Kaneda Legal Service {top}
著作権判例セレクション
【職務上作成する著作物の著作者】 法人著作(職務著作)の法意(宇宙開発事業団の職員であった者が作成したプログラムの職務著作性が争点となった事例)
▶平成17年12月12日東京地方裁判所[平成12(ワ)27552]▶平成18年12月26日知的財産高等裁判所[平成18(ネ)10003]
(注) 本件は,被告宇宙航空研究開発機構(「被告機構」)の職員であり,別紙記載の各プログラム(「本件各プログラム」)の作成時において宇宙開発事業団(以下「事業団」という。)の職員であった原告が,主位的に,本件各プログラムについて原告が著作権及び著作者人格権を有することの確認を求めたのに対し,被告らが,本件各プログラムの作成者が原告であることを争うとともに,原告作成に係るプログラムがあったとしても,事業団の職務著作として事業団が著作者となり,事業団の権利義務を承継した被告機構に著作権が存すると主張し,また,一部のプログラムについて著作物性がない等と主張して争った事案である。
職務著作が成立するためには,当該著作物が,法人等の発意に基づいて作成されたことが必要である。法人等の発意に基づくとは,著作物の創作についての意思決定が,直接又は間接に法人等の判断に係らしめられていることであると解されるところ,職務著作の規定が,業務従事者の職務上の著作物に関し,法人等及び業務従事者の双方の意思を推測し,一般に,法人等がその著作物に関する責任を負い,対外的信頼を得ることが多いことから,一定の場合に法人等に著作者としての地位を認めるものであることに照らせば,法人等の発意に基づくことと業務従事者が職務上作成したこととは,相関的な関係にあり,法人等と業務従事者との間に正式な雇用契約が締結され,業務従事者の職務の範囲が明確であってその範囲内で行為が行われた場合には,そうでない場合に比して,法人等の発意を広く認める余地があるというべきであり,その発意は,前記のとおり,間接的であってもよいものである。そして,そのように職務の範囲が明確で,その中での創作行為の対象も限定されている場合であれば,そこでの創作行為は職務上当然に期待されているということができ,この場合,特段の事情のない限り,当該職務行為を行わせることにおいて,当該業務従事者の創作行為についての意思決定が法人等の判断に係らしめられていると評価することができ,間接的な法人等の発意が認められると解するのが相当である。
[控訴審]
3 原告は,本件各プログラムを作成(創作)したか(争点1)について
(略)
4 本件各プログラムについて,職務著作として事業団が著作者となるか(争点2)について
(1)
法は,2条1項1号において,「著作物」とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義し,これを受け,同項2号において,「著作者」とは,「著作物を創作する者をいう。」と定義しているところ,思想又は感情を創作的に表現し得るのは自然人のみであるから,元来,著作者となり得るのは自然人である。しかし,他方で,法は,旧15条において,「法人その他使用者(以下この条において『法人等』という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物で,その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限り,その法人等とする。」と規定し,現行15条においては,「1
法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で,その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限り,その法人等とする。」,「2
法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプログラムの著作物の著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限り,その法人等とする。」と規定しており,法人等が著作者になり得るものとしている。このような法の規定の仕方にかんがみると,法は,旧15条及び現行15条1項を通じて,著作行為をし得るのは,自然人であるとの前提に立ちつつ,著作権取引等の便宜を考慮し,法人等において,その業務に従事する者が指揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し,これが法人等の名義で公表されるという実態があることにかんがみ,法人等を著作者と擬制し,所定の著作物の著作者を法人等とする旨規定したものであるが(最高裁平成15年4月11日第二小法廷判決参照),プログラムの著作物については,プログラムの多くが,企業などの法人において多数の従業員により組織的に作成され,その中には,本来公表を予定しないもの,無名又は作成者以外の名義で公表されるものも多いという実態があるなどプログラムの特質にかんがみ,現行15条2項において,公表名義を問うことなく,法人等が著作者となる旨定めたものと解するのが相当である。
ところで,職務著作が成立するためには,上記のとおり,「法人等の発意」があり,「法人等の業務に従事する者」による「職務上作成する著作物」であり,さらに,旧15条においては,「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」であることをも要件としている。そして,昭和60年法律第62号附則2項により,現行15条2項の規定は,同法の施行(昭和61年1月1日)後に創作された著作物について適用され,同施行前に創作された著作物については,旧15条が適用されるところ,前記2及び3の認定判断に照らせば,本件各プログラム(ただし,著作物性が否定される本件プログラム11を除く。)のうち,本件プログラム3についてのみ現行15条2項が適用され,その余は旧15条が適用されることとなる。
