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著作権判例セレクション

【差止請求】未だ制作放送されていない番組につき差止を認めた事例/差止請求を権利濫用とは認めなかった事例(「まねきTV事件」差戻し審)

▶平成240131日知的財産高等裁判所[平成23()10009]
第2 事案の概要
1 はじめに
(1) 本件は,放送事業者であり,別紙放送目録記載の各周波数で地上波テレビジョン放送(以下,別紙放送目録記載の各放送を総称して,「本件放送」ということがある。)を行っている原告らが,「まねきTV」という名称で,被告と契約を締結した者(以下「利用者」という。)がインターネット回線を通じてテレビ番組を視聴することができるようにするサービス(以下「本件サービス」という。)を提供している被告に対し,本件サービスが,本件放送について原告らが放送事業者として有する送信可能化権(著作隣接権。著作権法99条の2)を侵害し,また,別紙放送番組目録記載の各放送番組(以下,これらを総称して,「本件番組」ということがある。)について原告らが著作権者として有する公衆送信権(著作権。著作権法23条1項)を侵害している旨主張して,著作権法112条1項に基づき,本件放送の送信可能化行為及び本件番組の公衆送信行為の差止めを求めるとともに,民法709条,著作権法114条2項(当審において同条3項に基づく請求原因を追加主張)に基づき,著作権及び著作隣接権の侵害による損害賠償金並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年3月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 第1審(東京地方裁判所平成19年(ワ)第5765号)における争点は,①本件訴えは訴権の濫用によるものとして却下されるべきものか(本案前の答弁),②本件サービスにおいて,被告は本件放送の送信可能化行為を行っているか,③本件サービスにおいて,被告は本件番組の公衆送信行為を行っているか,及び,④原告らの損害の有無及び損害額であった。
第1審は,本件訴えが訴権の濫用に当たるとの被告の主張は排斥したが,本件サービスにおける被告の行為は,送信可能化行為に該当しない,公衆送信行為に該当しないとして,原告らの請求をいずれも棄却したところ,これに対して,原告らは控訴した。
(3) 差戻前第2審(知的財産高等裁判所平成20年(ネ)第10059号)は,上記の争点について,本件訴えが訴権の濫用に当たるとは認められない,被告の用いた後記各ベースステーションは,あらかじめ設定された単一の機器宛てに送信するという1対1の送信を行う機能を有するにすぎず,自動公衆送信装置とはいえないから,ベースステーションに本件放送を入力するなどして利用者が視聴し得る状態に置くことは,本件放送の送信可能化には当たらず,送信可能化権の侵害は成立しない,本件番組を利用者の端末機器に送信することは自動公衆送信には当たらず,公衆送信権の侵害は成立しないとして,原告らの控訴を棄却したため,これに対して,原告らは上告受理を申し立てた。
(4) 上告審(最高裁判所平成21年(受)第653号)は,本件サービスにおいては,ベースステーションがインターネットに接続しており,ベースステーションに情報が継続的に入力されている,ベースステーションに本件放送の入力をしている者は被告であり,ベースステーションを用いて行われる送信の主体は被告である,送信の主体である被告からみて,本件サービスの利用者は不特定の者として公衆に当たるから,ベースステーションを用いて行われる送信は自動公衆送信であり,ベースステーションは自動公衆送信装置に当たる,そうすると,インターネットに接続している自動公衆送信装置であるベースステーションに本件放送を入力する行為は,本件放送の送信可能化に当たる,また,テレビアンテナからベースステーションまでの送信の主体は被告であり,ベースステーションから利用者の端末機器までの送信の主体についても被告であるから,テレビアンテナから利用者の端末機器に本件番組を送信することは,本件番組の公衆送信に当たるとして,被告による送信可能化権の侵害又は公衆送信権の侵害を認めなかった上記第2審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があると判示し,上記第2審判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため,事件を知的財産高等裁判所に差し戻す判決をした(以下,この判決を「上告審判決」という場合がある。)。
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第3 当裁判所の判断
当裁判所は,本件放送の送信可能化行為及び本件番組の公衆送信行為の各差止めを求める原告らの請求には理由があり,被告に対し,著作権及び著作隣接権侵害による損害賠償の支払を求める原告らの請求も一部理由があるから,原判決は取り消されるべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 争点(1) (訴えの利益の有無・本案前の主張)について
被告は,本件訴えのうち,本件サービスにおいて,既に番組が終了した別紙放送番組目録記載4,5及び7の番組に関する公衆送信の差止めを求める部分は,訴えの利益がなく,不適法である旨主張する。
しかし,被告の主張は失当である。
本件においては,既に終了した番組であっても,将来,その番組の全部又は一部が再放送ないし部分利用される可能性はあり,その場合,本件サービスを通じて利用者に送信される可能性も認められるから,これらの番組を放送した原告らにおいて,本件サービスの差止めを求める訴えの利益がないとはいえない。
2 争点(2) (被告が送信可能化の主体か否か)について
(1) 上告審判決は,概要,次のように判示する。
