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著作権判例セレクション
【氏名表示権】分冊化した書籍の氏名表示権侵害を認定した事例(法19条3項の適用を認めなかった事例)/原著作者の氏名表示権侵害を認定した事例/書籍の著作者名表示につき,遺族の「固有の利益を侵害する」ものとして不法行為を認定した事例
▶平成25年03月01日東京地方裁判所[平成22(ワ)38003]
(注) 以下で「原告X′」とは、「亡Wの相続人である原告X1,原告X3及び原告X2」を意味する。
1 争点(1)ア(分冊Ⅰの著作者名表示が適法か否か)について
(1)
前記によれば,被告Y3は,本冊の第Ⅰ部・第1章「力学」の部分を分冊とする趣旨で,その記述をできるだけ尊重しつつ,そこに若干の修正を加えて,分冊Ⅰの原稿を執筆したものであり,分冊Ⅰには,上記部分に加えて,「付録A」として,本冊の「付録A
数学の復習」の一部とほぼ同じ内容が含まれており,それ以外には,「付録B」として,被告Y3が新たに作成した章末練習問題の解答が付されていることが認められる。これらの事実に,証拠(略)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すれば,分冊Ⅰは,本件著作物の該当部分を複製ないし翻案したものであることは明らかというべきである。
そして,本件著作物のうち,分冊Ⅰに相当する部分については,少なくとも亡Wの著作権が存することは,当事者間に争いがなく,かつ,本件著作物は,本冊において,その著作者として亡W及び原告X4の氏名が表示されていたのであるから,分冊Ⅰにも,本来,少なくとも亡Wの氏名がその著作者名として表示されなければならなかったことになる(法19条1項)。しかし,前記のとおり,分冊Ⅰの表紙及び奥付には,著作者名として被告Y3の氏名が記載されており,亡Wの氏名は記載されていない。
そうすると,かかる分冊Ⅰの著作者名表示は,亡Wの氏名表示権の侵害となるべきものであったということができる。
(2)
この点に関し被告らは,分冊Ⅰの前付に,「底本」として,本冊が表示され,そこに「著者W・X4」との記載がされており,また,被告Y3の「まえがき」,原告X4の「『基幹物理学』序文」及び被告Y2の「『基幹物理学』はじめに」に書誌が掲載されていることから,分冊Ⅰが本冊を改訂した著作物であることが明らかにされているとして,法19条3項により,原著作者である亡Wの名を省略することができると主張する。
しかし,書籍の著作者名は,その表紙及び奥付等に「著者」又は「著作者」などとして記載する方法によって表示されるのが一般的であるところ,法14条が,著作物に著作者名として通常の方法により表示されている者を当該著作物の著作者と推定すると規定していることにも鑑みると,通常,読者は,そこに表示された者を当該書籍の著作者として認識するものと解される。そうすると,分冊Ⅰについても,その読者は,その著作者名表示から,著作者が被告Y3であると理解するものと解される。
この点,確かに,分冊Ⅰの前付の底本の表示や「まえがき」等の文章を参照すれば,分冊Ⅰが,本冊を分冊化したものであり,本冊を一部改訂したにすぎないものであることは容易に認識し得るが,この前付は,分冊Ⅰの表紙をめくった書籍の内側に記載されているにすぎず,分冊Ⅰを外側から観察しただけでは,それを読み取ることができない。また,本件において,分冊Ⅰの表紙や奥付に亡Wの名を著作者名として表示することが困難又は不適当であったと解すべき事情は認められない。そうすると,上記のように,前付の記載によって本件著作物の著作者が亡Wであり,分冊Ⅰがそれを分冊化したものであることが認識できるとしても,それを理由に,分冊Ⅰの表紙及び奥付に,亡Wの氏名が著作者名として表示されず,被告Y3が単独著作者として表示されることによって,亡Wがその「創作者であることを主張する利益を害するおそれがない」(法19条3項)と認めることはできない。
