Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

【氏名表示権】学術論文における氏名表示権侵害の成否が問題となった事例

▶平成27327日東京地方裁判所[平成26()7527]平成27106日 知的財産高等裁判所[平成27()10064]
4 争点(2)ウ(氏名表示権侵害の成否)について
(1) 被告表現1につき
ア 別紙著作物対照表のとおり,被告表現1と原告表現1のうちそれぞれ「の基本原則として」以下の部分の記述は,接続詞の「次に」が「さらに」となっている点で異なる以外は,誤字(「地域姓」)を含めて,全く同一の文章といえるものであるから,被告表現1が原告表現1に依拠して,その記述を複製したものであることは明らかである。
この点に関して被告らは,原告表現1は丁1文献を要約して引用したものにすぎず,創作性がないと主張する。しかし,著作権法2条1項1号所定の「創作的」に表現されたというためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,作者の何らかの個性が表れたものであれば足りるというべきであるところ,証拠(略)によれば,原告表現1は,9頁にわたる丁1文献を,「再送信同意の基本原則」,「具体的な技術要件」,「再送信同意の手続き」の3部に分けて簡潔に要約したものであり,各部において丁1文献の該当項の冒頭部分を中心に抜き出してはいるものの,必ずしも冒頭部分をそのまま抜き出したものでないことが認められるから,そこには選択の範囲,記述の順序,文章の運び及び具体的な文章表現等の点において原告なりの工夫がされていると認めることができ,その限度で作者の個性が表れていると認められるのであり,表現上の創作性がないということはできない。そして,被告表現1は,原告表現1との共通部分において,単に素材となる事実が同一であるというだけでなく,具体的表現を含めた記述のデッドコピーというべきものであるから,原告表現1の複製に当たると認めるのが相当である。
イ このように,被告ら共著論文2の被告表現1の記述は,原告論文の一部の記述を複製したものであるところ,そこには原告論文の著作者である原告の氏名が表示されていないから,このことは,原告の氏名表示権(著作権法19条1項)を侵害するものといわざるを得ない。
(2) 被告表現2につき
ア 被告ら共著論文1・105頁の記述
別紙著作物対照表記載のとおり,被告ら共著論文1の105頁には,原告表現2の一部をほぼそのまま引用して利用した箇所があるが,証拠(略)によれば,当該引用部分には「5」との脚注番号が付されており,同頁の下部には,脚注「55」として,原告の氏名及び被引用文献(原告論文)の題名が記載されていることが認められる。
そうすると,ここでは,原告論文の一部が公衆に提示されるに際して,その著作者である原告の氏名が表示されているということができるから,氏名表示権の侵害があるものと認めることはできない。
この点に関して原告は,同頁の本文中に付された脚注番号「5」と下部の脚注部分の番号「55」とが異なると主張する。
しかし,同頁の本文中には脚注番号として「4」及び「5」のみが使用されており,その下部の脚注部分には「4」及び「55」のみが記載されているのであるから,脚注部分の「55」が「5」の誤記であることは,これらの記載に接した者にとって一目瞭然であって,かかる番号の誤記を理由に,上記引用部分について原告の氏名が表示されていないということはできない。
また,原告は,被告ら共著論文1には被告Aらの氏名のみがその著作者名として表示されており,原告を「著作者名として表示」していないから,原告の氏名表示権を侵害すると主張する。
【しかし,被告ら共著論文1の103頁の本文中には脚注番号「1」が使用され,その下部の脚注部分には,「1」と記載され,同104頁の本文中には脚注番号「2」及び「3」が使用され,その下部の脚注部分には,「2」及び「3」と記載されており,これらに引き続き,同105頁の本文中には,脚注番号として「4」及び「5」が使用され,その下部の脚注部分には「4」及び「55」と記載されており,脚注番号「5」に対応する脚注部分「5」がないから,脚注部分の「55」が「5」の誤記であることは,これらの記載に接した者にとって一目瞭然であって,かかる番号の誤記を理由に,上記引用部分について原告の氏名が表示されていないということはできない。】
よって,被告ら共著論文1のうち105頁の記述に関する氏名表示権侵害の主張は理由がない。
イ 被告ら共著論文1・104頁の記述
別紙著作物対照表のとおり,被告ら共著論文1の104頁における被告表現2と原告表現2のうち,それぞれ「2003年の改正」から「『放送』に該当し,」までの部分は,「含めることとした。つまり,」と「含めることとし,」の違い,「ため」と「為」の違い及び「規定されて」と「規定して」の違いを除いて,全く同一の文章といってよいものであるから,被告表現2の同記述は,原告表現2の記述に依拠して,これを複製したものであると認められる。
