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著作権判例セレクション
【言語著作物の侵害性】カイロプラクティックに関する技術書の翻訳の侵害性が争点となった事例
▶平成12年05月12日東京地方裁判所[平成10(ワ)16632]▶平成13年11月27日東京高等裁判所[平成12(ネ)2902]
(注) 本件は、原告が、「原告は、別紙記載の著作物(「本件著作物」)の著作権を有するところ、被告らが共同して発行した別紙記載の書籍(「本件書籍」)は、原告の本件著作物についての著作権及び氏名表示権を侵害するものである。」と主張して、被告らに対し、本件書籍の印刷、製本、発売及び頒布の差止め並びに損害賠償を求めた事案である。
なお、Dは、カイロプラクティックに関する本件著作物の著者であるところ、Dは、平成4年5月31日に死亡し、原告が、Dのすべての著作物の著作権を相続した。
一 争点1について
1 証拠及び弁論の全趣旨によると、別紙対照表1ないし12(以下、これらをまとめて「本件対照表」という。)の各左欄記載の本件書籍の部分は、同各右欄記載の本件著作物の部分を翻訳したものであることが認められる(ただし、別紙対照表1ないし6の「Sacro Occipital Technic」の頁欄の冒頭に記載された数字0ないし2は、それぞれ本件著作物一ないし三を意味する。)。本件対照表の各左欄記載の本件書籍の部分のほとんどは、本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分をそのまま直訳したものというほかない。一部には、本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分をそのまま直訳したとまでいうことができない部分もあるが、次に例示するとおり、その違いはきわめて少ないから、本件対照表の各左欄記載の本件書籍の部分が、同各右欄記載の本件著作物の部分を翻訳したものであるとの右認定を左右するものではない。
(一) 本件書籍一
(1) 本件著作物三の97頁20行目で「STAND TO HEAD OF TABLE. PATIENT BRINGS ARMS OVERHEAD INTO EXTENDED
POSITION.」と記載されている部分は、本件書籍一の96頁5行目において「ドクターはテーブルの頭方に立ち、患者は腕を伸ばして頭の上45度に持っていきます。」と記載されている。
(2) 本件著作物三の255頁34行目から36行目で「BOTH PATIENT AND DOCTOR CAN INHALE
TOGETHER...WHEN INHALATION IS IN PROCESS,PULL DOWNWARD SLIGHTLY ONTO PATIENT'S
CLOSED FIST AND HOLD FOR FIVE SECONDS ...PATIENT EXHALES AND SO DOES THE
DOCTOR.」と記載されている部分は、本件書籍一の144頁5行目から7行目において「患者とドクターは一緒に息を吸い、息を吸い込んでいるときに、患者の握り拳にのせた手を軽く下方に引き3秒間保持します。患者が息を吐くときは、ドクターも一緒に吐きます。」と記載されている。
(二) 本件書籍二
(1) 本件著作物四の17頁8行目から9行目で「GRASP SUPINE PATIENT'S INVOLVED ANKLE
WITH ONE HAND,PLACE PALM OF FREE HAND INTO POPLITEAL SPACE,THEN FLEX LEG INTO
JACK-KNIFE POSITION.」と記載されている部分は、本件書籍二の112頁10行目から11行目において「患者を仰臥位にして問題のある足首を片方の手でつかみ、もう一方の掌を膝窩の空間に入れてから、脚を九〇度以下に屈曲させます。」と記載されている。
(2) 本件著作物四の15頁20行目から23行目で「PLACE LEFT HAND INTO POSTERIOR KNEE
AREA TO FORM A WEDGE WITH ITS THUMB SUPPORTING LATERAL KNEE.LIFT FOOT SLIGHTLY
FROM TABLE,JACK-KNIFE LEG TO CLOSE KNEE JOINT,ROTATING FOOT MEDIAL.」と記載されている部分は、本件書籍二の129頁7行目から9行目において「左手を膝の後ろに入れ、くさび形を作って拇指で膝の外側をサポートし、台から足を少し持ち上げ、内側に回転させながら膝の関節を縮めます。」と記載されている。
