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著作権判例セレクション
【保護期間】旧著作権法の保護期間(翻訳権の保護期間)が問題となった事例
▶平成12年9月29日東京地方裁判所[平成10(ワ)21141]▶平成14年02月28日東京高等裁判所[平成12(ネ)5295]
(注) 旧著作権法7条は、第1条で、「著作権者原著作物発行ノトキヨリ十年内ニ其ノ翻訳物ヲ発行セサルトキハ其ノ翻訳権ハ消滅ス」と規定している。
(争いのない事実等)
〇 Hは、文筆家・講演家で、アメリカ合衆国国民であったが、1955年(昭和30年)に死亡した。Hは、1936年(昭和11年)に、「How to Win Friends and Influence People」と題する書籍(「本件第一著作物」)を著作した。Hは、1938年(昭和13年)に、「How
to Win Friends and Influence People」と題する講演原稿(以下「本件第二著作物」といい、その著作権を「本件著作権」という。)を著作した。
〇 被告騎虎書房は、被告Fが本件第二著作物を日本語に翻訳した別紙記載の書籍(「本件書籍」)を、平成8年5月以降、定価1262円(消費税別)で発行販売している。被告エス・エス・アイは、本件第二著作物を日本語訳した別紙記載のカセットテープセット(「本件カセットテープセット」)を、平成8年後半から、本件カセットテープセット単体として、又は「D・カーネギー ハイエンド・プログラム(D.Carnegie's High-End Program)」(本件カセットテープセットと「D・カーネギー パワー パースエイション・プログラム(D. Carnegie's Power Persuasion Program)」とを組み合わせた商品)の一部として、発行販売している。被告騎虎書房及び被告エス・エス・アイは、いずれも被告Fが代表者を務めている。
一 争点一について
1 本件第二著作物の保護期間について
(一) 前記の事実、裁判所に顕著な事実及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(1) 1905年(明治38年)11月10日に日米著作権条約が締結された。同条約には、内国民待遇(1条)及び翻訳自由(2条)の規定が設けられていた。
(2) 1938年(昭和13年)、Hは、本件第二著作物を著作し、アメリカ合衆国において著作権登録された。
本件第二著作物はラジオ放送により公表されたが、複製物として頒布されることはなかった。
(3) 1952年(昭和27年)4月28日、平和条約が発効し、日米著作権条約は、効力を失った。
アメリカ合衆国は、平和条約25条に規定する連合国である。
平和条約12条に基づいて日米暫定協定が締結され、日本とアメリカ合衆国は、昭和27年4月28日に遡って、同日から4年間、互いに、翻訳権を含めて、著作権を内国民待遇で保護する旨約した。
(4) 1955年(昭和30年)Hが死亡した。
(5) アメリカ合衆国は、万国著作権条約の締約国であったところ、1956年(昭和31年)4月28日、日本について、同条約が発効したことにより、同日以降、日本とアメリカ合衆国との間において、万国著作権条約が適用されるようになった。
(6) 万国条約特例法は、万国著作権条約の実施に伴い、著作権法の特例を定めることを目的として、昭和31年4月28日に施行された法律で、11条には、日本国との平和条約25条に規定する連合国で、この法律の施行の際、万国著作権条約の締約国であるもの及びその国民は、この法律施行の際平和条約12条に基づく旧著作権法による保護を受けている著作物については、この法律施行後も引き続き、その保護(現行著作権法の施行の際当該保護を受けている著作物については、同法による保護)と同一の保護を受ける旨規定されている(これは、現行著作権法施行の際に改正された後の規定である。)。また、同法附則2条は、この法律(11条を除く。)は、発行されていない著作物でこの法律施行前に著作されたもの及び発行された著作物でこの法律施行前に発行されたものについては、適用しないと規定している。
(7) 1971年(昭和46年)1月1日、現行著作権法が施行された。
