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著作権判例セレクション

【過失責任】図書教材会社の過失を認定した事例

▶平成15328日東京地方裁判所[平成11()13691]▶平成16629日東京高等裁判所[平成15()2467]
() 本件各著作物は,いずれも小学生用国語科検定教科書に掲載されている。被告らは,上記教科書に準拠した小学校用国語テスト(「本件国語テスト」)を印刷,出版,販売している。

[控訴審]
2 争点(4)(一審原告らが本件各著作物に係る著作権侵害を主張することが権利濫用に当たるかどうか)について
一審被告らは,本件に関しては,前記…アないしカ記載の事情があり,これらの事情からすると,一審原告らが一審被告らに対し本件各著作物に係る著作権侵害を主張することは権利濫用に当たり許されないというべきである旨主張する。
しかしながら,一審被告らは,本件各著作物を一審原告らの承諾を得ることなく本件国語テストに掲載してきたものであり,これが一審原告らの本件各著作物に係る著作権又は著作者人格権を侵害するものであることは既に説示したとおりであり,したがって,一審原告らは一審被告らに対し著作権侵害を主張して損害賠償等の請求をすることができるものであり,これが権利濫用になることは原則としてないというべきである。
一審被告らが上記アでいう業界慣行の存在や上記イでいう「小学校国語教科書準拠教材における作品使用についての協定」の締結は,一審原告らと何ら関係のない事柄であり,一審原告らを拘束するものでもないから,それらの事情は,不法行為の成否に関し,一審被告らの過失の有無を判断する考慮事情ではあっても,一審原告らが本件各著作物に係る著作権侵害を主張することが権利濫用に当たるとする事情とはなり得ないし,また,上記ウ,エの事情も,本件各著作物の本件国語テストへの掲載が適法な引用に当たるか否かを判断する事情の1つ,あるいは損害額の算定に当たり考慮すべき事情であるとはいえても,一審原告らが上記著作権侵害を主張することが権利濫用に当たるとする理由にはなり得ない。
次に,上記ウにあるとおり,一審被告らが本件国語テストを制作するについては教科書に掲載されている本件各著作物を利用する必要があることは首肯できるが,それは一審被告らの業務上の都合であるにすぎず,一審原告らが上記著作権侵害を主張することを権利濫用とする根拠とはなり得ない。
また,上記オの点についていえば,各小学校において,国語教科書のうち本件各著作物が掲載された単元については本件各著作物の複製をしないで制作された国語テストを利用するなどの方策を適宜採用することもできるものと考えられるから,本件国語テストにおいて教科書に掲載されている著作物を必ず出題文として利用する必要があるとは考えられず,したがってまた,一審原告らが一審被告らによる本件各著作物の利用を許諾しないことが教育現場に重大な影響を及ぼすということはできない。
さらに,証拠と弁論の全趣旨によれば,本件訴訟は,一審原告ら著作権者が原告となって提起しているものであって,同訴訟が日本ビジュアル著作権協会理事長Lによって円満な業界秩序を妨げる目的で提起されたものであると認めるに足りる証拠はない。
以上のとおり,一審原告らにおいて本件各著作物に係る著作権侵害を主張することが権利濫用に当たるとする一審被告らの主張には理由がない。
3 争点(5)(故意又は過失の有無)について
(1) 一審原告らは,一審被告らの過失がないとの主張及びそれに関する証拠の提出が時機に後れた攻撃防御方法の提出であり却下されるべき旨主張するが,その理由がないことは原判決…に記載のとおりであるからこれを引用する。
(2) 一審被告らは,過去30年にわたり,国語教科書に掲載された一審原告らの本件各著作物を,一審原告らの直接の承諾を得ることなく副教材に複製してきたことは,当事者間に争いがない。
他人の著作物を利用するに当たっては,それが著作権法その他の法令により著作権が制限され,著作者の承諾を得ない利用が許される場合に該当し,著作権を侵害することがないか否かについて十分に調査する義務を負うというべきであり,そのような調査義務を尽くさず安易に著作者の承諾を得なくても著作権侵害が生じないと信じたものとしても,著作権侵害につき過失責任を免れないというべきである。