2 証拠及び弁論の全趣旨によると、本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分は、単なる用語やデータといったものではなく、ひとまとまりの創作性がある著作部分であると認められるから、著作物性を認めることができるのであり、これに反する被告Bの主張は採用できない。
3 また、被告Bは、本件著作物及び本件書籍は、共にSOT[注:「カイロプラクティックのサクロ・オクシピタル・テクニック」を意味する。]に係る科学技術書であるから、その性質上、著作すべき対象、技術、理論が類似することは当然であるとも主張するが、右1認定のとおり、本件対照表の各左欄記載の本件書籍の部分は、同各右欄記載の本件著作物の部分のほとんど直訳というべきものであるから、共にSOTに係る科学技術書であるから必然的に類似したというようなものでないことは明らかである。
4 右1認定の事実及び弁論の全趣旨によると、被告Bには、本件著作物の翻訳による右著作権侵害について故意又は少なくとも過失があったものと認められ、また、被告エンタープライズには、右著作権侵害の事実があるにもかかわらず、出版社として十分な調査、検討を行うことなく、本件書籍を発行したことについて過失があったものと認められる。
[控訴審]
1 本件書籍の一部が本件著作物の一部を翻訳したものであるか否かについて
当裁判所も、原判決添付対照表(本件対照表)の各左欄記載の本件書籍の部分のほとんどは、本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分をそのまま直訳したものと認めるものであり、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決に説示されているとおりである。…
以下は、控訴人らが、当審において、本件著作物と本件書籍との間では文章表現が異なる部分がある、あるいは不可避的に同一ないし類似する表現となるなどと主張する点についての判断である。
(1) 臨床家のためのブロックテクニック(本件書籍一)について
(1)-1 本件著作物三の97頁20行目で「STAND TO HEAD OF TABLE.
PATIENT BRINGS ARMS OVERHEAD INTO EXTENDED POSITION.」との記載に対応するのは、本件書籍一の96頁5行目における「ドクターはテーブルの頭方に立ち、患者は腕を伸ばして頭の上45度に持っていきます。」との記載であり、「頭の上45°に持っていきます。」の「45°」の表現は本件著作物三にはない。
しかし、本件著作物三の上記「PATIENT
BRINGS ARMS OVERHEAD INTO EXTENDED POSITION」との表現を、その意味を念頭に置いてより分かりやすくするために意訳したものと認められ、これをもって翻訳の域を出ているものと認めることはできない。
(1)-2 本件書籍一の116頁12~15行「腰椎の矢状方向関節面にかかわる症候群で、特に第5腰椎に関連し、左の神経根が牽引され、右の関節面が圧迫されている典型的な例です(第5腰椎は右下方転位)。右側で、第5腰椎に回転サブラクセーションがある場合、腰椎の冠状方向の関節面で右神経根が圧迫されています(第5腰椎左回旋位)。」に対応する本件著作物一~三の記載はないので、この部分は、控訴人Aの独自の表現と認めることができる。
(1)-3 本件著作物三の146頁1ないし5、8ないし11、13、14の項目番号は、本件書籍一の100頁、101頁の4ないし11、13、14の記載に対応するが、本件書籍一の99頁の1ないし3の項目番号の記載に対応するものとして被控訴人が主張する本件著作物の記載(本件著作物二の18頁、19頁、20頁の記載)は、本件著作物三の上記記載との配置関係を考慮すると、翻訳の範囲に属するものと認めることはできない。
(1)-4 本件著作物三の255頁34行目から36行目の「BOTH PATIENT
AND DOCTOR CAN INHALE TOGETHER. . . WHEN INHALATION IS IN PROCESS, PULL DOWNWARD
SLIGHTLY ONTO PATIENT'S CLOSED FIST AND HOLD FOR FIVE SECONDS. . .PATIENT
EXHALES AND SO DOES THE DOCTOR.」との記載部分は、本件書籍一の144頁5行目から7行目における「患者とドクターは一緒に息を吸い、息を吸い込んでいるときに、患者の握り拳にのせた手を軽く下方に引き3秒間保持します。患者が息を吐くときは、ドクターも一緒に吐きます。」との記載に対応する。
