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【コンテンツ契約紛争事例】 商品化権許諾契約につき、その契約締結の成否、契約締結上の過失又は信義則上の付随義務違反等が争点となった事例
▶平成17年12月8日大阪地方裁判所[平成15(ワ)10873]
(注) 原告Sは,被告との間で,被告の製作管理するキャラクター(NOVAうさぎ)を同原告が使用してTシャツ等のいわゆるキャラクター商品を製造販売することを許諾する(なお,原告Oンは,原告Sから同キャラクターの再使用許諾を受けて上記商品の製造販売を行うことが予定されていた。)旨の商品化権許諾契約の締結交渉を行い,主要部分については口頭による合意が成立していたものの契約書に調印するに至っていなかったところ,被告から同契約交渉を破棄する旨通告され,結局,上記契約に基づくキャラクター商品の製造販売を行うことができなかった。
上記概要の事案において,原告らは,被告に対し,上記商品化権許諾契約が成立したことを前提に,原告サクラは同契約の債務不履行による3年分の逸失利益に相当する損害(向こう3年間にわたり原告Oから支払を受ける再使用許諾料相当額から被告に支払うべき使用許諾料相当額を控除した額)の,原告Oは不法行為に基づき,向こう3年間にわたり上記キャラクター商品の製造販売により得べかりし利益相当額の損害の賠償を求めた。そして,仮に同契約が成立していなかったとしても,原告Sは契約締結上の過失ないし契約交渉当事者間の信義則上の付随義務違反さらに予備的に不法行為に基づき,原告Oは不法行為に基づき,被告に対し同額の損害賠償を求めた。
1 認定事実
前記前提事実,証拠(各項末尾に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(略)
2 争点(1)(被告と原告Sとの間で本件許諾契約が締結されたか否か。)について
(1) 前記認定事実によれば,原告Sと被告は,電子メール等のやりとりにより,平成15年5月中旬には,被告が,原告Sに対して本件キャラクターの商品化を許諾すること,指定商品はTシャツ等のアパレル関連の商品とすること(ただし,原告Sは独占的な商品化権被許諾権者ではない。),サブライセンシーは原告Oのみとすること,年間最低保証使用料は500万円で,ロイヤリティーは上代の5%とすること,契約期間は3年とすることといった,商品化権許諾契約の主要な点について口頭で実質的に合意され,それ以降,約3か月弱の間,その実質的合意に沿う形で,現実に本件キャラクター商品が販売され,年間最低保証使用料が授受され,さらに実際販売量に応じたロイヤリティーも授受されたことが認められる。これらの原告S及び被告の行動には,前記のような実質的合意に沿った本件許諾契約が正式にも成立していたのではないかと思わせる側面があることは否定できない。
(2) しかし,その一方で,契約書の条項の内容については,商品化の前後を通じて交渉が重ねられ,同年6月17日に,被告が法務部の最終確認を終えたという甲1契約書案を原告サクラに送付し,同月21日に再度微修正を加えた乙2の4契約書案を送付したが,同年7月10日に,原告Sから数か所に修正を加えた甲2契約書案が提示され,その後は調印の日程も定まらないまま,結局契約書へは調印されず,被告の通告により取引が終了したことが認められる。
確かに一般に契約が成立するためには,法律上一定の要式性の履践が契約の効力発生要件とされている場合を除き,契約書の作成等の形式的行為がなければならないというわけではなく,口頭による合意であっても成立し得るものであるし,さらには黙示の意思表示の合致によっても契約の成立が認められる場合もある。また,原告Sと被告のような企業間の取引であるからといって,契約を締結する際に必ず契約書が作成されるとは限らないものではある。しかし,本件での本件許諾契約締結に向けた当事者の行動を見ると,被告は,原告Sと被告との間で契約内容の協議が始まった当初から,原告Sが電子メールによって概略的に契約内容の提案をしたのに対し,被告は契約書案(乙2の1契約書案)を送付する形で返答をしており,その後も協議の進展を踏まえて契約書案(甲1契約書案とそれを微修正した乙2の4契約書案)を送付しているのであって,甲1契約書案については被告の法務部が関与して最終確認も行っているのであるから,被告としては,契約を正式に締結するに当たっては,社内各部署でチェックを受けた上で契約条項を細部まで確定し,それを契約書として完成して調印すべきものという意思を有していたことは明らかである。そしてまた,原告Sも,被告から提示された契約書案に対して,修正案(乙2の2契約書案,甲2契約書案)を提出する形で契約条項の詰めに向けた協議を行っているのであって,やはり契約書の作成・調印を前提とし,それに向けた行動をとっていたということができる。
