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著作権判例セレクション
【著作権侵害総論】「自然科学上の学術的見解」は著作権法によって保護されるか/新聞記事で批判の対象とする可能性がある当事者を取材せずに当該記事を掲載した行為が不法行為に当たるかが争点となった事例
▶平成28年4月28日東京地方裁判所[平成27(ワ)18469]▶平成28年11月10日知的財産高等裁判所[平成28(ネ)10050]
(注) 本件は,原告が,新聞社である被告に対し,被告が発行する新聞の記事に原告の執筆したブログの一部を引用したことが原告の複製権(著作権法21条)及び同一性保持権(同法20条)の侵害に当たるとともに,原告を取材せずに記事を掲載した行為が不法行為に当たると主張して,民法709条に基づく損害賠償金等の支払,著作権法115条及び人格権に基づく名誉回復措置として謝罪広告の掲載を求めた事案である。
(前提事実)
〇 原告は,琉球大学名誉教授であり,有用微生物群(EM)の研究者である。原告は,「新・夢に生きる」と題するインターネット上のブログに記事を連載している。同ブログの平成19年10月1日付けの記事中には,「本件原告記載」がある。
〇 被告は,朝日新聞青森版において,平成24年7月3日付けで「EM菌効果『疑問』検証せぬまま授業」と題する記事(「本件記事1」)を,同月11日付けで「科学的効果疑問のEM菌 3町が町民に奨励」と題する記事(「本件記事2」)をそれぞれ掲載した。本件記事1及び2は原告を取材せずに作成されたものであるところ,これらの記事中には別紙の各記載(それぞれを「本件被告記載1」,「本件被告記載2」という。)がある。被告は,記者が自らの行動を判断する際の指針として「朝日新聞記者行動基準」を定めており,これ(本件記事1及び2掲載当時のもの)によれば「記事で批判の対象とする可能性がある当事者に対しては,極力,直接会って取材する」ものとされている。
1 争点(1)(本件被告記載1及び2が原告の複製権又は同一性保持権を侵害するか)について
原告は被告による本件被告記載1及び2が本件原告記載に係る原告の複製権等を侵害すると主張するので,以下検討する。
著作権法において保護の対象となるのは思想又は感情を創作的に表現したものであり(同法2条1項1号参照),思想や感情そのものではない。本件において本件原告記載と本件被告記載1及び2が表現上共通するのは「重力波と想定される」「波動による(もの)」との部分のみであるが,この部分はEMの効果に関する原告の学術的見解を簡潔に示したものであり,原告の思想そのものということができるから,著作権法において保護の対象となる著作物に当たらないと解するのが相当である。
したがって,被告による複製権侵害を認めることはできず,また,これを前提とする同一性保持権侵害の主張も採用することができない。
2 争点(2)(原告を取材せずに本件記事1及び2を掲載した行為が不法行為に当たるか)について
(1)原告は,被告が原告を取材していないにもかかわらずあたかも原告を取材して得たコメントを掲載したと読まれる記事(本件記事1及び2)を掲載した行為が不法行為に当たる旨主張する。
(2)そこで判断するに,本件被告記載1及び2は,「重力波と想定される波動による(もの)」との原告の見解をかぎ括弧内に記載した上,これに続けて,「と主張する」又は「と説明する」と記載したものであるが,かぎ括弧は発言内容を示し,又は他の文献等の記載を引用する場合の表記方法として用いられることからすれば,これに接した一般の新聞読者の普通の注意力に照らすと,本件記事1及び2は被告が原告を取材して得られたコメントを掲載した記事として読まれる可能性があるというべきである。また,本件記事1及び2はEMの科学的効果が疑問と指摘されていることを報道するものであり,EMの効果を説く原告を批判の対象としているとみることができるから,被告の上記行為は被告が作成し,公表している「朝日新聞記者行動基準」が規定する取材方法(「出来事の現場を踏み,当事者に直接会って取材することを基本とする。特に,記事で批判の対象とする可能性がある当事者に対しては,極力,直接会って取材する。」)に抵触しかねない行為であったと考えられる。
しかし,上記基準は記者が自らの行動を判断する際の指針として被告社内で定められたものであり,これに反したとしても直ちに第三者との関係で不法行為としての違法性を帯びるものでない。これに加え,本件記事1及び2における原告のコメント部分(本件被告記載1及び2)は,公にされていた本件原告記事を参考にして執筆されたものであって,その内容はEMの本質的効果に関する原告の見解に反するものではないと認められる。そうすると,本件記事1及び2によって原告の見解が誤って報道されたとは認められず,したがって,これにより原告が実質的な損害を被ったとみることもできない。
以上を総合すると,被告が原告を取材せずに,また,本件原告記事を参考にするに当たり出典を明記せずに本件記事1及び2を掲載した行為は不適切であったということができるとしても,不法行為と評価すべき違法性があったとはいえないと判断するのが相当である。
(3)したがって,被告の上記行為が不法行為に当たる旨をいう原告の上記主張は採用することができない。
3 結論
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
[控訴審]
