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著作権判例セレクション
【引用】適法引用の要件(利用する側に著作物性は必要か)
▶平成22年05月28日東京地方裁判所[平成21(ワ)12854]
(注) 本件は,月刊誌に記事を連載していた原告が,同記事の一部を被告が自己のホームページ上に無断で転載(一部は改変の上,転載)したことによって財産的損害及び精神的損害を受けたとして,被告に対し,不法行為(①著作権〔複製権,公衆送信権〕侵害,②著作者人格権〔氏名表示権,同一性保持権〕侵害,③プライバシー侵害,④名誉毀損)による損害賠償を請求した事案である。
1 争点(1)(本件転載について原告の許諾があったか)について
(略)
以上のとおり,争点(1)に関する被告本人の供述には疑念をいれざるを得ず,採用することができない。その他,本件全証拠を検討しても,本件転載について原告が許諾した事実を認めることはできない。
2 争点(2)(本件転載は「引用」〔著作権法32条1項〕に当たるか)について
(1)
被告は,本件転載について,著作権法32条1項の「引用」として適法なものである旨主張するが,同項所定の「引用」とは,報道,批評,研究等の目的で自己の著作物中に他人の著作物の全部又は一部を採録するものであって,引用を含む著作物の表現形式上,引用して利用する側の著作物と,引用されて利用される側の著作物を明瞭に区別して認識することができ,かつ,両著作物の間に前者が主,後者が従の関係があるものをいうと解するのが相当である(最高裁昭和55年3月28日第三小法廷判決)。そして,同項の立法趣旨は,新しい著作物を創作する上で,既存の著作物の表現を引用して利用しなければならない場合があることから,所定の要件を具備する引用行為に著作権の効力が及ばないものとすることにあると解されるから,利用する側に著作物性,創作性が認められない場合は「引用」に該当せず,同項の適用はないというべきである。
(2)
これを本件についてみると,本件転載に係る記事は,別紙2の1~8のとおり,いずれも冒頭の題号の下に,1文ないし2文から成る被告の導入文(例えば,「子パンダさんはどのようにして9度の告知を乗り越えてきたのでしょうか?その鍵となる医師との連携とは?」〔別紙2の2〕,「手術・放射線・抗がん剤,それぞれに専門医がいるがん治療でどのように医師を選んだらよいのでしょうか?」〔別紙2の3〕,「子パンダさんが乗り超えた,初めての手術の経験が語られます。」〔別紙2の5〕等)が記載され,それに続けて「当クリニックの患者さん(ニックネーム:子パンダさん)の手記が“ちょっと役立つ!子パンダ.COM”として,『がん治療最前線』に掲載中です。今回は○○年○月号分をお届けします。」として,以下,数頁にわたって本件記事を掲載するという体裁になっているが,本件記事を除く部分は,いずれも短文の上,内容もおしなべて平凡なものであり,これらについて,被告の思想又は感情を創作的に表現したものとして,著作物性,創作性を認めることは困難である。仮に,これらの部分に著作物性,創作性が肯定される余地があるとしても,その分量,内容からして,引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物との間に,前者が主,後者が従の関係があるものと認めることはできない。
したがって,本件転載が著作権法32条1項所定の「引用」として適法であるとすることはできない。
3 争点(3)(本件転載による原告の著作者人格権侵害の成否)について
(略)
4 争点(4)(本件転載による原告のプライバシー及び名誉権侵害の成否)について
(1)
原告は,本件転載に際し,被告ホームページにおいて原告の病歴が公開され,プライバシーが侵害されたと主張するが,原告の病歴,経歴や病状の推移等については,原告自身,本件記事において詳細に公開しており,その後に発行された本件書籍においても,格別の留保なくこれらの情報を開示しているのであって,被告が被告ホームページにおいて掲載した内容も,原告が既に公開した範囲内の事実に止まっているのであるから,本件転載によって原告のプライバシーが侵害されたと認めることはできない。
(2)
原告は,本件記事は客観的,科学的な「がん闘病マニュアル」をコンセプトとして創作したものであるのに,被告ホームページにおいては,本件記事のうち被告に都合のよい部分だけを取捨選択して転載されているため,読者に「医師のちょうちん持ち」といった印象を与えるものであり,これによって原告の名誉が侵害されたと主張する。