よって,公正な慣行に反するかどうかを判断するまでもなく,本件は,著作者名の表示を省略することが許される場合には当たらないから,分冊Ⅰの著作者名の表示は,少なくとも亡Wの氏名表示権の侵害となるべき不適法なものであったというべきである。
(3)
なお,被告らは,分冊Ⅰには,被告Y3が執筆した「付録B
章末練習問題回答」が新たに追加されており,全くの複製物であるわけではないとも主張するが,分冊Ⅰの一部に被告Y3の執筆部分があるからといって,本冊を分冊化したものである分冊Ⅰに,亡Wの氏名を表示しないことが許されるわけではないから,被告らの上記主張は採用することができない。
2 争点(1)イ(原告X4の氏名表示権の侵害の有無)について
(1)
原告は,本件著作物が亡Wと原告X4の共同著作物であり,仮にそうでなくとも,亡Wの原稿を原著作物とする原告X4の二次的著作物であるから,本件著作物を分冊化した分冊Ⅰの著作者名として原告X4の名が表示されていないことは,原告X4の氏名表示権を侵害すると主張する。
この点,前記のとおり,本件著作物については,亡Wがその執筆を始め,本件著作物のうち第Ⅰ部「古典物理学」の部分(第5章「相対性理論」を除く。)の大半の原稿を完成間近とし,第Ⅱ部「量子物理学入門」の原稿構成等のメモを途中まで制作したところで死亡したことから,その後,原告X4が,上記「相対性理論」の章を新たに執筆し,上記「量子物理学入門」の部分は,亡Wの上記原稿構成等のメモを基に執筆し,その他の部分は,適宜内容の加除訂正を行って,本件著作物を完成させたことが認められるところ,前記の事実に,証拠(略)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると,本冊の第Ⅰ部「古典物理学」(832頁分)のうち,原告X4が新たに執筆した第5章「相対性理論」の部分が24頁分(809頁ないし832頁)であること,第1章から第4章まで(3頁から808頁まで)は,亡Wがその原稿をほぼ仕上げていたものの,その部分に対して,原告X4が用紙24枚分の加除訂正を行ったこと,原告X4による上記加除訂正の中には,新たに図や数式を用いながら微分法とそれに関する関数の性質について解説した「微分法について」と題する記述(第Ⅰ部・第1章「力学」の「1.2.1
直線運動における速度と加速度」の項の中にあり,本冊の13頁から約3頁分に相当する部分。)を挿入したり,従前の式に微分法の式を付加したり,図の座標軸を加筆して,本文中にその図の説明を書き加えたり,不適切な図を正しい図に修正したり,元の原稿になかった新たな見解や新たな説明を付加したり,いくつかの文章について,その一部を削除し,あるいは加筆して,文章の表現を正確又は分かりやすくしたり,十数箇所の「長円」との表現を全て「楕円」との表現に改めるなど,単なる誤字脱字の修正にとどまらず,文章や図などの具体的な表現について加除訂正がなされた部分が多数あること,第Ⅱ部「量子物理学入門」について,そのうち亡Wの原稿構成等のメモが遺されていたのは,前半部分(第1章「量子力学入門」の始めから第2章「変換理論」の途中までであり,おおむね本冊の833頁から918頁に相当する部分。)だけであり,しかも,そのメモは手書きで,そこに記された文章はなお推敲の途上にあって,原稿として未完成であったこと,そのため,原告X4はそのメモにかなりの加筆修正を加えながら,前半部分の原稿を仕上げたこと,亡Wのメモが存在しなかった後半部分(第2章「変換理論」の途中から第3章「場の量子論から」の終わりまでであり,おおむね本冊の919頁から986頁に相当する部分。)については,全ての原稿を原告X4が新たに執筆したこと,以上の各事実が認められる。
これらの事実によれば,本件著作物の創作における原告X4の寄与は,亡Wの創作した著作物を単に監修したという程度にとどまるものではなく,むしろ,原告X4は,亡Wの遺稿に基づきつつ,本件著作物の全体にわたって具体的な表現の創作に寄与したものと解するのが相当である。
