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著作権判例セレクション

【編集著作権】漢字能力検定の対策問題集の編集著作権の帰属が争われた事例/著作権法14条の推定を覆した事例

▶平成24216日大阪地方裁判所[平成21()18463]▶平成241226日大阪高等裁判所[平成24()1019]
(前提事実)
〇 原告「財団法人 日本漢字能力検定協会」は,日本漢字能力検定の実施等を業とする財団法人である。被告オークは,教材の開発,制作,出版及び販売等を目的とする株式会社である。被告P1は,被告オークの代表取締役であり,原告の設立当初から平成21年4月16日まで,原告の代表者(理事長)であった者である。
〇 日本漢字能力検定は,漢字に関する知識・能力を測定する技能検定である。級ごとに審査基準及び配当漢字が定められており,現在は,12段階にレベル分けされている。従前は,被告オークが実施していたが,原告設立後は原告が実施している。
〇 原告は,日本漢字能力検定の検定対策用問題集として,別紙記載の各書籍(「本件各書籍」)を発行した。
*本件書籍1ないし11…日本漢字能力検定の検定問題及び回答を,級別,開催回ごとにまとめた問題集(「過去問題集」)の平成21年度版。
*本件書籍12ないし21…日本漢字能力検定の各級の配当漢字を,50音順にすべて掲載し,複数の漢字をまとめて1単元(1ステップ)として,単元ごとに,漢字表(漢字一覧表)と,その漢字を使った種々の問題(読み問題,書き取り問題など)を掲載した問題集(「ステップシリーズ」)の初版,改訂版及び改訂二版。
*本件書籍22ないし27…日本漢字能力検定の各級に対応する配当漢字を用いた問題を,読み問題,部首を答える問題,画数・筆順を答える問題,熟語問題,対義語・類義語を答える問題,送りがなを答える問題,書き取り問題といった出題形式ごとに配列した問題集(「分野別シリーズ」)の初版及び改訂版。
*本件書籍28ないし33…分野別シリーズと同様,出題形式ごとに問題を配列するが,持ち運びしやすいように小型化され,赤い下敷きで覆うと一部の文字(赤色で記載された文字)が消えたように見える問題集(「ハンディシリーズ」)の初版。
〇 本件各書籍の奥書は,発行当初,次のとおりの記載であった(なお,「日本漢字教育振興会」とは,被告オークの事業部門の名称である)。
 編 者 日本漢字教育振興会
 監 修 財団法人日本漢字能力検定協会
 発行者 P1
発行所 財団法人日本漢字能力検定協会
〇 本件各書籍は,いずれも著作権法上の編集著作物であることについて,当事者間に争いがない。
〇 被告オークと原告は,平成16年1月15日付けで,被告オークが原告に対し,原告が出版する問題集を含む商品を供給する商品売買基本契約(「本件売買契約」)を締結した。
〇 被告らは,本件第3回弁論準備手続期日において,原告が本件書籍1ないし11の編集著作権を有する旨の確認を求める請求を認諾した。
〇 原告は,本件各書籍の編集著作権は原告に帰属しており,被告らに対し,本件書籍12ないし33(「本件対策問題集」)の編集著作権が原告にあることの確認などを求めた。

1 本件対策問題集の制作・編集の経緯
()
2 争点(本件対策問題集の編集著作権の帰属)について
本件対策問題集の奥書には,編者として,被告オークの一事業部門である日本教育振興会が記載されているから,編集著作者は被告オークであると推定されることになる(著作権法14条)。
そこで,上記推定が覆されるかが問題となるところ,原告は,本件対策問題集について,①原告の発意に基づき,②原告の従業員が職務上作成したものであり,③ 原告名義で公表されるはずのものであったから,その編集著作権は,著作権法15条1項に基づき,原告に帰属すると主張するので,以下検討する。
(1) 発意者
著作権法15条1項にいう「法人等の発意に基づく」とは,当該著作物を創作することについての意思決定が,直接又は間接に法人等の判断により行われていることを意味すると解され,発案者ないし提案者が誰であるかによって,法人等の発意に基づくか否かが定まるものではない。つまり,本件対策問題集の制作が原告の判断で行われたのであれば,「原告の発意に基づく」といえるのであって,最初に作成を思いついた人物や企画を出した人物が,原告の主張するようにP3(分野別シリーズ)あるいは大栄企画(ハンディシリーズ)であったか,あるいは被告らが主張するようにP2であったかは,この点を左右しない。