「法人等の発意」の要件については,法人等が著作物の作成を企画,構想し,業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合,あるいは,業務に従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合には,法人等の発意があるとすることに異論はないところであるが,さらに,法人等と業務に従事する者との間に雇用関係があり,法人等の業務計画に従って,業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合には,法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作成が予定又は予期される限り,「法人等の発意」の要件を満たすと解するのが相当である。
また,「職務上作成する著作物」の要件については,業務に従事する者に直接命令されたもののほかに,業務に従事する者の職務上,プログラムを作成することが予定又は予期される行為も含まれるものと解すべきである。
さらに,「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」の要件については,公表を予定していない著作物であっても,仮に公表するとすれば法人等の名義で公表されるべきものを含むと解するのが相当である。
本件についてみると,控訴人は,本件各プログラムの作成時において,事業団に雇用され,事業団の開発部員として,事業団の業務に従事する者であったから,「法人等の業務に従事する者」であることが明らかである。また,事業団には,職員作成のプログラムについて,職員を著作者とする旨を定める就業規則等はなく,控訴人と事業団との間においても,同旨を定める契約等はなかったことは,前記において引用する原判決のとおり,当事者間に争いがない。
そうすると,本件において職務著作の成否を検討するに当たっては,①「法人等の発意」があり,②「職務上作成する著作物」であって,③「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」であるとの要件を満たすか(ただし,本件プログラム3については,③の要件が不要であることは,前述のとおりである。)が問題となるので,順次,検討する。
(2)
本件プログラム15及び19について
ア 前記認定の事実によれば,事業団では,ロケットや人工衛星の全体的把握とシステム運用・ミッション達成の業務遂行のために各種プログラムの開発が必要であったことから,技術系職員の間で,プログラム作成は,ほぼ必須のものとされ,昭和52年4月には,事業団の開発業務に係るソフトウェアの開発及び整備に関する業務を有効かつ適切に実施するため,ソフトウェア委員会が設けられたこと,控訴人は,昭和49年4月1日,事業団に任用され,開発部員として辞令を受け,昭和52年1月11日,飛行安全管理室から試験衛星設計グループ(組織改正後は衛星設計第1グループ)に異動となり,上司のaの指示を受け,aの留学の後には,その後任として,ECS用ミッション解析プログラム群の作成,とりまとめを担当し,他の同グループ部員とともに,事業団により認可されたECS用のミッション解析及びそのプログラム群の作成に従事しており,このような状況の中で,ECS用のミッション解析及びそのプログラム群に含まれる本件プログラム15及び19を作成したことが認められる。
イ 「法人等の発意」の要件についてみると,控訴人は,ECS用のミッション解析及びそのプログラム群の作成に従事していたところ,上記各プログラムの作成は,上司のaの指示を受け,aの留学の後には,その後任として,プログラム作成に当たったものであるから,控訴人が,法人等から作成を命じられたプログラムであるというべく,上記各プログラムの作成について,事業団の発意を認めるのが相当である。
ウ 「職務上作成する著作物」の要件についてみると,本件プログラム15及び19は,ECS用のミッション解析及びそのプログラム群の作成に従事していた中で,そのプログラム群に含まれるものであったのであるから,控訴人の「職務上作成する著作物」であることが明らかである。
エ 「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」の要件についてみると,本件プログラム15及び19は,いずれも,前記のとおり,事業団,特に試験衛星設計グループの遂行しているECSミッション解析プログラム群に含まれるプログラムであり,現実に公表はされていないが,公表されるとすれば,当然,事業団の名義により公表されるべきものであると認められる。
オ 控訴人の主張について
(略)
カ 以上によると,本件プログラム15及び19は,職務著作として,事業団がその著作者となるものというべきである。
(略)
(5)
本件プログラム12(KALMAN〔オリジナル,6次元〕)について
ア 前記によれば,(中略)
イ 「法人等の発意」及び「職務上作成する著作物」の要件については,控訴人の職務の遂行上,本件プログラム12の作成が予定又は予期されていたかどうかが問題となる。
まず,控訴人の研修期間中の職務についてみると,控訴人は,事業団の海外委託研修生であり,留学前,あらかじめ,CNESにおける研修の内容,研修の効果を記載した「海外研修計画」を提出していたのであるから,控訴人の研修中の職務は,上記「海外研修計画」に沿った研修であるところ,研修の内容として,「CNESで計画中のプロジェクトに関する調査研究」の一つとして「アリアンロケットで打上げられる人工衛星の解析運用ソフトウェアのシステムに関する調査研究」があり,ランデブー解析プログラム「TAKAKO」とともに作成された「CNES計画のSOLARISプロジェクトのためのアプローチフェーズ・ランデブーの予備的ミッション解析」と題する論文においては,控訴人の留学前の身分である「日本宇宙開発事業団衛星設計第1グループ技師」との肩書を付しており,さらに,カルマンフィルタによる解析プログラムについて海外研修の成果として報告していたのである。そうすると,ランデブー解析プログラム「TAKAKO」にサブルーチンとして包含される本件プログラム12の作成は,上記「海外研修計画」の記載から,事業団において,控訴人の研修の成果として予定又は予期し得るものであったというべきである。