そして,本件においては,被告が原告Sに最初に送付した乙2の1契約書案にも,第3条(1)に「この契約は,両当事者が署名した日に効力を発し,かつ,この契約の第14条によって解除されない限り,1年間効力を有する。」と明記され,効力の始期に関する条項の内容は,原告Sが修正を加えた乙2の3契約書案及び甲2契約書案においても乙2の1契約書案のままとされていたのであるから,被告のみならず原告Sも,それら契約書案のやりとりによって締結に向けた協議を進めている契約は,署名(調印)した日に正式に締結したことになり,成立するものとされていることを認識していたはずである。
このように,当事者が,契約書を作成し調印することによって契約を締結することを予定している場合においては,調印に至る過程での当事者間の口頭あるいは文書によるやりとりは,いかに主要部分について実質的に合意がなされ,一部それに則った行動がとられていようと,未だ契約交渉の一環にとどまるのであって,契約の正式な締結には至っていない,と解するのが相当である。
(3) この点について原告Sは,同原告が平成15年7月10日に被告に提示した甲2契約書案による修正は些細なもので,被告も口頭で了解していたものであるし,修正内容に異議があるのなら被告は修正部分を除いて契約を成立させることもできたし,原告Sは修正部分に問題があれば原案(乙2の4契約書案)のままで構わないとも述べていたから,原被告間では乙2の4契約書案の内容で契約が成立したと主張する。
しかし,前記(2)で述べた原告S及び被告の契約書作成に向けた態度からすれば,契約書の作成・調印に至らなかった以上,理由のいかんを問わず,契約はいまだ締結されたものといえず,成立していないというほかはない。
また,原告Sが提示した甲2契約書案による乙2の4契約書案からの修正点を見ると,まずロイヤリティーレイトの改訂に関する条項(第4条(1))は,「ロイヤリティーレイトは,累計売上が一定額(累計売上上代5億円を目安とする)に達した場合,双方の合意のもと改変されるものとする。」というものであるが,この条項が挿入された場合には,一定の累計売上額に達した場合には,少なくとも原告Sの要請に応じて被告がロイヤリティーレイトの改訂について協議する義務を発生させるとともに,ロイヤリティーレイトを引き下げる圧力となる条項であり,平成17年6月中のTシャツ等の売上げだけで既に上代2億7275万円余りに達していたこと(ただし,原告Sの報告数量として。)からすると,同条項の追加が些細なものであったということはできない。また,第三者による著作権侵害に関するすべての情報を被許諾者に開示しなければならない(第13条(1))という義務も,許諾者がかかる義務を負う根拠が不明確であり,義務及び義務違反の結果も曖昧であるため,許諾者が当然にかような義務を負担することを承諾できるものではなく,やはり同条項の追加が些細なものであったということはできない。そしてこのように,原告Sが乙2の4契約書案を承諾するとの意思表示もせず,逆に軽視できない変更を含む甲2契約書案を被告に交付しているという事実は,何よりも原告S自身が,契約条項がまだ確定的なものでないとの認識を有していたことを物語るものであり,このことからすると,原告Sと被告との間では,契約の締結に至っていないことはもとより,契約条項の最終確定にすら至っていなかったというべきである。
(4) そして,以上の検討からすると,原告Sと被告において,契約書が作成・調印されていないにもかかわらず,実質的合意の後に本件キャラクター商品を実際に販売し,年間最低保証使用料や実際販売量に応じたロイヤリティーを授受するという行動をとったことについては,次のように考えられる。
