Kaneda Legal Service {top}
著作権判例セレクション
【過失責任】ギャラリー(画廊)経営者の過失責任/自身のウェブサイトに獄中者(受刑者)の氏名を含む投稿を行ったことによるプライバシー侵害についての過失を認定した事例
▶平成29年6月14日知的財産高等裁判所[平成29(ネ)10006]
(注) 本件は,府中刑務所の受刑者であった被控訴人が,控訴人及びその妻である一審被告Aに対し,同人らは,その経営する(本件画廊)において,平成22年9月10日から同月19日までの間,「救援連絡センター」と称する団体(救援センター)と共に「獄中画の世界―25人のアウトサイダーアート展」と題する絵画の展示会(本件展示会)を開催し,①本件展示会において被控訴人制作の絵画「ジョニー・デップ」を被控訴人の許諾なく展示・公表して被控訴人が有する同絵画の展示権及び公表権を侵害した(不法行為①),②これに先立つ同年8月16日,被控訴人制作の絵画「イエス最後の祈り」が無断掲載された本件展示会のパンフレット(本件パンフレット)の画像を被控訴人に無断でウェブサイトに掲載して被控訴人が有する同絵画の公衆送信権(送信可能化権)を侵害した(不法行為②),③(a)本件展示会の来訪者に対して被控訴人の許諾なく写真撮影を許可したことにより,英字新聞ジャパンタイムズの日刊紙及び週刊紙上に絵画「ジョニー・デップ」が写り込んだ写真が掲載され,また,(b)自ら甲37ウェブサイトに本件展示会の宣伝(出品者すなわち獄中者としての被控訴人の氏名の表示を含む。)を投稿し,あるいは,本件展示会の来訪者に対して写真撮影を禁止したり,撮影した写真や被控訴人の氏名を含む本件展示会の内容をウェブサイト上に掲載することを禁止するなどの適切な措置を講じなかったことにより,被控訴人作成の絵画の画像や獄中者としての被控訴人の氏名がウェブサイト上に多数掲載され,(a)(b)により被控訴人が有する絵画の複製権の侵害やプライバシー権の侵害を多数発生させ,あるいは,その侵害を幇助した(不法行為③),④上記①ないし③の権利侵害について被害回復措置を採らなかったことにより被控訴人の損害を拡大させた(不法行為④),⑤被控訴人の絵画(被控訴人の所有する絵画)を紛失して被控訴人の財産権を侵害した(不法行為⑤)などと主張して,不法行為に基づく損害賠償として所定の金員の連帯支払を求めた事案である。
原審は,控訴人につき不法行為②及び同③の一部の成立を認めて,不法行為②につき3000円,同③につき1万円,両不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用として1万円の合計2万3000円の限度で被控訴人の請求を認容したところ,控訴人が敗訴部分を不服として本件控訴をした。
当裁判所も,控訴人は,絵画「イエス最後の祈り」が掲載された本件パンフレットの画像を本件ウェブサイトにアップロードしたことによる送信可能化権侵害(不法行為②)及び本件展示会の宣伝の一環として自ら甲37ウェブサイトに被控訴人の氏名の表示を含む投稿を行ったことによるプライバシー侵害(不法行為③)についての過失責任を免れないものと判断する。
その理由は,下記1のとおり原判決を補正し,下記2のとおり付加判断を示すほかは,原判決のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の補正
(略)
(5)
原判決20頁7行目から21頁14行目までを次のとおり改める。
「(1) ジャパンタイムズの記事(写真)について
前記1で認定した事実によれば,本件展示会の開催を知らせる記事が,共同通信の配信記事として英字新聞ジャパンタイムズの日刊紙及び週刊紙上に写真付きで掲載されたこと,同写真の中に被控訴人の絵画「ジョニー・デップ」が写り込んでいることが認められる。また,同写真は,来訪者と思われる男性が作品を鑑賞している様子を背後から撮影したものであり,記事と写真の内容が概ね一致していることからすると,上記記事の取材の際に撮影されたものと推認できる。しかし,同写真の撮影を控訴人が許可した事実については,控訴人が否定しており,ほかにかかる事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
上記記事の中でギャラリーの経営者としての控訴人のコメントが紹介されていることからすると,控訴人は,共同通信の取材に応じ,本件展示会を開催する意義等について述べたものと認められるが,他方で,控訴人は,本件展示会の主催者ないし共催者ではなく,本件展示会における写真撮影の許可・不許可を決すべき立場になかったことからすると,上記記事から認定できるのは,飽くまで控訴人が,ギャラリーの経営者としての立場から取材に応じたという事実に止まり,それ以上に,控訴人が写真撮影を許可した事実まで,かかる記事の存在から認めることはできないというべきである。