したがって,本件プログラム12は,控訴人の研修期間中の職務の遂行上,その作成が予定又は予期されていたということができるから,「法人等の発意」があり,控訴人による「職務上作成する著作物」に当たるというべきである。
なお,同プログラムは,前記のとおり,事業団及び被控訴人機構が,控訴人による本訴提起後に,初めて,その存在を知ったものではあるが,一般に,法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作成が予定又は予期される限り,「法人等の発意」の要件を満たすことは,前記(1)のとおりであるから,上記の点は,「法人等の発意」を認めることの妨げとなるものではない。
ウ 控訴人は,CNESへの留学が個人留学であり,事業団を休職中に,個人の自由な研究活動の継続として,独自に,本件プログラム12を作成したものであり,事業団はプログラム作成費用を負担しておらず,留学の目的は,「国外の文化を学び国際人として広く知見を深める」ことなどであって,業務と切り離されていた旨主張する。
しかし,上記認定のとおり,控訴人のCNESへの留学が個人留学でないことは明らかである。事業団は,留学中に控訴人を昇格させ,また,控訴人の留学期間延長の希望に配慮して,一応,休職という形を取りつつ,昭和56年8月18日以降でも,通常の金額の100分の70の給与を支給し,健康保険法,雇用保険法及び厚生年金保険法上の取扱いも変更しなかったのであって,事業団による給与が,プログラム作成も含めたフランスでの控訴人の公私の生活の大半を支えたことは明らかである。控訴人の研修中の職務は,自らが「海外研修計画」に記載したとおりであって,単に「国外の文化を学び国際人として広く知見を深める」ことであるということはできない。
控訴人の上記主張は,いずれも,失当である。
(略)
キ 以上によれば,本件プログラム12の作成は,事業団の職務著作であるというべきである。
(以下略)
5 当審における控訴人の本件各プログラム全体にわたる主張について
(1)
控訴人は,同人が,大学院時代に,本件各プログラムに係るスピンダイナミックス,状態量推定,静的安定性,軌道力学などといった各技術分野について勉学してきたため,本件各プログラム作成することができたのであるから,控訴人の「個人の自由な研究活動」の成果であり,たまたま事業団職員となったからといって,その成果が侵害されてよいものではない旨主張する。
しかし,控訴人は,昭和49年4月1日,事業団に雇用されて以来,事業団に対して労働に従事する義務を負うとともに,その報酬を受けていたものである。したがって,控訴人は,事業団に対して労働に従事するに当たり,事業団の命ずる職務に従事しなければならないのであって,職務中に「個人の自由な研究活動」をし得る立場にはない。
また,控訴人は,原判決は,本件各プログラムが控訴人の「個人の自由な研究活動」の成果であるなどといった事実及び本件各プログラム作成の原点すなわち「発意」が既に大学院時代に研究者としての控訴人に存在していたことを全く無視していると主張する。
しかし,本件各プログラムが控訴人の「個人の自由な研究活動」の成果といえないことは,上記のとおりである。しかも,本件で問題となるのは,本件各プログラムが職務著作に当たるかどうかであり,法旧15条にいう「法人等の発意」とは,前記4(1)のとおり,法人等が著作物の作成を企画,構想し,業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合,あるいは,業務に従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合,さらには,法人と業務に従事する者との間に雇用関係があり,法人等の業務計画に従って,業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合に,法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作成が予定又は予期されるときを意味する概念であって,本件各プログラムの作成者本人の動機等を問題にするものではない。
さらに,控訴人は,控訴人がたまたま事業団に採用されたからといって,被控訴人に「個人の全人生や自由な研究活動」を売り渡した覚えはないとも主張する。
しかし,本件全証拠を検討しても,控訴人と事業団との間には雇用契約があるのみであり,控訴人が,給与を得ながら職務中に「個人の自由な研究活動」をし,その成果を控訴人に帰し得る旨の特別の合意の存在を認めることはできない。
したがって,控訴人の上記主張は,いずれも採用することができない。
(2)
控訴人は,控訴人開発のプログラムを,上司がメーカーに無償で横流しし,控訴人に内緒で,控訴人の解析結果や提案やプログラムなどを無断流用し,さらに,事業団が,控訴人との協議を持つこともなく一方的に消去した旨主張する。
しかし,前示のとおり,本件プログラム11を除く本件各プログラムは,いずれも,職務著作に当たるものであって,作成した時点で著作権及び著作者人格権が事業団に帰属するから,事業団は,これらのプログラムにつき,随意に,著作者としての権利を行使することができるのである。
したがって,事業団の横流し,無断流用,無断消去をいう控訴人の主張は,控訴人に上記プログラムの著作権及び著作者人格権があるという誤った前提に立つものであって,そもそも,失当である。
なお,本件プログラム11が著作物といえないことは,前記2(2)のとおりであり,控訴人のいう,横流し,無断流用,無断消去は,そもそも問題となり得ない。
(略)
(6)
以上によれば,控訴人の本訴請求中,控訴人と被控訴人らとの間において,本件各プログラムについて控訴人が著作権及び著作者人格権を有することの確認を求める請求(主位的請求)は,いずれも理由がない。
(略)
7 以上のとおり,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。
よって,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。