(8) 日本は、ベルヌ条約の締約国であったところ、1989年(平成元年)、アメリカ合衆国についてベルヌ条約が発効し、以降、日本とアメリカ合衆国の間において、ベルヌ条約が適用されることになった。
(二) 以上を前提として、本件著作権の日本における保護期間について検討する。
(1) 右(一)で述べたところによると、アメリカ合衆国は、平和条約25条に規定する連合国で、万国条約特例法の施行の際、万国著作権条約の締約国であったこと、同法の施行の際、本件著作権は、平和条約12条に基づく日米暫定協定により旧著作権法によって保護されていたことが認められるから、アメリカ合衆国の国民は、本件著作権について、同法11条により、同法施行後も同一の保護を受けることができる。そして、旧著作権法の規定によると、現行著作権法施行の際、本件著作権の保護期間は満了していなかったから、本件著作権は、現行著作権法による保護を受けるというべきである。
そうすると、本件著作権の日本における保護期間は、著作者の死後50年に、連合国特例法による戦時加算3794日を加えた期間となるから、本件口頭弁論終結時点において、保護期間が終了していないことは明らかである。
(2) 万国著作権条約17条に関する附属宣言cは、万国著作権条約はベルヌ条約により創設された国際同盟の加盟国の一を同条約の規定に基づいて本国とする著作物の保護に関する限り、ベルヌ同盟国間の関係については適用しない旨規定している。本件第二著作物は、ベルヌ条約においてアメリカ合衆国を本国とする著作物であるから、ベルヌ条約と万国著作権条約が競合する場合、著作物の保護は、ベルヌ条約によって定められることとなる。
ベルヌ条約7条(8)は、著作物の保護期間は、本国において定められる保護期間を超えることはない旨規定しており、現行著作権法58条は、ベルヌ条約の右規定に従った規定であるが、ベルヌ条約は、著作物の保護期間について、本国において定められる保護期間を超えることはないことを原則としつつも、国内法において本国において定められる保護期間よりも長い保護期間を定めることを認めており、また、万国条約特例法は、著作権法の特別法であるから、ベルヌ条約7条(8)や現行著作権法58条の規定いかんにかかわらず、万国条約特例法は、著作物保護の根拠となるというべきである。
また、万国条約特例法11条は、平和条約12条に基づいて保護されていた著作物を引き続き同一の条件で保護するために設けられた規定であって、万国著作権条約に基づく保護に関する規定ではない(万国条約特例法11条による保護を受けている本件第二著作物には、附則2条によって万国著作権条約に基づく保護に関する規定は適用されない。)から、万国条約特例法11条が適用されるかどうかは、本件第二著作物に万国著作権条約が適用されるかどうかとは関係がないというべきである。
さらに、万国条約特例法は、著作権法の特別法であるから、現行著作権法6条の規定いかんにかかわらず、著作物保護の根拠となるというべきである。
(3) 右(一)で述べたとおり、平和条約12条に基づく日米暫定協定による保護は、翻訳権を含むから、万国条約特例法11条による保護にも翻訳権が含まれている。
ところで、右(一)で述べたとおり、本件第二著作物はラジオ放送により公表されたが、複製物として頒布されたことはなかったのであるから、旧著作権法7条の「発行」があったということはできない。したがって、本件第二著作物については、旧著作権法7条により翻訳権が消滅することはない。
そうすると、本件第二著作物の翻訳権についても、他の権利と同様に、万国条約特例法11条によって、現行著作権法の保護を受けるということができる。
なお、右(一)で述べたとおり、日米著作権条約には、翻訳自由の規定が設けられていたから、本件第二著作物の翻訳権については、連合国特例法による戦時加算の適用はないが、本件口頭弁論終結時点において、保護期間が終了しないことは明らかである。
2 著作者人格権の保護について
万国条約特例法11条によると、本件第二著作物には、現行著作権法による保護が与えられるから、本件第二著作物について、現行著作権法による著作者人格権の保護が与えられる。
3 被告らによる著作権侵害行為について
前記のとおり、本件書籍及び本件カセットテープセットの各内容は、本件第二著作物を日本語訳したものであるから、被告騎虎書房による本件書籍の発行行為及び被告エス・エス・アイによる本件カセットテープセットの発行行為は、本件著作権を侵害する行為である。