また,前記1のとおり,原告は,日本漢字能力検定及びこれに係る書籍の発行を業務としているところ,日本漢字能力検定の主催者として行う「書籍の発行」業務とは,書籍の販売のみならず,主催者(出題者)としてのノウハウを生かした書籍の制作業務を当然含んでいるものと考えられる。
そうしたところ,ステップシリーズについては,5級から7級の改訂版(本件書籍16~18)について,執筆要項が原告名義で作成され,外部業者との編集会議に出席していたのも原告の従業員らであるし,3級及び4級の改訂二版(本件書籍14,15)についても,見積依頼書,執筆要項,編集要項,組版にあたっての指示文書等の外部業者に渡す書面が,原告名義で作成されている。さらに,分野別シリーズ5級及び6級(本件書籍26,27)に係る執筆要項,編集要項,見積依頼書や,ハンディシリーズ5級及び6級(本件書籍32,33)に係る執筆要項,編集要項,印刷会社に対する発注書等も,同様に原告名義で作成されている。
したがって,本件対策問題集のうちこれら9冊(本件書籍14~18,26,27,32,33)の作成は,原告の意思によって行われたものと認められる。
そして,本件対策問題集のうち上記9冊以外のものについては,執筆要項などの証拠が残っていなかったものの,いずれも3種類のシリーズに属する問題集であることや,上記9冊のうち最も早く制作されたステップシリーズ5級から7級の改訂版(平成9年10月1日発行)と,最も遅く制作されたステップシリーズ3級及び4級の改訂二版(平成21年3月20日発行)との間の時期に制作されたものであることからして,上記9冊と同様に,原告の意思により作成されたものと考えられるところ,これに反する証拠もない。
一方,上記編集作業について被告オークが関与したことを窺わせる事情は,編集プロダクションとの業務委託契約を締結したというだけであり,それ以上に,被告オークが上記編集作業に関与したことを認めるに足る証拠はない。
以上のとおりであるから,本件対策問題集の制作に係る意思決定は,原告の判断により行われていたといえ,本件対策問題集は,原告の発意に基づき制作されたものと認められる。
(2) 作成者
前記1で認定したとおり,本件対策問題集の制作には,原告,編集プロダクション,被告オークが関与している。そこで,それぞれの関与の態様について,編集著作権を発生させるものといえるかについて検討する。
ア 創作性が発揮される作業
() 漢字を級別に割り当てる作業等
本件対策問題集は,いずれも級別に編集されているが,各級の配当漢字や,そこで要求されるレベル(出題形式の範囲)は,「日本漢字能力検定 審査基準」において予め決定されていたものであり,この点に編集における創作性が発揮されることはない。
また,編集著作物性の判断にあたっては,小問に係る文章表現の創作性も問題とはならない。
() ステップシリーズ
ステップシリーズは,各級の配当漢字をすべて50音順に配列した上,一定数の漢字ごとに分け,これらを各ステップとして,ステップごとに各種の練習問題を作成したものであるが,その配列やステップの分類自体には創作性が認められず,編集において創作性の発揮される作業は,ステップごとの大問(出題形式)や小問(具体的な問題)の選択・配列であるといえる。
すなわち,50音順配列の採用が被告オークの知見に基づくものであったとしても,それ自体はアイデアに過ぎない。各ステップに,どの漢字をいくつ割り当てるかについても,50音順配列を採用していることや,ステップごとに定められた頁数を割り当てる関係上,自ずと決まる。
なお,大問は,「読み」「書き取り」「同音・同訓」「漢字識別」「熟語」「部首」「対義語・類義語」に関する問題など,出題形式ごとによる小問の集合体のことをいうが,その選択や配列が,結果として,素材である小問の選択と配列に大きな影響を与えるという関係にある(1つの漢字について用意された,いくつかの種類の小問のうち,応用問題の問題形式が決まることにより,小問の種類は決まる。また,出題される漢字は,既に50音順で並べたものを一定の数ごとに各ステップに割り当てられている。)。
() 分野別シリーズ及びハンディシリーズ
分野別シリーズ及びハンディシリーズは,各級の配当漢字に係る小問を,当該級の検定において出題されうる出題分野・出題形式ごとにまとめたものであるが,実際の検定において出題された出題分野や出題形式に依ることとなる結果,出題分野・出題形式(大問)の選択には創作性が認められず,編集において創作性の発揮される作業は,小問及びそこで使用する配当漢字の選択・配列であるといえる。
