は,赤枠で囲まれた部分以外は写真や文字のフォント等に一部異なる点があるが,概ね原告表現3に一致している。そして,被告カタログの作成に当たり被告が原告カタログを参考にしたことを認めていることに照らすと,被告表現1~3は,原告カタログに依拠して作成されたものであって,上記原告表現1~3の複製に当たると判断するのが相当である。
⑵ 文章(原告表現4~12)について
ア 原告表現4は米国コーラー社の歴史の概要とアメリカや日本における顧客,製品の種類等について述べるもの,原告表現5は原告カタログに掲載された製品の素材について説明するもの,原告表現6~12は原告カタログに掲載された製品のうち特定のシリーズの特徴を紹介するものであって,別紙言語表現対比目録の原告カタログ欄記載のとおり,いずれもその言葉の選択及び表現方法に工夫がみられるから,これらの各表現は作成者の思想又は感情を創作的に表現したものと認められる。
イ これに対し,被告は,USカタログの英文を参照したものであること,一般的な説明が含まれていること,比較的短文であることを理由に,原告表現4~12が著作物性を欠く旨主張するが,これらに記載された内容を文章化するに当たり個別の言葉や表現に選択の幅があるといえるから,被告の主張は失当である。
ウ 原告表現4~12と被告表現4~12を対比すると,被告表現4は原告表現4と大きく異なるが,被告表現5~12は,わずかに別紙言語表現対比目録の下線部が異なるほかは,いずれも原告表現5~12と同一である。
したがって,被告表現5~12は原告表現5~12の複製に当たると判断するのが相当である。
⑶ 図表(原告表現13~18)について
ア 原告表現13(図表1)は,1頁全体を縦方向に均等に2分割し,左側に上から「品番について」,「カタログの表示について」,「マークのご案内」,「製品について」の説明を順次記載し,右側に上記「カタログの表示について」の記載項目に対応する製品写真,製品名その他の記載の例として,上から「〈バスの場合〉」,「〈水栓,シャワー,トイレの場合〉」,「〈洗面器の場合〉」,「〈キッチンシンクの場合〉」を記載したものである。こうした表現は,製品カタログに記載される情報を分かりやすく1ページにまとめて表現する点において表現上の工夫があるから(なお,USカタログには原告表現13に対応する図表は見当たらない。),作成者の思想又は感情を創作的に表現したものと認めるのが相当である。
原告表現17(図表5)は「Bathroom」及び「Showering」の分類に属する製品の色又は表面加工について,原告表現18(図表6)は「Kitchen」の分類に属する製品の色及び表面加工について,それぞれを正方形の枠内に示して整列させたものであり,製品の色や表面加工の種類を分かりやすく一覧できるようにまとめてある点において表現上の工夫があるから(なお,USカタログに掲載された色見本は,色の分類及び配列順並びに枠の形状が原告表現17及び18と異なっている。),作成者の思想又は感情を創作的に表現したものと認められる。
イ 一方,原告表現14(図表2)は「アンダースコア バス」の製品につき,サイズ,重量及び容量,品番,価格,税込み価格,材質並びに色を,原告表現15(図表3)はトイレシートの機能の有無及びその解説を,原告表現16(図表4)は原告カタログ9~21頁に掲載された製品の品番に対応する部材の名称,品番,価格及び税込み価格をそれぞれ表形式で整理したものであるところ,製品に関する情報を表形式で整理することが一般的であることに加え,その表現も文字又は写真を黒色の細罫線又は太罫線で区切ったありふれたものであるといわざるを得ないから,これらの点に作成者の個性が発揮されているということはできない。
ウ これに対し,原告は,原告表現14~16につき,製品を紹介するためにあえてこのような図表形式を採用した点や,掲載する製品等の選択及び配列に創作性がある旨,被告は,原告表現13,17及び18につき,米国コーラー社製品について説明するにはそのような表現が不可欠であり,又は製品カタログにおいて一般的な表現である旨主張するが,以上に説示したところに照らし,いずれも採用することはできない。
エ 原告表現13,17及び18と被告表現13,17及び18を対比すると,別紙図表対比目録記載のとおり,被告表現13は文字のフォント又は色,写真,罫線の太さ又は色の一部のみが,被告表現17及び18は正方形枠の面積が異なるほかはいずれも同一であると認められる。
したがって,被告表現13,17及び18は原告表現13,17及び18の複製に当たると判断するのが相当である。
⑷ 著作権及び著作者人格権の侵害の成否
以上によれば,被告表現1~3,5~13,17及び18を含む被告カタログを作成した行為は原告表現1~3(前記⑴イの部分を除く。),5~13,17及び18に係る原告の複製権の侵害に,被告カタログを配布した行為は譲渡権の侵害に当たる。また,その一部を改変した点において原告の同一性保持権を,被告カタログに原告の名称を表示しなかった点において氏名表示権を侵害するというべきである。
