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著作権判例セレクション

【同一性保持権】猫の写真を切り取ってその目をくり抜く加工を施して作成したパネル・看板の同一性保持権侵害を認定した事例(翻案権侵害は認めず)

▶平成26527日東京地方裁判所[平成25()13369]
() 本件は,写真家である原告が,被告三越伊勢丹の店舗内に被告Uが設置した猫の写真等を多数並べて貼り付けた看板(「本件看板」)に原告が撮影した猫の写真又はその複製物を加工したものが使用されていたことについて,被告Uについては原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害行為があり,被告三越伊勢丹については被告Uの上記侵害行為を幇助し,又は被告Uに看板の設置場所を漫然と提供したことに過失があると主張して,被告らに対し,不法行為(民法709条,719条,著作権法114条3項)に基づく損害金等の連帯支払並びに著作権法115条に基づく名誉回復措置を求めた事案である。
なお、本件において、被告Uは,コピー使用分について複製権侵害が成立すること並びに現物使用分及びコピー使用分のいずれについても同一性保持権及び氏名表示権の侵害が成立することを争っていない。

1 争点(1)(被告Uによる翻案権侵害の有無)について
原告は,(1)原告写真の現物又はコピーに猫の目の部分をくり抜く加工を施す行為,(2)これらを並べて本件各パネルを作成し,さらに本件各パネルを組み合わせて本件看板を作成する行為が原告の翻案権を侵害する旨主張するので,以下,検討する。
(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告写真は,いずれも猫そのもの又は猫を含む風景を被写体とした写真であること,被告Uは,写真集に掲載された原告写真又はそのコピーに,猫の顔の部分を中心に切り取るか,又は猫のほぼ全身部分を切り取った上,更にその目の部分をくり抜く加工を施したことが認められる。これらの加工はいずれも定型的で単純な行為であり,これによって新たな思想又は感情が創作的に表現されたということはできない。したがって,この点について原告写真の翻案権侵害をいう原告の主張は失当というべきである。
(2) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件看板は,目の部分をくり抜いた猫の写真ないしその複製物を色彩あるいは大きさのグラデーションが生じるように多数(正確な数についての主張はないが,全部で数百枚に及ぶことは明らかである。)並べてコラージュとしたものであり,全体として一個の創作的な表現となっていると認められる一方,これに使用された原告写真又はそのコピーのそれぞれは本件看板の全体からすればごく一部であるにとどまり,本件看板を構成する素材の一つとなっているということができる。そうすると,本件看板に接する者が,原告写真の表現上の本質的な特徴(原告が,それぞれの原告写真を撮影するに当たり,被写体の選択,シャッターチャンス,アングル,レンズ・フィルムの選択等を工夫することにより,原告の思想又は感情が写真上に創作的に表現されたと認められる部分。ただし,原告写真の表現上の本質的な特徴がどこに存在するかについて原告による具体的な主張はない。)を直接感得することができるといえないと解すべきである。
したがって,本件各パネル又は本件看板の作成行為が原告の翻案権を侵害すると認めることはできない。
2 争点(2)(被告三越伊勢丹の責任の有無)について
()
3 争点(3)(原告の損害額)について
以上によれば,被告Uは,コピー使用分の66枚につき原告の複製権を侵害し,現物使用分及びコピー使用分により本件看板を作成した行為につき原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害したものであり,これらの行為につき被告Uには少なくとも過失があると認められる。そこで,これにより原告が被った損害額について,以下,検討する。
(1) 著作権侵害について
ア 原告は,著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(著作権法114条3項)につき,①ポジフィルムの買取り(紛失)料金相当額として,又は,②原告写真を看板等に使用する場合の使用料10万円の5倍に当たる額として,1枚当たり50万円が相当であると主張する。
イ そこでまず原告の上記①の主張についてみるに,原告は,同主張の根拠として,原告の意に反するような使用態様はポジフィルムを買い取った場合にのみ許されるからである旨主張している。しかし,原告の意に反する使用態様であることについては後記のとおり著作者人格権の侵害に係る慰謝料額の認定に当たり考慮すべき事柄である上,ポジフィルムを買い取ったとしても意に反した使用が許されることになるわけでない。したがって,原告の上記①の主張は失当というべきである。
