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著作権判例セレクション
【損害額の算定例】 法114条3項の適用事例(書籍の共同著作者の1人の他の共有者への侵害があった事例)
▶平成14年12月10日大阪地方裁判所[平成13(ワ)5816]
(注) 本件は、原告が、「21世紀の健康法 気」と題する書籍の著作権者は原告であるにもかかかわず、被告らが、同書籍を複製ないし翻案した別紙記載の通信教育用の教材を原告に無断で制作、販売し、これに基づいて通信教育を実施したとして、①被告S及び被告Bに対し、同通信教育の教材の頒布等の差止め及び廃棄を、②被告らに対し、原告著作権(複製権ないし翻案権)の侵害に基づく損害賠償請求ないし不当利得の返還を、③原告の著作者人格権の侵害に基づく慰謝料を、④被告Bに対し、原告著作権(複製権ないし翻案権)の侵害に基づいて、同被告が同通信教育の教材の制作、通信教育の実施に関して得た利益に相当する額の損害賠償を、⑤被告Sに対し、原告の著作者人格権の侵害に伴う名誉回復措置を、それぞれ請求するとともに、被告Bに対し、不当利得として、その全額を受領した同書籍に係る著作権使用料の2分の1の金員の返還を請求した事案である。
6 争点(5)(故意、過失の有無)について
本件書籍には、著作者として原告及び被告Bの氏名が記載されており、被告K図書は、原告及び被告Bと本件出版契約を締結している。
そして、本件通信教育は、本件書籍をテキストとして使用するものであって、その内容が前記2記載のとおり、本件書籍を複製ないし翻案した本件教材を用いるものである。
そうすると、原告の承諾を得ることなく本件教材を制作・販売し、本件通信教育を実施することが、本件書籍に係る原告の著作権を侵害するものであることについて、被告らは、少なくとも過失があるというべきである。
7 争点(6)(損害ないし不当利得の額)について
(1) 被告らに対する金銭請求(請求第3項)について
ア 本件教材が本件書籍を原告に無断で複製ないし翻案したものであることは上記のとおりである。
また、上記1(2)記載のとおり、本件教材は被告Sが発行し、本件書籍は被告K図書が発行したものであるが、本件通信教育の実施は本件書籍の企画段階から話が進んでいたこと、被告Sと被告K図書は代表者が同一であり、上記代表者の意向により本件書籍の発行と本件通信教育の実施の企画が並行して進められたことからすると、本件書籍の複製ないし翻案行為は、被告S、被告K図書及び本件教材を作成した被告Bの共同不法行為に当たると認めるのが相当である。
イ 損害額について
(ア) 著作権法114条1項[注:現2項。以下同じ]に基づく損害の算定(主位的主張)
原告は、主位的に著作権法114条1項に基づいて損害賠償請求をする。しかし、同項の規定は、侵害行為者の利益額を即著作者の受けた損害と推定するものであって、このことからすると、著作者において侵害者が侵害行為により得ている利益と対比され得るような同種同質の利益を得ている場合において著作者の損害を推定するものと解するのが相当である。
原告は、被告らが本件教材の販売や本件通信教育の実施により得た利益を基にして原告の損害を推定すべきと主張するが、原告は、自ら書籍、通信教育教材の出版や、通信教育の実施をする者ではないから、原告の著作権法114条1項に基づく主張は理由がない。
(イ) 著作権法114条2項[注:現3項。以下同じ]に基づく損害の認定(予備的請求)
a (証拠)及び弁論の全趣旨によれば、被告Sが本件通信教育により1379万9880円の売上げ(キャンセル、返品、中途退学者の清算金を控除した額。消費税を含む。)を上げたことが認められる。
b 本件教材の執筆内容、本件教材の用途、販売形態等からすると、本件書籍の2次的利用に当たる本件教材のライセンス料率は、本件教材の販売額(消費税を含む。)の10%が相当であると認める。
c 本件書籍は原告と被告Bの共同著作物であるところ、原告の著作権持分の割合は2分の1と推定される(民法264条、250条)。
d 本件教材の本件ビデオ、本件カセットにおいては、被告Bが実演・ナレーションを行っており、また、バックにはCが作成した音楽(音楽制作料は50万円)が流れるようになっている。
