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著作権判例セレクション

【同一性保持権】 ゲームシナリオの著作物性を認めた事例/ゲームシナリオの同一性保持権侵害(題号の改変を含む。)を認定した事例/ゲームソフト作製の下請け会社の過失責任を認定した事例

▶平成130830日大阪地方裁判所[平成12()10231]
() 本件は、被告が原告の作成したシナリオを429箇所にわたり無断で改変し、その題号を変更したことにより、原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害し、原告に精神的損害を与えたとして、原告が被告に慰謝料を請求した事案である。
(前提事実)
原告(ゲームシナリオライター)は、ヴィジットとの間で、同社が発売するプレイステーション用ゲームソフト「ノベルス ゲームセンターあらしR」に組み込むためのゲームシナリオの製作を原告に委託する旨の契約(「本件契約」)を締結し、本件契約に従って、シナリオ「毎日がすぷらった」(「本件シナリオ」)を作成した。
被告は、ヴィジットの下請会社としてゲームソフト「ノベルス ゲームセンターあらしR」の製作を担当したものであり、原告から提出された本件シナリオを使用して、サウンドノベルゲーム「毎日がすぷらった」(「本件ソフト」)を製作した。サウンドノベルゲームとは、プレイヤーがゲーム画面に表示された文章を読み、物語中に数個用意された分岐点において複数表示された選択肢から一つを選ぶことにより、その後のストーリー展開が変化したり、一定の得点が得られる仕組みのゲームである。
被告は、本件ソフトの製作に当たり、原告の了承を得ることなく、本件シナリオに別紙対照表記載の改変を加えた。本件ソフトのタイトルは、ケース裏面の印刷物及び同封冊子記載では「毎日がスプラッタ」、ゲーム表示画面及びオープニングムービーでは「まいにちがすぷらった!」と表示されている。

