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著作権判例セレクション

【損害額の算定例】 法1143項の適用事例(検定教科書に準拠した小学校用国語テストの事例)

▶平成15328日東京地方裁判所[平成11()13691]▶平成16629日東京高等裁判所[平成15()2467]
() 本件各著作物は,いずれも小学生用国語科検定教科書に掲載されている。被告らは,上記教科書に準拠した小学校用国語テスト(「本件国語テスト」)を印刷,出版,販売している。

[控訴審]
6 争点(9)(損害の発生及び数額)について
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(3) 予備的主張②(著作権法114条3項による損害の主張)について
ア 著作権法114条3項は,著作権者等は,故意又は過失によりその著作権等を侵害した者に対し,その著作権等の行使につき受けるべき金銭に相当する額を自己が受けた損害の額として,その賠償を請求することができる旨規定している。
そこで,本件各著作物に係る著作権の行使につき一審原告らが受けるべき金銭に相当する額がいくらかを検討するに,本件国語テストが,国語教科書の各単元に対応して1回分が制作され(それ以外に,各学期のまとめテストがある。),各学期に6ないし8回,これを用いたテストが実施されるものであり,各回ごとに児童数に余部1,2部を加えた部数がまとめられ,学期の始めに,その学期で実施される分が一審被告ら又は販売会社から直接に各学校に納入されるものであること,本件国語テストにおいては,本件各著作物が,見開きぺージ上段のほぼ全面に罫線によって四角に囲まれた中に挿し絵又は写真とともに掲載され,これらの掲載行数は,おおむね15行以上あり,また,見開きページ下段の半面又はほぼ全面に,上段に掲載された本件各著作物に対応した3個ないし10個の選択式又は記述式の問題が設けられていること,それは,児童の学習の進捗状況に応じた適宜の段階で,教師が,各児童ごとにその学力の到達度を把握するため,学校教育法21条2項に規定する「教科用図書以外の図書その他の教材で,有益適切なもの」として利用されるものであることは,前記引用に係る原判決)に認定のとおりである。
このような本件国語テストへの本件各著作物の掲載による著作権の侵害に関して,一審原告らが著作権の行使につき受けるべき金銭に相当する額(以下「使用料相当額」という。)は,本件各著作物を掲載した本件国語テストの部数にその1部当たりの価格相当額を乗じた額を基礎とし,これに一審原告ら各人の本件各著作物が本件国語テスト各1部に占める割合(以下「使用率」という。)及び上記1部当たりの価格に占める上記本件各著作物の掲載に係る使用料相当額の割合(以下「使用料率」という。)を乗じて算定されるべきであり,上記各算定の基礎となる本件国語テストの部数等の数値を求める際には,本件国語テストへの本件各著作物の利用の目的,態様,販売方法等が考慮に入れられなければならない。
この見地に立って,以下,上記算定の基礎となる本件国語テストの部数等の各数値について検討する。
イ 部数等について
() 一審原告らは,本件各著作物の著作権のうち複製権の侵害を理由に損害賠償を求めているのであり,使用料相当額を算定するに当たっては,本件各著作物が掲載された本件国語テストの印刷部数を基礎とすることが相当である。
一審被告らは,上記印刷部数には,①見本品,②教師用,破損・損傷等及び転入生等のための予備,③製造過程において生じる剰余部数が含まれているとし,これらは対価を得て販売するものではないから,使用料相当額の算定に当たっては,印刷部数ではなく,本件各著作物が掲載された本件国語テストが実際に各小学校において採用され,その購入の対象となった部数(採択部数)を基礎とすべき旨主張するが,上記①ないし③記載の本件国語テストも,本件各著作物を複製したものであることには変わりがなく,本件各著作物に係る著作権の侵害が生じているというべきであるから,上記のとおり解するのが相当であり,一審被告らの主張は採用することができない。
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ウ 基礎となる価格について
一審原告らは,基礎となる価格について,本件各著作物の単行本の価格によるべきであると主張する。しかし,一審原告らが主張しているのは本件各著作物を複製した本件国語テストの出版販売行為に係る使用料相当額であるところ,前記(2)で説示したとおり,一審原告ら主張に係る単行本と本件各著作物を掲載した本件国語テストとは,その性格が大きく異なり,相互に代替性もないから,使用料相当額の算定に当たって,本件各著作物の単行本の価格によることはできない。
