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著作権判例セレクション
【出版権】出版権侵害における「依拠」を否定した事例
▶平成30年11月15日東京地方裁判所[平成29(ワ)22922]
(注) 本件は,原告が,質問紙法人格検査(ミネソタ多面的人格目録)の日本語翻訳版につき出版権を有し,被告による書籍等(ハンドブック,質問項目記載の冊子,マークカード及び診断用ソフトウェア)の出版及び頒布が同出版権を侵害すると主張して,被告に対し,著作権法112条1項及び2項に基づき,同書籍等の複製及び頒布の差止め,同書籍等及びその印刷用原版の廃棄をそれぞれ求めた事案である。
(前提事実)
〇 ミネソタ多面的人格目録(Minnesota Multiphasic Personality Inventory,以下「MMPI」)は,昭和14〔1939〕年,アメリ25 カ合衆国の心理学者 S.R.Hathaway 及び精神科医 J.C.Mckinley によって考案された質問紙法の人格検査である。MMPIは,人間生活の様々な局面に関連する550項目の英文の質問(重複を含めれば566項目)から構成されていて,その回答を分析することによって,人格の成熟度や社会適応度,精神障害の病名や重症度を判定する目安とすることができる。
〇 原告は,昭和44年3月21日,日本MMPI研究会編「日本版MMPIハンドブック」及び英語から日本語に翻訳されたMMPIの質問が掲載された「日本版MMPI質問票」(以下,これらを併せて「旧三京房版」)を出版した。Aは,日本MMPI研究会の会長であり,上記「日本版MMPI質問票」に,その構成を行った者として記載されていた。旧三京房版は,平成2年ないし平成3年当時,日本国内において,MMPIの事実上の標準として使用されていた。
〇 原告は,平成5年10月1日,MMPI新日本版研究会編「新日本版MMPIマニュアル」及び英語から日本語に翻訳されたMMPIの質問が掲載された「質問票」(以下,これらを併せて「新日本版」)を出版した。
〇 被告は,平成29年4月1日,B及びC(以下「Bら」)共著による,別紙記載の書籍である「MMPI-1/MINI/MINI−124ハンドブック改訂版」,「MMPI−1性格検査,同回答用マークカード」,「MINI性格検査,同回答用マークカード」,「MINI−124性格検査,同回答用マークカード」及びソフトウェア「MMPI−1- 4 -性格検査自動診断システム」(以下,これらを併せて「本件出版物」)を出版した。本件出版物には,いずれも英語から日本語に翻訳されたMMPIの質問が掲載されている(以下,本件出版物中のこれらの質問が記載された部分について,「本件出版物の質問票」ということがある。)。
1 争点⑵(被告による出版権侵害行為の有無)について
事案に鑑み,争点(2)から判断する。
⑴ 出版権者は,設定行為で定めるところにより,頒布の目的をもって,その出版権の目的である著作物を,原作のまま印刷その他の機械的又は科学的方法により文書又は図画として複製する権利を専有し(著作権法80条1項1号),被告が,原告の出版権を侵害したというためには,被告が,頒布の目的をもって,その出版権の目的である著作物を複製したことが必要である。
また,原告が出版権を有する著作物について,被告が本件出版物において複製したというためには,本件出版物が,被告によって,原告が出版権を有する著作物に依拠して作成されたことを要する。
原告は,本件においてAを著作者とする著作物の出版権侵害を主張するところ,本件出版物の質問票における質問の表現と新日本版の質問票における質問の表現とを比較し,その類似性に基づいて上記出版権侵害を主張しており,本件出版物の質問票に記載された質問が,新日本版の質問票に記載された質問に依拠して作成され,本件出版物の質問票が,原告が出版権を有する新日本版の質問票を複製していると主張していると解され,まず,この点について判断する。
⑵ 掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実を認めることができる。
ア Bらは,昭和63年10月10日,日本心理学会第52回大会において,「MMPI自動診断システム(1)翻訳,標準化,および,実施プログラム」と題する発表を行った。
この発表において,Bらは,旧三京房版におけるMMPIの質問の翻訳には多数の誤訳などの問題が存在し,これが日本においてMMPIが活用されていない原因であるから,MMPIの質問の翻訳と標準化をやり直すべきであると考え,Bがまず翻訳の下訳を作成し,それにEとCがそれぞれ手を加えた2種類の訂正原稿を比較しながら,3名で最終原稿をまとめたと発表した(以下,この翻訳を「Bら新訳」という。)。また,Bらは,Bら新訳につき,標準化作業を継続中であると発表した。
(略)
⑶ 以上の事実によれば,Bらは,昭和62年11月7日から昭和63年6月までに間にBら新訳を完成させ,これを前提として,学会での発表を行うと共に標準化作業を進め,平成4年3月25日にBら新訳を掲載した書籍を出版したと認められる。前記前提事実のとおり,新日本版は平成5年10月1日に出版されたものであるから,Bらが,Bら新訳を作成した昭和62年から昭和63年当時,新日本版に接し,これを用いてBら新訳を作成することは不可能であったといえる。
これに対し,原告は,昭和63年には既に新日本版の第一段階の質問票は完成しており,Bらがこれを参照した可能性がある旨主張するが,MMPI新日本版研究会が旧三共房版の改訂作業を引き受けたのは平成2年であり,同研究会が「MMPI原版を最も適切と思われる日本語に移」す作業を行ったこと(前記⑵)からすれば,昭和63年の段階で新日本版の質問票の質問と同内容の翻訳が完成していたと認めることは困難であるし,また同翻訳が公表され,Bら一般の研究者が参照し得たと認めるに足りる証拠もない。
そして,本件出版物の質問票の質問は,Bら新訳の質問92が「看護婦になりたいと思います。」から「看護師になりたいと思います。」へと変更された以外は,Bら新訳の質問と同一であるから(前記⑵),本件出版物の質問票の質問が,新日本版の質問票の質問に依拠して作成されたと認めることはできない。なお,本件出版物の質問票の質問と新日本版の質問票の質問は,その内容においてほぼ重なるが,これらはいずれもMMPIを翻訳したものでその内容が共通することは当然であり,その重なりによって,本件出版物の質問票が新日本版の質問票に依拠して作成されたと認めることはできない。
したがって,本件出版物は新日本版を複製したものであるとは認められず,原告主張の出版権侵害は理由がない。
⑷ 原告は,原告が旧三京房版の出版権を有するとも主張するため,本件出版物の質問票が,旧三京房版の質問票を複製したものであるか否かについても検討する。
本件出版物の質問票の質問は,その内容において,旧三京房版の質問票の質問と重なるものもあるが,これらもいずれもMMPIを翻訳したものであるから,このことをもって直ちに本件出版物の質問票15 が旧三京房版の質問票に依拠してこれを再製したものとはいえない。前記⑵で認定したとおり,Bらは,旧三京房版における質問の翻訳に疑問を持ち,独自にMMPIの英文の翻訳等を行ってBら新訳を完成させたものと認められること,上記各質問票の質問の日本語の表現は同じ英文に対応するものとしてはいずれも相当に違うことなどから,本件出版物の質問票の質問が旧三京房版の質問票の質問を複製したものであると認めることはできず,その他,本件出版物が旧三京房版を複製したことを認めるに足りる証拠はない。したがって,本件出版物が旧三京房版を複製したものであるとは認められない。
(略)
2 結論
よって,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。