本件指導手引き書には、本件書籍をほぼそのまま引き写した部分以外に、被告Bが書き加えた部分があり、また、被告Bの実演の写真が掲載されている。
さらに、本件通信教育の受講料(一人当たり一括払いで2万6800円)には、受講者が1か月ごとに行う課題に対して、回答して返送する費用も含まれている。
以上にような事情を考慮すると、本件通信教育の売上げにおける本件書籍の寄与度は70%と認めるのが相当である。
e そうすると、原告が被った損害は、48万2995円(1379万9880円×0.1×0.5×0.7)となる(著作権法114条2項)。
(ウ) 弁護士費用について
本件事案の内容、訴訟の経過、損害認容額のほか、差止請求が認容されていること等を勘案すると、被告らの負担に帰すべき弁護士費用は、30万円が相当である。
ウ なお、原告は、原告の本件書籍に係る著作権を侵害する被告Sの本件教材の作成、頒布行為によって損失を被り、被告総通は利得を得たとして、上記イ記載の損害賠償請求と選択的に不当利得返還請求をする。
しかし、不当利得の関係が成立するとしても、同不当利得の額は、上記イ(イ)記載の48万2995円と同額であるというべきであり、同額を超える原告の損失ないし被告総通の損失があったことを認めるに足りる証拠はない。
エ 著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)の侵害に伴う慰謝料について
被告らは、原告が著作権持分を有する本件書籍を、原告に無断で2次的利用した本件教材を制作し、これをもとに本件通信教育を実施したものであって、しかも、本件教材には原告の氏名を表示しなかったのであるから、同行為は、原告の本件書籍に関する同一性保持権(著作権法20条)、氏名表示権(同法19条)を侵害するものといえる。
原告の本件書籍における関与の程度、本件教材の性質及び内容、著作者人格権侵害の態様等を考慮すると、原告が上記の著作者人格権を侵害されたことによる慰謝料は30万円が相当と認める。
オ 以上によれば、請求第3項は、原告が被告らに対し、金108万2995円(48万2995円(財産的損害)+30万円(弁護士費用)+30万円(慰謝料))及びこれに対する不法行為の後の日である平成13年6月22日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(2) 被告Bに対する金銭請求(請求第4項)について
ア 不当利得(民法704条)に基づく返還請求(被告Bが本件書籍について受領した著作権使用料の半額に相当する額)について
(ア) 被告Bが、平成8年8月1日に被告K図書から本件書籍の著作権使用料として35万1000円を受け取ったことは、原告と被告Bの間で争いがない。本件書籍は、前記のとおり原告と被告Bとの共同著作物であるから、原告は、その2分の1の17万5500円を著作権使用料として受領する権利があり、一方、被告Bは受領した35万1000円のうち17万5500円については権限がないのに受領したものというべきである。
(イ) しかも、本件出版契約の際に著作者として原告及び被告Bが共に署名しており、本件書籍には著作者として原告及び被告Bの氏名が表示されていることに加え、上記1(2)のとおり、本件書籍が、原告の口頭あるいはメモ書きの記載に基づき被告Bが原稿を書く形で作成され、その表現には原告のメモ書きの表現がそのまま用いられている部分も多数あるのであって、被告Bは、こうした事情を知りながら上記著作権使用料全額を自ら受領したものであり、仮に本件書籍が被告Bの単独著作物であると考えていて、著作権使用料の2分の1について原告が受領すべき権限があることを知らなかったとしても、そのことについて重過失があるというべきであるから、民法704条に基づき利得した金額に利息を付して返還する義務を負うと解される。
もっとも、原告は、被告Bから送付された口座番号を教えて欲しい旨記載された平成13年4月15日付け書簡に対し、同月19日付け書簡で著作権使用料を送ってくれるのであれば受け取る趣旨の返答をしたにもかかわらず、被告Bから同月25日に送付された現金書留が不在で郵便局に留め置かれたものを受け取りに行かなかったものである。
