Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

【著作者人格権】先行文献に当たる著作物を引用しないことは著作者人格権を侵害するか

昭和571210日東京地方裁判所[昭和57()8975]昭和580630日東京高等裁判所[昭和57()3258]
一 原告の主張の要旨は、原告は半導体工業用の光学的縮小投影露光装置が備えるべき基本原理を研究し、1969930日に日刊工業新聞が主催した講習会において世界で初めて右原理につき講義してその講義録「ICへのホトエツチング技術の応用」を同社刊行のテキストに掲載し、更に雑誌「高分子」第19巻第215号に掲載された「感光性樹脂の電子工業への応用」と題する論述中に右原理の内容を明記している(右講義録及び論述を、以下「本件著作物」という。)ところ、被告会社は、右原理を応用して製品化したGCA社の縮小投影露光装置DSW4800を販売する際にそのTECHNICAL NOTESと称するパンフレットを印刷、頒布しており、被告Bは雑誌「電子材料」19823月号に右装置に関し「10対1縮小投影露光装置『4800DSW』と題する文章を掲載しているが、その際右両被告は、右両文書に、この種装置が必ず備えるべき原理を創作して論述した重要な先行文献たる原告の本件著作物を全く引用せず、したがつて、両被告の右各行為は原告の本件著作物についての著作者人格権を侵害する行為であり、被告Aは、被告会社、被告Bと共謀関係にあるというにある。
そこで検討するに、科学等の著述をなすに際し、その分野の先行文献を引用するか否かは、本来該当著述者の自由にまかされているものであつて、先行文献の引用が適切にされていない場合に、引例の不適切としてその著述の内容ひいてはその著述者の学識に対する低評価等がもたらされることがありうることは格別として、著作権法上は先行文献を著述において引用(使用)していない以上当該先行文献の著作者の著作者人格権の侵害が問題となることはないことが明らかである。
したがつて、本件著作物が引用されていないことをもつて著作者人格権の侵害であるとの立論に基づく原告の本訴請求は、失当といわざるをえない。

[控訴審]
著作権法第32条第1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。」と規定し、同法第48条は、他人の著作物を引用して利用した場合には、その著作物の出所を明示しなければならない旨を規定する。しかして、同法第2条第1項第1号によれば、「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」であるから、それが自然科学の分野における論文等であつても自然科学的思想あるいは技術的思想を創作的に表現したものであるかぎり、それは著作物であり、著作権法上の保護を受け得るものであることはいうまでもない。しかし、自然科学的分野あるいは技術的分野における「思想の創作」であつても、その創作が表現される文章、図画等の「形式」に関係のない「思想」そのもの、例えば特許法でいう「発明」そのもの、実用新案法でいう「考案」そのものは、著作権法で保護される著作物に当らない。「発明」又は「考案」は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法第2条第1項、実用新案法第2条第1項)であり、産業上利用することができる発明又は考案をした者は、その発明又は考案が特許要件、実用新案登録要件を備えているかぎり、特許権又は実用新案権として登録され、特許法、実用新案法上の保護を受け得るが、技術的思想の創作である発明、考案も、それが「言語」あるいは、「図画」、「図表」、「図形」、「写真」等の「形式」(著作権法第10条第1号、第6号、第8号参照)で表現されていないかぎり、その発明又は考案に含まれている抽象的な技術思想、自然科学的、技術的原理・原則は、著作権法でいう「著作物」ではなく、したがつてそれは同法上の保護を受け得ないのである。
ところで、控訴人は、半導体工業用の光学的縮少投影露光装置につき、この装置が備えるべき五つの条件を基本原理として発見し、右装置に関する技術的思想の創作をし、これを本件著作物に発表したものであるとするところ、仮に本件著作物に記載された文章、図面、写真等から、本件著作物中にその基本原理ないし五つの条件なるものが記載されていることが読み取れるとしても、その原理ないし条件そのものに著作権が成立するいわれはなく||ニユートンが万有引力の法則を発見しても、万有引力の説そのものには著作権は成立し得ない||したがつて、仮に被控訴会社が輸入したと控訴人が主張するGCA社作成のテクニカル・レポート類あるいは被控訴会社及び被控訴人Aが作成した文書に、控訴人が主張する五つの条件ないし基本原理と同じ思想が記載されているとしても、被控訴人らの右行為は控訴人の「著作物」を「引用して利用」したことにならないから、著作権法第32条第1項の規定に該当するとして、控訴人の著作権、著作者人格権等を侵害することになるかどうかを問題とし得るかぎりではない。しかして、被控訴人らが控訴人の本件著作物の表現したところそのままを文書に作成して控訴人の本件著作物を利用し、又はそのままを表現したGCA社の文書を輸入したものであることは、控訴人の主張しないところであるし、またその事実を認めるに足りる証拠もないから、結局被控訴人らの行為は著作権法第32条に違反し、控訴人の著作者人格権を侵害するものであることを基本とする控訴人の請求は、控訴人主張のその余の点について判断するまでもなく、すべて失当として排斥せざるを得ない。