(3) 一審被告らは,昭和43年12月ころより,一審被告らを含む図書教材会社が教科書会社に対し謝金を支払うことにより教科書掲載作品の著作権を含む権利処理が行われたものとすることが業界慣行となり,その慣行が今日まで維持されていたなどとし,上記著作権侵害につき,一審被告らに過失がない旨主張する。
証拠と弁論の全趣旨によれば,図書教材会社と教科書会社との間には,教材に教科書掲載著作物を複製することをめぐって裁判を含む紛争があり,その裁判において,一審被告らを含む図書教材会社20社は,昭和43年12月13日付けで,教科書会社27社との間で,上記図書教材会社は教科書会社の許諾を要することなく教科書(編集著作物)に準拠して教材用テスト等を製作,出版することができること,上記図書教材会社は教材用テスト等を出版するに当たり,教材用テスト等の制作への協力に対する謝礼として,上記教科書会社に昭和39年度から昭和43年度までの5か年分につき合計3500万円の謝金を支払うこと,昭和44年度以降の教材用テスト等の出版の際の教科書利用の条件は別途協議して定めること等を内容とする和解が成立したこと,この和解の趣旨に従い,教科書出版の業界団体である教学図書協会と一審被告らを含む教材図書出版の業界団体である日図協(社団法人日本図書教材協会)は,昭和44年度においても,上記和解内容と同内容の謝礼金支払に関する基本契約を締結し,この契約は更新されてきたこと,一審被告らは,この契約に基づき,教学図書協会に対し,教科書掲載作品の利用について30年余にわたり上記謝金の支払を継続してきたこと,日図協は,平成10年8月ころから,社団法人日本児童文学者協会及び社団法人日本児童文芸家協会との間で教科書掲載作品の図書教材への利用に関する協定を締結する交渉を開始し,その結果,平成11年9月30日に日図協と上記各団体とこれらに属さないフリーの文学者約250名の連合体である「小学校国語教科書著作者の会」との間で「小学校国語教科書準拠教材における作品使用についての協定」を締結したことが認められる。
上記認定の経過に照らせば,一審被告らを含む図書教材会社は教科書掲載作品を原著作者の承諾を得ずに利用することがその著作権を侵害するとの認識を欠いていたものと認められ,一審被告らが加盟する日図協が「小学校国語教科書著作者の会」との間で上記協定を締結したのは,教科書掲載作品の原著作者側から教科書掲載の本件各著作物に係る著作権の侵害を指摘されるなどしたことから,上記のような教科書掲載作品の利用が不適切であることを認識した結果であることを示すものと認められる。
しかしながら,証拠によれば,上記謝金は,図書教材会社が教科書会社の編集著作権を侵害することなく,適法な範囲でこれを利用することを前提にその利用についての教科書会社の協力に対する謝礼の意味で支払われるものであり,原著作者に対する著作権料は含まれておらず,したがって,それが一審原告ら原著作者に分配されていた事実はないことが認められる。そして,上記謝金の支払に関する和解の調書及び上記基本契約に係る契約書には上記謝金に原著作者に対する著作権料が含まれる旨の記載はないし,また,証拠によれば,上記謝金の支払に関する交渉過程において,教科書掲載作品の原著作者が関わった事実はなく,上記契約ないし上記謝金の支払が原著作権の利用関係に係る問題も含めて解決するものであるかどうかについて協議されたことはうかがわれないし,一審被告らが上記謝金の支払により教科書掲載作品の著作権を含む権利処理が行われたものと考えていたとしても,そのように誤信したことには過失があるといわざるを得ない。