2 争点⑵(損害額)について
⑴ 著作権侵害に基づく損害
ア 著作権法114条2項に基づく損害
原告は,著作権法114条2項にいう「利益」には消極的利益も含まれることを前提に,少なくとも原告カタログの作成費用が被告の「利益」に該当すると主張する。
そこで判断するに,同項は,著作権侵害行為による侵害者の利益額を権利者の損害額と推定することによって損害額の立証負担の軽減を図る趣旨の規定であるから,同項所定の「利益」は「損害」に対応するものであることが前提となると解される。ところが,原告は被告による著作権侵害行為の有無にかかわらず原告カタログの作成費用の負担を免れないのであるから,原告カタログの一部を複製して被告カタログを作成したことにより被告が当該部分に関する作成費用の支出を免れたとしても,そのために原告に原告カタログの作成費用に相当する額の損害が生じたということはできない。そうすると,上記の支出を免れたことによる被告の利益は,同項所定の「利益」となり得ないというべきである。
イ 同条3項に基づく損害
(ア) 原告は,原告カタログも被告カタログも無償で頒布されていることを踏まえると,原告が著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額の損害が発生しており,その額は原告が原告カタログの複製を許諾する対価,すなわち,原告カタログの作成費用に基づいて算定されるべきであると主張する。
(イ) そこで判断するに,前記前提事実のとおり,原告と被告は共に米国コーラー社の我が国における販売代理店であって,競合関係にあるから,原告が原告カタログの全部又は一部の複製を被告に対して許諾することは通常考えられないところである。そうすると,被告による前記複製権及び譲渡権の侵害行為により原告に損害が発生したとみることができるから,原告は被告に対し著作権の行使につき受けるべき金銭の額の損害賠償を請求し得ると解するのが相当である。
(ウ) しかし,原告カタログ及び被告カタログはいずれも顧客に無償で配布されるものであり,そのような製品カタログの使用料等を算定する基準が明らかでないことに照らすと,上記損害額を立証するために必要な事実を立証することは,その性質上極めて困難であるというべきである。
そこで,著作権法114条の5に基づき相当な損害額を検討するに,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,①原告カタログは2年ごとに改訂されること,②原告は原告カタログの作成のために500万円程度の費用を要したこと(なお,原告は原告カタログの作成費用につき他社への依頼分256万2000円,従業員の作業等分461万7677円の合計717万9677円を要したと主張するところ,後者については,従業員等が多大な労力を費やしたことは認められるものの,これにより人件費が増加するなど現実の出費が生じたことを示す証拠はないので,約半分の限度で相当と認める。),③被告は,平成25年10月31日に被告カタログ3000部の納品を受け,翌11月1日開催の記念パーティーで約200部配布するなどした後,原告から警告を受けたため被告カタログの回収及び廃棄に努めたが,約650部は配布先から回収されていないこと,④被告は平成26年3月31日に被告カタログと内容の異なる新たなカタログの納品を受けたこと,⑤被告カタログの作成費用(他社への依頼分)は278万2500円であったこと,以上の事実が認められる。
上記事実関係によれば,原告は無償配布する原告カタログの作成費用を2年間の営業活動により回収することを企図していたと解されるところ,被告カタログの配布期間中これを妨げられたとみることができる。
これに加え,被告カタログの作成部数及び原価(1冊当たり約927円),被告カタログには被告表現4など原告カタログと異なる部分が少なからず存在することを考慮すると,原告の損害額は120万円であると認めるのが相当である。
ウ 他の損害について
原告は,原告の顧客を奪われたことによって営業上の利益が得られなくなったことも損害に当たると主張する。しかし,被告が現に原告の顧客を奪って原告に営業上の損害を被らせたことをうかがわせる証拠がないことに照らすと,上記イの損害に加えて,そのような損害が生じたと認めることはできない。
⑵ 著作者人格権侵害に基づく損害
前記(1)イ(ウ)に判示した被告カタログの作成及び配布の経過その他本件の諸事情を踏まえると,氏名表示権及び同一性保持権の侵害によって生じた損害の額はそれぞれ15万円(合計30万円)と認められる。
⑶ 弁護士費用
本件訴訟の経過,上記⑴及び⑵の損害額その他本件の諸事情を踏まえると,原告に生じた弁護士費用のうち30万円を被告の負担とすべき損害と認めるのが相当である。
3 結論
以上によれば,原告の請求は180万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,主文のとおり判決する。