Kaneda Legal Service {top}
著作権判例セレクション
【同一性保持権】 写真のトリミングにつき、意に反する改変(法20条1項)とは認められないとした事例
▶令和5年10月12日東京地方裁判所[令和4(ワ)6207]▶令和6年6月12日知的財産高等裁判所[令和5(ネ)10105]
(注) 本件は、原告が、被告に対し、原告の許諾した期間を超えて原告が著作権を有する本件各写真を掲載した本件冊子を頒布して利用した被告の行為が、本件各写真に係る原告の著作権(複製権)を侵害すると主張して、不法行為(民法 709 条)に基づく 損害賠償金等の支払,被告が、原告の意に反して本件写真③及び⑤をトリミングして本件販促用写真を作成・利用した行為が、本件各写真に係る原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害すると主張して、不法行為に基づく損害賠償金等の支払などを求めた事案である。
(前提事実)
〇 本件各写真のうち、本件写真①及び②は本件冊子のために原告が撮り下ろしたものであり、本件写真③~⑤は原告が撮影して本件写真集に収録された作品である。これらはいずれも写真の著作物(著作権法10条1項8号)であり、原告は、その著作権及び著作者人格権を有する。
〇 被告は、平成17年2月1日~平成18年1月下旬の間、鹿児島県及び宮崎県において、本件たばこを販売した。その際、被告は、本件事業として、広告代理店に本件冊子及び本件販促用写真の作成を委託し、同広告代理店は、それらのデザイン等をNDCに委託した。これにより、本件冊子及び本件販促用写真が作成された。
〇 本件販促用写真は、本件写真③及び⑤を利用し、それぞれが設置される位置及び形状等に合わせ、被写体のうち人物を中心として、少なくともその左右をトリミングしたものである。
〇 原告は、NDCに対し、本件事業において本件各写真を利用することを許諾した(ただし、後記のとおり、許諾の内容及び期間については当事者間に争いがある。)。
〇 原告は、令和4年3月14日、本件訴訟を提起した。
〇 被告は、原告の本件冊子に係る著作権(複製権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権については令和4年8月2日付け答弁書において、本件販促用写真に係る著作者人格権(同一性保持権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権については令和3年1月28日付け回答書において、それぞれ消滅時効を援用した。
1 本件冊子に係る複製権侵害の有無(争点 1)について
(1)
前提事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(略)
(2)
上記各認定事実によれば、本件冊子は、本件たばこの販売が開始された平成17年2月1日に頒布が開始され、同年3月頃までこれが継続されたことがうかがわれる。しかし、同年4月以降もその頒布が継続されたことをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。かえって、同年4月以降は、同年3月までに獲得された顧客のリピート・定着の促進を図るべき期間と位置付けられていることに鑑みると、本件冊子が新たに頒布されることはなかったことがうかがわれる。
このほかに、平成17年5月~同年12月の期間に被告が本件冊子を頒布したことを裏付ける的確な証拠はない。そうである以上、この点に関する原告の主張は採用できない。
したがって、原告は、被告に対し、平成17年5月~同年12月の期間における本件冊子の頒布による原告の本件各写真に係る著作権(複製権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しない。
2 消滅時効の成否(争点 5)について
(1)
前提事実のほか、掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(略)
(2)
原告が広告代理店から本件デザイン案の交付を受けたことなどに鑑みると、利用する写真を本件デザイン案のものから本件写真③及び⑤に入れ替えた本件ハンドブック(ないしその「VM・店頭イメージ」及び「VM カラムまわりイメージ」を内容とし、その構成は本件デザイン案と同様のもの)についても、平成17年2月20頃、原告が広告代理店から交付を受けたことが十分合理的に推認される。
そうすると、仮に、被告による本件販促用写真の利用につき、原告が被告に対して本件写真③及び⑤に係る著作者人格権(同一性保持権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとしても、平成17年2 月頃には、原告は損害の発生及び加害者を知ったといえることから、その時点から3年後である平成20年2月頃には同請求権に係る消滅時効期間が経過したことが認められる。
また、被告は、令和3年1月28日付け回答書において、上記請求権につき、消滅時効を援用し、その頃、同回答書は原告に到達した。
したがって、仮に原告が被告に対し上記請求権を有するとしても、同請求権は既に時効により消滅している。そうである以上、原告は、被告に対し、上記請求権を有しない。
(3)
これに対し、原告は、令和2年9月頃にBから写真を見せられたことにより本件販促用写真に係る同一性保持権侵害の事実を初めて知った旨を主張し、これを裏付ける証拠として同人の陳述書を提出する。しかし、これを裏付けるに足りる客観的な証拠はない。その点を措くとしても、平成17年2月頃に撮影した写真につき、その約15年後である令和2年9月頃に原告との会話を契機に記憶を喚起したなどといった当該陳述書の内容については、にわかには信用し難い。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
3 小括
以上のとおり、原告は、被告に対し、本件冊子に係る著作権(複製権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権及び本件販促用写真に係る著作者人格権(同一性保持権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権のいずれも有しない。
第 5 結論
よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却する。
[控訴審]