1 争点(1)(本件改変は、原告の同一性保持権を侵害するものか)について
(1) 本件シナリオは、前記前提事実記載のとおり、サウンドノベルゲームという種類のゲームソフトのためのシナリオであり、その内容は、別紙対照表の左側欄記載のとおりであって、①1人暮らしの大学生マイが生後間もないコウモリを拾ってカピと命名し、同級生コウタの協力を得て飼育する、②ある日マイはカピをコウタに預けて帰省するが、その夜コウタからカピの体調が悪化したと電話で連絡される、③マイは夜道を兄のオートバイで走って自分のアパートに帰り、コウタと2人でカピを看病するが眠ってしまう、④その間にカピは回復して飛べるようになり、マイとコウタは裏山にカピを放す(分岐の選択によっては、マイが帰省している間にカピが巣立ちし、そのためマイとコウタが仲違いするという結末や、マイが留守の間にカピが死に、コウタが置き手紙を残して去るという結末になる。)というストーリーのものである。そして、本件シナリオは、主題の設定、登場人物及び場面の設定、ストーリー展開に独自の工夫をこらし、具体的な文章表現においても、語句の選択、台詞の言い回しなどに原告独自の表現といえるものが存在するから、原告の思想又は感情を言語によって創作的に表現したものとして言語の著作物(著作権法10条1項1号)に該当することが明らかである。したがって、その著作者である原告は、本件シナリオについて著作者人格権としての同一性保持権(同法20条1項)を有する。
(2) 著作権法20条1項にいう著作物の意に反する「変更、切除その他の改変」とは、著作者の意に反して著作物の表現に増減変更を加えることをいうと解されるところ、被告による本件改変には、別紙対照表記載のとおり、①物語の主たる舞台となる主人公マイの住居を6畳1間のアパートから高級マンションに変更し、室内の調度類の描写を一部削除する、②分岐を追加して新たに14行書き下ろす、③分岐12 /Aを100行にわたり全面削除する、④分岐3/A「ティッシュは?」、3/B「コットンは?」という台詞の発言者をマイからコウタに変更する、⑤マイが実家の庭先に停車したバイクを見て兄の帰省を知った部分の描写を変更するのように、本件シナリオの具体的文章表現に著しい増減変更を加えることにより、作品の構成やストーリーの展開に影響を与えたり、一パラグラフの中に文体や視点の異なる文章が混在する状態を生じさせるものが含まれている。このような大幅な改変を、原告の了解を得ずにその意思に反して行った以上、本件改変は、著作権法20条1項にいう著作者の意に反する著作物の「変更、切除、その他の改変」に当たるといえる。
また、本件改変の多くは、平仮名表記を漢字表記に変更したり、アラビア数字を漢用数字に変更したり、疑問符又は感嘆符を加えたり、改行位置を変更するものであるが、このような変更も本件シナリオの外面的表現形式に増減変更を加えることに変わりはない。しかも、本件シナリオのように、小説と同様にゲームのプレイヤーが文字で表現された文章を読む形式の著作物においては、ある語を漢字で表記するか平仮名で表記するか、疑問符・感嘆符を用いるか、改行位置をどこにするかなどの表記方法の選択も、著作者の個性を表現する方法の一つであり、これらが表現上効果を及ぼす場合もあることを考慮すれば、このような表記方法の選択も著作者の創作意図に委ねられるものというべきである。したがって、本件改変のうち、表記方法に関する改変の部分も、原告の了解を得ずにその意思に反して行った以上、前同様に、同一性保持権の侵害となる著作物の改変に当たる。
(3) また、本件ソフトのゲーム表示画面上及びオープニングムービー内に表示されたタイトルが「まいにちがすぷらった!」であることは前記のとおりであり、これは、本件シナリオの著作者である原告が付けた題号「毎日がすぷらった」に被告が変更を加えたものであるから、著作権法20条1項にいう題号の改変に当たる。
(4) 被告は、ゲーム製作に当たり部材となるシナリオに修正、変更が加えられることは、ゲーム業界の事実たる慣習であり、同一性保持権の侵害に当たらないと主張し、本件において被告が提出した陳述書では、ゲームソフト開発に従事する者2名が、プレイステーション用ゲーム開発においては、最終段階で行われるソニーの内容チェックを見越して、開発者側で、外注先から提出されたシナリオやコンピュータグラフィック等について、事前に指摘が予測される箇所を修正、変更することがある旨の陳述をしている。しかしながら、上記各陳述によっても、ゲーム業界全体において、ソフト開発者がシナリオ原作者の了承なくして事前にシナリオ中の表現を修正、変更できるという事実たる慣習が形成されていると推認することはできず、他にこのような事実を認めるに足りる証拠はない。
(5) また、被告は、本件改変は著作権法20条2項3号に該当し、同一性保持権の侵害を構成しないと主張する。しかし、著作権法20条2項3号は、プログラムの著作物の改変に関する規定であり、言語の著作物である本件シナリオには適用されないことが明らかであるから、被告の上記主張は失当である。
(6) さらに、被告は、本件改変は著作権法20条2項4号に該当し、同一性保持権の侵害を構成しないと主張する。
しかし、著作権法20条2項4号いう「やむを得ないと認められる改変」に該当するには、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らし、著作権者の同意を得ない改変を必要とする要請が同項1号ないし3号に掲げられた例外的場合と同程度に存在することを要するものと解される。
前記のとおり、サウンドノベルゲームは、プレイヤーが主としてゲーム画面に現れた文章を読み、物語中に数個用意された分岐点において選択肢から一つを選ぶことによって、ストーリー展開を変化させ、ポイントを獲得するというゲームであるから、この種ゲームにおいて原作シナリオが果たす役割は、背景画像、音楽等と比較しても大であるといえる。このような本件シナリオについて、前記のような内容の本件改変が、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らし、やむをえないものと認めることはできない。したがって、本件改変が著作権法20条2項4号に該当するとはいえない。
2 争点(2)(被告の過失)について
被告は、ゲームソフト製作を業とする有限会社であり、日常的に、他人が作成したシナリオ、コンピュータグラフィック、音楽等の著作物を利用してソフトウエアを製作しているものであるから、これらの著作物の利用に当たっては、それが著作者人格権侵害とならないよう注意すべき義務があり、本件のように、シナリオ委託契約が原告とヴィジットとの間で締結され、原・被告間に直接の契約関係が存在しない場合であっても、原告の作成に係るシナリオを改変するに当たっては、まずヴィジット又は原告に対し、契約中に開発者によるシナリオの改変を許す旨の約定があるか否かを確認し、そのような約定がない場合は、シナリオの著作者である原告に対し、改変の内容、方法、範囲等を明確にした上で、承諾を求めるべき義務を負っていたというべきである。
しかるに、被告は、ヴィジット又は原告に対し、本件契約の内容を確認することなく、本件契約中には、ソフト開発者側で原告の了解なくしてシナリオの改変を行うことができる旨の条項が存在しないことを看過して、原告に無断で本件改変を行い、これにより原告の同一性保持権の侵害を惹起したものであるから、被告には、この点について過失があり、本件改変により原告が被った損害を賠償する責任を負う。
3 争点(3)(原告とヴィジットとの訴訟外の和解によって、被告は責任を免れるか)について
被告は、本件改変について、原告と被告の使用者であるヴィジットとの間で訴訟外の和解が成立している以上、原告が被告に責任を追及することはできないと主張する。
ヴィジットは、被告の使用者として、被告がシナリオ、コンピュータグラフィック、音楽等の著作物を利用して本件ソフトを作成するに当たり、著作者人格権侵害を惹起しないよう指示、監督する義務を負っているにもかかわらず、被告に対する相当の監督を怠ったことにより、本件改変による著作者人格権侵害を発生させたものであるから、著作権法20条1項、民法709条、715条に基づき、本件改変により原告に生じた損害を被告と連帯して賠償する責任を負うものといえる。
しかし、使用者責任が成立する場合であっても、被用者について不法行為の要件が充たされる以上、被害者が被用者を相手どって損害賠償請求を行うことを否定する理由はない。加えて、ヴィジットと原告の和解契約には、原告が別途被告に対して責任を追求することを妨げない旨の条項があることを考慮すれば、原告とヴィジットとの間の訴訟外の和解は、原告の被告に対する損害賠償請求権の行使に影響を与えるものではなく、原告がヴィジットから受領した和解金10万円のうち本件改変によって原告が被った損害に対する賠償の趣旨で支払われた分がその限度で損害のてん補と評価される(ただし、その額は明らかでない。)にとどまる。
4 争点(4)(損害額)について
本件改変は、前記1で認定したとおり、物語が主として展開する舞台をアパートからマンションに変更し、ストーリーに数個設けられる分岐点の数を増やしてその部分を書き下ろしたり、原告が書いた分岐を全部削除するなど、原告の作成した本件シナリオに大幅な改変を加えたものであり、原告は、これによって精神的な損害を被ったものということができる。そして、本件改変の態様、程度、本件契約により原告が支払いを受けた本件シナリオ作成の対価は25万円であることその他本件に現れた諸事情(原告とヴィジットの間の和解による和解金の受領の事実も含む。)を考慮すると、原告の被った精神的な損害に対する慰謝料としては、50万円が相当であると認められる。