イ 原告の関与
前記アを前提とすると,原告の従業員は,本件対策問題集の編集にあたり,次のとおり創作性の発揮される作業を行ったといえる。
() 編集方針の決定
本件対策問題集は,日本漢字能力検定において当該級に合格できるよう,学習効果を上げることを目的として制作されたものであるところ,制作当時において日本漢字能力検定の主催者であり,出題内容を決定する立場にあった原告は,最もよく,そのためのノウハウを持っていたといえる。
そして,上記のような立場にある原告において,その従業員が,前記1で認定したとおり,原稿作成を行う編集プロダクションに対し,執筆要項及び編集要項を作成・交付して,原稿作成にあたっての指示を与えており,編集方針を定めていたのは原告であったといえる。なお,原告の編集方針は,執筆要項等に具体化されていたものであって(たとえば,ステップシリーズ3級及び4級改訂二版の執筆要項では,読み問題及び書き取り問題における小問の内容・順序まで指定されている。),単なるアイデアに留まるものではない。
なお,本件売買契約においては,原告が発行する書籍の制作を被告オークが行うことになっているが,上記契約内容だけから,本件各書籍の制作を被告オークが行っていたと認定することはできない。編集著作権の発生は,編集作業を誰が行ったかという観点から認定すべきであり,契約の内容がこれを左右するものではない。したがって,上記契約が,利益相反となり,その効果が原告に帰属するかどうかという点についても,編集著作権の発生の認定には関係がないというべきである。
() 選択・配列の決定権
また,原告の従業員は,編集プロダクションが作成した原稿が,原告の編集方針に沿うものとなるよう修正・変更作業を行っていたのであるから,小問の選択・配列(ステップシリーズ)や,小問及びそこで使用する配当漢字の選択・配列(分野別シリーズ及びハンディシリーズ)について,最終的な決定権を有していたのも原告であったといえる。
被告らは,原告の従業員が行ったのは創作性のない校正作業であると主張するが,前記1で認定したとおり,原告の従業員は,編集プロダクションの作成した原稿について,自ら小問の内容や配列順の変更などを行い,編集プロダクションにそのとおりの内容に作り替えさせていたのであるから,創作性のある部分の決定を行っていたものといえる。被告らの上記主張は,原告従業員の行った作業を正しく評価するものではない。
() 具体的な選択・配列作業
さらに,原告の編集方針に基づく具体的な素材の選択・配列について,原告の従業員は次のような関与を行っている。なお,修正・変更した原稿や編集プロダクションに交付した資料などの,原告の従業員が行った作業を示す証拠が提出されているのは,本件対策問題集のうち一部についてのみであるが,本件対策問題集の制作には,いずれも編集プロダクションが関与しているところ,その場合の原告における作業内容は,少なくともステップシリーズ,分野別シリーズ,ハンディシリーズの各シリーズ内においては,共通するものと認められる。
a ステップシリーズについて
原告従業員であるP4は,平成20年5月ころに行われたステップシリーズの改訂作業に際し,各ステップにおける,大問の選択・配列について,読み問題・書き取り問題以外から任意に採用する応用問題2種の割付けを決定している。この点,被告らは,P4による応用問題の決定が行われたとは考えにくいと主張するが,原告から編集プロダクションに交付された執筆要項には,大問については「別紙『大問パターン一覧』を参照。」との指示があるところ,「大問パターン一覧」とは(証拠)のことであり,(証拠)に記載されている「旧原稿」とは(証拠)のことであると考えられるから,これらは編集作業を委託するに先立って,原告において作成されたものといえる。したがって,(証拠)を自ら作成したとのP4の証言は信用でき,応用問題の割付けを決定したのはP4であると認められる。
