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著作権判例セレクション
【共同著作】建物外観に「組亀甲柄」を取り入れることを提案した者の共同著作者性・共同著作物性を認めなかった事例
▶平成29年4月27日東京地方裁判所[平成27(ワ)23694]▶平成29年10月13日知的財産高等裁判所[平成29(ネ)10061]
(注) 本件は,建築設計等を目的とする原告が,自らが別記載の建物(「本件建物」)の共同著作者(主位的主張)又は本件建物を二次的著作物とする原著作物の著作者(予備的主張)であるにもかかわらず,被告T工務店が本件建物の著作者を同被告のみであると表示したことにより,そのように表示された賞を同被告が受賞したこと,及び,被告T工務店の上記表示を受けて,被告S社がそのように表示された書籍を発行・販売してこれを継続していることが,原告の有する著作者人格権(氏名表示権)を侵害する行為であると主張して,被告らに対し,原告が本件建物について著作物人格権(氏名表示権)を有することの確認などを求めた事案である。
1 認定事実
前記前提事実に加えて,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められ,これに反する証拠は採用しない。
(略)
⑹ 組亀甲柄の使途
組亀甲柄は,毘沙門亀甲(六角形を3つ並べた形)を編み目を出すように組んだ伝統的な日本の文様であり,三角形に並べた毘沙門亀甲3つを外枠線が互い違いになるように重ねて並べて組むと正六角形(亀甲模様)に見える。
組亀甲柄は,壁紙やバッグ,カバーなどの平面的な製品のほか,壁やホテルの内装スクリーン,神社の柱,内装建具,LUCEPLAN社の建築化照明及びショールームの内装壁,ホテルの内部壁面などにも立体形状として使用され,建築の図案集にも取り上げられている。
2 争点1(本件建物の著作者)について
⑴ 争点1-1(原告が共同著作者であるか)について
ア 原告代表者の創作的関与について
(ア) 著作権法は,著作物の対象である著作物の意義について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(同法2条1項1号)と定義しており,当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方,思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては,著作物に該当せず,同法による保護の対象とはならないものと解される。また,当該作品等が創作的に表現されたものであるというためには,作成者の何らかの個性が表現として表れていることを要し,表現が平凡かつありふれたものである場合には,作成者の個性が表現されたものとはいえず,創作的な表現ということはできない。
また,「建築の著作物」(同法10条1項5号)とは,現に存在する建築物又はその設計図に表現される観念的な建物であるから,当該設計図には,当該建築の著作物が観念的に現れているといえる程度の表現が記載されている必要があると解すべきである。
(イ) 上記1⑵のとおり,原告代表者は,乙から本件建物の外観に関する設計の依頼を受け,日本の伝統柄をデザインの源泉とし,一見洗練された現代的なデザインのように見えるが「日本」を暗喩できるものとするとの設計思想に基づいて,原告設計資料及び原告模型を作成し,平成25年9月6日,乙に対し,本件建物の外装スクリーンの上部部分(2階及びR階部分)を立体形状の組亀甲とすることを含めた設計案を提示している。そして,この時点において,被告T工務店は,上記部分を立体形状の組亀甲とすることに着想していなかった。
しかしながら,上記1⑵のとおり,原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の上記提案は,上記1⑴イの内容が記載された被告T工務店設計資料を前提に,当該資料のうちの【外装スクリーン部分のみ(デザインのみ)】を変更したものであり,上記提案には,伝統的な和柄である組亀甲柄を立体形状とし,同一サイズの白色として等間隔で同一方向に配置,配列することは示されているが,実際建築される建物に用いられる組亀甲柄より大きいイメージとして作成されたものであるため,実際建築される建物に用いられる具体的な配置や配列は示されておらず,他に,具体的なピッチや密度,幅,厚さ,断面形状も示されていない。一方で,上記1⑹のとおり,組亀甲柄は,伝統的な和柄であり,平面形状のみならず,建築物を含めて立体形状として用いられている例が複数存在し,建築物の図案集にも掲載されている。
そうすると,原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案は,被告T工務店設計資料を前提として,その【外装スクリーン部分】に,白色の同一形状の立体的な組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置,配列するとのアイデアを提供したものにすぎないというべきであり,仮に,表現であるとしても,その表現はありふれた表現の域を出るものとはいえず,要するに,建築の著作物に必要な創作性の程度に係る見解の如何にかかわらず,創作的な表現であると認めることはできない。更に付言すると,原告代表者の上記提案は,実際建築される建物に用いられる組亀甲柄の具体的な配置や配列は示されていないから,観念的な建築物が現されていると認めるに足りる程度の表現であるともいえない。