(4) 上記(3)の主張に加えて,一審被告らは本件国語テストへの本件各著作物の複製が適法な引用に当たると信じていたと主張する。確かに,証拠によると,東京地方裁判所は,昭和40年7月23日,教科書会社7社を債権者,日本教育図書出版株式会社を債務者とする仮処分申請について,同申請を却下する決定を行ったこと,同申請の被保全権利は,①各債権者の有する編集著作権又は編集著作物の出版権,②教科書の編集者自身の著作した部分の著作権又はその部分の出版権であること,同決定は,上記①の点に関し,債務者の出版する教科書に準拠した学習書の販売等は債権者の編集著作権又は編集著作物の出版権を侵害しないこと,上記②の点に関し,教科書の編集者自身の著作した部分が特定されていないから,この点で既に失当であるとの判断を示したが,その理由中において,債務者発行の「本件各出版物(教科書に準拠した学習書)には…本件各教科書中の語句および文章が引用され,また,教科書中の図画に類似した図画が掲載されていることが認められる。しかしながら,それらの引用ないし図画の掲載は,いずれも,前述の如き学習書としての性質上必要と認められる正当な範囲内でなされているものということができる。たとえば,…債務者発行の学習書…では…の各文章が引用されている。しかしながら,これらの断片的な語句および文章の引用を見るだけでは…(教科書掲載作品の)全文をしのぶに由ないのみならず,その要旨を知ることさえできない。これらは,専ら,教科書の学習に資するため必要な範囲で,その一部を引用したにすぎないものと認めることができる。」と説示していること,以上の事実が認められる。
しかしながら,本件国語テストにおける本件各著作物掲載の態様は,前記引用に係る原判決に認定のとおり,本件各著作物の一部をそのまま掲載したものであって,「その要旨を知ることさえできない。」というようなものではなく,上記仮処分で問題となった学習書とは態様を異にしているから,この決定があるからといって,一審被告らにおいて教科書掲載作品の本件国語テストへの複製が適法な引用に当たると信じていたとしても,そのことに相当の理由があるとはいえない。
また,一審被告らは,教科書掲載作品の一部をテスト等に利用することは「適法引用」であり,上記の利用については原著作者の許諾を要しないという見解は,裁判所,検察庁,監督行政庁,教科書会社と図書教材会社との間の教科書掲載著作物の利用をめぐる裁判の当事者双方の各訴訟代理人であった著作権法の権威者たちが,明示的・黙示的に支持してきたものであるとも主張する。
しかしながら,教科書掲載作品を本件国語テストのような態様で利用することが「適法引用」に当たり著作者の許諾を要しないという見解を,裁判所,検察庁,監督行政庁,上記裁判の相手方訴訟代理人が支持してきたとの事実を認めるに足りる証拠はない。なお,乙48の1(日図協発行の「築く」)には,教科書会社が自習書出版会社を相手方として昭和25年に提起された裁判に関して,「教材会社のつくるテストやワークは,教科書を素材としてはいても,直接教科書の著作権や出版権を侵害したり,あるいは侵害する疑いをもつに至らないというのが裁判所の見解である」との記載があるが,裁判所が上記のような見解を一般的に公にしたとの証拠はなく,それは一定の裁判紛争への裁判所の対応から日図協関係者が推測したに過ぎないものである。さらに,乙50(昭和56年11月30日付け朝日新聞)には,教学図書協会と日図協との間の謝金の支払に関する前記契約に関連して,文部省著作権課が「業界の公正妥当な慣行がつくられているなら,それはそれでよいと思う。」と述べた旨が記載されているに過ぎず,これらの証拠をもって,裁判所や監督行政庁が,教科書掲載作品を本件国語テストのような態様で利用することが「適法引用」に当たり著作者の許諾を要しないという見解を支持したとすることは到底できない。
また,一審被告らを含む図書教材会社側に立って,教科書会社側との裁判を含む紛争の処理に当たってきた訴訟代理人が,上記の「適法引用」の見解を採りこれを相手方に主張したとしても,その者が当該紛争処理に関してその依頼者側に有利な法律構成をし,これを相手方当事者に主張することは職務上の義務としてなされたものというべきであるから,これを客観的な法律学上の見解と同視することはできず,このことをもって,一審被告らが教科書掲載作品の本件国語テストへの利用が「適法引用」に当たると信じたことに相当の理由があるとすることはできない。
さらに,弁論の全趣旨によると,著作者の側から,長年にわたって,本件国語テストにおける本件各著作物の無断利用について権利主張がされてこなかったことが認められるが,権利主張がないからといって違法行為をしてもよいことにならないことは明らかである。