また,小問の選択・配列に関し,原告は,編集プロダクションに対し,素材となる小問のデータ(過去問リスト及び3級の改訂二版については小問の素案を提供している。そして,原告において作成された小問の素案については,原告従業員が素材の選択を行ったといえるし,過去問リストも,過去問のすべてを集めたものではなく,過去問で頻繁に使われている語をP4が集めたものであるから,やはり,原告従業員において素材の選択を行ったといえる。なお,被告らは,(証拠)に同一の問題文が二行にわたって記載されているのは不自然であるから,これは原告従業員が作成したものでないと主張するが,(証拠)の体裁から見て,同一の問題文が二行にわたって記載されているのは,同一の問題文に二種の漢字が使用されている場合に,それを個別に取り上げているからと考えられるし,編集プロダクションの作成する原稿においても同様の体裁となっているのであって,被告らが主張する点は,原告従業員による作成の事実を否定する事情とはならない。また,被告らが主張するように,(証拠)に記載された小問が,原告において使用されていたソフトウェアによって,データベースから抽出されたものであったとしても,小問の文章表現自体が原告従業員の創作によるものでないことは,編集著作権が争点となっている本件では問題とならないし,(証拠)は,ステップ及び大問ごとに小問をまとめたものであるから,抽出結果の機械的な羅列とはいえず,原告従業員により素材の選択が行われていたといえる。
すなわち,前記ア()で指摘したとおり,どのステップにどの大問を選択,配列するか(読み問題と書き取り問題は,各ステップの2頁目と4頁目に配列されることが,予め定められており,3頁目の応用問題の2種類をどのように選択,配列するか)によって,小問の選択と配列の多くの部分が決まるという関係にあるが,上述したとおり,大問の選択と配列は原告従業員が行っている。
b 分野別シリーズについて
原告は,平成18年6月ころ行われた分野別シリーズの5級及び6級の原稿作成作業に際し,執筆要項を作成し,小問で使用する配当漢字の選択・配列に関し,分野ごとの留意点を定め,その中で,「問題使用語リスト」を中心に出題することを指示している。
上記リストの内容は証拠上明らかでないものの,平成8年に行われた初版(2級~4級)の制作にあたっては,原告従業員であるP3が,1級から10級の過去問で頻出する漢字を調査し,短期アルバイトを雇って,手集計で半年をかけて作業を完了させたというのであり,上記5級及び6級のリストに関しても,調査範囲が同じであったかや,手作業であったかはともかくとして,同種の抽出作業が行われたものと考えられる。
したがって,原告従業員は,小問で使用する配当漢字について,選択を行っていたものといえる。
c ハンディシリーズについて
原告は,ハンディシリーズの制作,編集に際し,小問において使用する過去問の割合を決定し,使用すべき過去問のリストを,編集プロダクションに提供している。そして,この過去問リストは,過去問で頻出しているものを,原告の従業員において選択して作成したものである。したがって,原告従業員は,小問で使用すべき過去問について,素材の選択を行っていたものといえる。
さらに,原告の従業員は,配当漢字の選択・配列について,編集プロダクションに対し,正答率の低い問題を,1個ないし2個のアスタリスクマークで明らかにし,過去問のうち半数をこの中から選択するよう指示しているところ,実際に発行された書籍にも,正答率の低い問題に1個ないし2個のアスタリスクマークが付されている。したがって,原告従業員は,小問で使用する配当漢字についても,選択を行っていたものといえる。
ウ 編集プロダクションの関与
() 選択・配列作業について
前記1のとおり,編集プロダクションは,本件対策問題集の原稿作成作業に関与しており,当初段階における小問の選択・配列の作業を行っていたといえる。
もっとも,前記イのとおり,編集プロダクションによる選択・配列は,原告の従業員が選択した素材の中から,原告の指定する配列方針に従って行われていたものであり,編集プロダクションが作成した原稿のチェックにあたって原告の従業員が一番気にしていたのも,原告の作成した執筆要項に従っているかどうかである。
したがって,編集プロダクションは,原告の方針に反して選択・配列に創作性を発揮することが許されない立場にあったといえる。