したがって,原告X4は,本件著作物について,少なくとも当該創作部分の著作者としての権利を有するものと認めるのが相当である。
(2)
この点に関し原告らは,原告X4の権利が,主位的に,共同著作物に係る著作権であると主張し,予備的に,二次的著作物に係る著作権であると主張する。
この点,前記のとおり,原告X4が上記創作を行ったのは,亡Wの死後であるから,上記各部分は,原告X4が単独で創作したものであって,亡Wがその創作に関与したことはない。しかも,原告X4は,亡Wの死後に,本件著作物の執筆を依頼されたものであるから,亡Wの生前に,亡Wと原告X4とが,互いに共同で本件著作物を創作することを合意していたこともない。
そして,仮に亡Wが,自己の死後に,その遺稿をもとにして第三者が本件著作物を完成させることを望んでいたとしても,亡Wが,その第三者が原告X4となることを知っていたわけではない以上,亡Wにおいて,原告X4と共同して本件著作物を創作する意思を有していたと認めることはできないというべきである。
そうすると,本件著作物が,亡Wと原告X4とが共同して創作した共同著作物であると認めることはできない。
しかし,上記のとおり,原告X4は,本件著作物について,少なくとも上記創作部分を新たに執筆しているから,その部分については本件著作物を翻案することにより創作した二次的著作物と認められるものである。したがって,原告X4は,少なくとも本件著作物について二次的著作物の著作者としての権利を有するものと認めるのが相当である。
(3)
これに対し,被告らは,特に分冊Ⅰに相当する部分について,原告X4による修正は,字句の訂正,補充などの必要最小限の修正にとどまっており,原告X4が加筆した微分法の記述もわずか3頁分にすぎず,何ら創作性がないと主張する。
しかし,原告X4が,本件著作物の全体にわたって,単なる監修の域にとどまらない,創作的な寄与をしたと認められることは上記(1)のとおりであり,特に,分冊Ⅰに相当する部分については,「1.2.1 直線運動における速度と加速度」の項の中に挿入された「微分法について」と題する記述は,図や数式という具体的な表現を織り交ぜながら,微分法とそれに関する関数の性質について,約3頁にわたって分かりやすく解説したものであるから,このような原告X4の寄与について創作性を否定することはできない。
よって,分冊Ⅰに相当する部分の中の原告X4の寄与部分につき創作性がないとの被告らの主張は採用できない。
また,被告らは,本件著作物について,亡Wの執筆箇所と原告X4の執筆箇所が明確に分かれているから,それぞれ独立した著作物が集合している集合著作物であるとして,分冊1に相当する部分は,亡Wの著作物であり,原告X4の著作物ではないと主張する。
しかし,仮に,被告らが主張するように,本件著作物が集合著作物であって,分冊Ⅰに相当する部分が独立の著作物になると解する余地があるとしても,上記のとおり,原告X4が同部分について創作的寄与をしたことを否定することはできないのであるから,被告らの主張は理由がない。
(4)
以上によれば,本件著作物のうちの分冊Ⅰに相当する部分について,原告X4が二次的著作物の著作者として著作権及び著作者人格権を有していたと認められるから,分冊Ⅰの著作者名として被告Y3の氏名のみが表示され,亡W及び原告X4の氏名が表示されなかったことは,原告X4の氏名表示権を侵害するものであったということができる。
3 争点(1)ウ(原告X′に対する不法行為の成否)について