ウ 次に原告の上記②の主張についてみるに,原告は原告写真を看板に使用する場合の使用料は1枚当たり1回につき10万円となるべきであると主張するところ,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,写真の使用を第三者に許諾している業者又は写真家のインターネットサイトには,ディスプレイや看板に本件と同様の大きさの写真を用いる場合の使用料を,1枚当たり5万円(3か月まで。),4万8000円(3か月まで。),3万5000円(1年間。犬猫の写真を専門とする写真家のもの。),5万円,3万円と設定しているものがあることが認められる。
しかし,これらの使用料は,証拠及び弁論の全趣旨によれば,いずれも使用を許諾された写真を一個の作品として,すなわち写真に現れた創作的な表現を直接感得し得る態様で看板等に用いることにより,写真それ自体が有する顧客吸引力を利用することを予定して定められたものと認められる。これに対し,本件看板においては,多数の猫の顔写真を用いたコラージュ看板を作成するための素材として使用されたものであって,個々の原告写真が一個の作品として使用されるものではない。したがって,上記認定の使用料は,本件における損害額算定の参考になるにとどまり,これを直接の基準とすることは相当でないと解される。
そして,上記のような原告写真の使用の態様と,本件看板は,我が国有数の百貨店において多数の買物客らの目を引くように設置されたものであるが,その設置期間が約2か月にとどまったことなど本件に現れた諸事情を総合考慮すると,本件における原告写真の使用料は1枚当たり1回につき1万円と認めるのが相当である。
エ 原告は,さらに,本件においては使用料の5倍に相当する額を請求できると主張する。しかし,著作権法114条3項は,著作権の行使につき受けるべき金銭の額を損害額とする旨規定しているのであり,違約金ないし懲罰的損害賠償請求を認めたものではない。したがって,原告の主張を採用することはできない。
オ 以上に対し,被告Uは,1枚当たりの使用料は5833円とすべきであり,2回使用された原告写真については使用料が逓減されるべきと主張するが,使用料を1万円と解すべきことは上記で判断したとおりである。また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,第三者に写真の使用を許諾している業者又は写真家の中には2回目以降の使用料を減額する者がいると認められるものの,減額することが一般的であると認めるに足りる証拠はない。したがって,被告Uの上記主張を採用することはできない。
カ 以上によれば,被告アンダーカバーが原告の複製権を侵害したことによる原告の損害額は,66万円(1万円×66枚)と認めるのが相当である。
(2) 著作者人格権侵害について
被告Uは,原告写真の現物又はコピーを使用して本件看板を作成して原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害したものであるところ,同一性を侵害された原告写真が多数に及ぶ上,その改変行為は猫の目の部分をくり抜くという嗜虐的とも解し得るものであって,その性質上,原告の意に大きく反するということができる。また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告は専ら猫や犬を被写体として撮影する写真家であり,原告写真が収録された写真集は,原告が長い年月を掛けて,世界各地を旅して作成したものであり,さらに,改変された写真の中には原告自身の飼い猫のものもあることが認められる。これらのことからすれば,被告Uの著作者人格権侵害により原告が被った精神的損害は甚大なものであって,本件看板の設置期間が約2か月であること,被告Uが原告に対し謝罪の意を表していることといった事情を考慮しても,本件における慰謝料の額は200万円をもって相当というべきである。
(3) 弁護士費用
本件事案の内容,本件審理の経過及び認容額等に鑑みれば,本件と相当因果関係のある弁護士費用は26万円を相当と認める。
4 争点(4)(名誉回復措置請求の当否)について
原告は,本件看板を見た者は原告が猫の写真を切り取りかつ目をくり抜く加工をすることを認めるような犬猫写真家であると判断することになるから,原告の名誉又は声望が害されると主張する。
そこで判断するに,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件看板には原告写真以外の猫の写真を含む多数の写真又はその複製物に前記のような加工を施したものが並べられて一個の表現物となっていると認められ,これを見た者が本件看板に原告写真が使用されていることを認識する可能性は極めて低いものと解される。
また,本件看板が本件売場に設置されていた期間が約2か月にとどまる上,本件看板の表面の相当部分は被告Uの商品(被服等)で覆われ,視認することが困難であったということができる。これらの事情を併せ考慮すると,本件看板の設置により原告の名誉又は声望が毀損されたと認めるには足りないから,著作者人格権侵害に基づく謝罪広告の掲載請求はいずれも理由がないというべきである。
第4 結論
以上によれば,原告の請求は,被告Uに対して292万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからその限りで認容し,その余についてはいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。