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著作権判例セレクション
【言語著作物の侵害性】一般向け法律実務書の侵害性
▶平成17年05月17日東京地方裁判所[平成15(ワ)12551]▶平成18年3月15日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10095等]
(注) 本件は,原告各文献の著作者であり著作権者である原告が,被告会社に対しては被告各文献を発行したこと,被告a,被告b及び被告dに対しては被告各文献の真の執筆者であること,被告cに対しては被告各文献の監修者であることをそれぞれ理由として,被告各表現がそれぞれ原告各表現と同一か極めて類似しており,原告の著作権(複製権及び翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害すると主張して,著作権法112条1項に基づき,被告各文献の発行,販売及び頒布等の差止め,民法709条に基づき,損害賠償の支払,著作権法115条に基づき,謝罪広告を請求した事案である。
なお、「原告各文献」は、次のとおり:
「原告文献1は,平成14年7月25日に初版が発行され,およそA5版の大きさで,縦書,本文237頁の書籍であり,その題名が示すとおり,債権回収に関する法律問題に関し,法律の専門家ではない一般人向けに,図や表を多用し簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。」
「原告文献2の1は,平成3年11月28日に初版が発行され,およそA5版の大きさで,横書,本文151頁の二色刷の書籍であり,その題名が示すとおり,署名・捺印に関し,法律の専門家ではない一般人向けに,図や表を多用し,二人の人物の会話調の形式で簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。」
「原告文献2の2は,平成7年10月19日に初版が発行され,およそA5版の大きさで,縦書,本文232頁の書籍であり,その題名が示すとおり,印鑑,文書,契約の法律問題に関し,法律の専門家ではない一般人向けに,図や表を多用し簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。」
「原告文献3は,平成14年7月25日に初版が発行され,およそA5版の大きさで,縦書,本文197頁の書籍であり,その題名が示すとおり,手形・小切手に関し,法律の専門家ではない一般人向けに,図や表を多用し簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。」
3 争点(2)イ,ウ(著作物性,複製権及び翻案権侵害の成否)について
(1) 著作物の複製(著作権法21条,2条1項15号)とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決参照)。ここで,再製とは,既存の著作物と同一性のあるものを作成することをいうと解すべきであるが,同一性の程度については,完全に同一である場合のみではなく,多少の修正増減があっても著作物の同一性を損なうことのない,すなわち実質的に同一である場合も含むと解すべきである。
また,著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的な表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。
そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号),既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,複製にも翻案にも当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
このように,複製又は翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が,著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(著作権法2条1項1号)。そして,「創作的」に表現されたというためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,筆者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきであるが,他方,文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合には,筆者の個性が表現されたものとはいえないから,創作的な表現であるということはできない。
(2) 本件における原告各文献及び被告各文献のような一般人向けの法律問題の解説書においては,それを記述するに当たって,関連する法令の内容や法律用語の意味を整理して説明し,法令又は判例・学説によって当然に導かれる一般的な法律解釈や実務の運用等に触れ,当該法律問題に関する見解を記述することが不可避である。
既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が法令や通達,判決や決定等である場合には,これらが著作権の目的となることができないとされている以上(著作権法13条1ないし3号参照),複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。そして,同一性を有する部分が法令の内容や法令又は判例・学説によって当然に導かれる事項である場合にも,表現それ自体でない部分において同一性を有するにすぎず,思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから,複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。
また,手続の流れや法令の内容等を法令の規定に従って図示することはアイデアであり,一定の工夫が必要ではあるが,これを独自の観点から分類し整理要約したなどの個性的表現がされている場合は格別,法令の内容に従って整理したにすぎない図表については,誰が作成しても同じような表現にならざるを得ない。よって,図表において同一性を有する部分が単に法令の内容を整理したにすぎないものである場合にも,思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから,複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。そのように解さなければ,ある者が手続の流れ等を図示した後は,他の者が同じ手続の流れ等を法令の規定に従って図示すること自体を禁じることになりかねないからである。
さらに,同一性を有する部分が,ある法律問題に関する筆者の見解又は一般的な見解である場合は,思想ないしアイデアにおいて同一性を有するにすぎず,思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから,一般の法律書等に記載されていない独自の観点からそれを説明する上で普通に用いられる表現にとらわれずに論じている場合は格別,複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。けだし,ある法律問題についての見解自体は著作権法上保護されるべき表現とはいえず,これと同じ見解を表明することが著作権法上禁止されるいわれはないからである。