それにもかかわらず,当該複製部分には,原告の氏名が原告論文の著作者名として表示されていないのであるから,それによって原告の氏名表示権が侵害されているというべきである。
この点に関して被告らは,原告表現2には創作性がないから,原告の氏名表示権の対象となるべき表現が存在しないと主張する。しかし,証拠(略)によれば,原告表現2のうち上記共通部分は,2003年改正後の英国著作権法6条の規定について説明するものではあるものの,単に同条の規定をそのまま引用したものではなく,「有線番組サービス」等の独自の訳語を用いながら,記述の順序,文章の運び及び具体的な文章表現等の点において原告なりの工夫をしながら,同条の改正内容を分かりやすく解説した文章であると認めることができ,その限度で作者の個性が表れていると認められるから,全体としては表現上の創作性がないということはできない。
そして,被告表現2は,原告表現2との上記共通部分において,単に素材となる事実が同一であるというだけでなく,具体的表現を含めた記述のデッドコピーというべきものであるから,創作性のある原告表現2を複製したものということができる。
また,被告らは,被告ら共著論文1のうち105頁の引用部分ではその脚注に原告の氏名を表示し,さらに被告ら共著論文1の末尾では原告論文の筆者名,発表年,題号及び引用した文章の所在を示すURLを記載していると主張する。
確かに,前記アのとおり,被告ら共著論文1の105頁の引用部分には,原告論文の著作者名として原告の氏名が表示されており,当該部分については,原告の氏名表示権が侵害されているとはいえないが,104頁においては,原告の氏名は全く表示されておらず,104頁の記述と105頁の記述は,その一部ではほぼ同一であるものの,全体としては異なる文章であるから,105頁の記述に原告の氏名が表示されているからといって,104頁の記述において原告の氏名を表示しなくてよいということはできない。また,被告ら共著論文1の末尾には,「文献」との標題の下に,原告論文を含む13の文献の著作者名や題名等が表示されているが,その体裁からすれば,これらの表示は単に被告ら共著論文1における参考文献を列挙したものであると認められ,そこでは個々の文献と本文中における引用又は参考とした箇所との繋がりは何ら明示されていないのであるから,このような表示をもって,被告ら共著論文1の104頁の記述について,原告の氏名が表示されているということはできない。
ウ 被告B論文
被告B論文は,被告ら共著論文1と同様に,原告論文の原告表現2を複製した記述を含むものと認められる。
しかし,被告B論文は,そもそも公表されておらず,公衆に提供ないし提示されたものではないから,そこに原告論文の著作者名が表示されていないとしても,それによって原告の氏名表示権が侵害されたということはできない。
5 争点(2)エ(被告Bの損害賠償義務の有無及びその額)について
(1) 被告Bは,被告Aと共同で被告ら各共著論文を執筆した者であるところ,前記4のとおり,被告ら共著論文1の被告表現2のうち104頁の記述及び被告ら共著論文2の被告表現1の記述において,それぞれ原告論文の著作者名として原告の氏名を表示しなかったことが,原告の氏名表示権の侵害に当たると認められるから,この点について,被告Bは,被告Aとの共同不法行為に基づく損害賠償義務を負うものと認められる。
なお,被告B論文については,前記2ないし4のとおり,原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものとは認められないから,これについて,被告Bが不法行為に基づく損害賠償義務を負うことはない。
(2) そして,原告論文の性質,被告ら各共著論文において複製された原告論文の分量,複製された部分の創作性の程度,被告ら各共著論文の性質とその公衆への提示の態様,被告ら共著論文1についてはその末尾に参考文献として原告論文の題名及び原告の氏名が表示されていること,その他前記1(1)の認定事実を含む不法行為後の諸事情などを総合考慮すると,上記2件の氏名表示権侵害の不法行為による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は,被告ら共著論文1及び2につきそれぞれ10万円,合計20万円と認めるのが相当である。
【また,原告は,本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人に委任し,その弁護士費用を支出していると認められるところ,上記慰謝料額に加え,本件訴訟の内容や専門性に鑑み,上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は,被告ら共著論文1及び2につき,それぞれ10万円,合計20万円と認めるのが相当である。