前記1のとおり,分冊Ⅰの著作者名表示は,亡Wの氏名表示権の侵害となるべき不適法なものであったと認められるところ,前記の各事実に,証拠(略)を併せ考慮すれば,原告X1は亡Wの妻,原告X2及び原告X3は亡Wの子であるが,同原告らは,著作者である亡Wの単なる相続人であるというだけでなく,亡Wの死後,亡Wのために,原告X4に本件著作物の完成を依頼したほか,被告会社と本件出版契約を締結した上,被告Y2と打合せをして,本冊の著者紹介,奥付,表紙及び「はじめに」等の原稿の校閲をし,さらに,400万円近くの出版助成金を提供するとともに,その印税を放棄するなどして,本件著作物の完成と出版に相当程度寄与したことが認められる。
これらの事実によれば,原告X′は,亡Wの作品である本件著作物について深い愛着を持ち,その著作者名の表示についても重大な関心を有しており,したがって,亡Wの氏名表示権の侵害となるべき分冊Ⅰの著作者名表示によって,多大な精神的苦痛を被ったものと推認することができる。
そうすると,分冊Ⅰの著作者名表示は,原告X′の固有の利益を侵害するものとして,原告X′に対する不法行為を構成すると解するのが相当である。
4 争点(1)エ(被告Y3の不法行為責任の有無)について
(1)
原告らは,分冊Ⅰの著作者名表示に係る不法行為について,被告会社は分冊Ⅰの出版社として,被告Y2は被告会社の代表取締役かつ分冊Ⅰの編集者として,被告Y3は上記著作者名表示を許すという積極的な関与をしたことによって,被告らは共同不法行為者として責任を負うと主張する。
この点,被告会社は,分冊Ⅰを出版した出版社であり,被告Y2は,被告会社の代表取締役かつ分冊Ⅰの編集者として,分冊Ⅰの編集及び出版の作業を自ら行った者であることからすれば,被告会社及び被告Y2は,上記不法行為に関し,共同不法行為者として損害賠償義務を負うものと認めることができる。
しかし,被告Y3は,分冊Ⅰの発売直前にその現物を見るまで,分冊Ⅰが被告Y3の単独著作者の表示になることは知らなかったと主張し,本人尋問においても,同旨の供述をする。
そこで検討するに,証拠(略)によれば,被告Y3は,原告X4の弟子であった*大学のZからの依頼で,本件著作物の分冊の執筆を引き受けることになったこと,分冊Ⅰの末尾に設けられた著者紹介の欄には,被告Y3の学位として「理学博士」との記載があるが,実際には,被告Y3の学位は「博士(理学)」であり,上記「理学博士」の記載は誤りであること,同じ著者紹介の欄には,被告Y3の略歴の一つとして,「*大学大学院*研究科博士課程単位取取退学」と記載されていたが,これは「*大学大学院*研究科博士課程単位取得退学」の誤記であり,分冊Ⅰの販売時には,「取取退学」の部分に紙片を貼って「取得退学」と訂正されたことが認められる。これらの事実に照らせば,被告Y3が分冊Ⅰの著作者名表示について特段の興味を持っておらず,分冊Ⅰの出版に至るまで,被告Y2との間で分冊の著作者名表示について具体的な話をせず,また,分冊Ⅰの表紙や奥付のゲラ刷りを確認することもなく,分冊Ⅰの発売直前にその現物を見て,初めて単独著作者の表示を知った,という被告Y3の供述内容が,直ちに信用できないものとはいえない。
これに対し,原告らは,被告Y3が分冊Ⅰの「まえがき」を執筆し,しかも,そこに本冊を「底本」とすることを記載していること,著者紹介の表示が被告Y3のみとなっていること,書籍出版時には,予めゲラ刷りや表紙見本を提示して,執筆者の表示等について打合せをすることが常識であることなどの事情を挙げて,被告Y3が分冊Ⅰの単独著作者の表示を知っていたことが明らかであると主張する。
しかし,被告Y3が本冊の原稿を改訂して分冊Ⅰの原稿を執筆する以上,被告Y3がその「まえがき」を執筆することは何ら不自然ではなく,かえって,「まえがき」に,あえて本冊を「底本」として記載し,分冊Ⅰが本冊を分冊化したものであることや本冊の記述をできるだけ尊重したことなどを記載していることからすれば,被告Y3は分冊Ⅰを自己の単独著作物として出版する意思など有していなかったと考えられるのであって,これらの記載によっても,被告Y3が分冊Ⅰの単独著作者の表示を知っていたことが明らかであるとはいえない。また,被告Y3が分冊Ⅰの原稿の執筆を引き受けた経緯に鑑みれば,被告Y3が,自らの執筆箇所とは関係のない,分冊Ⅰの表紙や奥付のゲラ刷りや見本を確認せず,執筆者の表示等についての打合せしなかったことが不合理であるともいえない。
