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著作権判例セレクション
【過失責任】大学における論文の指導教員の(共同)不法行為責任/教員が所属する大学の使用者責任
▶平成27年3月27日東京地方裁判所[平成26(ワ)7527]▶平成27年10月6日 知的財産高等裁判所[平成27(ネ)10064等]
9 争点(3)(C論文による著作権及び著作者人格権の侵害に基づく被告Aの損害賠償義務の有無及びその額)について
(1)
原告は,C論文と被告B論文がいずれも通信の融合及びそれに関する法の在り方をテーマにしており,被告Aの指導の下で執筆されたという点で共通しているから,C論文も,原告各表現を用いて,原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害していることが強く推認されるとして,C論文による著作権及び著作者人格権の侵害が認められることを前提としつつ,被告Aに対して,C論文が被告Aの指導の下で特別研究論文として執筆されたのであるから,被告AがCとともに共同不法行為責任を負うと主張する。
(2)ア しかし,まず,C論文と被告B論文がいずれも通信の融合及びそれに関する法の在り方をテーマにしており,被告Aの指導の下で執筆されたという点で共通しているからC論文においても原告各表現が用いられているとの原告の主張は,単なる憶測にすぎないというべきである。
イ また,仮にC論文において原告各表現が用いられているとしても,前記2ないし4記載の説示と同様の理由により,原告はそもそも原告論文の著作権を有しないから著作権侵害の主張は失当であり,【A論文(=C論文)】が公表されているとは認められないから氏名表示権侵害に当たるともいえず,【同一性保持権の主張も,前記3のとおり,A論文(=C論文)のテーマからすると,原告各表現以外の記載が一定の分量あると考えられるから,全体として,原告論文とは別個の著作物であるというべきであり,理由がない。】
ウ さらに,被告Aの責任に関して検討すると,前記の認定事実,【証拠並びに弁論の全趣旨によれば,被告学園の就業規則及び本件大学院学則上,職員は,就業規則や理事会決定等の遵守義務,学園の秩序維持義務,相互協力職責遂行・研究目的達成努力義務を負うこと(就業規則第4条),職権逸脱,濫用行為の禁止,秘密漏えいの禁止,被告学園の行動規範に反する行為の禁止(就業規則第32条)などが規定されているだけで,具体的な論文審査基準に関する定めはないこと,】本件大学院**研究科の専門職学位課程では,合否決定の審査に付される論文の作成(特別研究)が必修科目とされており,同科目の6単位のほか,必修科目14単位及びその他の授業科目32単位を含む合計52単位を修得することで,その課程を修了し,専門職学位を取得することができること(本件大学院学則・25条3項,26条5項,31条6項,32条3項),本件大学院においては,専門職学位課程の教育は,修士課程や博士課程と異なり,学位論文の作成に対する指導は含まれておらず,必要な授業科目の授業によって行うこととされており(同・21条1項,2項),特別研究で課される論文(特別研究論文)は,当該科目において,学生が取り組む特定の課題研究に対する成績評価をするための手段の一つとされていること,Cは,平成23年3月までに,本件大学院**研究科の専門職学位課程において特別研究論文としてC論文を執筆し,Cの指導教授であった被告Aは,主査としてC論文を審査し,評価・採点したこと,Cは,これにより特別研究を含む必要な単位を取得し,同月,同課程を修了して専門職学位を得たことが,それぞれ認められる。