当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 争点(1)(本件被控訴人記載1及び2が控訴人の複製権又は同一性保持権を侵害するか)について
(1)
著作物性について
ある創作物が著作権法による保護の対象となるためには,それが「著作物」であること,すなわち,「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)であることを要する。
また,複製とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製することをいうところ(著作権法2条1項15号参照),著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,これと同一のものを作成し,又は,具体的表現に修正,増減,変更等を加えても,新たに思想又は感情を創作的に表現することなく,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為をいうと解するのが相当である。さらに,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいい,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
このように,複製又は翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との共通性を有する部分が,著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である。そして,「創作的」に表現されたというためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,作者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきであるが,他方,表現が平凡かつありふれたものである場合には,作者の個性が表現されたものとはいえないから,創作的な表現であるということはできない。
(2)
判断
以上を前提に,本件控訴人記載の著作権侵害の成否を判断するに,本件においては,本件控訴人記載と本件被控訴人記載1及び2とは,表現上「重力波と想定される」,「波動による(もの)」との部分が共通性を有するといえる。そして,上記共通性を有する部分は,EMの効果に関する控訴人の自然科学上の学術的見解を簡潔に示したものであり,控訴人の思想そのものであって,思想又は感情を創作的に表現したものとはいえないから,著作権法において保護の対象となる著作物に当たらないと解するのが相当である。
したがって,本件被控訴人記載1及び2は,著作物の複製に当たらないから,複製権を侵害するものとはならないし,また,被控訴人による複製権侵害を前提とする同一性保持権の侵害も認められず,控訴人の著作者人格権を侵害することにもならない。
控訴人は,「EMの効用は,従来の常識である横波の波動とは異なる別の波動が要因となっている」との思想(学術的見解)を「重力波が縦波であること」との例を用いて,「私はEMの本質的効果は,A先生が確認した重力波と想定される縦波の波動によるものと考えています。」と創作的に表現したものである旨主張する。
しかし,本件被控訴人記載1及び2が複製に該当するためには,本件控訴人記載と本件被控訴人記載1及び2の共通性を有する部分が,著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要であることは前記のとおりであり,そうである以上,両者の共通性を有する部分ではない本件控訴人記載の「縦波の」という部分に創作性があるという控訴人の上記主張はその前提を欠くものであるといわざるを得ない。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
2 争点(2)(控訴人を取材せずに本件記事1及び2を掲載した行為が不法行為に当たるか)について
(1)
認定事実
(略)
(2)
判断
控訴人は,被控訴人が控訴人を取材していないにもかかわらずあたかも控訴人を取材して得たコメントを掲載したと読まれる記事(本件記事1及び2)を新聞に掲載したことにより,自らの意思に反してコメントをねつ造されない人格的利益を侵害され,甚大な迷惑を被った旨主張する。控訴人は,被控訴人が本件記事1及び2を新聞に掲載したことによって,これを読んだ読者からインターネット上において多数の批判等を受けたことについて,自らの意思に反してコメントをねつ造されない人格的利益を侵害するものであり,名誉棄損とは別個の不法行為を構成すると主張するものであると解される。
本件記事1及び2は,EMの科学的効果に疑問があることを紹介し,その効果を検証しないままに,公的機関等がその使用を奨励していることを論評する内容のものであり,その前提として,EMの開発者である控訴人が作成した本件控訴人記載部分等の内容を控訴人の見解として紹介している(本件被控訴人記載1及び2)。
本件被控訴人記載1及び2は,「重力波と想定される波動による(もの)」との控訴人のEMの効果に関する見解をかぎ括弧内に記載した上,これに続けて,「と主張する」又は「と説明する」と記載したものである。かぎ括弧は,一般的に,発言内容を示し,又は他の文献等の記載を引用ないし要約する場合の表記方法として用いられることからすれば,これに接した一般の新聞読者の普通の注意力に照らすと,本件記事1及び2は被控訴人が控訴人を取材して得られたコメントを掲載した記事として読まれる可能性も,控訴人の見解を引用ないし要約した記事として読まれる可能性もあるといえるものである。そして,本件記事1及び2はEMの科学的効果について疑問があると指摘されていることを報道するものであり,EMの効果を説く控訴人もその批判の対象としているとみることができるから,被控訴人の上記行為は被控訴人が作成し,公表している「朝日新聞記者行動基準」が規定する取材方法(「出来事の現場を踏み,当事者に直接会って取材することを基本とする。