(5) 以上述べたところからすると,一審被告らには,本件各著作物を本件国語テストに掲載して,一審原告らの本件各著作物に係る著作権(複製権)を侵害したことについて過失があるものというべきであり,また,著作者人格権の侵害についても過失があるものというべきである。
4 争点(6)(共同不法行為の成否)について
証拠と弁論の全趣旨によると,日図協は,これまで本件国語テストの出版に関して「適法引用」に当たる,又は教科書会社への謝金の支払により原著作権者に関する権利処理は済んでいるとの立場から,原著作権者への権利処理は不要との立場をとっていたこと,一審被告らは日図協の加盟社であること,現在一審被告株式会社日本標準以外の一審被告らの代表者は同協会の理事であること,過去にも一審被告らの関係者が同協会の役員であったことが認められる。これらの事実からすると,一審被告らが,これまで一審原告らに対して本件各著作物の使用許諾を得るなどの権利処理を行ってこなかったことは,日図協の上記方針を参考に業務活動を行っていた結果であるに過ぎないと認められ,それを超えて,日図協において,本件各著者物を上記の権利処理を行うことなく本件国語テストに掲載するとの統一的な意志決定を行い,相互にその遵守義務を課し,このような態勢の下でその加盟会社である一審被告らがこれに従った行為をしていたという事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
そうすると,一審被告ら各会社の本件各著作物の無断利用行為は,それぞれ別個に一審原告らに対する著作権侵害となるものであるところ,一審被告らが共同して上記権利処理を経ないまま本件国語テストの出版販売行為を行い,本件各著作物に対する著作権を侵害したとまで認めることはできないから,本件において共同不法行為が成立するということはできない。
5 争点(8)(消滅時効の成否)について
(1) 民法724条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれらを知った時を意味するものと解され,このうち同条にいう被害者が損害を知った時とは,被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうものと解される。
(2) 一審被告らは,一審原告らは遅くとも本件各著作物を掲載した教科書の使用が小学校において各学期に開始され,それに伴って各学期分の本件国語テストの利用が開始された時点で損害及び加害者を知ったものといえる旨主張する。
しかしながら,証拠と弁論の全趣旨によると,本件国語テストは小学校のテスト教材として使用されるもので,一審被告らは直接又は販売代理店を通じて小学校に納入しており,一般書店等の店頭では販売していないことが認められるのであって,著作物が教科書に掲載されるとその教科書に対応した本件国語テストにも出題文として引用されることが公知であったとまではいえない。したがって,一審原告らが教科書会社から通知を受けて本件各著作物の教科書への掲載に係る補償金を受領しており,本件国語テストが教科書に準拠するものとして日本全国の小学校に広く利用されてきたとしても,一審原告らが本件各著作物が本件国語テストに掲載されていることを知っていたということにはならないというべきである。
しかして,証拠と弁論の全趣旨によれば,一審原告らは,一審被告らからテスト・ドリル等における本件各著作物の使用について許諾を求められたり使用料を受け取ったりしたことがなく,一審原告らが本件各著作物が本件国語テストに掲載されていることを知ったのは,日本ビジュアル著作権協会理事長Lあるいは同人からその情報を得た著作者仲間から知らされたときであり,それは本件訴訟を提起する前の平成10年1月ないし10月ころであると認められる。この認定を覆し,一審原告らがそれ以前において,本件各著作物が本件国語テストに掲載されていたことを知り,その著作権ないし著作者人格権が侵害され,損害が発生したことを現実に認識していたと認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,一審被告らの不法行為による賠償請求権の消滅時効の主張には理由がない。