なお,執筆要項において選択・配列に個別具体的な指定がなかった部分に関しては,編集プロダクションに,選択・配列における裁量が存在したと考えられる。しかしながら,ステップシリーズ及びハンディシリーズについては,執筆要項において,できるかぎり満遍なく配当漢字を使用する,できるかぎり異なる熟語・単語で使用するといった観点からの選択・配列が要求されていたところ,このような観点から行われたにすぎない小問及びそこで使用する配当漢字の選択・配列については,編集プロダクションの裁量により行われたものであっても,原告の編集方針を超える独自の創作性があったとはいいがたい。また,分野別シリーズについては,執筆要項において特別な指示はされていないが,原告が主催する日本漢字能力検定の検定対策用問題集という性格からして,やはり,編集プロダクション独自の創作性は発揮されないと考えられる。
したがって,編集プロダクションが行った選択・配列は,原告の指示の下で,いわば原告の手足となって行ったものであり,編集プロダクションにおいて独自に編集著作権を獲得するようなものではなかったといえる。
() 対価について
被告らは,被告オークから編集プロダクションに支払われた金額の大きさからして,編集プロダクションの行った作業は機械的なものではなかったと主張する。
しかしながら,小問の7割を過去問から選択するハンディシリーズ(5級及び6級)ですら,編集プロダクションの行った作業には,3か月程度の時間を要したのであるから,これに対する対価133万1400円は,客観的な作業量に比して決して多額とはいえず,創作性の発揮されない作業に対する対価であるとしても,十分説明のつく金額である。
()
() 契約書の文言
被告オークと編集プロダクションとの間で締結された業務委託契約に係る契約書には,「本著作物の著作権・出版権は甲(被告オーク)に帰属する。」あるいはこれに類する記載がある。
しかし,著作権の発生しない場合においても,将来,契約の相手方から著作権を根拠とする内容の紛争が生じることを未然に防止するため,契約書上にこのような文言を記載することは,よくあるものと考えられ,上記記載をもって,契約に係る書籍の制作,編集に関与した編集プロダクションに,当該書籍の編集著作権が発生したと認めることは相当ではなく,また,被告オークに編集著作権が帰属する根拠ともならない。
() 被告オークへの編集著作権の譲渡
以上のとおり,本件対策問題集について,編集プロダクションに編集著作権が発生しているとは認められないから,編集プロダクションとの間で著作権譲渡の合意をしていても,被告オークが編集プロダクションから編集著作権を取得することはない。
エ 被告オークの関与
被告らは,被告オークの取締役であるP2が,本件対策問題集の作成を発案し,その制作方針,編集方針を策定した上,これらを作成していたのであるから,本件対策問題集の編集著作権は被告オークに帰属すると主張するが,制作方針や編集方針を策定しただけでは,当該書籍の編集著作権が発生するわけでないことについては,前述したとおりであり,それ以上に,被告オークが本件対策問題集の編集について関与したという具体的な主張や立証はない。
さらに,被告らは,本件対策問題集について,被告オークが著作権を有する書籍の複製物もしくは翻案物であると主張するので,以下検討する。
() ステップシリーズについて
被告らは,ステップシリーズの初版は,被告オークが著作権を有するステップ式学習シートを元に,被告オークが発案した,読み問題,応用問題(2~3類型),書き取り問題を配置するというステップ式編集方針を採用して,被告オークが編さんしたものであり,被告オークが著作権を有するところ,本件対策問題集は,その複製物もしくは翻案物にすぎないと主張する。
しかしながら,ステップシリーズにおいて,上記ステップ式編集方針が抽象的なアイデアとして引き継がれているとしても,これらは編集著作物として保護される具体的な表現とはいえない。
前記アのとおり,本件対策問題集において,編集著作物として保護される具体的な表現は,大問・小問の具体的な選択・配列であるが,次のとおり,本件対策問題集のうちステップシリーズ(本件書籍12~21)の大問・小問の具体的な選択・配列は,ステップシリーズ初版に類似しているとは認めがたい。たとえば,被告らも(証拠)において対比しているステップシリーズ4級の初版と改訂版は,各ステップの練習問題について,分量(前者は2頁,後者は3頁),大問の数(前者は6問から8問で不定,後者は4問で固定),小問の数(各ステップに共通する読み問題・書き取り問題を比較してみると,前者は,読み問題が8問〔ステップ24等〕から15問〔ステップ9〕で不定,書き取り問題が8問〔ステップ4等〕から12問〔ステップ5〕で不定,後者は読み問題・書き取り問題とも25問ずつで固定)が違っている。また,両者における小問の選択・配列を比較しても,たとえばステップ1の読み問題であれば,第1問こそ同じであるが,前者の第2問は後者の第12問に相当するし(配列の相違),後者の第13問,第25問に相当する問題は,前者には存在しない(選択の相違)。同様の違いは,書き取り問題についてもいえる。