被告Bは、上記のとおり原告に対し民法704条に基づく不当利得返還債務を負っていたものであるが、同被告が上記のとおり平成13年4月25日に原告に対して現金書留により送付したことは、同不当利得返還債務の現実の提供(民法493条)に当たるというべきであるから、被告Bは、平成13年4月25日の翌日以降の利息を負担する責任を免れるというべきである(民法492条)。
したがって、被告Bの負担に帰すべき利息は、平成8年8月1日から平成13年4月25日までの間(4年268日)に発生した4万1543円(17万5500円×0.05×(4+268/365))となる。
イ 著作権侵害に基づく損害賠償請求(被告Bが被告総通から本件通信教育の教材の原稿料及び出演料等として受領した108万円に相当する額)について
(ア) 原告は、被告Bが被告Sから本件通信教育の教材の原稿料及び出演料等として受領した108万円は、被告Bが、原告の本件書籍に係る著作権を侵害する行為によって得た利益であるとして、損害賠償を求める。
(イ) しかし、上記のとおり、被告らが原告に無断で本件教材を制作、販売して本件通信教育を実施し、本件書籍に係る原告の著作権を侵害したことについての財産的損害は48万2995円が相当というべきである。
原告が主張するように被告Bが本件通信教育に関して得た利益が原告の損害と推定されること(著作権法114条1項)に基づいて原告の損害を算定するとしても、被告Bが受領した108万円を基礎として、原告の本件書籍の著作権持分が2分の1であること、本件教材における本件書籍の寄与率は70%が相当であること、被告Bは本件教材において用いた音楽制作料としてCに対し50万円を支払っていることを考慮すると、被告Bが本件書籍に係る原告の著作権持分を侵害することによって得た利益は、上記48万2995円を超えることにはならない。
(ウ) そして、財産的損害として認定した48万2995円は、被告B、被告S及び被告K図書が、本件書籍に係る原告の著作権を侵害したことについての財産的損害であって、上記被告Bが得た108万円も、同財産的損害の発生原因と同一の事実を基礎として得た原稿料等であるから、上記48万2995円に加えて、被告Bが得た108万円を基礎にして別個の損害を算定することはできないというべきである。
ウ 以上によれば、請求第4項は、原告が被告Bに対し、民法704条に基づき、金21万7043円(17万5500円+4万1543円)の支払を求める限度で理由がある。
8 争点(7)(名誉回復措置の必要性)について
(1) 原告は、著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)が侵害されたとして、被告Sに対し、本件教材を送付した者に対し、別紙記載の謝罪文を記載した文書の送付を請求する。
もっとも、別紙記載の謝罪文は、「(本件教材が)A様の著作物の複製物であるにもかかわらず、原著作者としてA様の氏名の表示がなされておりませんでした。ここに、訂正させていただきますと共に、ご迷惑をおかけしましたことを、深く陳謝いたします。」という内容のものであって、主として原告の著作者としての氏名表示権を侵害されたことについての名誉回復を図る趣旨の内容となっている。
(2) 本件指導手引き書(2頁)には、テキストとして「21世紀の健康法 気」(本件書籍)を使います。レッスンに入る前に4章以外の章を読んでおいてください。1、2時間もあれば十分読めますから、これで気功の全体像をつかみましょう。本書は4章と対応しながら進めていきますから、4章はその都度お読みいただいた方が良いでしょう。」と記載されており、本件指導手引き書における各エクササイズの記載部分の冒頭に、テキストの該当頁が記載されている。
(3) そうすると、本件通信教育では、受講者が本件書籍を購入し、これを読みながら通信教育を進めていくことを前提としているというべきところ、本件書籍には原告と被告Bが共同著作者として記載されているのであるから、受講者は、本件教材が原告の創作した内容を含むものであることは容易に理解できるものと考えられる。
(4) そして、本件訴訟において原告が被った財産的損害、及び著作者人格権が侵害されたことに伴う慰謝料の請求が認容されていることを考慮すれば、これに加えて、主として氏名表示権の侵害についての名誉回復を図る趣旨の名誉回復措置を認めるまでの必要性は認められないというべきである。