そうすると,分冊Ⅰの被告Y3の単独著作者の表示について,被告Y3が当初からこれを知っていながらその表示を許すなどという積極的な関与をしたものとは認められない。
(2)
また,原告らは,仮に被告Y3が発売直前に分冊Ⅰの送付を受けてその著作者名表示を知ったとしても,その時点で分冊Ⅰが流通に置かれることを止めることができたのであるから,いずれにせよ故意による氏名表示権侵害が成立すると主張する。
しかし,被告Y3は,分冊Ⅰの著作者名表示を知り,被告Y2に確認したところ,被告Y2から,本冊を底本とすることが記載してあるから問題がないなどと回答され,監修者である原告X4と編集者である被告Y2の意向でそのようになったと思ったと供述するところ,被告Y2も,被告Y3に対して,分冊Ⅰの著作者名表示について,「底本」の表示をしてあることから問題がないと説明したとの供述をしており,このほかに,被告Y3が,原告X4の弟子であるZからの紹介により,被告Y2の依頼を受けて,分冊Ⅰの執筆に関わることになったこと,原告X4は,本冊の監修者であり,かつ共同著作者の一人として表示されていたこと,被告Y2は,本冊及び分冊Ⅰを出版した被告会社の代表者であり,かつ本冊及び分冊Ⅰの編集者でもあったことなどの事情も勘案すれば,被告Y3が,分冊Ⅰの著作者名表示を認識し,それを被告Y2に確認した際,被告Y2の上記のような説明を信じて,その著作者名表示が原告X4や被告Y2の意向によるものであると考え,そこに何ら法的な問題がないものであると理解して,それ以上の確認をしなかったとしても,それが特段不自然又は不合理であるということはできない。
そうすると,被告Y3に,分冊Ⅰの著作者名表示による氏名表示権侵害についての故意があったとは認められない。さらに,上記各事情に照らせば,分冊Ⅰの著作者名表示による氏名表示権の侵害について,被告Y3に過失があったと認めることもできない。
(3)
以上によれば,分冊Ⅰの著作者名表示について,被告Y3が被告会社及び被告Y2とともに,共同不法行為者として責任を負うとの原告らの主張は採用することができない。
5 争点(1)オ(謝罪広告の要否)について
(1)
原告X4及び原告X1は,被告らによる分冊Ⅰの著作者名表示が原告X4の氏名表示権を侵害し,かつ亡Wの氏名表示権の侵害となるべきものであったことを前提に,原告X4は法115条に基づき,原告X1は法116条1項,115条に基づき,被告らに対して,亡W及び原告X4の名誉回復等の措置として謝罪広告を掲載することを求めている。
しかし,まず,前記4のとおり,本件において,被告Y3が分冊Ⅰの著作者名表示についての責任を負うとは認められないから,原告X4及び原告X1の被告Y3に対する謝罪広告の請求は理由がない。
一方,前記1ないし3のとおり,被告会社及び被告Y2によってなされた分冊Ⅰの著作者名表示は,不適法であり,原告X4の氏名表示権を侵害し,かつ亡Wの氏名表示権の侵害となるべきものであったと認められる。
しかし,前記のとおり,分冊Ⅰの前付には,本冊が「底本」として表示され,その監修者名(原告X4)と著者名(亡W及び原告X4)が記載されており,また,被告Y3が執筆した「まえがき」の中でも,分冊Ⅰが本冊を分冊化したものであり,その底本の記述をできるだけ尊重したことなどが明記されている上,それに続いて,本冊の「序文」及び「はじめに」と同じ文章が,それぞれ「『基幹物理学』序文」及び「『基幹物理学』はじめに」との標題で掲載されていたこと,加えて,証拠(略)によれば,被告会社が新聞紙上に掲載した広告においては,被告Y3の名前が,「著作者」ではなく,「改変著者」と記載されていたことが認められるのであって,これらの記載に鑑みれば,被告会社及び被告Y2において,分冊Ⅰが本冊の一部を分冊化したものであることを秘し,被告Y3の単独著作物として出版する意図などなかったことは明らかであり,また,実際に,分冊Ⅰに接した読者においても,分冊Ⅰが本冊を分冊化したものであり,本冊の著作者が亡W及び原告X4であることを理解することは容易であったというべきである。