このように,上記ステップ式編集方針に基づくシリーズとしての共通性が初版と改訂版との間に存在するとしても,ステップシリーズの改訂版が初版の複製物であるとみることはできない。そもそも,本件対策問題集のような問題集の改訂では,意図的に旧版と異なる素材を選択することが求められるといってよく,そのような事情も考慮すると,翻案物とみることもできない。
また,分野別シリーズ,ハンディシリーズについては,そもそもステップシリーズとは編集方針が異なるから,これらをステップシリーズ初版の複製物であるという被告らの主張には理由がない。
() ハンディシリーズについて
被告らは,ハンディシリーズの末尾に付属している漢字表が,被告オークが著作権を有する「漢検 常用漢字辞典」の複製物であると主張する。
しかしながら,上記辞典は,常用漢字をグループ分けした上で((証拠)は抜粋であるため全体の構成は不明であるが,各頁の下部に「第一部 学習漢字」との記載があり,各漢字に1年から6年までの学年の記載があることからして,少なくとも,小学校で学習する漢字とそうでない漢字とを別グループにしてあることが窺える。),50音順に並べ,漢字の意味,熟語,用例などを挙げたものであるところ,ハンディシリーズの漢字表は,当該級の配当漢字のみを取り上げている点で,そもそも,上記辞典とは漢字の具体的な選択・配列を異にする。
また,漢字の読み,画数,意味,熟語,用例,書き順などを掲載することは,漢字辞典や漢字学習のための漢字一覧表において,極めてありふれたものである(たとえば,ステップシリーズの各ステップに掲載された漢字表にも,同じ要素が掲載されている。)。
たしかに,被告らが同一性を指摘する箇所(ハンディシリーズ5級の漢字表と,上記辞典における対応部分)を比較すると,意味,語句(熟語),用例の欄の記載について,前者が後者の一部を抜粋しているようにも見える。しかしながら,意味及び語句(熟語)に関していえば,ハンディシリーズ5級の漢字表に記載された漢字の意味及び語句(熟語)は,ステップシリーズ5級改訂版の漢字表に記載されている意味及び語句(熟語)と同一である。そして,ステップシリーズ5級改訂版の発行日は平成9年10月1日であり,上記辞典の発行日(奥書によれば平成10年3月10日)より前であるから,既にこの点において,ハンディシリーズの漢字表が上記辞典の複製物であるということはできない。また,P2は,ハンディシリーズの漢字表は,被告オークが版権を買い取った「大栄企画 現代版漢字辞典」から抜粋したものであると証言するが,両者に掲載されている漢字の意味,熟語,用例は同一ではなく,同証言も採用できない。
そして,用例について,ハンディシリーズの漢字表に記載された各漢字の用例が,「漢検 常用漢字辞典」に記載された用例の一部を抜粋したものであるとしても,用例が全体に占める部分はわずかであり,これをもって,ハンディシリーズの漢字表が同辞典の複製物であるということもできない。
オ まとめ
以上のとおりであるから,本件対策問題集について,素材の選択・配列について創作性のある作業を行ったのは,原告の従業員であると認められる。
(3) 名義人
著作権法15条1項の,「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」とは,その文言からして,結果として「法人等の名義で公表されたもの」ではなく,創作の時点において「法人等の名義で公表することが予定されていたもの」と解釈するのが相当である。そして,前記()()のとおり,本件では,原告の発意により,原告の従業員が本件対策問題集の編集著作を行ったものであるから,本件対策問題集は,創作の時点において,原告が,その編集著作物を利用,処分する権利を有しており,その名義により公表することが予定されていたということができる(実際に編集作業に携わった,個々の従業員の名義の下に公表されることが予定されていたことを窺わせる事情はない。)。
