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著作権判例セレクション

【職務上作成する著作物の著作者】ゲームソフトの「基本シナリオ」の著作者が争点となった事例/ゲームソフトの開発販売につき、「契約締結上の過失の法理」を認めなかった事例

▶平成141218日東京地方裁判所[平成13()21182]▶平成150710日東京高等裁判所[平成15()546]
()本件は、原告が、被告らに対し,選択的に,①被告製品を製作,販売する被告らの行為は,原告が著作権を有する別紙記載の「基本シナリオ」(「本件基本シナリオ」)を翻案する行為であり,原告の著作権を侵害すると主張して,被告製品の製作,頒布の差止めと損害賠償の支払を求め、②被告製品を製作する被告T及び被告Gの行為は,原告に対する業務委託契約違反を構成すると主張し,また,被告製品を販売する被告Sの行為は,原告に対する不法行為を構成すると主張して,損害賠償の支払を求めた事案である。
(前提となる事実)
〇 原告は,ゲームソフトの企画,製作などを目的とする株式会社である。被告Tは,もとフリーのソフト製作ディレクターであった。被告Tは,平成12年5月17日から同13年8月20日ころまでの間は,原告と業務委託契約を締結していたが,平成12年12月ころ被告Gに雇用された。被告Gは,コンピュータゲームのソフトウェアとハードウェアの企画,製作及び販売等を目的とする有限会社である。被告Sは,出版物の保管,管理などを目的とする株式会社であり,本件製品を販売した。
〇 被告製品は,本件基本シナリオに依拠して作成された完成シナリオに基づき,登場するキャラクターや場面の映像,会話,音楽等を一体として,全寮制の男子校に女子生徒が転校してきたことから引き起こされる高校生の男女の友情や恋愛をめぐるシミュレーション・ゲームである。
〇 原告,被告G,被告Tらは,平成12年10月ころ,高校生等を主人公にした友情,恋愛シミュレーションゲームの製作,販売等について企画した(その企画の主体,発案者や基本シナリオの作成過程は争いがある。)。同作品は,その後,製作の過程で題名を「グリーン・グリーン」とすることとされた。平成13年2月末日ころまでに,別紙記載のとおりの本件基本シナリオが作成された。本件基本シナリオは,「グリーン・グリーン」の作品の特徴,ストーリー展開,主要登場人物の設定,サブキャラクターの設定などが,各項目に分けて,文章で概括的に記載されている。

1 争点1(本件基本シナリオは著作物といえるか)について
本件基本シナリオは別紙記載のとおりである。本件基本シナリオには,①「グリーン・グリーン」のシミュレーションゲームとしての作品の特徴,②男女間の恋愛や友情をテーマにしたストーリー展開,③主要登場人物の性格や身体的な特徴等の設定,④その他の登場人物の設定,などが文章により記述されている。上記記述によれば,本件基本シナリオは,作者の個性が発揮されたものであって,思想又は感情を創作的に表現したものといえるから著作物性を有する。
2 争点2(原告が本件基本シナリオを著作したか)について
本件基本シナリオは,原告の発意に基づいて,原告の業務に従事する者により職務上作成された著作物であるか否かについて検討する。
(1) 事実認定
()
(2) 著作者に関する判断
() 以上認定した事実を総合すれば,本件基本シナリオの著作者は,原告ではなく,被告Gであると解するのが相当である。理由は以下のとおりである。
すなわち,本件基本シナリオは,被告Gが企画,開発し,商品として市場に供給するためのゲームソフト「グリーン・グリーン」の製作の一段階で作成されたものである。そして,その費用の一切は,被告Gが支出している。被告Gと原告との間の契約は成立せず,原告からは,開発費用等の支払は一切されていなかった。
また,本件基本シナリオを作成したのは,専ら,被告Gの役員,従業員及び被告Gが業務委託契約を締結したフリーのシナリオライター等である。すなわち,プロデューサー業務や広報活動等を担当した被告T,開発資金調達の交渉等を担当したN,開発計画の立案を担当したR,登場キャラクターの絵柄の作成を担当したMはいずれも被告Gの役員ないし従業員であり,脚本の作成を担当したPらは,被告Gから委託を受けた者であり,その費用も同被告が支出した。他方,Aその他原告の従業員らが,本件基本シナリオの創作に関与したことはない。
そうすると,本件基本シナリオは,被告Gの発意に基づき,同被告の従業員らが共同して職務上作成したものであり,また,同被告名で公表することが予定された著作物であるから,法15条1項により,同被告が著作したものであると解すべきである。
