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著作権判例セレクション

【言語著作物の侵害性】整体専門医学院の授業内容をもとに作成したマニュアルの侵害性が争点となった事例

▶平成14416日東京地方裁判所[平成12()15123]▶平成150718日東京高等裁判所[平成14()3136]
() 本件は,原告が,被告らに対し,本件各書籍はいずれも本件マニュアル(=本件著作物(控訴審))に依拠し,その内容を改変の上,複製したものであるから,その作成,出版,販売は本件マニュアルの複製権,譲渡権,同一性保持権及び氏名表示権を侵害するものであると主張して,本件書籍1の販売等の差止め,複製権,同一性保持権及び氏名表示権の侵害による損害の賠償並びに同一性保持権及び氏名表示権の侵害に基づく謝罪広告の掲載を求めた事案である。

[控訴審]
2 争点(2)(侵害の有無)について
(1) 著作権
ア 本件書籍1及び本件書籍2の作成に当たり本件著作物が参照されたことは当事者間に争いがなく,証拠によれば,本件書籍3の作成に当たり,本件書籍2が参考にされたことが認められる。
イ 本件書籍1について
() 本件書籍1の19頁ないし20頁に記載されているほぐしの一般的注意事項に係る記載は,注意事項として挙げられている8項目のすべてが本件著作物の一般的注意事項に含まれ,その記載順序も本件著作物のものと同一であり,各事項の表現も,本件著作物の一般的注意事項の記載とほとんど同一であることに照らすと,本件著作物の一般的注意事項の複製物であると認められる。
() 本件書籍1の「第3章〈ほぐし〉基本操作」は,ほぐしの類型ごとに,「見出し」,「適応/効果/ねらい」,「患者の姿勢」,「操作手順」,「操作のポイント/注意」及び「注意する疾患」から成り,「見出し」ないし「操作のポイント/注意」に記載された事項は,それぞれ,本件著作物の説明部分の「見出し」,「効果・ねらい」,「患者の姿勢」,「方法」及び「ポイント」に対応している。そして,本件書籍1におけるその表現も,別紙対比表①のとおり,それぞれ,対応する本件著作物の説明部分とほとんど同一である。
() なお,本件著作物と本件書籍1は,いずれも,学院の授業において教えられているカイロプラクティックについて記載したものであるが,上記のとおり,控訴人らは,本件著作物が学院の授業をそのまま記述表現したものであるとの抽象的な主張をするにとどまり,学院の具体的授業内容及びこれと本件著作物との異同について主張立証しない上,学院の授業における実技指導がテキストや資料を用いずに行われ,口頭での説明も「このように」などの指示語が多く用いられ,講師によってその内容も異なるものであったこと,本件著作物は,被控訴人が,自ら学んだカイロプラクティック,解剖学,運動学等の知識を織り込んで,学院の授業内容について,文章,写真及び図を不可分一体的に用いることで,その内容を初学者にも分かりやすく説明したものであって,学院の授業内容をそのまま記録したものということはできず,控訴人らの上記主張は,本件書籍1が本件著作物の説明部分を複製したものであるということの妨げになるものではない。
() また,本件書籍1の写真及び図のうち,被控訴人が本件著作物の図を複製したと主張するもの(別紙対比表④)については,いずれも,文章と一体のものとして本件著作物の一部を構成するものであるから,写真及び図が同一のものにならざるを得ないからといって,本件書籍1が本件著作物の説明部分を複製したものであることを否定する根拠とはならないし,本件著作物の説明部分及び本件書籍1において,写真及び図が同一のものにならざるを得ないことを認めるに足りる証拠もない。
() 控訴人らは,本件著作物が学院の授業を翻案して作成されたものであること,その内容が「ほぐし」という技法の解法という技術的性格が強く表現方法が限定されることから,本件書籍1に本件著作物と類似する箇所があるのは当然であり,このことから直ちに,本件書籍1が本件著作物の複製物であるということはできないと主張する。しかしながら,上記のとおり,学院の授業の具体的内容及びこれと本件著作物との異同を証明するに足りる証拠はなく,また,「ほぐし」という技法の解法という技術的性格が強いことから直ちに,その表現方法が本件著作物の説明部分のものに限定されると認めるに足りる証拠もない。
