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著作権判例セレクション
【コンテンツ契約紛争事例】 出版(許諾)契約の解除の成否(出版権原不存在確認請求の可否)、出版助成金提供契約の錯誤無効の成否その他が問題となった事例
▶平成25年03月01日東京地方裁判所[平成22(ワ)38003]
(注) 以下で「本件各書籍」とは、被告会社が印刷出版等した書籍を意味する。また、「原告X′」とは、「亡Wの相続人である原告X1,原告X3及び原告X2」を意味する。
なお、原告らと被告会社との間では,平成17年12月22日,原告らが被告会に対して本件著作物に関する出版の許諾を与える旨の契約(「本件出版契約」)が成立したが,その際,原告らと被告会社との間で,本件出版契約に係る契約書は,作成されなかった。
6 争点(2)(被告会社の出版権原の消滅の有無)について
(1)
債務不履行解除について
原告らは,本件出版契約が,本件著作物についての,本冊及びそれ以後の分冊の出版に関する包括的な契約であったことを前提として,分冊Ⅰの不適法な著作者名表示という本件出版契約上の債務不履行を理由に,本件出版契約を解除したから,被告会社は,本件各書籍及びその後の分冊についての出版権原を有しないと主張する。
この点,出版契約において,出版社が,当該出版物の著作者の著作権及び著作者人格権を害してはならないことは当然であるから,出版契約に基づいて,出版社は当該出版物について適切な著作者名表示をなす債務を負うものと解される。したがって,被告会社が分冊Ⅰについて不適法な著作者表示を行い,それによってその著作者である亡W及び原告X4の氏名表示権を侵害した行為は,分冊Ⅰに係る出版契約上の債務不履行に当たると認められる。
しかし,前記の本冊及び分冊Ⅰ,分冊Ⅱの各出版の経緯に照らすと,平成17年12月に締結された本件出版契約の中に,分冊Ⅰ及び分冊Ⅱの出版に関する具体的な合意が含まれていたと解することは困難である。かえって,被告会社の代表者である被告Y2が,本件出版契約の当時,分冊の出版の企画がなかったと供述していること,及び本件出版契約の当事者の一人である原告X2も,分冊化の話は本冊の出版の前後に出てきたものであると陳述していることからすれば,本件出版契約の締結当時,分冊の出版が具体的に予定されていたことはなく,それゆえ,本件出版契約の当事者間で,分冊の出版についての話合いや何らかの合意がなされたことはなかったものと認められる。
そうすると,被告会社が主張するように,分冊Ⅰの出版は本件出版契約に基づくものではなく,本件各書籍はそれぞれ個別の出版契約に基づいて出版されたものであったと認めるのが相当である。
したがって,分冊Ⅰの不適法な著作者名表示を理由とする債務不履行に基づいて出版契約を解除する旨の原告らの意思表示により,分冊Ⅰに係る出版契約が解除されたとは認め得るものの,それとともに,本冊及び分冊Ⅱに係る出版契約が解除されたものと認めることはできない。
(2)
信頼関係破壊による解除について
原告らは,本件各書籍がいずれも本件著作物を利用して出版されたものであるという点で共通し,しかも,契約当事者を共通にしていることから,分冊Ⅰの氏名表示権が侵害されたことにより,契約当事者間の信頼関係が著しく破壊されたとして,出版契約の解除が認められると主張する。
この点,上記(1)のとおり,本件出版契約の締結当時,契約当事者間で分冊の出版に関する合意がなされておらず,本件各書籍はそれぞれ個別の出版契約に基づいて出版されたものと認められるものの,前記によれば,原告ら及び被告会社との間では,契約書等の書面を作成することなく本件出版契約が締結されたこと,本件出版契約は,本件著作物の出版に関してなされた合意であり,その合意に基づいて本冊が出版されたこと,分冊Ⅰ及び分冊Ⅱがいずれも本冊の本文部分(本件著作物)を分冊化したものであり,分冊Ⅰは本冊の該当部分の文章に若干の改訂を加えて,分冊Ⅱは本冊の該当部分をほぼそのままの文章で,それぞれ出版されたことが認められる。また,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,本件出版契約には契約期間の定めがなかったこと,分冊Ⅰ及び分冊Ⅱの出版に当たっては,原告らと被告会社との間で,本件出版契約とは別に,分冊についての印税や契約期間等の条件についての具体的な話合いがされたことはなく,契約書が作成されることもなかったことが認められる。