() これに対して,原告は,被告Tは,業務委託契約に基づく原告の契約社員として業務を行ったのであるから,原告が本件基本シナリオを著作したと解すべきであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。すなわち,①「グリーン・グリーン」の製作,販売については,被告Gを開発先,原告を販売元とする旨が合意されており,これを前提に被告Tとの業務委託契約が行われていたとこと,②業務委託契約によれば,被告Tの業務内容は,原告が「グリーン・グリーン」の販売元になることを想定して,その販売促進のための活動及び広報活動等であり,実際にも,広報活動を中心に業務を実施していたこと,③原告の代表者も,被告Tが被告Gの従業員として「グリーン・グリーン」に関する活動を行っていることを十分知っていたこと,④そもそも,本件基本シナリオの作成は,被告Tが原告と業務委託契約を締結した平成13年1月29日には,その大部分が完了していたこと等の事実に照らすならば,被告Tが,原告との間で,業務委託契約を締結したからといって,本件基本シナリオの著作者が被告Gであるとの前記認定を左右することにはならない。
3 争点3(被告らの行為は債務不履行行為ないし不法行為を構成するか)について
(1) 被告Tの債務不履行
ア 事実認定
()
イ 判断
上記認定した事実を基礎として,以下のとおり判断する。
() 前記のとおり,原告の代表者も,被告Tが被告Gの従業員として「グリーン・グリーン」に関する活動を行っていることを十分知っていたと認められる。したがって,被告Tが,原告に秘匿して,被告Gの従業員となったことが被告Tの債務不履行を構成するとの原告の主張は前提を欠き失当である。
() 本件業務委託契約が締結された後である平成13年2月中旬以降3月15日までの間,被告Tが,本件業務委託契約に基づく業務を遂行しなかったことを認めることはできない。また,被告Gと原告との契約交渉が決裂した同年3月15日以降は,被告Tが原告のために「グリーン・グリーン」に関する広報活動等の業務を行うことは,原告及び被告Tの双方にとって無意味となった。被告Tは,本件業務委託契約の解消の意思を原告代表者のAに伝えるとともに,原告から正式な契約の解除の意思が表明された後,すみやかに受領した報酬の全額を返還している。
したがって,被告Tには,業務を誠実に遂行する義務に反する行為はなく,また,業務成果を原告に納品する義務に反する行為もない。
() また,本件全証拠によるも,被告Tが業務上の情報を,本件業務委託契約の趣旨に反して,被告G,被告Sらに開示したことを伺わせる事実は認められない。
(2) 被告Gの債務不履行
原告は,被告Gとの間で,平成13年1月初旬以降,業務委託契約関係が存在するに至ったと主張する。しかし,上記認定のとおり,平成13年1月初旬ころ,原告と被告Gは,正式な開発委託契約を締結すべく交渉を継続していたのであり,被告Gは,原告に対し,何らの契約上の義務を負っていない。この点に関する原告の主張は失当である。
また,原告は,被告Gとの間で締結した本件覚書は,原告及び被告G双方に正式契約の書面を速やかに作成することを双方に義務付けるものであると主張する。しかし,原告と被告Gとの間で締結された本件覚書は,前記認定のとおり,原告と被告Gとの間で,被告Gが正式契約の前に先行的に開発を行い,その後速やかに両者間で正式な契約を締結するが,一定の事由がある場合に被告Gは本件覚書を解除して,原告に対して,既に被告Gが支出した開発費用を請求できることなどを内容とするものであり,先行的に開発を進めることとなる被告Gが,将来原告から開発費用の支払を受けられることを目的として締結したものであって,被告Gに,原告との間で正式契約を締結する義務を負わせることを内容とするものと認めることはできない。したがって,原告の主張には理由がない。
(3) 被告Sの行為について
上記(1)(2)の認定によれば,被告Gと被告Sが開発委託契約を締結した平成13年3月15日,被告T,被告Gはいずれも原告に対して,「グリーン・グリーン」に関して何らの契約上の義務を負っていないのであるから,原告の債権侵害を理由とする不法行為の主張については理由がない。
第4 結論
よって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。

[控訴審同旨]
1 本件基本シナリオの著作者について
(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件基本シナリオの製作過程、被控訴人Gと控訴人との関係、被控訴人Aと控訴人との関係について、原判決に認定したとおりの事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。
本件において前提となる事実と上記認定事実を総合すると、本件基本シナリオは、被控訴人Gの発意に基づき、同被控訴人の従業員らが共同して職務上作成したものであり、また、同被控訴人名で公表することが予定されたものであるから、著作権法15条1項により、同被控訴人が著作者であるというべきである。その理由は、原判決に記載のとおりであるから、これを引用する。