ウ 本件書籍2について
() 本件書籍2の73頁の「〈ほぐし〉を行う上での一般的な注意事項」という囲み部分の記載は,注意事項として挙げられている8項目がすべて本件著作物の一般的注意事項に含まれているもので,その順序も同一であること,各事項の表現も本件著作物の一般的注意事項の記載とほとんど同一であることに照らすと,本件著作物の一般的注意事項の部分を複製したものと認められる。
() 本件書籍2の75頁ないし85頁の記載は,ほぐしの類型ごとに,「見出し」,「患者の姿勢」,「効果・ねらい」及び「方法」から成るか,又はこれらに加え図若しくは写真及びその説明から成り,「見出し」ないし「方法」に記載された事項は,それぞれ,本件著作物の説明部分の「見出し」,「患者の姿勢」,「効果・ねらい」及び「方法」に対応している。そして,本件書籍2におけるその表現も,別紙対比表②のとおり,それぞれ,対応する本件著作物の説明部分とほとんど同一である。写真又は図の説明についても,本件著作物の説明部分の記載とほとんど同一であり,本件書籍2の上記記載は,本件著作物を複製したものと認められる。
本件書籍2の67頁の「〈ほぐし〉とは」で始まる冒頭の3行の記載は,本件著作物の「ほぐし」の冒頭の記載とほとんど同一の記載であり,その複製物と認められる。
本件書籍2の図のうち,被控訴人が本件著作物の図の複製物であると主張するもの(別紙対比表④)については,いずれもほぼ同じ図であり,本件著作物の図の複製物と認められる。
() 控訴人らは,本件書籍1に係る上記イ()()()と同旨の主張を本件書籍2についても主張するが,上記と同様に,採用することができない。
エ 本件書籍3について
() 本件書籍3の116頁「「ほぐし」を行う上での一般的な注意事項」という囲み部分の記載は,注意事項として挙げられている8項目がすべて本件著作物の一般的注意事項に含まれているもので,その順序も同一であること,各事項の表現についても本件著作物の一般的注意事項の記載とほとんど同一であることに照らすと,本件著作物の一般的注意事項の部分の複製物と認められる。
() 本件書籍3の第4章2「日本人に合ったカイロテクニック」の「ほぐし療法①」ないし「ほぐし療法⑦」(100頁ないし112頁)は,ほぐしの類型ごとに,「見出し」,「効果」,「方法」及び「図の説明」から成り,「見出し」ないし「図の説明」に記載された事項は,それぞれ,本件著作物の説明部分の「見出し」,「効果・ねらい」,「方法」及び「ポイント」に対応している。そして,本件書籍3におけるその表現も,別紙対比表③のとおり,それぞれ,対応する本件著作物の説明部分とほとんど同一であって,本件著作物の説明部分の複製物と認められる。
() 控訴人らは,本件書籍1に係る上記イ()()()と同旨の主張を本件書籍3についても主張するが,上記と同様に,採用することができない。
オ 以上によれば,本件書籍を印刷,出版する行為は,本件書籍の上記部分について,被控訴人が有する本件複製権を侵害するものと認められる。
また,控訴人学院は,遅くとも,一審判決正本が送達された平成14年4月中旬ころまでには,本件書籍1が本件複製権を侵害する行為によって作成された物であることを知ったから,これを販売,頒布する行為は,本件著作物の複製物の知情頒布行為として本件著作権を侵害する行為とみなされる。控訴人らは,本件訴訟において本件著作権の侵害が争われている以上,判決確定前に一審判決正本の送達により著作権法113条1項2号所定の「情を知って」の要件が充足されるものではないと主張するが,本件書籍1の印刷,出版が本件複製権の侵害に当たるとする一審判決が送達されれば,遅くともそのころまでには,控訴人学院について「情を知って」の要件が充足されたと認められる。
(2) 著作者人格権
