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著作権判例セレクション

コンテンツ契約紛争事例】歴史教科書の使用許諾契約の解釈が争点となった事例

平成210825日東京地方裁判所[平成20()16289]
() 本件は,原告らが,原告らと被告との間における別紙記載1の各書籍(以下,併せて「本件書籍」という。また,同記載1(1)の書籍のみを指すときは,「本件教科書」といい,同記載1(2)の書籍のみを指すときは,「本件市販本」という。)中の同記載2の部分(「本件記述」)の使用許諾契約が平成22年3月をもって終了する旨主張して,本件記述の著作権ないし本件書籍の初版本のうち本件記述に対応する部分の著作権に基づき,本件書籍を発行する出版社である被告に対し,平成22年度分教科書の教育現場への配給が始まる時期である平成22年3月1日以降の本件記述を含む本件書籍の出版,販売及び頒布の差止めを求めた事案である。

1 争点1(原告らの有する著作権の対象及び内容)について
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2 争点2(本件許諾契約における発行期間についての合意内容)について
(1)被告は,本件書籍を発行するに当たり,本件書籍の発行期間については,原告ら,被告及びその他の著作者間において,本件書籍を改訂するまでの間,すなわち,学習指導要領の改正が行われない場合は採択期間の4年間,学習指導要領の改正により次回の採択期間が短縮されたことに伴い端境期が生じる場合は,採択期間の4年間+端境期の期間,中学校用教科書として出版,頒布することが前提とされており,このことは全著作者が合意していた旨主張する。
(2)前提となる事実等に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
ア 被告は,本件書籍の著作権者との間で出版許諾契約(本件許諾契約)を口頭で締結した(なお,原告らが本件許諾契約の当事者であることについては,当事者間に争いがない。ただし,前記1認定によれば,原告A,原告C及び原告Dは本件書籍について著作権を有する者として,原告Bは,本件書籍の初版本について著作権を有する者として,被告との間で,本件許諾契約を締結していることになる。)。
本件許諾契約の締結に当たって,契約当事者間において,本件教科書の発行期間(許諾期間)について特段の話合いがされたことはなく,本件教科書の発行期間(許諾期間)が特に話題になることもなかった。
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(3)上記(2)で認定した事実によれば,①本件許諾契約の締結当時,当事者間において,本件書籍の発行期間について,特に話し合われたり,話題に上ったりしたことはないこと(したがって,当事者間において,発行期間を採択期間である4年間に限定する旨の話合いがされたこともないこと),②本件許諾契約における当事者間においては,本件書籍を中学校用教科書(及びその市販本)として発行し,広く生徒の使用に供し,普及することが目的とされており,改訂を行う必要が生じて,改訂された新教科書が発行されるに至るまでの間は,現行の教科書(本件教科書)の発行を継続することが予定されていたこと,③本件許諾契約の当事者間において,本件教科書の改訂時期(頻度)を,他の教科書とは異なる扱いとする旨の合意がされたことはないこと,④平成13年度から使用開始となる教科書を対象とする平成11年度の中学校教科書検定については,発行者から検定の申請がされることはなく(当時,教科書を発行していた者は,いずれも改訂を見送った。),平成22年度から使用開始となる教科書を対象とする平成20年度の中学校教科書検定についても,検定を申請したのは,新たに原告らの執筆した中学校用歴史教科書(自由社版の新教科書)を発行することになった自由社のみであり,現行の中学校用教科書を発行する者からの検定申請はなかった(現行の教科書を発行する者は,いずれも改訂を見送った。)ことに照らし,本件許諾契約の締結当時,学習指導要領の改訂に伴い端境期が生じた場合,既存の教科書(現行の教科書)の発行者は,端境期に発行する教科書については改訂を見送り,現行の教科書をそのまま発行するのが一般的な取扱いであったこと,⑤本件教科書の採択に向けた活動が一段落した平成17年8月ころ以降の一連の経過に照らせば,つくる会の内部における意見対立により,有力メンバーの一部がつくる会を離れて『日本教育再生機構』を設立する事態となったことを受けて,被告は,本件教科書の次期改訂に当たっては,つくる会に対し,『再生機構』との協働を求めたものの,つくる会はこれに賛同せず,被告とは別の出版社からの教科書発行を目指すことになったのであり,このような事態に至るまでは,本件許諾契約の当事者間において,本件教科書の次期改訂以降も,引き続き被告から教科書を発行することが予定されていたこと,が認められ,これらの事実に照らせば,本件許諾契約締結当時,当事者間においては,本件教科書(本件書籍)の発行期間につき,本件教科書の改訂が行われ,改訂された新しい教科書が発行されるまで,と定められていたと認めるのが相当である(なお,原告らも,本件訴状において,「原告らは,平成17年4月ころ,被告に対し,本件記述を盛り込んで本件書籍を制作・出版することを許諾する出版許諾契約を口頭で締結し(契約期間の定めなし),被告はこれに基づいて今日まで本件書籍を出版しているものである。」と主張している。)。