【確かに,一般的に,大学院において,学生が論文を作成する場合には,当該論文が直接学位取得を目的とするものでないとしても,教授をはじめとする教員が,従前の同種の研究課題に対する結果を十分に調査した上で,学生の新たな問題意識を踏まえて,深く洞察したことが表現された論文となるように,適宜,指導することが望ましく,また,完成して提出された後は,論文について,着眼点の当否や文章の記載順序,論理構成等の点を審査し,論文としての完成度を評価した上で,単位の付与等を決定すべきである。かかる意味において,被告Y1は,Aの指導教授として,学生の記載する論文の主題と同種の研究課題に関する基本文献や参考文献等の更なる調査の指導を促すなど,その課題研究について適切な指導を行うことが望ましかったといえるし,また,学生の持っている問題意識の当否,記載された論文における,論理的な整合性や論証の過不足等を確認するなどして,必修科目の課題として提出されたA論文を適切に審査し,評価しなければならなかったというべきである。しかし,かかる指導や審査は,学生(定員は30名。)全員に対して,その提出時期にかかわらず,等しくなされるべきものであるし,必修科目の単位の対象であり,課程修了の判断対象となる以上,合否決定に間に合うような期間的な制約を伴うものとならざるを得ないから,その指導や審査の対象を際限なく広く設定することは相当ではない。本件大学院以外の他の大学等の研究機関において,論文上の個々の表現が,第三者の著作権ないし著作者人格権を侵害するおそれがないかをどの程度審査しているか,また,侵害のおそれがある場合にどのように是正させているかに関する適確な証拠はないし(原告が,自らそのような著作権侵害の有無の審査をしているか否かも証拠上明らかではない。),本件大学院知的財産研究科においても,論文盗用防止ソフト等を使用して論文の盗用の可能性を審査するという具体的な審査基準が存在しない以上,控訴人が主張するように,被告Y1において,学生の論文の個々の表現について,第三者の著作権ないし著作者人格権を侵害するおそれの有無を逐一確認すべき義務を負っているとは解されない。そして,論文の審査基準は大学内で統一的なものとなることが要請されるから,被告Y1の専門分野が知的財産権であるとしても,また,その年度の学生の数が比較的少なかったとしても,それらの事情によって,被告Y1の義務が加重されると解すべきではない。】
この点に関して原告は,本件大学院の教員は,特別研究の科目において,学生に対し論文の執筆を通して指導を行う職務を担っていると主張するが,そのような職務は,上記のとおり,本件大学院の教員としての学生及び被告学園に対する義務であるとはいい得るものの,そこから直ちに,教員が,第三者との関係で,学生による当該第三者の著作権等への侵害行為を防止すべき作為義務を負うものと解することはできない。
(3)
以上のとおり,いずれにしても,C論文に関して,被告Aが著作権等侵害に係る共同不法行為責任を負うものと認めることはできない。
(略)
11 争点(5)(被告学園の使用者責任の有無)について
前記6,9及び10のとおり,被告Aは,被告ら各共著論文による氏名表示権侵害についてのみ,被告Bと連帯して損害賠償義務を負うものと認められるところ,原告は,被告Aによる被告ら各共著論文の執筆・公表が被告学園の事業の執行について行われたものであるとして,被告学園がその使用者責任(民法715条1項本文)を負うと主張する。
しかし,被告ら各共著論文は,いずれも被告A及び被告Bが共同で執筆して発表したものであるが,それらはいずれも一般社団法人電子情報通信学会発行の「信学技報」に,両被告の個人名で掲載されて公表されたものであって,本件大学院の研究・教育課程において発表されたものではなく,本件大学院ないし被告学園の名義で公表されたものでもないのであるから,被告Aが本件大学院の教員の職務として被告ら各共著論文を執筆し,公表したものと認めることはできない。
このほか,本件全証拠によっても,被告Aによる被告ら各共著論文の執筆・公表が被告学園の事業の執行に当たり,それについて被告学園が使用者責任を負うと解すべき事情を認めるに足りる証拠はない。
よって,被告学園の使用者責任に関する原告の上記主張は採用することができず,原告の被告学園に対する損害賠償請求は理由がない。
[控訴審同旨]
3 当審における当事者の主張に対する判断
(1)
原告
(略)
オ A論文[= C論文]による著作権及び著作者人格権の侵害に基づく被告Y1の損害賠償義務の有無及びその額(争点(3))
原告は,A論文の題名や概要紹介文の内容から原告表現が含まれていると合理的に考えられると主張する。