しかしながら,本件記事の執筆意図が原告の主張するとおりのものであったとしても,被告ホームページに掲載された本件記事をみても,本件転載について,本件記事のうち被告に都合のよい部分のみを取捨選択して行われているとか,原告が被告の「ちょうちん持ち」であるなどの印象を抱かせるものと直ちに認めることはできず,その他,本件全証拠によっても,本件転載によって原告の社会的評価が低下したなどの事実を認めることはできない。
したがって,本件転載により原告の名誉権が侵害されたとは認められない。
5 争点(5)(原告の損害)について
(1)
著作権(複製権,公衆送信権)侵害による財産的損害 21万6000円
ア 逸失利益について
本件転載は,原告が本件記事について有する著作権(複製権,公衆送信権)を侵害するものであるところ,原告は,その著作権侵害の結果,本件書籍の売上げが減少し,900万円の利益を逸失した旨主張する。
しかし,本件書籍(初版第1刷7000部)は,その発行後,順調に販売され,増刷も予定されているということに照らすと,原告が主張する買控えの事実があったと認めることは困難である。その他,本件全証拠を検討しても,本件書籍について売上げの減少があったことを認めることはできず,原告の上記主張を採用することはできない。
なお,原告は,民事訴訟法248条又は著作権法114条の5の規定を適用して本件書籍の売上減少による原告の逸失利益額を算定すべきであるとも主張するが,上記のとおり,原告に逸失利益があったことを認めることができない本件においては,上記各規定を適用する前提を欠いているというべきであり,原告の上記主張も採用することができない。
イ 利用許諾料相当額(著作権法114条3項)について
被告は,本件転載に当たり,本件記事の著作権者である原告に対して利用許諾料を支払う必要があるところ,その利用許諾料相当額については,著作権法114条3項の規定により,これを原告に発生した損害と認めることができる。
この点,原告は,本件記事の執筆に当たり出版社(八峰出版)から受領した原稿料単価の倍額(1頁当たり3万円)を基礎として,これに被告ホームページへの掲載頁数(18頁)を乗じた金額(合計54万円)を損害額として算出しているが,本件記事の転載に当たり原告に支払うべき利用許諾料が,著作者である原告が得た原稿料の単価より高額であるということは,通常は想定し難いというべきであるから,原告の上記計算は妥当を欠くというべきである。
本件全証拠によっても,本件記事をホームページに転載する場合の利用許諾料の額は必ずしも明らかではないが,被告が利用した本件記事の分量,本件記事が被告ホームページに掲載されていた期間や被告ホームページに占める割合,本件転載の経緯等,本件に現れた一切の事情を斟酌すれば,原告が本件記事に係る著作権の行使につき受けるべき金銭の額は,本件記事1頁当たり1万2000円とし,これに本件記事が掲載された頁数(18頁)を乗じた金額として,21万6000円(= 12,000 円 /頁× 18頁)と認めるのが相当である。
(2)
著作権(複製権,公衆送信権)侵害による精神的損害 0円
原告は,著作権(複製権,公衆送信権)侵害による精神的損害として30万円の慰謝料の請求をするが,一般に,財産権(著作権)の侵害に基づく慰謝料を請求し得るためには,財産上の損害の賠償だけでは償い難いほどの大きな精神的苦痛を受けたと認めるべき特段の事情がなければならないと解されるところ,本件全証拠によっても,本件著作権侵害を理由とする慰謝料請求を認めなければならないような事情が存在するとは認められない。
したがって,著作権侵害による慰謝料請求については,これを認めることができない。
(3)
著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害による精神的損害 15万円
前示のとおり,被告は,本件転載によって,原告の著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)を侵害したものであるが,原告自身,「がん治療最前線」に本件記事を掲載するに当たっては「子パンダ」という変名(ペンネーム)を用いていたこと,前記4のとおり,本件転載によって原告の社会的評価が低下したなどの事情までは認められないこと等を考慮すれば,著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)の侵害により原告が受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額については,15万円と評価するのが相当である。
(4)
弁護士費用 5万円
原告は,弁護士を選任して本件訴訟を追行しているところ,本件事案の難易,認容額,その他諸般の事情を考慮して,その弁護士費用のうち5万円を被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認める。