他方,一審被告らは,本件国語テストの価格は消費税分を控除した本体価格によるべきであると主張するが,消費税相当額も販売価格の一部としてそれに含まれているから,使用料相当額の基礎となる価格として消費税相当額を控除すべき理由はない。
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エ 使用率について
() 本件各著作物の「複製」がされている部分は,前記アのとおり,本件国語テストの上段の部分に限られるから,使用ページ数は,本件各著作物が掲載されている各ページについて50%とするのが相当である。
したがって,使用料相当額の算定に当たっては,使用率として,上記のような意味での使用ページ数を本件国語テスト1部の総ページ数で除した原判決別紙損害計算表1,2記載の教材中占有率(本判決別紙新学社関係損害計算表1,2の各「教材中占有率」欄の記載は原判決別紙損害計算表1,2の各「教材中占有率」欄の記載を移記したものである。)を用いるのが相当である。
() 一審原告らは,本件国語テストにおける使用率は,上記のような面積比率という形式的要素のみによって判断すべきでなく,本件各著作物の複製部分の本件国語テストにおける重要性などの実質的な要素をも考慮し,かつ,一審原告ら著作権者の本件各著作物についての他の使用許諾契約の内容をも参考にして判断されるべきであり,このような観点からすれば,本件国語テストに掲載された本件各著作物が1ページに満たない場合でもこれを1ページとして計算すべきである旨主張する。
確かに,本件国語テストの設問部分は,本件各著作物の著作物としての創作性を度外視してはあり得ないものであるが,上記アに記載したとおり,本件国語テストは,児童の学習の進捗状況に応じた適宜の段階で,教師が,各児童ごとにその学力の到達度を把握するものとして,学校教育法21条2項に規定する「教科用図書以外の図書その他の教材で,有益適切なもの」として利用されるものであり,証拠及び弁論の全趣旨によれば,上記の目的に沿うよう設問には創意工夫が凝らされていることが認められるのであって,上記設問部分はそれ自体創作性を有し,本件国語テストにおいて欠くべからざる位置を占めていることも否定できない事実である。そして,本件国語テストを制作するには教科書掲載の著作物を利用せざるを得ず,その利用は教科書に準拠した本件国語テストの上記の目的に必要な限りでなされるものであり,その意味で,本件各著作物の教科書への掲載を第一次的利用とすれば,その本件国語テストへの掲載は第二次的利用に過ぎず,また,上記ウに説示したとおり,本件各著作物を掲載した本件国語テストは本件各著作物の単行本に代替し得るものではないのであって,これらの事情をも考慮すれば,実質的にみても,本件国語テストにおける本件各著作物の使用率は上記のとおり認定するのが相当である。
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オ 使用料率について
()a 証拠と弁論の全趣旨によると,一般の文芸作品の単行本の著作権使用料率(印税率)は通常10%とされていること,児童文学の単行本の著作権使用料率(印税率)は4ないし5%程度が多いことが認められる。しかして,証拠と弁論の全趣旨によると,児童文学の単行本の場合には,文章のほか挿し絵が占める部分が多く,読者の中心が児童である関係上,単行本の中で挿し絵が果たす役割も大きいことが認められ,そのことが一般の文芸作品より著作権使用料率が低いことの1つの理由になっていると推認される。
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一審原告らは,平成12年法律第56号による改正前の著作権法114条2項(現行114条3項に相当)の改正の趣旨や一審原告らが正規の使用許諾を行う際に通常8%の使用料率を用いていること等の事情を考慮すれば,本件においては,著作権法114条3項により損害の額を算出するに当たっての使用料率は,少なくとも15%を超える率によるのが相当である旨主張する。しかし,一審原告らも自認するとおり,上記改正の趣旨は,当該事案の具体的な事情を考慮した適正な使用料が算出されることを図ったものと解されるのであって,一審原告らがその著作物の使用許諾契約において使用料の算定について採用している使用料率を相当程度超えることがその趣旨に沿うことであるかのようにいう一審原告らの主張は上記改正の趣旨を正解しないものである。一審原告らの主張する使用料率15%の数値は何ら根拠のないものであり,これを採用することはできない。