よって,被告Y2は,被告Y1と連帯して,共同不法行為に基づく損害賠償として40万円及びうち20万円に対する被告ら共著論文1が遅くとも執筆・公表された平成24年3月31日(不法行為日)から,うち20万円に対する被告ら共著論文2が遅くとも執筆・公表された同年5月31日(不法行為日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。】
6 争点(2)オ(被告Aの損害賠償義務の有無及びその額)について
(1) 被告Aは,被告Bと共同で被告ら各共著論文を執筆した者であるから,そこでの氏名表示権侵害について,前記5の被告Bの損害賠償義務と同じ義務を連帯して負担するものと認められる(民法719条1項)。
なお,被告B論文については,前記2ないし4のとおり,原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものとは認められないから,被告Aが被告Bに対して同論文の執筆の指導をしたことを理由として,被告Aが被告Bと共同不法行為責任を負うとの原告の主張は,その前提を欠き,理由がない。
(2) よって,被告Y1は,被告ら各共著論文に係る被告Y2との共同不法行為に基づき,被告Y2と連帯して,前記5(2)と同様に,40万円及びうち20万円に対する平成24年3月31日から,うち20万円に対する同年5月31日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。】
7 争点(2)カ(被告ら共著論文2に係る削除請求の可否)について
前記4(1)のとおり,被告ら共著論文2については,被告表現1の部分に原告の氏名が表示されていないため,同論文をそのまま公衆に提示した場合は,原告の氏名表示権を侵害することになる。
そして,前記のとおり,被告学会は,その運営する「電子図書館」の別紙ウェブサイト目録記載2のウェブサイト上に,被告ら共著論文2の本文を掲載しているから,原告は,著作権法112条1項に基づき,氏名表示権侵害行為の差止めとして,同ウェブサイトからの被告ら共著論文2の本文の削除を求めることができる。
他方,被告学会は,「電子図書館」の別紙ウェブサイト目録記載1のウェブサイト上に,被告ら共著論文2の「著作者」として,被告A及び被告Bの氏名(英字表記を含む。)を表示しているが,被告ら共著論文2の著作者は,あくまで被告A及び被告Bであって,原告ではないから,かかる著作者名の表示自体が原告の氏名表示権を侵害するものであるとはいえない。また,その点を措くとしても,同ウェブサイトから単に被告Aらの氏名を削除しただけでは,それによって原告の氏名が表示されて,氏名表示権の侵害状態が解消されることにはならないのであるから,被告Aらの氏名の削除を求める請求は,侵害の停止とは無関係な行為を求めるものであって,著作権法112条1項に基づく請求に当たらないというべきである。
よって,別紙ウェブサイト目録記載1のウェブサイトからの被告A及び被告Bの氏名の削除を求める原告の請求は,いずれにせよ理由がない。
8 争点(2)キ(謝罪広告の要否)について
原告は,被告Aらによる同一性保持権及び氏名表示権の侵害に関して,著作権法115条に基づく名誉回復措置として,謝罪広告の掲載を求めているところ,前記3及び4のとおり,被告ら共著論文1(被告表現2のうち104頁の部分)及び被告ら共著論文2(被告表現1の部分)による氏名表示権の侵害は認めることができるが,その余の侵害は認めることができない。
そして,この氏名表示権侵害を構成する被告ら共著論文1及び2における原告論文の複製部分は,9頁から成る原告論文,それぞれ6頁から成る被告ら各共著論文の中で,いずれも500文字にも満たない記述にすぎないことに加え,原告論文の性質,上記複製された部分における原告論文の創作性の程度,被告ら各共著論文の性質とその公衆への提示の態様,被告ら共著論文1についてはその末尾に参考文献として原告論文の題名及び原告の氏名が表示されていること,その他前記1(1)の認定事実を含む不法行為後の諸事情などに照らすと,被告ら各共著論文による氏名表示権侵害が,原告に対する悪質な権利侵害であるとまではいえず,また,それによって,原告の社会的評価としての名誉及び声望が大きく損なわれたものとも認めることができない。
そうすると,本件において,上記氏名表示権侵害の不法行為について,被告Aらに対して,前記5及び6のとおりの損害賠償を命ずるほかに,原告の名誉又は声望を回復するために謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要性があるものとはいえない。
よって,謝罪広告についての原告の請求は理由がない。
()
12 結論
【以上のとおり,原告の請求は,被告Y1及び被告Y2に対し,被告ら各共著論文に係る氏名表示権侵害の不法行為に基づいて,40万円の損害賠償金及びこれに対する年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め,被告学会に対し,被告ら共著論文2に係る氏名表示権侵害について,著作権法112条1項に基づき,別紙ウェブサイト目録記載2のウェブサイトからの被告ら共著論文2の本文の削除を求める限度で理由があるが,その余はいずれも理由がない。】