なお、当審における控訴人の主張(控訴理由)にかんがみ、以下のとおり判断の理由を補足する。
(2) 原審の認定判断のうち、①「グリーン・グリーン」の製作スタッフは、被控訴人Gが組織したもので、そのメンバーは、被控訴人Gの役員、従業員ら及び同被控訴人が業務委託契約を締結したフリーのシナリオライター等であったこと、②上記製作スタッフは、平成12年11月ころから「グリーン・グリーン」の脚本の製作を開始し、平成14年2月末日の時点では、本件基本シナリオの段階まで作成していたが、本件基本シナリオの製作に当たり、控訴人が上記製作スタッフに対して指示を与える等の行為をすることはなかったこと、③控訴人代表者その他の控訴人の従業員ら(ただし、被控訴人Aの関与の内容及び控訴人との関係については、争いがある。)は、本件基本シナリオの創作に関与していないこと、以上の点は、控訴人が当審において争わないところである。
これらの控訴人に争いのない事実関係に照らすと、本件基本シナリオは、被控訴人Gの業務に従事する者がその職務上作成したものというべきである。被控訴人Aについても、次の(3)のとおり、控訴人の業務に従事する者としての立場で本件基本シナリオの作成に関与したとは認められないから、被控訴人Aの関与に基づき、本件基本シナリオについて控訴人が著作者(被控訴人Gとの共同著作者)となるということはできない。
(3) 控訴人は、控訴人が著作権法15条1項による本件基本シナリオの著作者であるとする理由として、控訴人と被控訴人Aとの関係を主張する。その主張は、原審における主張と合わせると、要するに、被控訴人Aと控訴人との間には業務委託契約に基づく実質的な雇用関係が存在しており、本件業務委託契約もこれを前提として締結されたものであって、同被控訴人は、控訴人の契約社員として、又は本件業務委託契約に基づいて、本件基本シナリオの作成に関与したのであるから、同被控訴人の関与に基づき控訴人について著作権法15条1項に基づくいわゆる職務著作が成立するというものである。しかし、控訴人の上記主張は、前記引用に係る原判決の認定判断と関係証拠によれば、採用することができない。
ア 被控訴人Aと控訴人との間には本件業務委託契約の締結前に業務委託契約が締結されていたことがあったが、同契約による被控訴人の業務内容は、控訴人の前作であるゲームソフト「カナリア」の営業・外注管理に関するものにすぎなかったと認められ、「グリーン・グリーン」に関する業務については、本件業務委託契約が締結されるまで、控訴人と被控訴人Aとの間で上記以外の契約関係はなかった。
イ 本件業務委託契約は、平成13年1月29日に締結されたが、これに先立ち、「グリーン・グリーン」の製作、販売については、被控訴人Gを開発元、控訴人を販売元とする旨が了解された。本件業務委託契約は、これを前提として締結されもので、控訴人が「グリーン・グリーン」の販売元となるとの想定に基づき、同契約における被控訴人Aの業務は、「グリーン・グリーン」のプロデュース、広報営業活動全般、開発請負先の管理・折衝とされていた。なお、本件業務委託契約には、「プロデュース」が被控訴人Aの業務内容として記載されているが、ゲームソフトの「プロデュース」とは、製作進行、販売契約、予算管理等を含むゲーム制作全般を統括することを意味することが多く、実際にも、被控訴人Aが行っていたのは、「グリーン・グリーン」の広報活動等が中心であった。さらに、平成13年1月14日に被控訴人Gが控訴人に対して渡した企画提案書及び平成13年1月19日時点で被控訴人Gの製作スタッフにより具体化されていたキャラクター設定によれば、本件基本シナリオの作成は、同被控訴人と控訴人との間に本件業務委託契約が締結された時期には、その大部分が完了していたと認めることができる。
ウ 以上の事実によって考えると、被控訴人Aが、控訴人との契約上の地位に基づき控訴人の従業員に準ずる者として本件基本シナリオの作成に関わる創作活動に関与したと認定することはできないものというべきである。
(4) 控訴人は、また、本件基本シナリオの作成については控訴人を注文主、被控訴人Gを請負人とする実質的な請負契約関係が成立しており、本件基本シナリオは、控訴人の「特注」により作成されたものであるから、著作者は控訴人であると主張する。しかしながら、控訴人と被控訴人との間に成立していたのが実質的な請負契約関係であり、本件基本シナリオは「特注品」であるとの控訴人の主張は、これを認めるに足りる証拠がないのみならず、仮に控訴人の主張が証拠上認められたとしても、控訴人の主張する点は、本件基本シナリオの著作者は控訴人Gであるとの前記認定を左右するものではない。すなわち、請負契約に基づき外部の独立した請負人によって著作物が作成された場合、その著作者は、特別の事情がない限り、請負人であると解されるのであり、このことは請負人が法人である場合にも妥当するものであるところ、本件において請負人ではなく注文主を著作者とすべき特別の事情は証拠上見いだすことができない。特に、本件においては、本件基本シナリオの作成に関わったのは、もっぱら被控訴人Gが組織した製作スタッフであり、本件基本シナリオの作成に当たって控訴人が製作スタッフに対し指示を与える等の行為をすることもなかったのであるから、控訴人が本件基本シナリオについて著作権法15条1項の規定による著作者となる余地はないというべきである。