4 被告らによる著作者人格権(同一性保持権)侵害行為について
(以下略)
[控訴審]
1 著作権及び著作者人格権侵害について(争点(1))
当裁判所も、本件第二著作物については、本件口頭弁論終結時において、日本国内における著作権の保護期間内にあり、被告騎虎書房による本件書籍の発行行為及び被告エス・エス・アイによる本件カセットテープの発行行為は、本件著作権の侵害及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害(著作権法60条)に当たり、被告らは、原判決…に説示した限度で、損害賠償等の責任を負うものと判断する。すなわち、被告騎虎書房及び被告Bは、本件書籍の発行による本件著作権侵害行為によって、また、被告エス・エス・アイ及び被告Bは、本件カセットテープセットの発行による本件著作権侵害行為によって、それぞれ原告Aが被った損害を賠償する責任がある。
(1) 本件第二著作物の保護期間について
ア 本件著作権の保護期間
当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著な事実に基づき、以下のとおり認定・判断する。
(ア) 1905(明治38)年11月10日に締結され、1906(明治39)年5月11日に公布された日米著作権条約は、日米両国民の内国民待遇(1条)及び翻訳自由(2条)の規定を置いており、その後、1952(昭和27)年4月28日に発効した平和条約7条(a)により、日米著作権条約は失効したが、平和条約12条に基づいて締結された日米暫定協定により、アメリカ合衆国を本国とし、同国国民を著作者とする著作物は、昭和27年4月28日から4年間、翻訳権を含めて、引き続き内国民待遇を与えられ、それまでと全く同様に保護されることとなった。また、平和条約に基づいて制定された旧著作権法の特別法である「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律」(昭和27年8月8日法律第302号、以下「連合国特例法」という。)4条に基づき、昭和16年12月7日に連合国及び連合国民が有していた著作権は、著作権法に規定する著作権の存続期間にいわゆる戦時加算3794日間を加算した期間継続することとなった。
1956(昭和31)年4月28日、日本について万国著作権条約が発効し、これにより、同日以降、万国著作権条約の加盟国であったアメリカ合衆国と日本との間では万国著作権条約が適用されることとなったが、万国著作権条約の実施に伴い著作権法の特例を定めることを目的として、昭和31年4月28日に施行された万国条約特例法は、その11条で、「日本国との平和条約25条に規定する連合国でこの法律の施行の際万国著作権条約の締結国であるもの及びその国民は、この法律施行の際日本国との平和条約12条の規定に基く(旧)著作権法(明治32年法律第39号)による保護を受けている著作物については、この法律施行後も引き続き、その保護(著作権法の施行の際当該保護を受けている著作物については、同法による保護)と同一の保護を受ける」旨規定しており(注.括弧内は、旧著作権法から現著作権法への移行の際の改正により付加された部分)、この規定により、日米著作権条約の内国民待遇の原則に従い旧著作権法により保護されていたアメリカ合衆国国民の著作物は、昭和27年4月28日から4年間の経過後も、引き続き、万国条約特例法11条に基づき、内国民待遇等の従来と同一の保護を与えられた。
その後、1971(昭和46)年1月1日、現行著作権法が施行され、その施行の際、保護期間の満了していない著作物は、現行著作権法の規定する保護期間(戦時加算がある場合には3794日を加えた期間)を享受することとなった。
(イ) 本件第二著作物は、1938(昭和13)年、アメリカ合衆国国民であるデール・カーネギーによって著作され、アメリカ合衆国において著作権登録されたものであるから、日米著作権条約1条(内国民待遇)の規定に基づき、旧著作権法によって保護される著作物であったところ、平和条約12条に基づく日米暫定協定により、平和条約の発効後も、引き続き旧著作権法による保護を受け(保護期間は、当時の旧著作権法による著作権の保護期間である著作者の死後30年に連合国特例法による戦時加算3794日を加えた期間)、さらに、日米暫定協定の失効後は、万国条約特例法11条により、引き続き、同一の保護を受けていたものと認められる。デール・カーネギーは、1955(昭和30)年、死亡した。