これらの事実に鑑みれば,分冊Ⅰ及び分冊Ⅱはいずれも,本冊の出版に係る本件出版契約が存在し,そこで本件著作物の利用が許諾されていることを前提に,そこで形成された契約当事者間の信頼関係に基づいて,原告らがその出版を許諾し,被告会社において出版されたものと解することができる。
加えて,出版契約が,著作者の人格権の対象となる著作物の利用に関する契約であって,当事者間の信頼関係を基礎とする継続的な契約であることを考慮すれば,分冊Ⅰの不適法な著作者名表示によって,原告X4及び亡Wの著作者人格権が侵害され,原告X4及び亡Wの相続人である原告X′がいずれも多大な精神的苦痛を被り,その後,それを理由として,原告らが被告会社に対し,出版の停止や損害賠償等を求めるに至っていたという事情の下では,分冊Ⅰに係る出版契約はもとより,本冊に係る本件出版契約及び分冊Ⅱに係る出版契約についても,契約当事者間の信頼関係が著しく破壊され,もはやその継続が不可能になっていたと認められる。
したがって,原告らは,信頼関係の破壊を理由として,分冊Ⅰだけでなく,本冊及び分冊Ⅱについても,その出版契約を解除することができると解するのが相当である。
(3)
以上によれば,分冊Ⅰについては債務不履行解除に基づき,本冊及び分冊Ⅱについては,信頼関係の破壊を理由とする解除に基づき,被告会社が本件各書籍を出版する権原は,いずれも消滅したものと認められる。
7 争点(3)(出版等差止め等の可否)について
(1)
原告らは,原告らによる解除に基づいて,被告会社が本件各書籍の出版権原を失ったことを前提に,著作権に基づいて,被告会社に対し,本件各書籍の印刷,出版,複製,販売及び頒布の差止め並びに本件各書籍及びこれらに関する印刷用原版(フィルムを含む。)の廃棄を請求する。
これに対し,被告会社は,被告会社が本件各書籍の出版権原を有することを前提に,原告らの請求に理由がないと主張するが,被告会社が既に本件各書籍の出版権原を失っていることは,前記6で認定したとおりである。
そうすると,被告会社が出版権原なく本件各書籍を出版する行為は,本件各書籍の著作者の複製権等を侵害するものと認められるところ,本冊については,前記2のとおり,原告X4は少なくとも二次的著作物の著作者として著作権を有し,原告X′は,亡Wの原著作物に係る著作権の相続人として共有著作権を有するから,原告らは,被告会社に対し,その出版の差止めを求めることができるというべきである。
次に,分冊Ⅰについても,原告X′が,亡Wの原著作物に係る共有著作権を有するとともに,原告X4が,前記2のとおり,「微分法について」と題する3頁に及ぶ新たな記述を挿入したほか,従前の式に微分法の式を付加したり,図の座標軸を加筆して,本文中にその図の説明を書き加えたり,十数箇所の「長円」との表現を全て「楕円」との表現に改めるなどして,上記創作部分に関し二次的著作権を有しているから,原告らは,それぞれの著作権に基づいて,その出版の差止めを認めることができるというべきである。
他方,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,分冊Ⅱに関する原告X4の関与は,同部分に相当する亡Wの原稿について,「物体」の語を「固体」に改め,また,不必要な「-」の記号を削除したという程度にすぎないものであることが認められるところ,この程度の加除訂正には何ら創作性を認めることができないから,原告X4は,分冊Ⅱについては,二次的著作物に係る著作権を有しないと解するのが相当である。したがって,分冊Ⅱについては,原告X′の差止請求を認めることはできるが,原告X4の差止請求を認めることはできない。
(2)
なお,被告会社は,既に本件各書籍の出版及び販売を停止し,分冊Ⅰ及び分冊Ⅱの在庫を廃棄しており,今後も本件訴訟による紛争が解決するまでは,その出版及び販売の停止を継続する所存であるから,出版差止め等の必要性がないと主張する。
しかし,被告会社は,本件訴訟において,上記のとおり,なお出版権原を有すると主張しており,しかも,本件訴訟による紛争が解決するまでは販売等を停止すると述べて,なお本件各書籍を販売する意思を有することを明らかにしているのであるから,本件において,被告会社が本件各書籍を販売して,原告らの著作権を侵害するおそれがあることは否定できない。
(3)
よって,原告X′は,亡Wから相続した原著作物に係る共有著作権に基づき,法28条,112条1項により,本件各書籍の出版の差止めを求めることができ(なお,「出版」とは著作物を複製して頒布する行為であり(法80条1項参照),印刷は「複製」に相当し,販売は「頒布」に包含されるから,原告らによる印刷,出版,複製,販売及び頒布の差止請求は,複製及び頒布の差止めを求める趣旨と解される。),一方,原告X4は,二次的著作物に係る著作権に基づき,法112条1項により,本冊及び分冊Ⅰの出版の差止めを求めることができると解するのが相当である。