そして,ある法律問題について,関連する法令の内容や法律用語の意味を説明し,一般的な法律解釈や実務の運用に触れる際には,確立した法律用語をあらかじめ定義された用法で使用し,法令又は判例・学説によって当然に導かれる一般的な法律解釈を説明しなければならないという表現上の制約がある。そのゆえに,これらの事項について,条文の順序にとらわれず,独自の観点から分類し普通に用いることのない表現を用いて整理要約したなど表現上の格別の工夫がある場合はともかく,法令の内容等を法令の規定の順序に従い,簡潔に要約し,法令の文言又は一般の法律書等に記載されているような,それを説明する上で普通に用いられる法律用語の定義を用いて説明する場合には,誰が作成しても同じような表現にならざるを得ず,このようなものは,結局,筆者の個性が表れているとはいえないから,著作権法によって保護される著作物としての創作性を認めることはできないというべきである。よって,上記のように表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎない場合には,複製にも翻案にも当たらない。
他方,表現上の制約がある中で,一定以上のまとまりを持って,記述の順序を含め具体的表現において同一である場合には,複製権侵害に当たる場合があると解すべきである。すなわち,創作性の幅が小さい場合であっても,他に異なる表現があり得るにもかかわらず,同一性を有する表現が一定以上の分量にわたる場合には,複製権侵害に当たるというべきである。
本件において著作権侵害を判断するに当たっては,これらの観点から検討する必要がある。
(3) 原告は,自ら原告各文献を別紙対照表1ないし3記載の各番号に記載された各部分に分けた上,個々の原告各表現における文章ないし図表が著作物に当たり,被告各表現がそれぞれこれを侵害する旨主張するところ,いかなる単位で著作権侵害を主張するかは原告の処分権の範囲内の事項ということができる。
そこで,以下,前記(2)の観点から,それぞれについての著作権侵害の成否を検討する。その判断は,別紙「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」中,当裁判所の判断欄記載のとおりであり,複製権侵害が認められるのは,被告表現1-14,被告表現2-2-66,被告表現2-2-76であり,それ以外は複製権及び翻案権のいずれも侵害しない。
[控訴審]
3 著作物性,複製権及び翻案権侵害の成否について
(1)
本件において著作権侵害の成否を判断するに当たっての基本的な考え方を示す総論部分に関しては,原判決において説示するとおりであるから,これを引用する。
(2)
被控訴人各表現について著作権侵害が成立するか否かについての判断(原判決中,3(3)については, 被控訴人表現1-14, 2-2-66, 2-2-76に関する部分を除くほか,原判決記載のとおりであるから,これを引用する。
被控訴人表現1-14,2-2-66,2-2-76については,それ以外の部分と同様に,控訴人の複製権及び翻案権を侵害しないものと判断し,原判決の判断を次のとおりに変更する。
ア 被控訴人表現1-14について
控訴人表現1-14と被控訴人表現1-14とは,債権の譲受人が二人以上いる場合の優先権が,より早く債務者に通知したか,第三債務者から承諾を受けた者にあること,通知承諾は確定日付のあるものでなければならないこと,確定日付のある通知が二つ以上あった場合,優先権を持つのは確定日付の年月日が早い方ではなく,確定日付の通知の到達が早い方であること,したがって,確定日付を公証人役場で早くとっても,その通知が債務者に届かなければ優先権はないこと,郵便を出したのが早くても,その到達が遅れれば優先権はないこと,倒産直前で最も適切なのは配達証明付内容証明郵便を速達で送ることであること,確定日付のない通知をした者と確定日付のある通知をした者がいた場合には,それらの通知書が到達した時期を問わず,確定日付のある通知をした者が優先権をもつことをその順序で記載した点において共通する。
上記共通部分は,法令の内容や判例から導かれる当然の事項を普通に用いられる言葉で表現したものにすぎず,創作的な表現であるとはいえない。
確かに,上記共通部分は,約1頁にわたるものであり,また,一般の法律書や解説書に記述されている表現と必ずしも同一ではない表現が用いられている部分も含まれているものの,その表現自体がありふれたものであることは否定できず,控訴人の個性が表現されたものということはできない。
イ 被控訴人表現2-2-66について
控訴人表現2-2-66と被控訴人表現2-2-66とは,文書の作成日が法律上重要な意味を持つこと,自分一人で作成した文書であれば自分の思い通りに,二人以上の当事者がいても当事者間で共謀すれば日付を遡らせたり遅らせたりすることができること,そのため作成日が重要な意味を持つ場合には,公の機関に文書が作成された日を証明してもらう必要があること,それが確定日付であり,公証人役場で入れてもらえること,公証人役場に確定日付を入れてもらいたい文書を持参すると,確定日付のスタンプを押してくれること,これによりその文書の作成日を誰に対しても主張することができ,十分な証拠力をもつこと,確定日付は持参した当日の日付で押されること,前日の日付で押してくれといっても認められないこと,重要な会議の議事録,相手方の承諾書,メモ,供述書などどんな文書にも確定日付を入れることができること,通常は原本にだけ押してもらえること,印紙が必要な文書には印紙を貼っていかなければならないこと,公証人役場が内容について立ち入ることはないこと,確定日付はその日付以前に作成された旨を証明するものであり,確定日付の日に作成されたことを証明するものではないことをその順序で記載した点において共通する。
上記共通部分は,約2頁にわたるものであり,用語等において同一性はあるものの,法令の内容や実務の運用から導かれる当然の事項を普通に用いられる言葉で表現したものにすぎず,創作的な表現であるとはいえない。
ウ 被控訴人表現2-2-76について
控訴人表現2-2-76と被控訴人表現2-2-76とは,まず示談が成立した場合書面を作成することが必要であること,口頭だけでも有効であるが,既に紛争が生じている者同士で行うものであるから,内容を書面にしておかないと新たな紛争が生じる可能性が高いからであること,せっかく話し合いがついたなら,その内容を書面にして当事者双方の署名か記名押印をもらうべきであること,示談書に請求権放棄条項や債権債務関係不存在確認条項を記載すべきこと,今後再び紛争が起こらないようにしなければならないからであること,示談をすれば再び争えないのが原則であること,事実関係の正確な把握が必要であることをその順序で記載した点において共通する。
上記共通部分は,法令や判例・学説及び実務の運用から導かれる当然の事項を普通に用いられる言葉で表現したものにすぎず,創作的な表現であるとはいえない。
(3)
以上のとおり,被控訴人各表現のいずれについても著作権侵害の成立は認められず,著作者人格権侵害の成立も認められない。したがって,控訴人の請求中著作権法112条1項に基づく差止請求,著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求,著作権法115条に基づく謝罪広告請求は,いずれも理由がない。