そうすると、本件著作権は、現行著作権法の施行(昭和46年(1971年)1月1日)の際に、その保護期間(当時の旧著作権法52条による著作者の死後38年プラス戦時加算3794日)が満了することなく存続していたものであり、現行著作権法51条により、その保護期間は、著作者の死亡の年(1955年・昭和30年)の翌年の1月1日から起算して(同法57条)50年に連合国特例法による戦時加算3794日を加えた期間となるから、本件口頭弁論終結時において、本件著作権は、保護期間が満了していないことが明らかである。
(ウ) 被告らは、本件第二著作物は、本国であるアメリカ合衆国において既に保護期間が終了しているから、日本において保護される余地はないと主張し、その理由として、①アメリカ合衆国が1989(平成元)年、ベルヌ条約に加盟したことにより、日本とアメリカ合衆国との間ではベルヌ条約が適用され、万国著作権条約は適用されない(万国著作権条約17条に関する附属宣言c)こととなったところ、ベルヌ条約7条(8)は、著作物の保護期間は本国において定められる保護期間を超えることはないと規定しているから、本国たるアメリカ合衆国において保護期間満了により消滅している本件著作権は、日本においても保護されない、②万国条約特例法11条は、当該著作物について万国著作権条約の適用があることを前提としているから、ベルヌ条約により本件第二著作物への万国著作権条約の適用が排除される以上、万国条約特例法11条が適用される余地はない、などと主張する。しかし、被告らの主張は、以下の理由により、採用することができない。
① 万国条約特例法は、「万国著作権条約の実施に伴い、著作権法の特例を定めることを目的とする」(1条)と規定されているとおり、著作権法の特別法であると解されるから、同法11条に基づいて与えられる著作権の保護(保護期間を含む。)は、著作権保護の独立の根拠となり得るものと解される。本件第二著作物は、万国条約特例法の施行の際に「平和条約12条の規定に基づく旧著作権法による保護を受けている著作物」(同法11条)に該当するから、同法11条によって、保護される著作物である。そして、万国条約特例法11条は、万国著作権条約に基づく条約上の義務として万国著作権条約の加盟国民の著作物に与えられる保護とは独立に、平和条約12条により保護されてきた著作物の今後の保護を国内立法として定めたものと解されるのであり、ベルヌ条約と万国著作権条約が競合する場合における後者の不適用について定めた万国著作権条約17条に関する附属宣言cによって消長をきたすものではないというべきである。
② 我が国とアメリカ合衆国との間に、ベルヌ条約が適用されることとなっても、従来平和条約12条に基づき旧著作権法の保護を受けていた著作物について、保護期間を含めて既得権が保護されると解することは、万国条約特例法各条の全体の文理に忠実な解釈といい得る。すなわち、万国条約特例法は、3条から9条で万国著作権条約に基づく保護に関する特例を規定し、10条でベルヌ条約加盟国を本国とする著作物については同法は適用されない旨を規定し、11条で「日本国との平和条約25条に規定する連合国でこの法律の施行の際万国著作権条約の締結国であるもの及びその国民は、この法律施行の際平和条約12条の規定に基づく旧著作権法による保護を受けている著作物については、この法律施行後も引き続き、その保護(著作権法の施行の際当該保護を受けている著作物については、同法による保護)と同一の保護を受けるものとする。」と規定する。そして、同法の附則2条で「この法律(第11条を除く)は、発行されていない著作物でこの法律の施行前に著作されたもの及び発行された著作物でこの法律の施行前に発行されたものについては、適用しない。」と規定することによって、万国著作権条約に基づく保護の特例に関する規定及びベルヌ条約との適用調整について定めた規定(3条ないし10条)が万国条約特例法施行前に著作又は発行された著作物(同法附則2条該当著作物)には適用されないことを定める一方で、同項括弧書に「第11条を除く」と規定することより、同法施行前に連合国国民が著作又は発行をした著作物(附則2条該当著作物)であって、平和条約の規定に基づく旧著作権法による保護を受けている著作物(11条該当著作物)には、11条が適用されることを明確にしている。
