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著作権判例セレクション

【共同著作/二次的著作物】共同著作物性を認めなかった事例(二次的著作物性を認定した事例)/共同著作物の成立に共同意思は必要か

▶平成250301日東京地方裁判所[平成22()38003]
2 争点(1)イ(原告X4の氏名表示権の侵害の有無)について
(1) 原告は,本件著作物が亡Wと原告X4の共同著作物であり,仮にそうでなくとも,亡Wの原稿を原著作物とする原告X4の二次的著作物であるから,本件著作物を分冊化した分冊Ⅰの著作者名として原告X4の名が表示されていないことは,原告X4の氏名表示権を侵害すると主張する。
この点,前記のとおり,本件著作物については,亡Wがその執筆を始め,本件著作物のうち第Ⅰ部「古典物理学」の部分(第5章「相対性理論」を除く。)の大半の原稿を完成間近とし,第Ⅱ部「量子物理学入門」の原稿構成等のメモを途中まで制作したところで死亡したことから,その後,原告X4が,上記「相対性理論」の章を新たに執筆し,上記「量子物理学入門」の部分は,亡Wの上記原稿構成等のメモを基に執筆し,その他の部分は,適宜内容の加除訂正を行って,本件著作物を完成させたことが認められるところ,前記の事実に,証拠(略)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると,本冊の第Ⅰ部「古典物理学」(832頁分)のうち,原告X4が新たに執筆した第5章「相対性理論」の部分が24頁分(809頁ないし832頁)であること,第1章から第4章まで(3頁から808頁まで)は,亡Wがその原稿をほぼ仕上げていたものの,その部分に対して,原告X4が用紙24枚分の加除訂正を行ったこと,原告X4による上記加除訂正の中には,新たに図や数式を用いながら微分法とそれに関する関数の性質について解説した「微分法について」と題する記述(第Ⅰ部・第1章「力学」の「1.2.1 直線運動における速度と加速度」の項の中にあり,本冊の13頁から約3頁分に相当する部分。)を挿入したり,従前の式に微分法の式を付加したり,図の座標軸を加筆して,本文中にその図の説明を書き加えたり,不適切な図を正しい図に修正したり,元の原稿になかった新たな見解や新たな説明を付加したり,いくつかの文章について,その一部を削除し,あるいは加筆して,文章の表現を正確又は分かりやすくしたり,十数箇所の「長円」との表現を全て「楕円」との表現に改めるなど,単なる誤字脱字の修正にとどまらず,文章や図などの具体的な表現について加除訂正がなされた部分が多数あること,第Ⅱ部「量子物理学入門」について,そのうち亡Wの原稿構成等のメモが遺されていたのは,前半部分(第1章「量子力学入門」の始めから第2章「変換理論」の途中までであり,おおむね本冊の833頁から918頁に相当する部分。)だけであり,しかも,そのメモは手書きで,そこに記された文章はなお推敲の途上にあって,原稿として未完成であったこと,そのため,原告X4はそのメモにかなりの加筆修正を加えながら,前半部分の原稿を仕上げたこと,亡Wのメモが存在しなかった後半部分(第2章「変換理論」の途中から第3章「場の量子論から」の終わりまでであり,おおむね本冊の919頁から986頁に相当する部分。)については,全ての原稿を原告X4が新たに執筆したこと,以上の各事実が認められる。
これらの事実によれば,本件著作物の創作における原告X4の寄与は,亡Wの創作した著作物を単に監修したという程度にとどまるものではなく,むしろ,原告X4は,亡Wの遺稿に基づきつつ,本件著作物の全体にわたって具体的な表現の創作に寄与したものと解するのが相当である。
したがって,原告X4は,本件著作物について,少なくとも当該創作部分の著作者としての権利を有するものと認めるのが相当である。
(2) この点に関し原告らは,原告X4の権利が,主位的に,共同著作物に係る著作権であると主張し,予備的に,二次的著作物に係る著作権であると主張する。
この点,前記のとおり,原告X4が上記創作を行ったのは,亡Wの死後であるから,上記各部分は,原告X4が単独で創作したものであって,亡Wがその創作に関与したことはない。しかも,原告X4は,亡Wの死後に,本件著作物の執筆を依頼されたものであるから,亡Wの生前に,亡Wと原告X4とが,互いに共同で本件著作物を創作することを合意していたこともない。
そして,仮に亡Wが,自己の死後に,その遺稿をもとにして第三者が本件著作物を完成させることを望んでいたとしても,亡Wが,その第三者が原告X4となることを知っていたわけではない以上,亡Wにおいて,原告X4と共同して本件著作物を創作する意思を有していたと認めることはできないというべきである。
そうすると,本件著作物が,亡Wと原告X4とが共同して創作した共同著作物であると認めることはできない。
しかし,上記のとおり,原告X4は,本件著作物について,少なくとも上記創作部分を新たに執筆しているから,その部分については本件著作物を翻案することにより創作した二次的著作物と認められるものである。したがって,原告X4は,少なくとも本件著作物について二次的著作物の著作者としての権利を有するものと認めるのが相当である。
(3) これに対し,被告らは,特に分冊Ⅰに相当する部分について,原告X4による修正は,字句の訂正,補充などの必要最小限の修正にとどまっており,原告X4が加筆した微分法の記述もわずか3頁分にすぎず,何ら創作性がないと主張する。
しかし,原告X4が,本件著作物の全体にわたって,単なる監修の域にとどまらない,創作的な寄与をしたと認められることは上記(1)のとおりであり,特に,分冊Ⅰに相当する部分については,「1.2.1 直線運動における速度と加速度」の項の中に挿入された「微分法について」と題する記述は,図や数式という具体的な表現を織り交ぜながら,微分法とそれに関する関数の性質について,約3頁にわたって分かりやすく解説したものであるから,このような原告X4の寄与について創作性を否定することはできない。
よって,分冊Ⅰに相当する部分の中の原告X4の寄与部分につき創作性がないとの被告らの主張は採用できない。
また,被告らは,本件著作物について,亡Wの執筆箇所と原告X4の執筆箇所が明確に分かれているから,それぞれ独立した著作物が集合している集合著作物であるとして,分冊1に相当する部分は,亡Wの著作物であり,原告X4の著作物ではないと主張する。
しかし,仮に,被告らが主張するように,本件著作物が集合著作物であって,分冊Ⅰに相当する部分が独立の著作物になると解する余地があるとしても,上記のとおり,原告X4が同部分について創作的寄与をしたことを否定することはできないのであるから,被告らの主張は理由がない。
(4) 以上によれば,本件著作物のうちの分冊Ⅰに相当する部分について,原告X4が二次的著作物の著作者として著作権及び著作者人格権を有していたと認められるから,分冊Ⅰの著作者名として被告Y3の氏名のみが表示され,亡W及び原告X4の氏名が表示されなかったことは,原告X4の氏名表示権を侵害するものであったということができる。