交渉開始当初,被告が原告らを商品化権許諾契約におけるライセンシーとして,高品質の商品を製造販売している企業として信用していたことは,前記認定のとおりであり,将来的には,原告Sと正式に商品化権許諾契約を締結する強い意思があったことは,被告も認めるところである。このことは,最初に契約書案を送付して間もない平成15年5月14日に,被告が本件キャラクターの画像データを送信していることからも優に認められるところである。これらに加え,同月16日には前記のような実質的合意に至っていることからすると,この時点では,被告にとって,原告Sとの間で実質的合意に沿った包括的商品化権許諾契約を締結することは既定路線であったといえる。そうしてみると,契約書を作成・調印するに至っていないにもかかわらず,被告が画像データの送信などをしたのは,夏物商品である半袖Tシャツ等の製造に着手するには5月では時期的に逼迫していたこと(Bは,平成15年4月29日付けの電子メールに「今が夏物販売の最終段階である」と記述している。)から,できるだけ早期にデザインの承認を得て商機を逃さないようにするために(実際に,原告Sは,同年5月17,18日頃には,同月14日にAが送信した画像データに基づいて,デザインの承認申請をしている。),正式な契約の締結を見越して,販売準備活動を先行させておくとの配慮に基づくものであったものと考えるのが合理的である。そして,平成15年5月中旬以降,順次,被告がデザインの承認を行い,同年6月以降,カジュアル衣料専門店を中心に本件キャラクターを使用した商品が現に販売されるに至っていたという経緯についても,同様に考えられる。
また,年間最低保証使用料を授受したとの点について見ると,当時,平成15年6月16日付けの業界新聞に,小売価格2900円のTシャツについては既に受注が10万枚に達している,と報道されていて,年間最低保証使用料が請求される前に,少なくとも2億9000万円の上代による売上げが得られることはほぼ確実であったのであり,被告に支払う使用料も1450万円となるとの予想が可能であったという状況にあったことからすると,被告が,正式な契約の締結を見越して,それ以前であっても既に原告らが商品化を行っている以上は何らかの使用料請求が可能なはずであるので,数量報告前に請求が可能な年間最低保証使用料を前倒しで請求しておく,という程度の認識であったと認めるのが相当である。また,原告Sの認識としても,被告に対して525万円の年間最低保証使用料(税込み。以下同じ。)を支払ったとしても,その後の使用料の支払から525万円を控除すれば足り,Tシャツ以外の商品の販売も考慮すれば,過払いのリスクは全くなかったのであるから,特に「年間最低保証」としての契約上の拘束力に基づいて前記525万円を支払ったとまでは見ることはできない。
さらに,その後に平成15年6月分と7月分の実際の販売量に基づく使用料の授受がなされたのも,上記と同様の認識に基づくものであったということができる。
以上よりすれば,平成15年5月16日の実質的合意以後の当事者の行動は,契約の正式締結を見越して,商機を逃さないために前倒しで商品販売を行い,使用料の支払を行ったものといえ,これを法的に見れば,将来,3年間の継続的商品化権許諾契約が成立することを前提として,個別的単発的な商品化権許諾契約が個々の取引ごとに成立していたと認めるのが相当である。
(5) 争点(2)は,本件許諾契約が締結されたことを前提として,被告のした同契約解除の意思表示の効力を問題にするものであるから,同争点に対する判断は要しないことになる。
3 争点(3)(仮に本件許諾契約が未だ締結されるに至っていなかったとした場合,原告Sとの関係で被告が契約締結上の過失又は信義則上の付随義務違反に基づく損害賠償義務を負うか否か。また,仮に同義務を負わないとしても,被告による本件許諾契約の契約締結拒絶が原告Sに対する不法行為を構成するか否か。)について
(1) 前示のとおり,原告らの主張する本件許諾契約は,結局締結されるに至らないまま,被告がその締結を拒絶したものであるところ,同行為が,原告Sとの関係で契約締結上の過失ないし信義則上の付随義務違反に基づく責任を被告に生じさせるか否かが問題となる。前示のとおり,原告Sと被告間には,本件許諾契約の主要な点について口頭による実質的合意が成立していたものである。しかも,それ以降の約3か月弱の間,その実質的合意に沿う形で,現実に本件キャラクター商品が販売され,年間最低保証使用料が授受され,さらに実際販売量に応じたロイヤリティーも授受されたことが認められるのであり,これらの事実によれば,原告サクラにおいて,本件許諾契約が確実に成立することを信頼し,期待していたことは想像するに難くない。