そして、これらの規定に照らすと、万国条約特例法11条は、平和条約12条に基づいて保護されていた連合国国民の著作物を、我が国において万国著作権条約が発効した後も、引き続き、同一の条件で保護するために設けられた規定と解するのが相当であり、当該連合国がベルヌ条約に加盟したことにより当該国との間で万国著作権条約ではなくベルヌ条約が適用されることとなっても、それ以前に平和条約12条に基づく旧著作権法による保護を受けていた連合国民の著作物については、その保護期間等を、ベルヌ条約に基づき、従来よりも著作権者に不利益に変更することは予定していないものといわざるを得ない。
③ ベルヌ条約7条(8)は、著作権の保護期間は、本国において定められる保護期間を超えることはない旨規定しているが、国内法によって本国において定められる保護期間よりも長い保護期間を定めることを禁止しているものではないから、本件第二著作物が、万国条約特例法11条の規定に該当する著作物として、同条により、本国における著作権の保護期間よりも長い期間保護されることを排除するものではない。また、万国条約特例法は、万国著作権条約の実施を目的として制定された(同法1条)、旧著作権法の特別法であると解されるものであるから、本件第二著作物に同法11条が適用されるか否かは、本件第二著作物に万国著作権条約が適用されるか否か(ベルヌ条約が適用されることにより万国著作権条約の適用がないことになるか否か)とは関係がないというべきである。
④ その他、被告らは、万国条約特例法11条は、例外的な保護を定めた規定であるから、相互主義の原則に沿って保護期間を限定する方向で解釈すべきであるなどと主張するが、同法11条の解釈、適用については、関係する条約、法律の体系の下においては既に説示したとおりであって、所論は採用することができない。
イ 翻訳権について
前記ア(ア)で述べたとおり、平和条約12条に基づく日米暫定協定による保護は、翻訳権を含むから、万国条約特例法11条による保護にも翻訳権が含まれている。
ところで、前記のとおり、本件第二著作物はラジオ放送により公表されたが、複製物として頒布されたことはなかったのであるから、旧著作権法7条の「発行」があったということはできない。したがって、本件第二著作物については、旧著作権法7条により翻訳権が消滅することはない。
そうすると、本件第二著作物の翻訳権についても、他の権利と同様に、万国条約特例法11条によって、現行著作権法の保護を受けるということができる。
なお、日米著作権条約には、翻訳自由の規定(2条)が設けられていたから、本件第二著作物の翻訳権については、連合国特例法による戦時加算の適用はないが、本件口頭弁論終結時点において、保護期間が終了していないことは明らかである。
(2) 著作者人格権の保護について
万国条約特例法11条によると、本件第二著作物には、現行著作権法による保護が与えられるから、本件第二著作物について、現行著作権法による著作者人格権の保護が与えられる。
(3) 被告らによる著作権侵害行為について
前記のとおり、本件書籍及び本件カセットテープセットの各内容は、本件第二著作物を日本語訳したものであるから、被告騎虎書房による本件書籍の発行行為及び被告エス・エス・アイによる本件カセットテープセットの発行行為は、本件著作権を侵害する行為である。
(4) 被告らによる著作者人格権(同一性保護権)侵害行為について
ア 本件書籍について