また,原告らは,法112条2項に基づき,その侵害の停止又は予防に必要な措置として,それぞれ出版差止めが可能な各書籍について,その書籍及び印刷用原版(フィルムを含む。)の廃棄を求めることができると解するのが相当である。
8 争点(4)(出版権原不存在確認請求の可否)について
前記6のとおり,原告らの解除に基づいて,被告会社が本件各書籍の出版権原を失ったことが認められるから,被告会社の出版権原がないことの確認を求める原告らの請求は,いずれも理由がある。
この点に関し被告会社は,本件訴訟による紛争が解決するまで本件著作物の出版及び販売の停止を継続するつもりであるから,確認請求の理由は存しないと主張するが,被告会社がなお本件各書籍の出版権原を有していると主張しており,本件各書籍を販売し,原告らの著作権を侵害するおそれがあることが否定できないことは,前記7のとおりであるから,かかる被告会社の主張は採用することができない。
(略)
10 争点(6)(本件出版助成金提供契約が錯誤により無効となるか否か)について
(1)
原告X1は,被告Y2の説明によって,本冊は需要が見込まれず,400万円を支援しなければ定価が1万8000円程度になると信じ,本件著作物の価格を下げて出版する目的のために出版助成金を提供したが,実際には,本冊には十分な需要があり,また,被告会社は多数回の新聞広告を出す等して出版助成金を価格の削減以外の目的で費消したことから,出版助成金がなくとも本冊の定価を1万2000円として出版することができたとして,本件出版助成金提供契約が錯誤により無効であると主張する。
この点,前記の各事実並びに証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,本冊が物理学という専門的な分野の教科書であること,亡Wは,生前に原告X′に対して,本冊が100部から200部程度世に出れば十分であると語っていたこと,被告Y2が,本冊の出版に当たり,その製作費を600万円程度と見積もり,それに基づいて本冊の定価を定めようとしたこと,出版業界においては,書籍の売上げについて,おおむね3分の1程度が取次店及び書店のための流通経費に,他の3分の1程度が書籍の製作費に,残りの3分の1程度が印税,編集費,広告費,一般管理費等の間接費に,それぞれ割り当てられるのが一般的であること,被告Y2が,上記製作費の見積額を前提に,本冊を1000部出版した場合の定価が1万8000円程度になると試算したこと,被告Y2が,原告X2を通じて,原告X1に対し,本冊に需要が見込まれず,このままで出版すると定価が1万8000円程度になるが,400万円の援助があれば,定価を1万2000円程度に下げることができるなどと申し入れたこと,原告X1は,被告Y2の申入れを受けて,平成19年夏頃までに,本冊の定価を下げるために出版助成金を提供することを決め,平成19年7月4日から平成20年6月30日までの間に合計399万5460円を被告会社に送金したこと,被告会社は,原告X1から上記出版助成金を受けることになり,さらに,原告X′から本冊の印税の支払を不要とする申入れがなされたこともあって,本冊の定価を1万円に設定し,平成20年6月に第1版第1刷として1000部を出版したこと,本冊は,平成21年2月に第1版第2刷として500部が増刷され,同年7月に第2版第1刷として500部が増刷され,同年12月に第2版第2刷として500部が増刷され,さらに,平成22年6月に500部が増刷されたこと,印刷された3000部のうち少なくとも2500部程度が販売されたこと,被告会社は,本件各書籍について,平成20年5月から平成22年6月までの間に少なくとも18回の新聞広告を出したこと,以上の各事実が認められる。
(2)
上記のとおり,原告X1は,本冊の定価を1万8000円から1万2000円程度に下げることを意図して出版助成金を提供したものであるところ,上記(1)によれば,本冊は,最終的に,定価を1万円として出版されたのであるから,その限りでは,原告X1に錯誤があったとはいえない。
この点,原告X1は,被告Y2から本冊に十分な需要が見込めないと言われそれを信じたが,本冊には十分な需要があったから,出版助成金がなくとも定価を1万2000円として出版することができたと主張する。