[控訴審]
1 当裁判所は,原告の請求は,被告Y1及び被告Y2に対し,被告ら各共著論文に係る氏名表示権侵害の不法行為に基づいて,40万円の損害賠償金及びこれに対する年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め,被告学会に対し,被告ら共著論文2に係る氏名表示権侵害について,著作権法112条1項に基づき,別紙記載のウェブサイトからの被告ら共著論文2の本文の削除を求める限度で理由があるが,その余はいずれも理由がないと判断する。
その理由は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
()
3 当審における当事者の主張に対する判断
(1) 原告
()
ウ 被告ら共有論文2に係る削除請求の可否(争点(2)カ)
原告は,被告学会の便宜的な都合で形式的にウェブサイトが2つに分かれているだけであって,本来は一体となるべき内容であるから,別紙ウェブサイト目録記載1及び2は,一体として削除されるのが侵害の停止請求として適切というべきであると主張する。
しかし,原告の主張は,現実のウェブサイトの記載を前提としていない上に,削除しなければ著作者人格権侵害の停止又は予防ができないため,削除する必要があるかという削除義務の有無の問題と,削除しなくても著作者人格権侵害の問題は生じないが,それでも削除した方が望ましいかという削除の当否の問題を混同するものであって,失当である。別紙ウェブサイト目録記載1及び2ウェブサイトは,それぞれ別のウェブサイトであり,その記載内容が異なる以上,それぞれについて,著作者人格権侵害の有無,侵害の停止又は予防に必要な措置への該当性が異なってくるから,一体として削除されないのは,当然のことというほかない。
原告の主張は理由がない。
エ 謝罪広告の要否(争点(2)キ)
原告は,本件における権利侵害の内容,被告Y1及び被告Y2の属性等を理由に,被告Y1及び被告Y2に対し損害賠償を命ずることのほか謝罪広告の掲載をも命じなければ,原告の名誉又は声望は到底回復されないと主張する。
しかし,原告が前提としている,原告に対する著作権の帰属や,それを前提とした複製権又は翻案権侵害,著作者人格権としての同一性保持権侵害の事実などは認められないから,原告が主張するような名誉又は声望の侵害は認められない。そして,被告ら各共著論文における原告の氏名表示権の侵害に関して,謝罪広告の掲載を命じるべき事情が認められないことは,原判決が適切に摘示したとおりである。
原告の主張は理由がない。
()
(2) 被告ら
ア 原告表現1及び同2の創作性(争点(2)ア~ウ)
被告らは,原告表現1及び同2の創作性は否定されるべきと主張する。
しかし,接続詞の有無等,明らかに表現の本質的部分とはいえない部分を除くと,被告らが,原告表現1及び同2における創作性がない根拠として具体的に指摘するのは,原告表現1が,丁1文献の重要部分をありふれた方法で選別,要約,加工したものである,原告表現2が,英国著作権の条文の客観的な説明にすぎない,という点である。これらは,いずれも原告表現の創作性の低さを指摘するものではあるが,特定のまとまりのある文章から重要と考える部分を選別,要約,加工したり,特定の法律の条文の内容を説明したりする表示方法として,多様な選択の幅がある以上,上記の主張では,原告表現1及び同2に個性の発揮がなくありふれたものといえるほどの事情を指摘できておらず,原告表現1及び同2の創作性は否定できない。
被告らの主張は理由がない。
イ 氏名表示権侵害の成否(争点(2)ウ)
被告Y2及び被告Y1は,文献で氏名が表示されていれば氏名表示権の問題は生じず,個々の文献と本文中における引用又は参考とした箇所との繋がりを明示する必要はない,原告表現2は,原告独自の思想を表現したものではないから,文献末尾に引用されていれば十分であると主張する。
しかし,文献末尾に,単に著作者の氏名が表示されるだけでは,文献として著作者の著作物の内容を参考としたのか,著作物を複製等するなどして利用したのかを区別することができず,著作物について著作者としての氏名を表示したものとはいえない。一般的に,論文において,慣行として,引用箇所ごとに氏名を表示するのが一般的であるのも,かかる区別を明確にするためと解される。また,氏名表示権を規定する著作権法19条は,著作者の著作物に表現された思想が独創的であることを要件としておらず,独創性の程度によって,著作物との関連が明らかではないような氏名の表示方法が許容されると解すべき根拠はない。
したがって,被告Y2及び被告Y1の主張は採用できない。
ウ 被告Y2及び被告Y1の損害賠償額(争点(2)エ,オ)
被告Y2及び被告Y1は,氏名表示権侵害を肯定するとしてもごく形式的なものにとどまるから,その違法性は極めて小さく,慰謝すべきような精神的損害が原告に発生していない,少なくとも1件につき10万円という金額は不当に高いと主張するが,著作者人格権を軽視するものであり,採用できない。