公衆の用に供されている電気通信回線に接続することにより,当該装置に入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置は,これがあらかじめ設定された単一の機器宛てに送信する機能しか有しない場合であっても,当該装置を用いて行われる送信が自動公衆送信であるといえるときは,自動公衆送信装置に当たる。また,自動公衆送信の主体は,当該装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者と解するのが相当であり,当該装置が公衆の用に供されている電気通信回線に接続しており,これに継続的に情報が入力されている場合には,当該装置に情報を入力する者が送信の主体であると解するのが相当である。
本件について,各ベースステーションは,インターネットに接続することにより,入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的にデジタルデータ化して送信する機能を有するものであり,本件サービスにおいては,ベースステーションがインターネットに接続しており,ベースステーションに情報が継続的に入力されている。
被告は,ベースステーションを自ら管理するテレビアンテナに接続し,当該テレビアンテナで受信された本件放送がベースステーションに継続的に入力されるように設定した上,ベースステーションをその事務所に設置し,管理しているから,ベースステーションに本件放送の入力をしている者は被告であり,ベースステーションを用いて行われる送信の主体は被告である。そして,何人も,被告との関係等を問題にされることなく,被告と本件サービスを利用する契約を締結することにより同サービスを利用することができ,送信の主体である被告からみて,本件サービスの利用者は不特定の者として公衆に当たるから,ベースステーションを用いて行われる送信は自動公衆送信であり,ベースステーションは自動公衆送信装置に当たる。
したがって,インターネットに接続している自動公衆送信装置であるベースステーションに本件放送を入力する行為は,本件放送の送信可能化に当たる。
(2) 被告は,上告審判決が前提とした事実関係には誤りがあり,正しく認定された事実関係に基づくならば,被告は,送信可能化の主体ではない旨主張するので,本件の事実関係について検討する。
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5 争点(5) (差止請求の可否)について
(1) 上記2のとおり,被告は,利用者に本件サービスを提供することにより,原告らの著作権及び著作隣接権を侵害していることが認められるから,原告らの著作隣接権(送信可能化権)に基づく本件放送の差止請求及び著作権(公衆送信権)に基づく本件番組の公衆送信の差止請求は,いずれも認められるべきである。
(2) これに対し,被告は,本件番組のうち,別紙放送番組目録記載4,5及び7の各番組以外のものは,現存する著作物ではなく,未だ制作されていない各番組について,公衆送信の差止めが認められるべきではない旨主張する。確かに,上記の番組については,未だ制作,放送されていないものをも含むと解されるが,従前から継続的に,原則として毎週,一定の曜日及び時間帯に,同一番組名で,著作物性を有する番組が放送されており,特段,放送を中止しなければならない事情は認められないから,今後も同様の形態,構成で企画・制作され,少なくともある程度の期間は放送が続けられる蓋然性が高く,また,将来,それらの番組が制作された場合に,いずれも著作物性を有するものと推認される。そして,それらの番組が制作,放送された後に差止請求をするのでは,違法状態を排除することができないというべきである。したがって,同目録記載4,5及び7の各番組以外の番組については,将来,制作,放送されるものについても,具体的に著作権侵害のおそれがあると認められる。
また,被告は,同目録記載4,5及び7の各番組は,既に放送が終了しているから,本件サービスによる具体的な権利侵害のおそれがない旨主張する。しかし,これらの番組についても,一部又は全部の再放送ないし部分利用される可能性があり,本件サービスによる著作権の具体的な侵害のおそれがあるといえる。
さらに,被告は,本件番組のみをサービス提供の対象としないような選別を行うことは困難であり,差止めが認められると,結局,全ての電波がベースステーションに流入しないようにすることを強制されるから,原告らの請求の範囲を過度に超えた行為制限となる旨主張する。しかし,そのような事情は,本件差止請求を否定する理由とはならない。
被告の主張は,いずれも,採用の限りでない。
6 争点(6) (差止請求権の行使が権利の濫用に当たるか。)について
被告は,ベースステーションは合法的な機器であり,本件サービスによって原告らには不利益が生じないこと,原告らの権利行使が認められた場合,本件サービスが差し止められ,被告は,経済的に大きな不利益を受けること,本件サービスが差し止められれば,広範囲の社会的不利益が生じることを理由として,原告らの著作権ないし著作隣接権に基づく差止請求権の行使は権利の濫用に当たる旨主張する。
しかし,被告の主張は採用できない。
著作権法112条が,著作権等を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができると規定する趣旨は,著作権等が無体物に関する権利であり,かつ,独占的な権利行使を内容とすることから,著作権等の侵害の救済のためには,損害賠償だけでは不十分であり,侵害行為を直ちに停止させる必要があることに由来する。したがって,著作権,著作隣接権の侵害又は侵害のおそれが認められるならば,著作権者等は,差止請求権を行使できると解することが法の趣旨に沿うというべきである。
被告は,本件サービスの差止めにより,被告と本件サービスの利用者が経済的ないし社会的不利益を被る旨主張する。しかし,本件において,そのような不利益が生じたとしても,それは法が当然に想定している不利益の範囲を超えないものと解されるから,原告らによる差止請求権の行使が権利の濫用に当たるとはいえない。