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著作権判例セレクション
【同一性保持権】パロディの侵害性(モンタージュ写真は同一性保持権を侵害するか)
▶昭和58年02月23日東京高等裁判所[昭和55(ネ)911]
一 本件写真について
被控訴人が写真家として、昭和41年4月27日、オーストリア国チロル州サン・クリストフのアルプス山系において、スキーヤーらが雪山の斜面を波状のシユプールを描きつつ滑降している場景を撮影して本件写真を製作し、これについて著作権(著作財産権及び著作者人格権)を取得したことは、当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない(証拠等)によると、本件写真の製作について次のような経緯が認められる。すなわち、被控訴人は、日頃から写真を通して改めて認識される地球の美しさを訴え、これを観る者に対してこの地球に住むことを自覚させることにより人間の良識と人間性の回復に貢献したいものと考えて写真の撮影活動を続けており、本件写真を製作するにあたつても、こうした見地から、美しい自然と人間の調和あるかかわり合いを表現すべく長い間構想を練り、約二か月前から現地に赴いて撮影の場所や方法等を選定したうえ、モデルのスキーヤーらに対して現場における滑降法を指示し、前日と当日のいずれも午前六時から八時までの間撮影を試みた結果、本件写真の撮影に成功したものである。このようにして製作された本件写真には、アルプスの冬山の景観とこれを背景として雪の斜面をスキーヤーらが波状のシユプールを描いて滑降する様子が格段に美しくリズミカルに表現されているものとみるべきである。このように認めることができる。
そして、被控訴人がその後昭和42年1月1日付実業之日本社発行の写真集「SKI’67第四集」に本件写真を掲載して発表したこと及び本件写真が被控訴人の許諾のもとにA・I・U社のカレンダーに掲載されたことは当事者間に争いがなく、なお、前掲(証拠等)によると、右写真集に掲載の本件写真は、縦約30センチメートル、横約36センチメートルの大きさで、その右側には被控訴人の本件写真についての紹介が6行にわたつて記載され、その末尾に「写真/B」と記載されていること、また、右カレンダーに掲載の本件写真は、縦横とも約37センチメートルの大きさで、右写真集のものと比べると、左側の約9分の2相当の部分がカツトされており、著作者の表示はなく、写真の右下に「Sankt Ohristof-AUSTRIA」と撮影地名が記載されていることが認められる。
二 本件モンタージユ写真について
控訴人がAのペンネームを用いるグラフイツク・デザイナーであること及び控訴人が被控訴人主張のとおり本件写真を利用して本件モンタージユ写真を製作し、これを昭和45年ころ発行した自作写真集「SOS」及び講談社発行の「週刊現代」同年6月4日号のグラフ特集「Aの奇妙な世界」に掲載して発表したことは当事者間に争いがなく、前掲(証拠等)によると、控訴人が本件モンタージユ写真を製作するにあたり利用した本件写真は、A・I・U社のカレンダーに掲載されたものであつたこと、右「SOS」に掲載の本件モンタージユ写真は、縦約30センチメートル、横約20センチメートルの大きさで、これに利用された本件写真は、右カレンダーに掲載の本件写真の左側約3分の1の山岳風景部分をカツトしたものであり、右「週刊現代」に掲載の本件モンタージユ写真は、縦約22センチメートル、横約18センチメートルの大きさで、これに利用された本件写真は、右カレンダーに掲載の本件写真の左側約6分の1の山岳風景部分をカツトしたものであること、本件モンタージユ写真中の自動車タイヤの映像は、ブリジストンタイヤ株式会社の広告に使われたスノータイヤの写真を利用して製作されたものであること、本件モンタージユ写真においては、本件写真中の利用部分がカラーから白黒に変じた点を除いて原状をそのままにとどめている反面、スキーヤーらのシユプールが右タイヤの痕跡に似た印象を与えるとともに、巨大な自動車タイヤが右シユプールに沿つて転がり始めようとし、スキーヤーらがこれから逃れようとしている非現実的な世界を表現したものと見られなくもないこと、また、本件写真の利用部分につきその著作者としての被控訴人の氏名を表示していないことを認めることができる。
一方、控訴人が本件モンタージユ写真を製作するにあたり、右のとおり本件写真を利用することについて、被控訴人から同意を得たことに解しては、控訴人の主張立証しないところである。
三 本件著作権の侵害について
1 前記一、二の事実を総合し、本件写真及び本件モンタージユ写真を対照して検討すると、本件モンタージユ写真は、カラーの本件写真の一部を切除し、これに本件写真にないスノータイヤの写真を合成し、これを白黒の写真とした点において、本件写真に改変を加えて利用作成したものということができる。