しかし,十分な需要があるか否かという見込みは,本冊の定価をいくらに設定することによって何部販売ができるかという,仮定的で,かつ将来の不確定な事実についての予測にすぎないから,結果的に予測以上の販売があり,当初の見込みが外れたとしても,それをもって,本件出版助成金提供契約の締結当時の具体的な事実関係について,要素の錯誤があったということはできない。
また,本件出版助成金提供契約の締結当時において,既に本冊の十分な需要が客観的なものとして存在したと認められるような場合には,その客観的な需要の存在は,錯誤の対象となる具体的な事実といい得る余地があるものの,上記(1)のとおり,本冊が平成20年6月の出版から約2年の間に2500部程度が販売されたという事実は,本冊が出版された後の事実であって,契約締結当時に存在した事実ではないから,それが契約締結時における錯誤の対象となるということはできない。そのほか,本件出版助成金提供契約締結の当時に,客観的な需要が存在していたことを認めるに足りる主張立証はなく,むしろ,本冊は物理学という専門的な分野の教科書であり,亡W自身,それが100部ないし200部程度世に出れば十分であると述べていたこと,1万8000円という価格は一般に流通する書籍の価格としては高価なものといえ,また,最終的に本冊の定価とされた1万円にしても決して安価なものとはいえないこと,本冊の発刊時の印刷部数は1000部であり,その後の初回の増刷は,発刊から約8か月後であったこと,被告会社による積極的な広告がその販売部数の増加に一定程度貢献したと考えられることなどに照らすと,本件出版助成金提供契約の締結当時に本冊の十分な需要が客観的に存在していたと認めることは困難というほかない。
なお,被告Y2が,平成17年11月頃に本冊の頁数を1200頁とした場合の製作費を600万円程度と見積もり,それをもとに,本冊の売上部数の予測と,売上げの製作費,間接費及び流通経費への配分を考慮して,定価を1万8000円程度と見積もったとの被告Y2の説明について,原告らは,平成17年11月頃には本冊の原稿が完成していなかったのであるから,本冊の頁数を設定することはできなかったはずであるとの疑問を呈するようであるが,証拠(略)によれば,被告Y2は,同年10月頃,亡Wが遺した原稿の全てを原告X′から受領し,その原稿の分量を把握していたと認められるから,被告Y2が,そこに相対性理論の章や量子物理学入門の後半部分を書き加えることを想定して,本冊の頁数をおおむね1200頁程度と見積もったとしても,そのことが不自然であるとはいえず,そのほか,上記の被告Y2による製作費や定価の見積もりが,その当時の事情を前提として,不合理なものであったと認めるに足りる的確な証拠もない。
(3)
さらに,原告X1は,被告会社が多数回の新聞広告を出す等して出版助成金を価格の削減以外の目的で費消したことから,出版助成金がなくとも,定価を1万2000円にすることができたとも主張する。
しかし,原告X1からの出版助成金はいずれも被告会社の銀行預金口座に送金されており,それが被告会社の他の預金と分別管理されていたとは考え難いことからすれば,出版助成金として提供された金員そのものが,被告会社の支出のうちいずれの費用に充てられたのかを認定することは極めて困難というべきである。したがって,そもそも出版助成金が価格の削減以外の目的で費消されたとの原告の主張は採用することができない。
この点,被告Y2の本人尋問における供述には,出版助成金が主として編集費等の間接費に回ったとの供述が存するが,他方で,出版助成金が何に使われたかははっきりしないとも供述しているのであるから,被告Y2の上記供述は,本冊の出版においては,組版代などの直接製作費を削減することができたが,それ以外の編集費等の間接費には余分の費用がかかったことをいう趣旨にすぎず,出版助成金として提供された金員そのものを間接費の支払に充てた旨を供述するものとは解されない。
また,証拠(略)によれば,被告Y2は,出版助成金の提供を依頼するに当たり,本冊の製作費,特に組版代相当額を目安として出版助成金の額を定めたことが認められるが,他方で,本件出版助成金提供契約においては,出版助成金の使途が製作費に限定されていたわけではなかったと認められる。
そうすると,出版助成金を製作費に充てることが同契約の内容になっていたとは認められないから,被告会社が,原告X1から出版助成金を受けることによって,自社の経費の全体的な負担を軽減し,それによって本冊の定価を現に下げることができたのであれば,仮に受領した出版助成金を製作費以外の用途に充てたという事実があるとしても,それをもって,本件出版助成金提供契約における要素の錯誤があったということはできない。