以上によれば,本件建物の外観設計について原告代表者の共同著作者としての創作的関与があるとは認められない。
(ウ) これに対し,原告は,原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の上記提案は,建物の外観に用いられることが多くない組亀甲柄を選択し,組亀甲柄を用いるというアイデアから想定される複数の表現から特定の表現を選択して決定するものであることや,組亀甲柄部分の光の表現についても具体的に決定されているものであることをもって,創作的な表現である旨主張する。
しかしながら,組亀甲柄は,建築物の図案集にも掲載され,実際に建築物に用いられている例が複数存在することは上記(イ)のとおりであり,建物の外観に組亀甲柄を用いること自体がありふれていないということはできない。また,原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案は,上記(イ)のとおり,組亀甲柄の大まかな色,形状,配置,配列が決定されているにすぎず,一般的な組亀甲柄として紹介されている例と比較しても,個性の発露があると認めるに足りる程度の創作性のある表現であるということはできない。
さらに,原告の主張する光の表現は,具体的に明らかではなく,この点をもって創作性を認めることはできない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
イ 「共同して創作した」といえるかについて
仮に,本件建物の外観設計における原告代表者の創作的関与の有無の点を措いても,前記(前提事実)及び上記1(認定事実)⑶・⑷のとおり,被告T工務店の設計担当者は,本件打合せで原告代表者から原告設計資料及び原告模型に基づく提案内容の説明を聞いたことはあるが,原告との共同設計の提案を断り,その後,原告代表者と接触ないし協議したことはない。
また,上記1⑵・⑷のとおり,原告代表者の設計思想は,本件建物のファサードを,日本の伝統柄をデザインの源泉とし,一見洗練された現代的なデザインのように見えるが「日本」を暗喩できるものとするなどというものであるのに対し,被告T工務店の設計思想は,組亀甲柄のもつ2層3方向の幾何学構造に着目した編込み様のデザインなどというものであって,原告代表者と被告T工務店の設計思想は異なる上,上記1⑵・⑸のとおり,原告代表者の提案内容と完成後の本件建物は,外装スクリーンの上部部分に2層3方向の立体格子構造が採用されている点は共通するが,少なくとも立体格子の柄や向き,ピッチ,幅,隙間,方向が相違しており(具体的には,原告設計資料及び原告模型には,本件建物の外装の上部に同じ形状及びサイズの白色の組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置,配列することとすること,ピッチを「@≒500mm」,巾を「≒150mm」,向きを鉛直,隙間を「△辺≒200mm」とする格子【(ただし,これらの数値がいずれも推定によるものであることは,前記のとおりである。)】が記載されており,この他に,外装スクリーンの寸法や,格子のピッチ,密度,隙間,幅,厚さ,断面形状,表面処理に関する具体的な記載はないのに対し,本件建物においては,その2階以上の外装部分は,アルミキャストを素材とする白色の三次元曲面による2層3方向の立体格子構造とされ,ピッチは「@250mm」,巾は「90mm」,向きは【斜行】,隙間は「△辺94mm」の格子が用いられ,横方向が強調された配列とされている。),建物の外観に関する表現上の重要な部分,すなわち本質的特徴といえる点において多くの相違点がある。
これらの事情に照らせば,原告と被告T工務店の間に共同創作の意思や事実があったとは認められず,両者が本件建物の外観設計を「共同して創作」したと認めることはできない。
ウ 小括
以上によれば,原告が本件建物の共同著作者であると認めることはできない。
⑵ 争点1-2(原告が原著作者であるか)について
ア 原著作物性について
上記⑴アのとおり,原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案は創作的な表現であるとはいえないから,これに著作物性を認めることはできない(更に付言すると,建物の著作物性を認めることもできない。)。
イ 被告T工務店による翻案について
また,仮に,原告設計資料及び原告模型に係る原告代表者の提案についての著作物性の有無の点を措いても,上記⑴イのとおり,原告設計資料及び原告模型と本件建物とは,その表現上の重要な部分において多くの相違点があり,本件建物から原告設計資料及び原告模型における表現上の本質的特徴を感得することはできない。
したがって,被告T工務店が原告設計資料及び原告模型に係る原告代表者の提案を翻案して本件建物の設計を完了したとか,本件建物が上記提案の二次的著作物に当たるとは認められない。
ウ 小括
以上によれば,原告が本件建物の原著作者であると認めることはできない。
3 結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
[控訴審同旨]
