Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

【一般不法行為】一般向け法律実務書の販売等につき、一般不法行為による損害賠償を認めた事例

▶平成170517日東京地方裁判所[平成15()12551]▶平成18315日知的財産高等裁判所[平成17()10095]
() 本件は,原告各文献の著作者であり著作権者である原告が,被告会社に対しては被告各文献を発行したこと,被告a,被告b及び被告dに対しては被告各文献の真の執筆者であること,被告cに対しては被告各文献の監修者であることをそれぞれ理由として,被告各表現がそれぞれ原告各表現と同一か極めて類似しており,原告の著作権(複製権及び翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害すると主張して,著作権法112条1項に基づき,被告各文献の発行,販売及び頒布等の差止め,民法709条に基づき,損害賠償の支払,著作権法115条に基づき,謝罪広告を請求した事案である。

[控訴審]
4 一般不法行為の成否について
(1) 控訴人が民法709条に基づき求めている損害賠償請求は,被控訴人らの著作権侵害行為を不法行為とするもののほか,被控訴人らが故意又は過失によって,控訴人が多大な労力をかけて作成した控訴人各文献のデッドコピーを行い,控訴人に無断で発行・頒布した行為を不法行為とする請求を含むものである。
そこで,上記のような不法行為(以下,著作権侵害による不法行為と区別するために「一般不法行為」という。)が成立するか否かについて検討する。
(2) 控訴人各文献のような一般人向けの法律問題の解説書を執筆するには,法律的素養のない者にも理解しやすいようにするために,様々な工夫が考えられる。
例えば,分類の仕方や説明の順序に関する工夫のほか,記載事項の選択に関して,一定のテーマに絞って説明することや,複雑な事項を理解しやすくするための単純化・簡略化,また,個々の説明を記述する上で,専門用語をできるだけ用いず平易な用語を用いる,抽象的表現を避けて具体例を示す,文章体の代わりに図表を活用する,箇条書きで記載するなどの工夫が挙げられる。他方,法律問題についての説明を記述する際に,このような単純化・簡略化等を図ることは,これを安易に行えば,結果として法的に不正確な記述となるおそれをはらむものであり,このような弊害を避けるための配慮や工夫も必要となる。
そして,控訴人各文献の具体的記載を,原判決別紙「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」中,「原告の主張」欄に記載された説明を参照しつつ見ると,控訴人各文献を執筆する上で,上記のような様々な工夫が図られていることが認められる。
しかし,このように控訴人各文献を執筆する上で様々な工夫が図られているとしても,その成果物としては,控訴人のした様々な工夫は普通に考えられる範囲内にとどまり,かつ,このために表現そのものがありふれたものとなっている以上,著作権侵害の成立が認められないことは,前記3において認定したとおりである。一般人向けの解説を執筆するに当たっては,表現等に格別な創意工夫を凝らしてするのでない限り,平易化・単純化等の工夫を図るほど,その成果物として得られる表現は平凡なものとなってしまい,著作権法によって保護される個性的な表現からは遠ざかってしまう弊を招くことは避け難いものであり,控訴人各文献の場合も表現等に格別な創意工夫がされたものとは認められない。
もっとも,控訴人各文献を構成する個々の表現が著作権法の保護を受けられないとしても,故意又は過失により控訴人各文献に極めて類似した文献を執筆・発行することにつき不法行為が一切成立しないとすることは妥当ではない。執筆者は自らの執筆にかかる文献の発行・頒布により経済的利益を受けるものであって,同利益は法的保護に値するものである。そして,他人の文献に依拠して別の文献を執筆・発行する行為が,営利の目的によるものであり,記述自体の類似性や構成・項目立てから受ける全体的印象に照らしても,他人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得たと評価される場合には,当該行為は公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものとして不法行為を構成するというべきである。
(3) 以上の観点から,本件における一般不法行為の成否について検討する。
被控訴人会社は,書籍,雑誌の出版・販売等を行う法人であって,「通勤大学法律コース」なる文庫シリーズを出版しており,被控訴人各文献は,いずれも,同シリーズの一環として発行されたものである。上記「通勤大学法律コース」は,「通勤電車の中でもビジネス実務にかかわる法律,日常生活にまつわる法律をやさしく,おもしろく,しかも内容を読めば必要な法律知識をほぼ身につけられる」という方針の下に出版されているものであり,控訴人各文献と同様に,法律問題に関し,法律の専門家ではない一般人向けに,図や表を多用し,簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。
