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著作権判例セレクション
【表現形式が異なる著作物間の侵害性】写真素材vs.トレースしたイラスト/訴訟の提起等が不法行為に当たらないとした事例
▶平成30年3月29日 東京地方裁判所[平成29(ワ)672等]
(注) 本件は,原告が,被告において原告の販売する写真素材を原告に無断でイラスト化して自らの作品に使用して販売した行為が,原告の当該写真素材に係る著作権(複製権,翻案権及び譲渡権)を侵害すると主張して,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金62万3000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める(本訴)のに対し,被告が,本件本訴の提起を含む原告による過大な損害賠償請求等が不法行為に当たると主張して,原告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金等の支払を求めた(反訴)事案である。
(前提事実)
〇 原告は,「Makunouchi 043 Christmas Couple」という題名の写真素材集CD(「本件写真素材集CD」)を,訴外会社等のウェブサイトにおいて,定価4万1040円(税込み)で販売している。本件写真素材集CDには合計75点の写真素材が収録されており,その一つに「コーヒーを飲む男性」という題名の写真素材(「本件写真素材」)が収録されている。
〇 被告は,同人誌イベントに出品する小説同人誌の裏表紙を作成した際,インターネットで「コーヒーを飲む男性」の画像を検索して出てきた本件写真素材のサンプル画像を参照してイラスト(「本件イラスト」)を描き,当該小説同人誌の裏表紙に掲載し,同人誌イベントに当該小説同人誌を出品して,50冊を販売した。
1 争点(1)(本件写真素材は著作物に当たるか)について
(1)
写真は,被写体の選択・組合せ・配置,構図・カメラアングルの設定,シャッターチャンスの捕捉,被写体と光線との関係(順光,逆光,斜光等),陰影の付け方,色彩の配合,部分の強調・省略,背景等の諸要素を総合してなる一つの表現であり,そこに撮影者等の個性が何らかの形で表れていれば創作性が認められ,著作物に当たるというべきである。
(2)
これを本件についてみると,本件写真素材は,別紙1のとおりであるところ,右手にコーヒーカップを持ち,やや左にうつむきながらコーヒーカップを口元付近に保持している男性を被写体とし,被写体に左前面上方から光を当てつつ焦点を合わせ,背景の一部に柱や植物を取り入れながら全体として白っぽくぼかすことで,赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調されたカラー写真であり,被写体の配置や構図,被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背景のコントラスト等の総合的な表現において撮影者の個性が表れているものといえる。したがって,本件写真素材は上記の総合的表現を全体としてみれば創作性が認められ,著作物に当たる。
(3)
これに対し,被告は,本件写真素材は,背景,照明・光量,色合いのいずれにおいても多くの類例がみられる平凡かつありふれた表現であり,創作性が存在しないため,著作物とは認められないと主張する。しかし,写真の創作性は,写真を構成する諸要素を総合して判断されるべきものであるところ,背景,照明・光量,色合い等の各要素において,それぞれ似たような例が存在するとしても,そのことは直ちに創作性を否定する理由とはならない。本件写真素材の総合的表現を全体としてみればそこに創作性が認められることは前記(2)のとおりであるから,被告の主張は採用できない。
2 争点(3)(被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか)について
(1)
原告は,被告が本件写真素材を原告に無断でトレースし,小説同人誌の裏表紙のイラストに使用して,当該小説同人誌を販売した行為は,原告の本件写真素材に係る著作権(複製権,翻案権及び譲渡権)を侵害していると主張する。
(2)
複製とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製することをいうところ(著作権法2条1項15号参照),著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,これと同一のものを作成し,又は,具体的表現に修正,増減,変更等を加えても,新たに思想又は感情を創作的に表現することなく,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為をいうものと解すべきである。また,翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいうものと解すべきである(最高裁判所平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
(3)
本件イラストは,別紙2のとおりのものであり,A5版の小説同人誌の裏表紙にある3つのイラストスペースのうちの一つにおいて,ある人物が持つ雑誌の裏表紙として,2.6センチメートル四方のスペースに描かれている白黒のイラストであって,背景は無地の白ないし灰色となっており,薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の顔面中央部を縦断して加入され,また,文字も加入されているものである。
(4)
前記1(2)で説示した本件写真素材の創作性を踏まえれば,本件写真素材の表現上の本質的特徴は,被写体の配置や構図,被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背景のコントラスト等の総合的な表現に認められる。一方,前記前提事実のとおり,本件イラストは本件写真素材に依拠して作成されているものの,本件イラストと本件写真素材を比較対照すると,両者が共通するのは,右手にコーヒーカップを持って口元付近に保持している被写体の男性の,右手及びコーヒーカップを含む頭部から胸部までの輪郭の部分のみであり,他方,本件イラストと本件写真素材の相違点としては,①本件イラストはわずか2.6センチメートル四方のスペースに描かれているにすぎないこともあって,本件写真素材における被写体と光線の関係(被写体に左前面上方から光を当てつつ焦点を合わせるなど)は表現されておらず,かえって,本件写真素材にはない薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の顔面中央部を縦断して加入されている,②本件イラストは白黒のイラストであることから,本件写真素材における色彩の配合は表現されていない,③本件イラストはその背景が無地の25 白ないし灰色となっており,本件写真素材における被写体と背景のコントラスト(背景の一部に柱や植物を取り入れながら全体として白っぽくぼかすことで,赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調されているなど)は表現されていない,④本件イラストは上記のとおり小さなスペースに描かれていることから,頭髪も全体が黒く塗られ,本件写真素材における被写体の頭髪の流れやそこへの光の当たり具合は再現されておらず,また,本件イラストには上記の薄い白い線が人物の顔面中央部を縦断して加入されていることから,鼻が完全に隠れ,口もほとんどが隠れており,本件写真素材における被写体の鼻や口は再現されておらず,さらに,本件イラストでは本件写真素材における被写体のシャツの柄も異なっていること等が認められる。