ア 上記(1)の事実によれば,本件書籍は本件著作物の一部を改変しているから,本件書籍の出版は,被控訴人の本件同一性保持権を侵害する行為であり,また,証拠によれば,本件書籍において被控訴人の氏名が表示されていないから,本件書籍の出版は,被控訴人の本件氏名表示権を侵害する行為である。
イ 控訴人らは,本件著作物の内容を構成する「ほぐし」についてノウハウを有するのは控訴人学院であり,被控訴人は私的利用の範囲でのみ本件著作物を利用し得るとした上,本件著作物の公表を前提とする本件著作者人格権は成立しないと主張する。
しかしながら,仮に,「ほぐし」のノウハウに係る何らかの権利が控訴人学院に帰属しているとしても,著作物の表現についての人格的な利益を保護する著作者人格権とは次元を異にし,本件書籍を出版する行為が本件著作者人格権を侵害しないと解すべき根拠とはならない。また,被控訴人が私的利用の範囲でのみ本件著作物を利用し得るとの主張が,本件著作権の原著作権の主張であると解しても,そのような原著作権の内容が具体的に主張されていないし,原著作権が控訴人学院に帰属するとしても,本件書籍の発行が本件著作者人格権を侵害しないということはできない。
3 争点(3)(控訴人らの責任の有無)について
()
4 争点(4)(権利の濫用)について
(1) 控訴人らは,本件著作物が学院の授業内容の記録の域を出るものではないとか,被控訴人が学院の授業を受けたことにその成立のほとんどを依存するものであると主張するが,本件著作物が創作性を有することは,上記1(創作性)のとおりであるし,本件著作物が学院の授業に依拠するとの主張については,学院の具体的授業内容及びそれと本件著作物との異同について主張立証を欠く本件において,採用することはできない。本件著作物の内容を構成する「ほぐし」についてノウハウを有するのは控訴人学院であるという控訴人らの主張については,上記2(侵害の有無)(2)イのとおり,著作物の表現を保護する著作権及び著作者人格権とは次元を異にし,被控訴人が私的利用の範囲でのみ本件著作物を利用し得るとの主張も,同様に,その法的根拠を欠く。
(2) したがって,控訴人らが,被控訴人の本件請求について主張する事情は,いずれも,本件著作権及び本件著作者人格権に基づく請求が権利の濫用に当たることを基礎付けるものではなく,その主張は失当である。
5 争点(5)(損害額)について
(1) 財産的損害
()
(2) 慰謝料
ア 著作権
被控訴人は,控訴人らによる本件著作権の侵害行為により,精神的苦痛を被ったと認められるが,財産権の侵害により被った精神的苦痛については,一般に,損害の回復により慰謝されるのであって,損害の回復によってもなお慰謝されない精神的苦痛が生じた場合において,慰謝料を請求することができるというべきである。本件において,被控訴人が,著作権侵害に基づく慰謝料の請求を認めるべき精神的苦痛を被ったことまでを認めるに足りる証拠はない。
被控訴人は,控訴人らによる本件著作物の複製が被控訴人に全く無断で行われたこと,本件書籍3に係る侵害行為が本件訴訟提起の後にされたことを主張するが,著作権侵害行為は,利用許諾契約の成否に争いがあるような例外的場合を除き,無断で行われるのが通例であるし,本件書籍3に係る侵害行為が本件訴訟提起の後にされたことは,本件書籍3に係る著作者人格権侵害に基づく慰謝料の算定において考慮すれば足りるから,被控訴人の主張は,採用することができない。
イ  著作者人格権
被控訴人は,控訴人らによる本件著作者人格権の侵害行為により,精神的苦痛を被ったが,上記2認定の侵害態様に照らすと,その慰謝料の額は,本件書籍1について30万円,本件書籍2について20万円が相当である。本件書籍3については,本件訴訟提起後に侵害行為が行われている点で悪質であるが,他方,本件著作物を利用した割合が小さいので,これらを総合考慮すると,その慰謝料の額は,20万円が相当である。
控訴人らは,本件著作物が学院の授業内容に依拠しており私的利用の範囲でのみ利用が許されるなどと主張するが,この主張が採用し得ないことは,上記2(侵害の有無)(2)イのとおりであり,これらの事情を慰謝料額の認定に当たり参酌すべき理由もない。
(以下略)