() 一審被告らは,平成12年法律第56号による改正前の著作権法114条2項の下では,現実に広く使用されている使用料率と大きく異なる額を認める余地はない旨主張する。
しかしながら,上記改正前の著作権法114条2項から「通常」の文言が削除された趣旨は,既存の使用料規程等に拘束されることなく,当事者間の具体的な事情を参酌した妥当な損害額の認定を可能にすることにあるし,同規定については経過措置の規定が設けられていないのであるから,本件においては著作権法114条3項(上記改正後の旧著作権法114条2項)を適用することができるというべきであるし,上記()で認定したところによると,同認定の使用料率が現実に広く使用されている使用料率と大きく異なるということもできない。
カ 以上により,一審原告らが本件各著作物の著作権侵害を理由に一審被告らに対して請求することができる損害額は,一審被告株式会社新学社を除くその余の一審被告らの関係では原判決別紙損害計算表1,2記載のとおり,また,一審被告株式会社新学社の関係では本判決別紙新学社関係損害計算表1,2記載のとおり,印刷部数×価格(学校納入価格又は学校納入定価)×使用率(教材中占有率)×使用料率(8%又は4%)により算定した額とするのが相当である。
一審原告らは,著作物の学習教材への複製使用を許諾するに当たっては,教材会社との間で,1年分の使用料の額が1著作物当たり1万円に満たない場合には,これを1万円とする使用料の最低限度額を約定しているので,本件においても,1年分の1著作物当たりの使用料の最低額は1万円とすべきである旨主張し,上記認定の教材会社と教科書掲載著作物の原著作者の団体との間で締結された使用許諾に関する協定書には,一審原告ら主張のとおり,使用料の最低限度額が定められているものがあることが認められるが,これは将来における使用料の支払方法を定めるに当たって約定された1例に過ぎず,それが上記使用許諾の場合における一般的な慣行になっているとまで認めるに足りる証拠はないから,使用料相当額を算定するに当たって同様の算定方法によるべき理由はない。
(4) 著作権侵害に対する慰謝料について
一審原告らは本件各著作物の著作権侵害を理由に慰謝料の請求をしているが,財産権の侵害に基づく慰謝料を請求し得るためには,侵害の排除又は財産上の損害の賠償だけでは償い難い程の大きな精神的苦痛を被ったと認めるべき特段の事情がなければならないものと解されるところ,一審原告Dの本人尋問における供述及び同一審原告の陳述書の記載など本件全証拠をもってしても,本件において,上記特段の事情が存するとまでは認められないから,上記慰謝料請求は理由がない。
(5) 著作者人格権侵害に対する慰謝料
一審原告A,同C,同D,同E,同F,同G,同Hが,本件各著作物を本件国語テストへ掲載する際に改変がされ,同一審原告らの同一性保持権が侵害されたこと,また,一審原告らの氏名表示権が侵害されたことは,前記引用に係る原判決に認定のとおりであるところ,証拠と弁論の全趣旨によると,上記の一審原告らは,これらの著作者人格権侵害行為により精神的苦痛を受けたものと認められる。
しかして,上記4(1)認定に係る改変の態様からすると,改変された箇所は,いずれも文章の意味内容を直接変更するものではない箇所も多いこと,上記4(2)認定のとおり本件国語テストに掲載された本件各著作物につき一審原告らの氏名は表示されていないが,上記一審原告らの氏名は,教科書によって容易に認識することができるものと考えられるから,読者が本件各著作物の著作者を誤解するおそれは少ないと考えられること,その他本件に現れた諸事情を考慮すると,著作者人格権侵害行為に対する慰謝料の額は,一審被告らそれぞれの侵害行為につき,一審原告Bは15万円,その余の一審原告らは30万円(ただし,一審原告らが同一性保持権侵害を主張していない一審被告の侵害行為については15万円)とするのが相当である。
(6) 弁護士費用について
一審原告らが,本件訴訟の提起,遂行のために訴訟代理人を選任したことは,当裁判所に顕著であるところ,本件訴訟の事案の性質,内容,審理の経過,認容額等の諸事情を考慮すると,一審被告らの著作権及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用の額としては,損害額の10%が相当である。