さらに,前記のとおり,被告会社は,平成22年6月30日に原告らから分冊Ⅰの著作者名表示が著作権等の侵害に当たるとの指摘を受け,その出版の停止等を求められたことから,同年11月19日,分冊Ⅰ及び分冊Ⅱの在庫を廃棄してその出版を中止した上,その後,書店,取次店及びインターネット販売業者らにそれを通知して,ウェブサイトからの両書籍のデータの削除を依頼しており,しかも,分冊Ⅰの販売部数は205部にすぎなかったものである。
(2)
以上によれば,被告会社及び被告Y2による分冊Ⅰの著作者名表示が悪質な氏名表示権侵害であるとはいえず,また,その著作者名表示によって,亡W及び原告X4の社会的評価としての名誉及び声望が大きく低下したものと解することもできない。
したがって,このほかに,被告らが本件において氏名表示権侵害の成立を否定しており,これまでに分冊Ⅰの著者名訂正表示等の措置を取っていないことや,インターネット書店において分冊Ⅰの著者名が「Y3」等と表示されていたことなど,原告らが主張する諸般の事情を考慮したとしても,本件において,不法行為に基づく損害賠償を命ずるほかに,亡W及び原告X4の名誉又は声望を回復するために,被告会社及び被告Y2に対して,謝罪広告を命ずるまでの必要性があるものとは認められない。
以上のとおり,原告X4及び原告X1の被告らに対する謝罪広告の請求は,いずれも理由がない。
(略)
9 争点(5)(原告らの損害額)について
(1)
分冊Ⅰの著作者名表示に基づく慰謝料
ア 原告X4につき
前記2のとおり,分冊Ⅰの著作者名表示は,原告X4の氏名表示権を侵害するものであったと認められ,これは原告X4に対する不法行為に該当するところ,前記2(1)の本件著作物の執筆における原告X4の寄与の程度,前記の分冊Ⅰの著作者名及び底本に関する表示の内容,同(11)の分冊Ⅰの販売部数(205部)のほか,本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,上記不法行為に基づく原告X4の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は,10万円とするのが相当である。
イ 原告X′につき
前記3のとおり,分冊Ⅰの著作者名表示は,原告X′に対する不法行為を構成すると認められるところ,著作権者である亡Wと原告X′との身分関係並びに本件著作物の完成及び出版における原告X′の関与の程度のほか,前記の分冊Ⅰの著作者名及び底本に関する表示の内容,同(11)の分冊Ⅰの販売部数(205部),前記2(1)の本件著作物における亡Wと原告X4との寄与割合のほか,本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,上記不法行為に基づく原告X′の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は,原告X1につき20万円,原告X2及び原告X3につき各10万円とするのが相当である。
(2)
弁護士費用
原告らが,分冊Ⅰの著作者名表示に係る不法行為に関連して,原告らの慰謝料に係る損害賠償請求,謝罪広告請求,本件各書籍の出版の差止請求等の訴訟を提起し,その訴訟の遂行を弁護士に委任したことは,当裁判所に顕著であるところ,本件事案の内容,事案の難易,訴訟の経緯及び上記各請求に係る認容の度合い等の諸般の事情を考慮すると,被告会社及び被告Y2の不法行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は,原告X4につき4万円,原告X1につき8万円,原告X2及び原告X3につき各4万円を相当と認める。