当裁判所も,控訴人の請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は,後記1のとおり原判決を補正し,後記2のとおり当審における判断を加えるほかは,原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
(略)
2 付加判断
控訴理由に鑑み,必要な限度で判断を加える。
(1)
控訴人は,原判決が,本件建物外観(外装スクリーン部分に限られない。以下同じ。)の設計に関し,控訴人代表者の創作的関与並びに共同創作の意思及び事実を認めず,また,本件建物外観を控訴人外観設計の二次的著作物とも認めなかったのは誤りであるとして,要旨,次のとおり主張する。
(略)
(2)
しかしながら,控訴人の主張は採用できない。理由は次のとおりである。
ア まず,控訴人(控訴人代表者)は,控訴人設計資料を作成するに当たり,外装スクリーン部分以外は全て被控訴人T工務店作成に係る資料を流用しており,手を加えていない事実を自認している。したがって,控訴人外観設計のうち外装スクリーンを除くその余の部分については,そもそも控訴人代表者の創作的関与を認める余地がない。
イ 次に,外装スクリーン部分について,控訴人設計資料及び控訴人模型に基づく控訴人代表者の提案内容が「建築の著作物」の創作に関与したと認め得るだけの具体性ある表現といえないことは,原判決が指摘するとおりであって,控訴理由を踏まえてもその認定判断は覆らない。
控訴人は,控訴人代表者の上記提案が「実際建築される建物に用いられる組亀甲柄より大きいイメージ」として作成されていた点に関し,たとえそうであったとしても,「具体的な建物の外観が視覚的に,一般人にとって看取可能な形で図面上表現されていれば,それは具体的な表現である(から,上記提案がアイデアにすぎないことの根拠にはならない)」などとも主張するが,格子の大きさ一つ取っても,その大きさ次第で,いくらでも集合体としての外観デザインが変わり得ることは後記のとおりであるから,控訴人が想定していた現実の外観は,控訴人設計資料及び控訴人模型をもってしては,いまだ「視覚的に,一般人にとって看取可能な形で図面上表現されていた」といえず,その主張はやはり採用できないといわざるを得ない。
ウ また,仮に,控訴人設計資料及び控訴人模型に現れた外装スクリーン部分の表現そのもの(図案)に関して,「建築の著作物」に限らず,何らかの著作物性(創作性)を認め得るとしても,(外装スクリーンに関する)控訴人代表者の提案と現実に完成した本件建物の外観とでは,2層3方向の連続的な立体格子構造(組亀甲柄)が採用されている点と,せいぜい色(白色)が共通するのみであり,少なくとも立体格子の柄や向き,ピッチ,幅,隙間,方向が相違することは原判決が認定するとおりであるところ,実際に本件建物の外観を撮影した写真と控訴人設計資料及び控訴人模型とを見比べてみても(あるいは,乙2の比較図面を参照しても),例えば,個々の格子を意識させるものであるかどうか(本件建物は全体として細かい編み込み模様になっており,遠目に見ると個々の格子をそれほど意識させない態様であるのに対し,控訴人代表者の提案は,個々の格子が大きく,格子を構成する直線も際立っており,遠目に見てもその存在を意識させるとともに,六角形のデザインがより強調される態様となっている。),編み込み模様の編み目の向き(本件建物は横方向を意識させるのに対し,控訴人代表者の提案は縦方向を意識させる。),外装スクリーンの裏側にある建物自体の骨格を意識させるかどうか(本件建物の外装スクリーンは編み目が細かく,裏側にある建物自体の骨格を意識させないのに対し,控訴人代表者の提案のそれは編み目が粗く,裏側にある建物自体の骨格が透けて見えてその存在を意識させる。)などの点において大きく異なっており,全体としての表現や見る者に与える印象が全く異なることは明らかといえる。
この点,控訴人は,控訴理由書等において,立体格子のピッチ,幅,隙間や,向き,方向などの相違は,いずれも本件建物の外観(見た目)に特段の違いをもたらすとはいえず,表現の本質的特徴を違えるほどの違いとはいえない旨主張するが,同じ組亀甲柄を採用したデザインでも,上記の諸要素等の違い(格子自体のデザインはもちろん,その大きさや配置,組み合わせ方等の違い)により,様々な表現があり得ることは,本件で提出されている関係各証拠からも明らかといえるし,実際に本件建物外観と控訴人代表者の提案とで表現が大きく異なることは前記のとおりであるから,採用できない。
エ そうすると,結局のところ,外装スクリーン部分に関し本件建物外観と控訴人代表者の提案とで共通するのは,ほぼ2層3方向の連続的な立体格子構造(組亀甲柄)を採用した点に尽きるのであって,それ自体はアイデアにすぎない(前記のとおり,建物の外観デザインに組亀甲柄を採用するとしても,その具体的表現は様々なものがあり得るのであるから,組亀甲柄を採用するということ自体は,抽象的なアイデアにすぎない。)というべきであるから,控訴人代表者が本件建物外観について創作的に関与したとは認められないし,控訴人代表者の提案が本件建物の原著作物に当たるとも認められない。
(3)
以上によれば,原判決が,本件建物外観の設計に関し,控訴人代表者の創作的関与並びに共同創作の意思及び事実を認めず,かつ,本件建物外観を控訴人外観設計の二次的著作物とも認めなかったことは相当であり,その認定判断に誤りはない。