この記載に関し、控訴人Aは、「これは横隔膜ヘルニアの治療法についての記述である。S.O.T.の一般的知識に基づいて書かれたものであり、治療法の記述であって厳格に表現されなければならず、もし大幅に違っているとすれば、それは逆に危険である。例えば、外科的手術法についての記述ではどの部をどのように切開するという記述は同一になってしかるべきである。本件著作物では「5秒」とされていて、本件書籍では「3秒間」と記述されている。これは控訴人Aの約20年の臨床経験から「5秒間」では多くの場合、患者が苦痛を訴えるだけでなく、少なからず筋肉の痙攣を引き起こす危険があったため「3秒間」という記述になったものであり、横隔膜ヘルニアの治療における筋肉の痙攣発症の限界域が「3秒」であることを見極めたことになる。」と主張する。しかし、上記記載のうち「3秒間」以外の表現は、本件著作物の表現をほぼ直訳したものと認められるので、本件書籍一の上記記述は翻訳の範囲内に属するものというべきである。S.O.T.の一般的知識が必然的に上記記載となってくるものであることを認めるべき証拠はない。
(2) 臨床家のための内臓反射テクニック(本件書籍三)について
(2)-1 本件書籍三20頁1~2行の記載は、「もし、カイロプラクティック以外の治療が必要ない状態ならば、患者の愁訴にしたがって、冠状動脈について話してもかまいません。」というものであるところ、本件著作物五の10頁末尾6行の記載は、「EVERY SPECIFIC MANIPULATIVE REFLEX APPLICAION HAS A SPECIFIC CONTROL
FOR THIS POSTGANGLIONIC AND IT NEED NOT COINCIDE WITH ANY OF THE REFLEXES YOU ACTUALLY
MANIPULATE. WHEN THE MANIPULATIVE REFLEX HAS BEEN CONTROLLED, THE
POSTGANGLIONIC IS AN IDEAL FOLLOW-UP DAY TO DAY VISIT PROCEDURE. EACH MUST BE
SPECIFICALLY APPLIED AS WE WILL ILLUSTRATE.」というものである。
本件書籍三のこの部分は、控訴人Aの独自の表現がされているものと認められ、翻訳の域を超えているものと認められる。
(2)-2 本件書籍三37頁末行~38頁1行の記載に対応する本件著作物五21頁末1~2行は「ALWAYS MANIPULATE FROM ABOVE DOWN AS IF YOU WERE DRAINING A TUBE」(直訳は、「管を排水するかのように、必ず上から下にマニピュレーションしなさい。」)というものであるが、本件書籍三の上記記載は、「必ず管の中身をしぼり出すように、上から下へ行います。」というものである。この部分は単に意訳の範囲に属するものというべきである。
(3) 翻訳か否かに関する総合判断
(3)-1 本件対照表の本件著作物と本件書籍との記載の対応をみてみると、本件著作物の記載を意訳した部分も多いところ、意訳部分をもって翻訳に当たらないとすることはできない。控訴人らは、S.O.T.技法の記述に由来する表現の必然性があると主張するが、本件著作物が、言語及び図形の著作物であり、そこに独自の表現がされているものであることは明らかである。その表現内容がS.O.T.技法に係るものであることから、S.O.T.にかかわる用語や一般的な医学用語が多く使われることも当然のことであるが、特に本件対照表に摘示の本件書籍の記載に対応する部分の表現が、他のS.O.T.技法を解説した著作物であって本件著作物より前に刊行されたものの表現と同じようなものとなり、そのようになることに必然性が存するものであることを認めるべき証拠はない。本件書籍の本件対照表左欄の部分のうち、前記(1)-2、3、(2)-1で説示した部分を除く部分が、右欄記載の本件著作物の対応部分を翻訳したものであることは、(証拠)によって認定することができ、控訴人Aが独自に叙述したものであるとすることはできない。
例えば、本件書籍三の27頁にある「心臓の病変には、いろいろなケースがあるので、ここでは臨床上の分類は割愛させていただきます。」との表現は技法の叙述でないことは明らかであり、これに対応する本件著作物五17頁にある「CARDIAC LESIONS ARE MULTIPLE, AND NO EFFORT WILL BE MADE HERE TO
CLINICALLY CLASSIFY THEM.」との表現と一致するものであり、本件著作物を翻訳したものにほかならないことになる。被控訴人が指摘する本件書籍一の58頁の表現とこれに対応する本件著作物二の154頁の表現及び本件書籍三の52頁の表現とこれに対応する本件著作物五の28頁の表現とを対比すると、これらの本件書籍における表現が控訴人Aの創作によるものであるとは到底いうことができない。