したがって,仮に,上記の写り込みについて被控訴人が有する絵画の複製権侵害が成立する余地があるとしても,写真撮影を許可したとの理由により控訴人がその責任(幇助者としての責任を含む。)を負うことはないというべきである。
(2)
ウェブサイト上における絵画の写真や被控訴人の氏名の表示について前記のとおり,控訴人は本件展示会の主催者ないし共催者ではなかったのであるから,本件展示会の来訪者に対し,写真撮影を禁止したり,撮影した写真や被控訴人の氏名を含む本件展示会の内容をウェブサイト上に掲載することを禁止するなどの具体的措置を講じる義務が控訴人にあったとはいえない。したがって,控訴人にかかる義務があったことを前提とする不法行為の主張(幇助を含む。)は,その余の点について判断するまでもなく,失当というべきである。
他方,控訴人が自ら甲37ウェブサイトに本件展示会の出品者,すなわち獄中者としての被控訴人の氏名の表示を含む本件展示会の宣伝を投稿した点は,被控訴人のプライバシー侵害に当たり,控訴人は少なくともこの点について過失による不法行為責任を免れない。ある者が服役中であるという事実は,その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であり,その者は当該事実を公表されないことにつき,法的保護に値する利益を有するものというべきであるから,受刑者であることを実名をもって表示するに当たっては,あらかじめ本人(被控訴人)の承諾があるか否かを慎重に確認する必要があり,これを怠った以上は過失があったことを否定できないというべきである。」
(略)
2 付加判断
控訴理由に鑑み,必要な限度で判断を加える。
(1)
不法行為②(送信可能化権侵害)について
控訴人は,救援センターを「人権の砦」として信頼しており,かかる救援センターが出品予定者の承諾を得ないまま本件パンフレットに絵画を掲載するなどという違法な事態は全く想定していなかったし,救援センターが被控訴人の承諾を得ないまま本件パンフレットに出品作を掲載し,更には同承諾を得ないまま本件パンフレットの本件ウェブサイトへの掲載等を依頼したとは全く考えてもみなかったのであるから,本件展示会の主催者である救援センターの依頼を受けて会場を無償で提供し,それに付随して本件パンフレットの本件ウェブサイトへの掲載等の依頼を受けたにすぎない控訴人には,改めて出品者である被控訴人に対して承諾の意思を確認する義務はなく,救援センターに対して被控訴人を始めとする出品者の意思を確認する義務もなかったというべきである,などと主張する。
しかしながら,救援センターがいかに公権力の弾圧に対する救援活動を行ってきた実績があり,控訴人にとって信頼に足る団体であったとしても,そのことと,同団体が著作権を始めとする知的財産権関係の法令遵守についても明るいか否かは別問題であって,依頼を受けたとはいえ,最終的に自らの判断で他人の著作物である絵画が掲載された本件パンフレットの画像をウェブサイトにアップロードする以上,控訴人としては,救援センターを通じるなどして著作権者(被控訴人)の許諾が得られているかどうかを自ら確認し,その確認が取れなければアップロード自体を差し控えるなどの適切な対応を採るべきであったことは当然である。したがって,これを怠った以上,控訴人は過失責任を免れない。
よって,不法行為②に関する控訴人の主張は失当である。
(2)
不法行為③(プライバシー侵害)について
控訴人は,本件展示会の主催者が救援センターであって控訴人ではないこと,本件展示会の出品者と救援センターとの関係,控訴人の本件展示会への関与の経緯等からして,(受刑者であるとの情報を実名でインターネット上に公表することにつき)被控訴人本人の承諾の有無に関して救援センター等に確認していなかったとしても,控訴人に過失がないことは明らかである,などと主張する。
しかしながら,前記のとおり,ある者が服役中であるという事実は,その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であり,その者は当該事実を公表されないことにつき,法的保護に値する利益を有するものというべきであるから,自らの判断で受刑者であることを実名をもって表示する(そのような投稿を行う)以上,本人である被控訴人の承諾があるか否かを確認する義務があることは当然である。したがって,これを怠った以上,控訴人は過失責任を免れない(この点に関し,控訴人が主張する上記の事情は,何ら責任の有無を左右するものではない。)。
よって,不法行為③に関する控訴人の主張も失当である。
第4 結論
以上の次第であるから,本件控訴は理由がない。よって,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。