しかし,論文の作成者が全く異なる以上,ある論文が別の論文と同一の題名や主題であったり,これらの論文に関する指導教授が共通であるとしても,このことを理由として,当該論文間における表現そのものが同一又は類似していると合理的に推認することはできない。また,特定の内容・テーマを解説する表現は複数考えられるから,論文のテーマが限定的な分野に関するものであるとしても,その表現の同一性又は類似性が推認できるものでもない。そして,本件において,被告学園は,原審において,公表されていない被告Y2論文及びA論文を書証として提出しなかったが,被告Y2論文に原告表現2と同様の内容が含まれていることを認めつつ,A論文については,原告表現が含まれていることを否認していたのであって,かかる訴訟追行態度に鑑みても,被告Y2論文に原告表現が含まれていることをうかがわせるような事情は認められない。
次に,原告は,被告Y1が論文を審査すべき学生はわずかであるから,適切な引用がなされているかを判断できると主張する。
しかし,被告Y1において,期間的に,適切な引用の判断が可能であったか否かと,当該判断義務があるかは直接関係しないのであって,被告Y1に引用の適切さを審査すべき義務が認められないことは,既に上記で説示したとおりである。
原告の主張は理由がない。
(略)
キ 被告学園の使用者責任の有無(争点(5))
原告は,本件大学院の教員の職務に学術論文の執筆が含まれているか否かという実質面で判断すれば,被告学園に,被告Y1による被告ら各共著論文の公表についての使用者責任が認められると主張する。
しかし,大学又は大学院の教員が行うすべての学術論文の執筆,発表が,使用者である大学又は大学院の事業,及び,被用者である教員の職務の範囲の両方に含まれているとは限らないし,外形上,被用者の職務の範囲に含まれているともいえない。そして,事実的不法行為に関する「事業の執行について」の要件は,職務関連性のみならず,使用者による被用者の行為の支配可能性をも考慮して判断すべきであるところ,憲法23条が規定する学問の自由及び大学の自治の観点からすれば,大学又は大学院における雇用契約上,被用者である教員の研究の内容やそれに基づく研究の成果として発表された論文の内容について,公表までの段階で,使用者は過度に関与すべきではなく,被告学園の就業規則が,研究に関して,職員が研究目的達成努力義務を負うことしか規定していないのもかかる趣旨に基づくものと解される。本件における氏名表示権侵害行為後に発表された,平成26年8月26日付け文部科学大臣決定「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」も,研究活動における不正行為について,一次的には,研究者自身の倫理及び社会的責任の問題と捉え,二次的に,研究機関の対応強化を提案し,不正行為を事前に防止する取組みを推進すべきという行為指針を示しているが,ここでも,研究機関の取組内容として,論文盗用等の不正行為に対し,事後的には,調査や告発等比較的具体的な提案がなされている一方で,事前の予防措置としては,研究倫理教育といった比較的抽象度の高いものしか挙げられていないのも,同様の見地に立つものと解される。このような事情からすれば,被告Y1が執筆に関与した被告ら各共著論文の公表につき,被告学園の使用者責任を肯定することはできないというべきである。
原判決が,被告学園の使用者責任を否定するに当たって,被告ら各共著論文の名義に所属する大学名や肩書きが記載されていないことや,本件大学院ないし被告学園の名義で発表されたものでないこと,本件大学院の研究・教育課程において発表されたものではないことを理由として掲げたのは,大学院の教員の職務におよそ研究発表が含まれないことを前提とした上で,職務関連性及び事業執行性を否定したものではなく,本件で問題となる被用者の不法行為が,肩書き等を示さない論文発表という行為の外形からだけでは,当然に被用者である被告Y1の職務の範囲に含まれているとはいえず,取引的不法行為に必ずしも当たらないことを明らかにしつつ,具体的な職務命令の不存在等を指摘することで,事実的不法行為を認めるための要件である上記支配可能性を否定し,職務関連性と支配可能性を総合考慮すると,「事業の執行について」の要件該当性が否定されるべきことを示したものと解され,正当なものとして是認できる。
原告の主張は採用できない。