2 被控訴人らの債務不履行等の主張について
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、原判決に摘示のとおりの事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。上記認定事実と、本件において前提となる事実及び本件基本シナリオの製作過程、被控訴人G控訴人の関係、被控訴人Aと控訴人との関係について前記1(1)で認定した事実とに基づき、当裁判所も、被控訴人Aの債務不履行、被控訴人Gの債務不履行及び被控訴人Sの不法行為についての控訴人の主張は、いずれも理由がないと判断するものである。その理由は、原判決のとおりであるから、これを引用する。
当審における控訴人の主張は、基本的に原審での主張を繰り返すものにすぎないが、念のため本件覚書に関して補足すると、本件覚書は、その作成に至るまでに控訴人代表者と被控訴人Gの代表者との間に交わされたEメール及び本件覚書の記載内容を総合するならば、被控訴人Gが自己負担で支出した開発資金を原告から確実に受け取れるようにする目的で作成されたものとみられるのであって、被控訴人Gに、控訴人との間で「グリーン・グリーン」の開発について正式契約を締結する義務を負わせることを内容とするものとは認められない。
3 契約締結上の過失責任等について
(1) 控訴人は、本件の事実関係の下では、被控訴人Gについて、契約締結上の過失の法理に基づく損害賠償責任(その他の被控訴人については加担者としての責任)が認められるべきであると主張する。しかし、控訴人の主張は、以下のとおり理由がない。
既に認定判示したところによれば、控訴人と被控訴人Gとは、企画中の「グリーン・グリーン」について、被控訴人ガンホーが開発業務を、控訴人が販売業務を担当することを前提に、平成12年12月ころから契約を締結すべく交渉を行っており、平成13年1月5日には、両者の間で「グリーン」の開発に関して、被控訴人Gが正式契約の締結に先立ち「グリーン・グリーン」の開発を開始すること、両者に正式契約を締結する意思のあることを確認すること等を内容とする本件覚書が取り交わされ、その後、両者の間で正式契約の締結に向けて交渉が続けられたが、支払その他の条件につき、結局合意を得るには至らず、被控訴人Gは、「グリーン・グリーン」の販売元を被控訴人Sとすることとし、平成13年3月15日付けで被控訴人Sとの間で商品開発契約を締結したのである。
控訴人は、被控訴人Gが被控訴人Sと契約を締結し、控訴人との契約交渉を打ち切った行為は、信義に反し、契約締結への控訴人の正当な期待を裏切ったものであると主張するが、契約条件等が折り合わないために契約を締結することが困難と予測される場合に、交渉の打ち切りによって交渉関係から離脱することは、一般に契約自由(契約を締結しない自由)の範囲内のこととして許されるのであって、特別の事情がない限り、交渉を打ち切った側に責任が生ずることはないというべきである。
とりわけ、本件においては、被控訴人ガンホーは、自ら開発資金を先行支出して「グリーン・グリーン」の開発を進めており、契約交渉の難航に伴う開発資金の資金繰り等の負担を負う立場にあったのであるから、本件覚書の締結から2か月余を経過しても契約条件について合意が得られないという状況の下で、同被控訴人が契約交渉を打ち切ったことを、不合理ないし信義に反すると評価することはできない。また、本件覚書は、前記認定のとおり、被控訴人Gが支出した開発資金を、販売元になる予定であった控訴人から確実に受け取れるようにする目的で作成されたものとみられるのであり、契約が確実に締結されるであろうとの信頼を控訴人に対して与える性格のものとは解されない。控訴人が契約締結についての期待を抱いたとしても、その期待は、本来、被控訴人Gとの間で同被控訴人に支払うべき開発費の金額や支払時期について合意が得られ、契約締結に至った場合に初めて満足される筋合いのものである上、本件では、リスクを負って正式契約前に開発業務を進めていたのは被控訴人Gであって、控訴人が契約交渉が継続していたことに起因してその地位を格別不利益に変更したというような事情も認められないから、控訴人の期待は、それ自体として法的保護に値するものではないというべきである。