証拠及び弁論の全趣旨によると、本件書籍の160頁には、本文中に、デール・カーネギー自身が読者に直接話しかける形で、「このようなノウハウを皆さんにお伝えして本当にうれしいのは、全国のさまざまな人々から『成功ノウハウ』を家庭や職場で利用して成果をあげている、という手紙をいただくことです。このような私の紹介するノウハウを使って、こんないいことがあったということがありましたら、その経験を手紙でお寄せ下さい〔日本での宛先・・・SSI D・カーネギー・プログラムス係〕。」との記載があること(注.表示の住所は、奥付頁下部に記載された被告騎虎書房の住所と同一である。)、上記記載は本件第二著作物中には存在しないこと、以上の事実が認められる。この「SSI D・カーネギー プログラムス」は、後記のとおり、被告エス・エス・アイが本件カセットテープセットの販売事業について使用している名称であり、故デール・カーネギーとは何の関係もないから、かかる者への読者体験談募集のために前記のごとき記載を付け加えることは、故人の意に反する態様でなされた原著作物の改変であり、著作者であるデール・カーネギーが生存しているとしたならば、その著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為(著作権法60条違反)であるといわざるを得ない。
被告らは、本件書籍と本件第二著作物との間に若干の異同があっても、同一性保持権を侵害したとはいえないと主張するが、本件書籍の160頁と161頁の間には、「SSI D・カーネギー プログラムス」宛の読者アンケート返信用はがきが綴じ込まれていることや本件書籍の巻末に4頁にわたり本件カセットテープセット、速聴機などの広告、紹介文が掲載されていること等の事実をも考慮して本件書籍160頁の前記記載をみると、前記記載が被告らの主張のように本件第二著作物の内容、趣旨を変更することなく同著作物の思想、主張を広く伝える必要に応じてなされたものであるとは到底認めることができず、この点に関する被告らの主張は採用することができない。
なお、前記アンケート用はがきと本件書籍の巻末に掲載された本件カセットテープ等の広告は、本件第二著作物を翻訳した部分とは区別されていると認められるから、これらの部分について著作者人格権(同一性保持権)の侵害を認めることはできない。
イ 本件カセットテープセットについて
本件カセットテープセットは、後記のような構成のものであるところ、証拠及び弁論の全趣旨によると、本件カセットテープセットは、被告Bの提唱に係る「脳(能)力開発」プログラム実践用教材の一つとして宣伝、販売されていること、本件カセットテープセットに入っているカセットテープ及びマニュアルは、本件第二著作物と比較して章の構成が大幅に異なっていること、また、EXトランプは、本件第二著作物の一部を抜粋して各トランプに記載したものであること、以上の事実が認められる。そして、これらの内容が、被告Bの提唱に係る「脳(能)力開発」プログラム用に本件第二著作物の構成を変えたものであることからすると、上記カセットテープ、マニュアル及びEXトランプの各内容は、本件第二著作物を著作者の意に反する態様で改変したものというべきであり、被告エス・エス・アイによる本件カセットテープセットの発行行為は、故デール・カーネギーが生存しているとしたならば、その著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為(著作権法60条違反)であると認められる。
(5) 原告Aに対する被告らの責任
当裁判所も、被告らの原告Aに対する責任について、原判決と同様、以下の①ないし③のとおり判断する。その判断の詳細及び理由は、原判決…のとおりであるから、これを引用する。なお、被告らは、本件著作権の行使は権利の濫用である旨主張するが、本件全証拠によっても権利の濫用となるべき事情が存在するとは認められない。
① 被告騎虎書房及びその代表者である被告Bは、本件書籍の発行による本件著作権侵害行為によって、また、被告エス・エス・アイ及びその代表者である被告Bは、本件カセットテープセットの発行による本件著作権侵害行為によって、それぞれ原告Aが被った損害を賠償する責任がある。しかし、被告騎虎書房は、本件カセットテープセットの発行による本件著作権侵害行為について責任があるとは認められず、また、被告エス・エス・アイは、本件書籍の発行による本件著作権侵害について責任があるとは認められない。
② 著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為が存したことを理由とする原告Aの被告らに対する損害賠償請求は、著作権法上これを認めることができない。
③ 原告Aの被告らに対する謝罪広告の請求は、デール・カーネギーの社会的な名誉声望を毀損する行為があったとは認定し難いから、これを認めることができない。
(以下略)