これらの事実を踏まえると,本件イラストは,本件写真素材の総合的表現全体に10 おける表現上の本質的特徴(被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背景のコントラスト等)を備えているとはいえず,本件イラストは,本件写真素材の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえない。
(5)
したがって,本件イラストは,本件写真素材の複製にも翻案にも当たらず,被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したものとは認められない。なお,原告は,譲渡権侵害も主張するが,本件イラストが本件写真素材の複製及び翻案には当たらないため,本件イラストを掲載した小説同人誌を頒布しても譲渡権の侵害とはならない。
3 争点(2)(原告は本件写真素材の著作権者か)について
以上から,その余の争点について判断するまでもなく原告の請求は理由がないが,以下,念のため争点(2)についても判断する。
(1)
各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告は,平成19年5月17日,(住所は省略)在住のカメラマンとの間で,期間を1年とする撮影請負契約を締結した。同請負契約12条には,「乙(判決注:カメラマン)は本契約で撮影した作品の一切の権利を甲(判決注:原告)に譲渡する。」との記載がある。
イ 本件写真素材は,原告の企画のもと,平成19年11月14日,(住所は省略)で撮影された。
ウ 原告は,平成19年頃,写真素材等を自ら又は販売代理店を通して販売等するため,カメラマンやイラストレーター等著作者との間で,当該著作者から提供される著作物の第三者への使用許諾を含む非独占的使用許諾契約を締結することがあり,同契約では著作権は著作者に留保されていた。
(2)
前記1(2)のとおり,本件写真素材は創作性を有しており,著作物に当たるところ,その創作性はカメラマンの撮影によって生じたものであるから,本件写真素材の著作権は,原始的には本件写真素材を撮影したカメラマンに帰属する。
これに対し,原告は,本件写真素材を撮影したカメラマンと締結した請負契約書において,当該カメラマンが当該契約で撮影した作品の一切の権利を原告に譲渡する旨の規定があることにより,原告が当該カメラマンから著作権を含むすべての権利を譲渡されたことが明らかであると主張する。
確かに,前記(1)アのとおり,原告が(住所は省略)在住のカメラマンとの間で締結した請負契約書には同趣旨の規定の存在が認められる。
しかしながら,前記(1)イのとおり,本件写真素材が撮影されたのは平成19年11月14日であるところ,上記カメラマンが同日に本件写真素材の撮影をしたことを示す証拠は何ら存在しない(なお,この点については,被告から何度も立証を求められたものの,原告から証拠が提出されなかったものである。)。一方で,前記(1)ウのとおり,原告は,写真素材の販売にあたっては,カメラマン等の著作者との間で非独占的使用許諾契約を締結することがあり,同契約では著作権は著作者に留保されていたものと認められる。そうすると,本件写真素材についても,著作権はこれを撮影したカメラマンに留保され,原告は非独占的使用許諾のみを受けていた可能性も否定できず,原告が本件写真素材の著作権を有しているものと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
(3)
したがって,原告を本件写真素材の著作権者であると認めることはできず,これに反する原告の主張は採用できない。なお,一般に,非独占的使用権者は,使用許諾を受けた著作物に係る著作権の侵害者に対して,損害賠償を請求することはできないことを念のため付言する。
4 争点(5)(原告の請求が不法行為に当たるか)について
(1)
被告は,前記(被告の主張)の一連の原告の行為及びこれに伴う原告の説明等は,民法90条によって禁止される暴利行為に当たる不当に高額な損害賠償金を,あたかも正当なものであるかのように被告に誤信させる欺罔行為であり,不法行為に当たると主張する。これは,すなわち,本件本訴の提起に至るまでの原告の被告に対する請求や言動,本件本訴提起自体,及び本件本訴での原告の主張立証活動が,被告に対する欺罔行為であり,不法行為に当たると主張するものと解される。
(2)
そこで,検討するに,民事訴訟の提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和63年1月26日判決参照)。
(3)
これを本件についてみると,前記2及び3のとおり,本訴において原告が主張した著作権侵害は,結果として法律的根拠を欠くものではあった。もっとも,その判断は一定の法律的判断を要するものであるし,また,損害賠償請求金額についても,その妥当性はさておき,写真素材の販売代理店等においては不正使用があった場合に正規の使用料の数倍から10倍程度の金額を請求する旨の利用規約を定めていたものと認められるから,原告が代理人弁護士を選任することなく自ら一連の行為を行っていることも踏まえると,原告がその主張する著作権侵害やそれに基づく損害賠償請求金額について,根拠を欠くものであることを知りながら又は容易に知り得たといえるのにあえて訴えを提起したといった事情を認めるに足りる証拠はなく,原告の訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認めることはできない。同様に,原告の本件本訴の提起に至るまでの一連の請求や言動,本件本訴での原告の主張立証活動が,被告に対する欺罔行為であり,不法行為に当たるものと認めることもできない。したがって,被告の主張は採用できない。
5 結論
以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれらをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。