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著作権判例セレクション

【美術著作物の侵害性】女性の身体の一部をモチーフにした指輪(彫刻)の侵害性を否定した事例

平成28225日東京地方裁判所[ 平成27()15789]
() 本件は,ジュエリー作家である原告が,被告が輸入,販売するアクセサリー(「被告製品」)について,原告が制作した別紙写真(「本件各写真」)に写った彫刻それ自体又は指輪に接着された彫刻部分(「原告彫刻」)を複製したものであるから,被告による被告製品の国内への輸入又は国内での販売は,原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害する行為とみなされると主張して,被告に対し,著作権法112条に基づき被告製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄などを求めた事案である。
なお、原告は,人体の造形の一部をかたどった彫刻を接着させた指輪である「カット・ボディー・リング」の製作を行っていた。原告は,顧客からの問い合わせをきっかけとして,原告彫刻を接着させた指輪の作成を開始し,同顧客の希望を聞きながら材質やデザイン等の詳細を詰め,に原告彫刻を完成させた。原告は,原告彫刻を接着させた指輪を顧客に引き渡した。したがって,現在,原告は,原告彫刻を所持していない。

1 争点2(複製権侵害の成否)について
本件の事案に鑑み,争点2から判断する。
(1) 類否について
本件各写真によれば,原告彫刻は,乳白色の板状部材の表面に女性の裸体を表現した彫刻で,乳首のすぐ下と陰部のすぐ上の位置で胴体を上下に水平方向に直線でカットし,かつ,左乳房の中心付近で垂直方向に直線でカットしたものと認められる。
そこで検討するに,確かに,原告彫刻と被告製品とは,女性の身体のカットの構図において共通の特徴がみられることは原告の指摘するとおりであるが,このような構図それ自体に創作性は乏しい。
また,そもそも,原告は原告彫刻を所持しておらず,原告彫刻の具体的表現に関する証拠としては,原告彫刻が撮影された本件各写真しかないから,原告彫刻と被告製品の各表現の対比には限界があるといわざるを得ないが,とりあえずその点を措いても,本件各写真によれば,原告彫刻においては,右胸が身体の右端に大きく膨らみ,右腹部から右腰にかけては大きく湾曲したくびれがあり,また,腹部が膨らんでいる一方,へそが明確に凹み,腹部と脚との境界付近にも比較的大きな凹みが確認できるなど,全体に豊満で肉感的な印象を与えるものであるのに対し,被告製品においては,胸が中央部にかけて膨らんだお椀形で,腹部から腰にかけてのくびれは少なく,腹部の膨らみも緩やかで,へその凹みや腹部と脚との境界もはっきりしないなど,全体として平坦でひきしまった印象を与えるものであることが認められるのであって,こうした相違に鑑みれば,被告製品から原告彫刻の表現上の特徴を直接感得することはできず,両者が類似しているとは認めることができない。
なお,検甲1は,本件訴え提起後,原告において作成した原告彫刻の複製品であるが,同複製品における表現が原告彫刻における表現と同一であると認めることはできず,かえって,検証の結果によれば,本件各写真に写った原告彫刻と上記複製品とはその表現が相当程度異なっていることが明らかである。したがって,上記複製に係る彫刻と被告製品とを対比して原告彫刻と被告製品との類否を判断することは相当でない。 以上のとおり,被告製品から原告彫刻の表現上の特徴を直接感得することはできないから,原告の複製権侵害の主張は既に理由がないが,念のため,依拠性についても判断することとする。
(2) 依拠性について
ア 証拠によれば,被告製品の製作経緯は以下のとおりであると認められる。
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イ そこで検討するに,上記アのとおり,本件チームは,女性の身体の一部をモチーフにしたネックレスのシリーズ作品を製作するという同社クリエイティブ・ディレクターの着想を発端として,実在の女性をモデルに,身体のカットの構図や凹凸の度合いなどについて試行錯誤を重ねたこと,その過程において多数の図面やデッサン画,プロトタイプ等を作成し,徐々に洗練された形態に改良して被告製品を完成させたことが認められるのであって,一連の製作過程において,本件チームのメンバーをはじめとするセリーヌ社の関係者が原告彫刻に接したことをうかがわせる証拠は見当たらない。そうすると,セリーヌ社が,被告製品を製作するに当たって,原告彫刻に依拠したものと認めることはできない。
これに対し,原告は,原告彫刻と被告製品が類似していることから被告製品は原告彫刻に依拠したものと推認される旨主張するが,被告製品における身体のカットの構図に原告彫刻における身体のカットの構図と共通の特徴がみられる部分があるとしても,いずれも特異なものとはいえないこと等からすれば,上記(1)のとおり原告彫刻と被告製品が類似しているとは認めることができず,セリーヌ社において原告彫刻に接することなく被告製品を独自に創作することが不可能又は著しく困難であったとも認め難い。
また,原告は,①平成25年3月に自身のブログ上に原告彫刻の写真を掲載し,②平成26年4月4日から同年5月31日にかけて,米国マサチューセッツ州で開催された個展において原告彫刻の複製品を展示販売し,さらに,③原告彫刻の写真が平成25年9月25日,平成26年7月21日付けで第三者のブログにおいて紹介されているなどとして,セリーヌ社は,これらのいずれかの経路を通じて,遅くとも平成26年春ころには原告彫刻にアクセスする機会があったなどと主張する。しかしながら,原告の主張はいずれも単なる抽象的な可能性を指摘するものにすぎず,具体的にセリーヌ社の関係者が①及び③のブログにアクセスしたことや②の個展に赴いたことをうかがわせる証拠は全くないから,上記①ないし③の事情のみでは,被告製品の製作に際する原告彫刻への依拠を推認することはできない。
したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。
2 争点3(氏名表示権侵害の成否)について
原告は,被告製品の形態が原告彫刻と寸分違わぬものであり,また,被告製品が原告彫刻に依拠して製作されたことを前提に,被告製品は,国内で作成したとしたならば著作者人格権(氏名表示権)の侵害となるべき行為によって作成された物(法113条1項1号)に当たるから,被告が被告製品を輸入,販売,販売の申出をする行為は,原告の氏名表示権を侵害する行為とみなされる旨主張する。
しかしながら,被告製品が原告彫刻と類似しているとも,原告彫刻に依拠して製作されたとも認められないことは上記1において検討したとおりであるから,被告製品は,国内で作成したとしても原告の氏名表示権の侵害となるべき行為によって作成された物には当たらず,原告の主張はその前提を欠くから,採用することができない。
3 結論
以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。