(2) しかし,仮に被告が本件許諾契約の締結を拒絶したことをとらえ,このことが原告Sに対する契約締結上の過失ないし信義則上の付随義務違反に基づく,又は不法行為に基づく何らかの責任を被告に生じさせるとしても,このことにより被告が負う損害賠償義務の範囲は,被告による本件許諾契約の締結拒絶行為と相当因果関係のある損害,すなわち,原則として,原告サクラが本件許諾契約が締結されるであろうと信頼し,期待したことに起因する損害に限定されるというべきである。しかし,本件において原告Sは,上記意味での損害を主張立証せず,本件許諾契約の債務不履行に基づく損害と同様,向こう3年間にわたる得べかりし利益(営業利益ないし再許諾料相当額)相当の損害を求めているところ,債務不履行による損害賠償請求は,いうまでもなく本件許諾契約の成立を前提とするものであって,その場合,被告は同契約の効力発生後3年間にわたり本件キャラクターの使用を許諾すべき契約上の義務を負うのであるから,その不履行に対し,3年分の逸失利益相当の損害賠償を求め得ることは当然であるが,本件許諾契約がいまだ締結されないまま終わった本件においては,被告に上記契約上の使用許諾義務は発生しておらず,かつ,当然には向こう3年間にわたる営業利益等を期待し得る法的地位を取得するものではないというべきである。
(3) もっとも,契約交渉当事者の一方による契約締結拒絶が実質的に債務不履行と同視し得る場合,すなわち,契約締結拒絶当時,当該契約が実質的に締結されたと同視でき,他方当事者が契約成立を前提とした履行を期待し得る法律上正当な利益を有すると認められる場合には,契約成立を前提とした履行利益の賠償を認め得る場合があることは否定できないと解される。本件においては,前示のとおり,上記のような口頭による実質的合意が成立していた上,それ以降の約3か月弱の間,その実質的合意に沿う形で,現実に本件キャラクター商品が販売され,年間最低保証使用料が授受され,さらに実際販売量に応じたロイヤリティーも授受されていたものである。しかし,前示認定説示のとおり,本件許諾契約については,原告Sと被告との間で契約書案が相互に交わされ,被告が原告Sに最初に送付した乙2の1契約書案にも,第3条(1)に「この契約は,両当事者が署名した日に効力を発し,かつ,この契約の第14条によって解除されない限り,1年間効力を有する。」と明記され,効力の始期に関する条項の内容は,原告Sが修正を加えた乙2の3契約書案及び甲2契約書案においても乙2の1契約書案のままとされていたのであるから,被告のみならず原告Sも,それら契約書案のやりとりによって締結に向けた協議を進めている契約は,署名(調印)した日に正式に締結したことになり,成立するものとされていることを認識していたはずである。そうすると,最終的な契約条項が確定しておらず,調印の日程も決まっていなかった本件において,原告Sは,いまだ本件許諾契約が実質的に締結されたと同視でき,契約締結を前提とした履行を期待し得る法律上正当な利益を有するに至ったと認めることはできない(実質的合意成立後に,これに沿う形で現実に本件キャラクター商品が販売され,年間最低保証使用料が授受されていた事実等が上記認定を左右しないことは前示のとおりである。)。
(4) したがって,仮に,被告が原告Sに対し,契約締結上の過失ないし信義則上の付随義務違反に基づく,又は不法行為に基づく何らかの責任を負うとしても,原告Sの主張する向こう3年間の得べかりし利益相当の損害賠償を求める原告Sの請求は理由がない。
4 争点(4)(被告による本件許諾契約の解除あるいは契約締結拒絶が原告Oに対する不法行為を構成するか否か。)について
原告Oは,被告による本件許諾契約の解除又は締結拒絶が,同原告に対する不法行為であると主張して,原告Oと同様,もっぱら向こう3年間の逸失利益に相当する損害賠償を求めている。
しかしながら,仮に,被告による本件許諾契約の解除(締結拒絶)が,原告Oに対する不法行為を構成するとしても,前記1の認定のとおり,原告Oンは,あくまでも原告Sが被告との間で商品化権許諾契約を締結し,商品化を許諾された場合に,再許諾される立場にある者にすぎず,原告Sが本件許諾契約が締結されたことを前提に向こう3年間の営業上の利益を期待し得る地位にあったとはいえないことにかんがみれば,原告Oについても,同様に,向こう3年間の営業上の利益を期待し得る地位にあったと認めることはできない。
したがって,原告Oの主張する損害は,同原告の主張する被告の不法行為と相当因果関係のある損害とはいえない。よって,不法行為の成否について判断するまでもなく,同原告の上記請求は理由がない。
第5 結論
以上によれば,原告らの請求は,いずれも,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,これを棄却することとして,
主文のとおり判決する。