特に,記事で批判の対象とする可能性がある当事者に対しては,極力,直接会って取材する。」)に抵触し得る行為であったと解される。また,本件控訴人記載等を引用ないし要約にするに当たり出典等を明記せずに本件記事1及び2を掲載したことについても慎重な配慮を欠いた行為であったといえる。
しかし,本件記事1及び2中の本件被控訴人記載1及び2は,公にされていた本件控訴人記載等を参考にして作成されたものであり,その内容は,EMの本質的効果に関する控訴人の見解に反するものではなく,その見解を一部要約した上でほぼ正確に伝えており,一般読者に誤解を生じさせるものであるとはいえず,控訴人のEMの科学的効果に関する見解が誤って報道されたものとは認められない(前記認定の控訴人自身のブログにおいても「重力波と想定される縦波の波動」と正確に記載しているものは見当たらない。)。
また,本件記事1及び2の掲載行為は,本件記事1及び2の内容等に照らすと,一般読者の主体的判断を妨げるものではなく,意見ないし論評としての域を逸脱するものとは認められない。
他方,控訴人は,琉球大学名誉教授であり,EMの開発者として,EMの効果についてインターネット上のブログ等により公に発信するなど,EMの使用を積極的に推奨する立場にあることや,一部の公的機関においてもEMの使用が奨励され,学校においてもEMを使用した授業が行われていたという当時の状況等も考慮すると,その当否につき様々な批判の対象となることはやむを得ないものといえる。
そうすると,控訴人を取材せずに本件記事1及び2を掲載した行為は,被控訴人が作成し,公表している「朝日新聞記者行動基準」が規定する取材方法に抵触するものとして,被控訴人社内における自律的処理の対象として検討されるのは格別,その態様,記事の内容及び趣旨,控訴人の学者としての社会的地位,本件記事1及び2の掲載により負うこととなった控訴人の負担等を総合考慮すると,本件記事1及び2の掲載行為により控訴人の被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいい難く,これを不法行為法上違法なものであるということはできない。
したがって,被控訴人の上記行為が不法行為に当たる旨をいう控訴人の主張は採用することができない。
(3)
控訴人の主張について
ア 控訴人は,被控訴人の本件記事1及び2の掲載行為は,被控訴人の記者行動基準に違反したものであり,原則として,法的にも違法との評価がされるべきである旨主張する。
しかし,上記基準は記者が自らの行動を判断する際の指針として被控訴人社内で定められたものであるから,これに違反したとしても直ちに第三者との関係で不法行為として違法なものであるということはできない。そして,本件記事1及び2の掲載行為は不法行為法上違法なものであるということはできないのは前記認定のとおりである。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
イ 控訴人は,仮に,控訴人が取材を受けて水質浄化という場面に限定して説明を求められていれば,「重力波」や「波動」を用いた説明ではなく,別の表現で一般読者に分かりやすい説明を加えることができたのであり,被控訴人の取材に応じて控訴人がEMの水質浄化の効果について,「重力波と想定される波動による」とだけコメントしたかのような体裁で掲載され,しかも,本件控訴人記載のうち意図的に「a先生が確認した」という文言と,「縦波の波動」という表現の中から「縦波の」という文言とを削除し,控訴人自身が寄せたコメントであるかのように装って記事として掲載されたことから,控訴人があたかも非科学的なものを科学として扱うオカルト的な人物であるとの印象を強く与えるものとなった旨主張する。
確かに,控訴人の主張するように,本件記事1及び2の記載によれば,控訴人がEMの水質浄化の効果について「重力波と想定される波動による」とのみコメントしたように受け取られる可能性はないわけではない。しかし,本件被控訴人記載1及び2は,本件控訴人記載のうち「a先生が確認した」及び「縦波の」という文言とを削除したものであるとしても,その内容を一部要約した上でほぼ正確に伝えており,控訴人のEMの科学的効果に関する見解を誤って報道したものとは認められないし,本件記事1及び2の掲載行為は,その態様等を総合考慮しても,不法行為法上違法なものであるということはできないのは前記認定のとおりである。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
3 以上のとおり,著作者人格権侵害(著作権法115条)及び違法な人格的利益の侵害が認められない以上,名誉回復措置として謝罪広告の掲載の請求は,その前提を欠くものであるから,認められない。
第4 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも理由がなく,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。