そして,平成20年に改訂された学習指導要領(平成20年文部科学省告示)が平成24年度から施行されるのに伴い,平成22年度から使用開始となる教科書については,採択期間が平成22年度及び平成23年度の2年間に短縮されるため,被告は,平成22年度に使用開始となる教科書については,改訂を行わないから,本件書籍の発行期間は,平成23年度(平成24年3月末日)までであると認められる(現行の学習指導要領に準拠した教科書は,平成24年度以降は使用することができない)。
(4)原告らの主張について
ア 原告らは,著作者と出版社との間の出版許諾契約は,各採択期間ごとに契約ないし更新をするのが商慣習である旨主張するものの,これを認めるに足りる証拠はない。
イ 原告らは,現行採択期間の当初においては,学習指導要領の改訂がされなければ,平成22年度からの時期採択期間は現行の学習指導要領の下で,本件教科書の改訂を行うというのが,原告らと被告との共通認識であった旨主張する。しかしながら,乙第63号証によれば,原告Aと被告の編集担当者であるG及びEとの間においては,平成17年10月当時,本件教科書の改訂について,「文部科学省が現在学習指導要領の改訂作業を進めており,その骨子が年内にも発表される。それを見て,改訂の方針を考えることとする。」との方針が確認されていたことが認められる。
ウ 原告らの上記主張は,いずれも採用することができない。
3 争点3(本件許諾契約の合意解約の有無)について
(1)原告らは,被告が平成19年2月26日,原告ら(つくる会)に対し,本件書籍の出版を平成21年度を最後に終了し,平成22年度からは被告独自の教科書を被告の子会社から出版することを通告し(甲2),上記通告を受け,原告らが平成19年6月13日,被告に対し,現行教科書配給期間が終了する平成22年3月をもって本件許諾契約を解約する旨を通知したことにより,原告らと被告との間で本件許諾契約を平成22年3月をもって解約することが合意された旨主張する。
(2)しかしながら,①甲第2号証の文書は,被告において,つくる会からの「新しい歴史教科書」及び「新しい公民教科書」の継続発行に関する方針を示すようにとの申入れに対する回答として作成されたものであること,②甲第2号証の文書には,「次の改訂教科書の供給開始時期である2010年度に向けて,発行準備を開始するにあたり,憂慮すべき問題を抱えることになりました。」,「ご承知の如く2006年度供給本の採択活動が終了した一昨年9月以降,『新しい歴史教科書をつくる会』が会長人事などで組織内に混乱を生じ,昨年,有力メンバーの一部が,つくる会と袂を分かって『日本教育再生機構』を設立する事態となり,『新しい歴史教科書をつくる会』が事実上分裂する状況となりました。」,「2010年供給本の編集開始にあたっては,扶桑社としては従来の『新しい歴史教科書をつくる会』が『再現』され,その推薦がスムーズに実現することを前提として作業に入ることが必須と考えておりましたが,貴会の一部の有力メンバーの方々が『再生機構』との協働をはっきりと拒否されることを公言されているなど,現状を見るに前回同様の幅広い推薦を頂ける状況に無いと判断するにいたりました。」,「前二回の枠組みが使えない状況下,『新しい酒は新しい皮袋に』という故事もありますが,教科書発行を主業務とする別法人を立ち上げ,そこからの刊行を予定しております。」,「この新たな教科書作りに賛同していただける各界の方々の協力を仰ぎ,別法人が責任を持って教科書を発行する所存でございます。」などと記載されていたこと,③被告がつくる会に対して甲第2号証の文書を交付した当時,つくる会の側も被告の側も,平成22年度から使用開始となる教科書について端境期が生じることは念頭に置いておらず,平成19年3月ころになって,学習指導要領の改訂が遅れるとの情報に接し,平成22年度の採択期間が短縮される(端境期が生じる)との認識を有するに至ったことは,前記認定のとおりである。
上記事実によれば,甲第2号証は,新学習指導要領に基づき改訂された教科書の制作や発行について被告の方針を述べたものであって,現行学習指導要領に準拠する本件教科書の発行についての被告の方針を述べたものであるとは認められない。
そうすると,被告が,平成19年2月26日,甲第2号証をもって,原告ら(つくる会)に対し,本件書籍の発行を平成21年度をもって終了する旨の意思表示をしたとはいえず,他に本件許諾契約が合意解約されたことを認めるに足りる証拠もないから,原告らの上記主張は理由がない。
4 争点4(本件許諾契約が解除により終了するか否か)について
(1)原告らは,本件許諾契約が期間の定めのない契約であることを前提に,原告らによる解除の意思表示により,本件許諾契約が平成22年3月までの教科書配給期間の満了をもって終了する旨主張する。
(2)しかしながら,前記2認定のとおり,本件許諾契約は,本件書籍の発行期間を平成23年度(平成24年3月末日)までと定めた契約期間の定めのある契約であって,期間の定めのない契約ではない。
また,契約期間の定めのある契約において,契約当事者に解除権が認められるためには,契約の成立当時に基礎となっていた事情に変更が生じ,当該事情の変更が,信義衡平上当事者を当該契約に拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要するものと解される。本件においては,上記解除権を認めるべき事情の変更があったと認めることはできない。
(3)よって,原告らの上記主張は理由がない。
5 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの本訴請求はいずれも理由がない。