また,被控訴人各文献が控訴人各文献に依拠して執筆されたことは,前記2に認定したとおりである。しかも,両文献は,単に基本的構成や章立ての順序が類似しているにとどまらず,各章内における項目立てや記載順序も酷似している。また,個々の表現をみても,文章や図表が類似する箇所が文献全体の相当部分を占め,中には,1頁ないし2頁にわたって類似し,実質的に同一である箇所も存在する。これらを総じてみれば,控訴人が控訴人各文献を執筆するに当たり,一般人に理解しやすいように平易化・単純化したり,記述の順序や分類の仕方を工夫したり,図表化した部分が,ほぼそのまま被控訴人各文献に取り入れられているのであり,被控訴人らによる表現の組み換えや書き換えが介在するとしても,控訴人が執筆に当たり工夫した点の多くは両文献の類似点として残存しているといえる。
そして,被控訴人らが控訴人各文献に依拠して被控訴人各文献を執筆・発行したからこそ,被控訴人文献1については控訴人文献1が発行されてから約4か月後に発行することができ,被控訴人文献3については控訴人文献3が発行されてから約6か月後に発行することができたのであり,また,被控訴人会社は,執筆者に対して執筆料を支払うことなく被控訴人各文献を発行することができたのである。
以上によれば,被控訴人らは,控訴人各文献に依拠して,記述自体の類似性や構成・項目立ての全体に照らして控訴人各文献に酷似している被控訴人各文献を,控訴人各文献と同一の読者層に向けて,特に被控訴人文献1及び3については控訴人文献1及び3の出版後極めて短期間のうちに,執筆・発行したものであるから,控訴人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得たものというべきである。
そして,被控訴人らの故意・過失については,被控訴人各文献の執筆者である被控訴人Y1及び同Y2については,控訴人各文献に依拠して被控訴人各文献を執筆した以上,少なくとも過失があることは明らかであり,発行者である被控訴人会社についても,原判決中に認定した事実に照らせば,過失が認められる。
したがって,被控訴人らが控訴人各文献に依拠して被控訴人各文献を執筆・発行した行為は,営利の目的をもって,控訴人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得たものであるから,被控訴人らの行為は公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものとして不法行為(民法719条1項による不真正連帯責任)を構成するというべきである。
5 損害の発生及び額について
(1) 財産的損害について
ア 被控訴人文献1及び3が執筆・発行されたことによる財産的損害
()
以上から,被控訴人文献1及び3の発行による控訴人文献1及び3の販売への影響の程度を証明することは極めて困難であり,被控訴人文献1及び3の発行により控訴人文献1及び3に生じた販売数の低下等,証拠上不明な点については民訴法248条の趣旨に照らして相当な損害額を算定することとする。
そこで ①被控訴人文献1及び3の売上冊数(書店店頭流通分を含む。)は8306冊及び7378冊であること,②控訴人文献1の定価は1500円,控訴人文献3の定価は1600円であることをふまえて相当な損害額を算定するに,③控訴人が控訴人文献1及び3の販売によって得られる利益率については上記定価の10%とし,④被控訴人文献1及び3の発行により控訴人文献1及び3に生じた販売数の低下は,前記①の売上冊数の1割と考えることができるから,相当な損害額は次の算式のとおりである。
1,500 × 8,306 × 0.1 × 0.1 1,600 × 7,378 × 0.1 × 0.1
124,590 118,048 242,638
以上から,被控訴人文献1及び3が発行されたことによる財産的損害は,24万2638円とするのが相当である。
イ 被控訴人文献2が発行されたことによる財産的損害
控訴人文献2の1は,平成3年11月28日に初版が発行され,平成6年5月までに5回の増刷を重ねている。また,控訴人文献2の2は,平成7年10月19日に初版が発行され,平成9年7月1日に第2版が発行されている。
このように,控訴人文献2の1及び2の2の発行から被控訴人文献2が発行された平成14年11月6日までの間には相当年数を経ていることに照らせば,被控訴人文献2の発行が控訴人文献2の1及び2の2の販売に影響を与えたとは考え難く,この点に関する財産的損害の発生は認めることができない。
(2) 慰謝料について
被控訴人各文献の執筆・発行により侵害されたのは控訴人の経済的利益であり,同利益の侵害により生じた損害は,前記(1)の損害に対する損害賠償によって回復されるから,慰謝料の発生は認めることができない。
(3) 弁護士費用について
被控訴人らの不法行為により控訴人に生じた財産的損害の額は前記(1)に認定したとおり24万2638円であるから,被控訴人らの行為と因果関係のある弁護士費用の額は2万円とするのが相当である。
(4) 以上のとおり,控訴人の被控訴人らに対する損害賠償請求は,26万2638円及びこれに対する遅延損害金の支払を認める限りで理由がある。
6 結論
以上のとおりであるから,原判決を変更して,主文のとおり判決する。