当裁判所は、以下に述べるとおり、①著作権(複製権)侵害に関しては、控訴人主張の許諾期間を超えた本件冊子の頒布の事実が認められない(この点は原審と同旨)上、当該許諾期間の合意自体も認められない、②著作者人格権(同一性保持権)侵害に関しては、原審の理由と異なり、そもそも意に反した本件各写真の改変が行われた事実が認められないとの理由により、控訴人の請求は全部棄却すべきものと判断する。
1 認定事実
(略)
2 本件冊子に係る複製権侵害の有無(争点1、3)について
(1)
上記1のとおり、本件冊子が頒布されたのは、被控訴人作成の本件ハンドブックに「店頭・VM展開」期間とされている平成17年2月~3月の間であったと認められ、控訴人の主張する許諾期間(同年2月1日~4月30日)を超えて本件冊子が頒布されたと認めるに足りる証拠はない。
以上の詳細は、原判決のとおりである。
(2)
控訴人は、本件冊子は本件たばこのネーミングが広く記憶され本件たばこが広く消費されるためのものである以上、本件たばこが販売されている間は本件冊子が頒布されていた旨主張するが、仮にそうだとしても、控訴人が本件各写真の使用許諾をした目的が本件販促活動における使用であったことは明らかであり、本件販促活動の期間と切り離して許諾期間が定められていたと認めるに足りる証拠はない。なお、控訴人とBらとの間の許諾交渉過程で、Bらから「本件販促活動期間は平成17年2月1日~4月30日の予定」という程度の話があったことは推認されるが、そうだとしても、「本件販促活動の継続の有無にかかわらず、同年4月30日をもって許諾期間が満了する」という趣旨を含む許諾期間の合意が成立していたとまで認めることはできない。
(3)
以上のとおり、上記(1)、(2)のいずれの観点からしても、本件冊子に係る著作権(複製権)の侵害をいう控訴人の主張は理由がない。
3 本件販促用写真に係る同一性保持権侵害の有無(争点2、3)について
(1)
控訴人は、本件販促用写真は、控訴人の意に反して本件写真③、⑤を無残にトリミングしたものであり、控訴人がこれを許諾したことはない旨主張する。
しかし、上記1で認定したとおり、NDCのBは、本件販促活動に関わっていた当時、本件販促活動に写真作品が使用されることを前提に控訴人がその使用を許諾している以上、ツールの規格等に合わせて所要のトリミング等を行うことは当然に予定されていたという認識を有しており、現に、そのような前提の本件デザイン案が控訴人に示されている。その後のBらと控訴人との調整過程を客観的に明らかにする証拠はないものの、最終的に、件外写真①、②を本件販促用写真(本件写真③、⑤をトリミングしたもの)に差し替える変更が行われたにとどまり、本件トリミング手法自体が変更されることはなかった。控訴人の当審における陳述書においても、本件デザイン案が変更された理由として、件外写真①は出陣を翌日に控えた特攻隊員を表現した写真作品であったという理由が強調されている一方、トリミングの当否を巡る具体的なやり取りは明らかにされていない。なお、件外写真②の変更理由は必ずしも明らかでないが、「たばこ」も「さくら」も登場し25 ない点で、本件販促活動に使用する必然性はそもそも乏しかったと考えられる。
以上のような事情に照らすと、件外写真①、②については、NDC側が、控訴人の意見も踏まえつつ、本件たばこのイメージにそぐわないと判断して対象写真を差し替えたという経緯がうかがわれる一方、本件トリミング手法(たばこパッケージとほぼ同じ大きさになるよう人物部分だけを切り出すような大幅なトリミングを施す手法)の採用自体が問題とされた形跡はなく、こうした状況を総合すると、控訴人において、本件トリミング手法を使った写真の利用につき明示又は黙示の許諾を与えていたものと合理的に推認される。
(2)
控訴人は、陳述書中で、本件写真集収録の写真は広告用のものではなく、芸術家として作り上げた芸術作品であって、写真芸術としての価値を損なうような改変を同意するはずがないと強調している。
本件各写真(特に本件写真③、⑤)が芸術作品と呼ぶにふさわしいものであることは、当裁判所も全面的に認めるものであり、その価値が損なわれるのは許せないとする控訴人の心情は理解できる。
しかし、当然ながら、被控訴人は、控訴人の芸術作品を紹介したくて本件各写真の利用を申し出たのではなく、主役である本件たばこを引き立てる道具として本件各写真を利用しようとし、NDCを通じてその対価の支払を提案しているのである。そして、自動販売機で最も目に付きやすいガラス面アイキャッチャー(販売商品の見本〔たばこパッケージ〕が並んでいる部分)にたばこパッケージと同じ大きさになるようにトリミングした写真を使用するという本件各写真の利用方法は、本件販促活動の重要な柱となっていたのであるから、仮に、控訴人がこのようなトリミングを許諾しないという意思を明確にしていたとすれば、控訴人の写真作品を本件販促活動に利用するという構想自体が白紙となり、800万円の許諾料の支払合意も合意解除されることが当然予想されるところ、現実には、本件トリミング手法を使った写真の利用がされ、控訴人は許諾料800万円を受領しているのである。
さらに、控訴人がAから本件販促用写真が使用されている自動販売機の写真の提供を受けて、自身の写真作品について意に反した改変があったと考えるに至ったのは令和2年秋頃であるところ、その時点までに、控訴人とBらが本件販促活動の内容の打合せを行っていた平成16年~17年から15年以上もの年月が経過している。この間、本件各写真の利用方法を巡る打合せの経過及び内容につき、控訴人の記憶が変容し又はあいまいになっていたとしてもやむを得ないところである。十数年ぶりに本件販促用写真を見て、原作品とのギャップに強い違和感を抱いたという控訴人の心情に偽りはないとしても、これを「意に反した改変」が行われた根拠とすることが適切とはいえない。
(3)
以上に述べたところによれば、原作品である本件写真③、⑤を本件販促用写真に改変したことが控訴人の「意に反して」(著作権法20条1項)行われたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。同一性保持権の侵害をいう控訴人の主張は理由がない。
4 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がないから全部棄却すべきである。これと結論を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。