そして、利用された本件写真部分は、外見的には本件写真そのものと同一ではなくなつたが、本件写真の本質的特徴をなすとみるべき、雪の斜面をシユプールを描いて滑降して来た6名のスキーヤーの部分及び山岳風景の部分中、前者はその全部、後者はなおその特徴をとどめるに足る部分からなるものであるから、本件写真における表現形式上の本質的な特徴は、利用された本件写真部分自体において感得することができるものである。また、本件モンタージユ写真は、これを一見しただけで、右の本件写真部分にスノータイヤの写真を付加することによつて作成されたものであることを看取しうるものであるから、それが前認定のような非現実的な世界を表現し、本件写真とは別個の思想感情を表現するものと見ることができるとしても、なお本件モンタージユ写真から本件写真の本質的特徴を直接感得しうるというに妨げないものである。
してみると、控訴人のした本件写真部分の複製利用は、被控訴人が本件写真の著作者として有する本件写真についての同一性保持権を侵害する改変であるといわなければならず、また、その著作者としての被控訴人の氏名を表示しなかつた点において、氏名表示権を侵害したものといわなければならない。
2 右著作権侵害について、控訴人は、それが違法性を欠き、社会的に許容されるべきものである旨種々主張するので、以下順次検討する。
(一) 被控訴人の包括的許諾の主張について
(略)
(二) 本件写真利用の目的態様の相当性の主張について
(1) 控訴人は、本件モンタージユ写真がA・I・U社のカレンダーに掲載の本件写真と自動車のタイヤの写真とを組合わせて製作したいわゆるモンタージユ写真で、これにより、本件写真の著作意図とその美術的評価を風刺的に批判し、かつ、自動車公害の現況を風刺したいわゆるパロデイーであつて、このような目的態様に照らし、本件写真の改変利用は社会的にやむをえないものとして許される旨主張する。
成立に争いのない(証拠等)によると、すでに公表された著名な著作物をもじり、その内容とは異なる内容のものとしてこれを茶化あるいは風刺する著作物としてパロデイーと称される作品の分野が社会的に存在することが認められ、また、前掲(証拠等)によると、全く異質の写真の映像を組合わせて新たな写真を製作することにより、原写真に託された製作意図とは異なるものを表現する方法として、社会的にフオト・モンタージユと称される写真製作の技法が存在すること、本件モンタージユ写真がこの技法によつて製作されたものであつて、控訴人の意図は、本件写真の表現する美観そのものを風刺するとともに自動車公害に悩む現代社会を風刺するパロデイーとするつもりであつたことが認められる。
しかし、著作物について著作者人格権が認められるゆえんは、著作物が思想感情の創作的表白であつて、著作者の知的、かつ、精神的活動の所産として著作者の人格の化体ともいうべき性格を帯有するものであることを尊重し、これを保護しようとすることにあるものであるから、他人の著作物を利用してパロデイーを製作しようとする場合、その表現形式上必然的に原著作物の要部を取込み利用するとともに、その内外両面にわたる表現形式に何らかの改変を加える必要があることは承認せざるをえないところであるが、これを無制限に許容することは、明文の根拠なしに原著作物の著作者人格権を否定する結果を招来し、とうてい容認しがたいところであつて、パロデイーなる文芸作品分野の存在意義を肯認するとしても、原著作物の著作者人格権ことに同一性保持権との関連において、これを保護する法の趣旨を減損しない程度においてなすべき旨の法律上の限界があるものといわざるをえない。こうした見地からみると、控訴人の主観的意図はともかく、本件モンタージユ写真が客観的にその主張のようなパロデイーとして評価されうるとしても、前認定のような態様で本件写真の主要部分を取込み利用してこれに改変を加えた本件モンタージユ写真は、右の限界を超えた違法のものと評さざるをえない。
したがつて、本件モンタージユ写真の製作公表は、これについて被控訴人の同意があれば格別、そうでない限り、被控訴人に認められる本件写真についての著作者人格権を侵害するものとのそしりを免れない。
(2) この点について、さらに控訴人は、本件モンタージユ写真における本件写真の複製利用行為は旧著作権法30条1項第2に規定する「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」にあたり、偽作として著作権侵害の責を問われるべきものではない旨主張する。
しかし、右引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められることを要するものと解すべきであり、さらに、旧著作権法18条3項の規定によれば、引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用が許されないことは明らかなところであつて、前認定のような態様で本件写真の主要部分を取込み利用した本件モンタージユ写真にあつては、利用された本件写真部分が従たるものとして引用されているということのできないことはいうまでもなく、また被控訴人の本件写真について有する著作者人格権を侵害するものであることも前記のとおりである。
したがつて、旧著作権法30条1項第2の規定を根拠に本件著作権侵害を否定する控訴人の前記主張も採用しえない。
<参照(本件の最高裁裁判例) ▶昭和61年5月30日最高裁判所第二小法廷[昭和58(オ)516]>