なお,被告会社は,上記(1)のとおり,平成20年5月から平成22年6月までの間に18回にわたって新聞広告を出しており,そのためにそれなりの広告費を支出したことがうかがわれるが,それらの広告のうち,最後の出版助成金が提供された平成20年6月頃までに出された広告は2回にすぎず,その余の16回の広告は,いずれも同年8月から平成22年6月までの間に行われたものであり,一方で,その間は,本冊の売上げによる収入が得られた時期でもあるから,それらの広告費の合計額が相当額に上るとしても,そのことから,出版助成金がこれらの広告費に充てられたことや,出版助成金の提供がなくとも,当然に定価を1万2000円とすることができたことが推認されるわけではない。
(4)
以上によれば,本件出版助成金提供契約が錯誤により無効であるとの原告X1の主張は,採用することができない。
11 争点(7)(原告X′の本冊に係る印税請求権の有無)について
(1)
原告X′は,本件出版契約において,被告会社との間で,印税を定価の10パーセントとし,同印税につき亡Wの寄与分を84パーセント,原告X4の寄与分を16パーセントとすることを合意したと主張する。
しかし,本件出版契約において,原告X′と被告会社との間で,本冊の出版に係る印税に関する具体的な合意があったと認めるに足りる的確な証拠はない。かえって,被告会社がかかる印税合意の存在を否認している上,原告X2自身も,その本人尋問において,印税に関する合意を認識していなかったと供述しており,しかも,前記のとおり,後に原告X′が本冊の印税を不要とする旨を明示していることに照らすと,本件出版契約において,原告X′と被告会社との間で,印税の支払が合意されたと認めることはできない。
したがって,原告X′の印税に係る合意についての主張は採用することができない。
(2)
また,仮に本件出版契約において原告X′と被告会社との間で印税に係る合意がされ,原告X′が印税請求権を取得していたとしても,前記のとおり,その後,原告X′が本冊についての印税が不要である旨を申し入れ,印税を無償とすることが合意されたことは明らかであるから,これによって,原告X′は印税請求権を放棄したものと認めるのが相当である。
この点に関し原告X′は,本件出版助成金提供契約が錯誤により無効であるのと同様に,かかる印税の放棄も錯誤により無効であると主張する。
しかし,前記10(1)のとおり,本冊の定価は,原告X1による出版助成金の提供及び原告X′による印税不要の申入れを受けて,1万円に設定されたのであるから,その点において錯誤があったとは認められず,このほか,本冊には十分な需要があり,印税の放棄がなくとも本冊の定価を1万円として出版することができたというような事実が認められないことも,前記10と同様であるから,原告X′の印税の放棄に係る錯誤無効の主張は採用することができない。
(3)
以上によれば,いずれにせよ,原告X′が本冊に係る印税請求権を有するものとは認められないから,原告X′の請求は理由がない。
12 争点(8)(原告らの分冊Ⅰ及び分冊Ⅱに係る印税請求権の有無)について
原告らは,本件出版契約において,本冊だけでなく,分冊に関しても,印税を定価の10パーセントとし,同印税につき亡Wの寄与分を84パーセント,原告X4の寄与分を16パーセントとすること,原告X4の監修料を定価の2パーセントとすることを合意したと主張し,かかる合意の存在を前提に,分冊Ⅰ及び分冊Ⅱについての印税請求権があると主張する。
しかし,前記6(1)のとおり,本件出版契約の締結当時,分冊の出版が具体的に予定されていたことはなく,同契約において分冊の出版についての合意がなされたことはないと認められる以上,そこで,分冊に係る印税及び監修料についての合意がなされたと認めることはできない。
また,原告X′については,そもそも本冊に係る印税についての合意すら認められないことは,前記11(1)のとおりである。他方,原告X4については,前記のとおり,本件出版契約において,本冊に係る印税及び監修料について具体的に合意されていたことが認められるものの,上記のとおり,本件出版契約の当時には分冊の出版の予定はなかったのであり,しかも,本件著作物の執筆の経緯に照らせば,本冊における亡Wと原告X4の寄与割合とそれを分冊化した場合の各分冊における寄与割合とが当然に異なってくることに鑑みれば,当事者間において,本冊について合意される印税等の額又は計算方法をその後出版される分冊の印税等の額又は計算方法にそのまま適用することが,当然の前提とされていたとは考えられない。
よって,原告らの分冊Ⅰ及び分冊Ⅱに係る印税請求権の主張は理由がない。