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著作権判例セレクション
【プログラム著作物】 宇宙開発事業団の職員であった者が作成したプログラムの著作物性が問題となった事例
▶平成17年12月12日東京地方裁判所[平成12(ワ)27552]▶平成18年12月26日知的財産高等裁判所[平成18(ネ)10003]
[控訴審]
2 本件プログラム5,11ないし13及び15は著作物といえるか(争点3)について
(1)
法2条1項1号が,「著作物」の意義について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定していることからすれば,法によって保護されるのは,直接には「表現したもの」自体であり,思想又は感情自体に保護が及ぶことがあり得ないのはもちろん,思想又は感情を創作的に表現するに当たって採用された手法や表現を生み出すもとになったアイデア(着想)も,それ自体としては保護の対象とはなり得ないものというべきである。また,ある表現物を創作したというためには,対象となる表現物の形成に当たって,自己の思想又は感情を創作的に表現したと評価される程度の活動を行ったことが必要であり,当該表現物において,その者の思想又は感情を創作的に表現したと評価される程度に至っていない場合には,法上の創作には当たらない,言い換えると,著作物性を有しないものと解すべきである。そして,この点は,当該表現物がプログラムである場合であっても何ら異なるところはないが,小説,絵画,音楽などといった従来型の典型的な著作物と異なり,プログラムの場合は,「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(法2条1項10の2)であって,元来,コンピュータに対する指令の組合せであり,正確かつ論理的なものでなければならないとともに,プログラムの著作物に対する法による保護は,「その著作物を作成するために用いるプログラム言語,規約及び解法に及ばない。」(法10条3項柱書1文)ところから,所定のプログラム言語,規約及び解法に制約されつつ,コンピュータに対する指令をどのように表現するか,その指令の表現をどのように組み合わせ,どのような表現順序とするかなどといったところに,法によって保護されるべき作成者の個性が表れることとなる。したがって,プログラムに著作物性があるといえるためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅が十分にあり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性が表れているものであることを要するものであって,プログラムの表現に選択の余地がないか,あるいは,選択の幅が著しく狭い場合には,作成者の個性の表れる余地もなくなり,著作物性を有しないことになる。そして,プログラムの指令の手順自体は,アイデアにすぎないし,プログラムにおけるアルゴリズムは,「解法」に当たり,いずれもプログラムの著作権の対象として保護されるものではない。
(2)
本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム〔B010プログラム〕)について
ア 前記によれば,本件プログラム15は,12個のサブルーチンからなる軌道伝播解析プログラムであり,衛星軌道面座標系と慣性座標系により座標変換する式,P.M.Fitzpatrick による軌道伝播要素の公式を基礎として,「地球重力による摂動」,「大気抵抗による摂動」,「大気密度」を考慮しつつ,衛星軌道要素の時間的変化を求めるものであり,上記理論式を軌道伝播解析という目的に合わせて展開し,入出力その他の条件を設定した上で,これをプログラミングしたものであるが,中心となる「GENPER」は131ステップ,「KEPLER」は47ステップのサブルーチンであり,式の展開,入出力その他の条件を設定に対応して,各ステップの組合せ,その順序,サブルーチン化などで,多様な記載が可能であるところ,作成者の工夫がこらされており,その個性が認められるから,著作物性を有するものというべきである。
イ 被控訴人らは,本件プログラム15の理論式は公知のものであり,「GENPER」,「KEPLER」にも控訴人の独自性が表現されていないなどとし,本件プログラム15には著作物性がない旨主張する。
しかし,衛星軌道面座標系と慣性座標系により座標変換する式,P.M.Fitzpatrick による軌道伝播要素の公式は公知のものであっても,これを軌道伝播の解析に使用するに当たって,式の展開,入出力その他の条件の設定に対応して,各ステップの組合せ,その順序,サブルーチン化などで,多様な記載が可能であり,その中で,控訴人なりの表現をしているのであるから,著作物性があるというべきである。
被控訴人らの上記主張は,採用することができない。
(略)
(5)
本件プログラム11(STAT〔オリジナル〕)について
ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件プログラム11の各ステップの記載は,以下のとおりであると認められる。
(略)
イ 本件プログラム11の第1ないし第7のステップは,変数を列挙するとともに,変数に代入する数字を定めている。変数に代入する数字は,計算式とは別に定まるものであるから,ここで選択する余地があるのは,変数とする記号として何を選ぶかという程度である。
第8ステップは,
sinα= (略)
の計算式について,以下のとおり,「sin」式から「sin-」式に変換して,
α=(略)
という「α」そのものを求める式に変換し,以下のとおり,第1ないし第7のステップにおける変数に置き換え,
G=(略)
これをFORTRAN言語で表現したものであるが,式の展開に工夫の余地はほとんど認められず,同ステップは,変数によって必然的に導かれるものであって,選択の余地はないというほかない。
第9ないし第12ステップの記載は,下記の公知のルミヤンステフの式をプログラムに書き換えたものであるが,同各ステップは,式の展開に工夫の余地がほとんど認められず,かつ,選択の余地もほとんどない。
(略)
第13ステップは,計算に使った変数及び解を印刷するための基本的なFORTRAN言語であるWRITE文であって,選択の余地がない。
第14ステップは,プログラムを終了させるための基本的なFORTRAN言語であるEND行であって,選択の余地がない。
さらに,各ステップの論理的順序をみても,変数へのデータ設定,計算,データ出力の3段階からなるありふれた流れであって,選択の幅は,著しく狭いものである。
そうすると,本件プログラム11は,全体として表現に選択の余地がほとんどなく,わずかに表現の選択の余地のある部分においても,その選択の幅は著しく狭いものであるから,上記計算式を基礎にFORTRAN言語でプログラムを作成しようとする場合,本件プログラム11のようになることは避けられず,作成者の個性を反映させる余地はないものとして,その著作物性は否定すべきである。
ウ 控訴人は,本件プログラム11は,式も量的にも簡単なプログラムであるが,公知の基礎方程式を自由に計算し,解析できるようにしたものであり,作成した時点で,このようなプログラムはなかったのであるから,著作物性が認められるべきであると主張する。
しかし,本件プログラム11は,控訴人も認めるとおり,式も量的にも簡単なプログラムで,公知の基礎方程式をプログラムに置き換えて,コンピュータにより計算し,解析することができるものであって,当該プログラムの記載に選択の余地がないものであるから,仮に,作成した時点で,このようなプログラムはなかったとしても,著作物性があるとはいえない。