この点,本件対策問題集は,当初発行に当たり,編集著作者を意味する「編者」が日本漢字教育振興会と表記されていたものであるが,前記()のとおり,その編集著作者は,原告の従業員であり,日本漢字教育振興会を編者とする上記記載は実態に合致せず,上記記載のみをもって,日本漢字教育振興会(被告オーク)を本件対策問題集の編集著作者であるとみなすことはできない。
(4) まとめ
以上のとおりであるから,本件においては,被告オークが編集著作者であるとの著作権法14条の推定を覆す事情が存在するといえ,本件対策問題集の編集著作者は,著作権法15条1項により原告であると認められる。
3 原告の請求について
(1) 編集著作権の確認請求について
前記2のとおり,本件書籍12ないし33(本件対策問題集)の編集著作権は原告に帰属すると認められるところ,被告らはこれを争っているから,この点の確認を求める原告の請求には理由がある。
(2) 不正競争防止法に基づく請求について
前記2のとおり,本件書籍12ないし33(本件対策問題集)の編集著作権は原告に帰属し,被告オークには帰属しないと認められるから,被告らが,第三者に対し,その編集著作権が被告オークに帰属する旨及び同書籍を制作販売する原告の行為が被告オークの著作権を侵害している旨を告知,流布することは,教材の制作・販売等において競争関係にあると認められる原告の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知,流布となる。
もっとも,被告らは,第3回弁論準備手続期日において,本件書籍1ないし11の編集著作権を有することの確認を求める原告の請求を認諾したから,本件書籍1ないし11に関しては,もはや被告らの告知,流布行為により原告の利益が侵害されるおそれがあるとはいえず,被告らの行為の差止めを求める原告の請求のうち,本件書籍1ないし11に係る部分は理由がない。

[控訴審]
1 当裁判所も,本件対策問題集の編集著作者は,著作権法15条1項により,全て被控訴人であると認められると判断する。その理由は,次の(1)のとおり原判決を補正し,次の(2)のとおり当審における控訴人らの補充主張に対する判断を付加するほか,原判決に記載されたとおりであるから,同部分を引用する。
()
(2) 控訴人らの当審における補充主張に対する判断
ア 事実認定について
()
イ 控訴人ら主張の役割分担について
控訴人らは,本件売買契約の契約書において,本件対策問題集等の作成製造(著作)の主体が控訴人オークと明確に定められており,控訴人オークと被控訴人との間では,製造作成(著作)は控訴人オーク,発行は被控訴人という役割分担が定められていて,控訴人オークは,これを前提として,自らの費用と計算において,本件対策問題集につき,各編集プロダクションに対し編集業務を委託し,本件対策問題集等の在庫リスクの全てを負担していたのであり,被控訴人は,本件対策問題集の製造制作に直接関わったことはないなどと主張する。
しかしながら,原判決…において説示されているとおり,編集著作権の発生は,編集作業を実際に誰が行ったかという観点から認定すべきであり,契約の内容がこれを直ちに左右するものではない。また,編集プロダクションに対する費用を控訴人オークが負担していたことも,編集著作権の認定の根拠になるものではない。そして,被控訴人の従業員が,本件対策問題集の制作に直接関わっていたことは,前記引用部分で認定したとおりである。
なお,控訴人らは,(証拠)のステップシリーズの3級及び4級の改訂制作についての稟議書の決裁が理事ではなく「社長」決裁となっているのは,会社である控訴人オークとしての決裁であるからであり,このことからも,本件対策問題集の製造作成を行ったのは控訴人オークであるとも主張する。しかしながら,仮に形式上は控訴人オークとしての決裁であったとしても,上記稟議書の起案者が,被控訴人における部署名である「出版部編集企画課」を肩書きとし,そこに所属する被控訴人の従業員であるBら2名となっていること,控訴人オークと被控訴人の代表者がいずれも控訴人Aであったことに加え,執筆要項や編集要項等が被控訴人名義で作成されていたなどの引用部分で認定した各事実に照らすと,本件対策問題集において創作性のある編集作業を行ったのが被控訴人従業員であり,本件対策問題集が被控訴人の発意に基づき制作されたという判断を左右するに足りる事実とはいえない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
ウ 発意者について
控訴人らは,本件対策問題集の発意者は,被控訴人ではなく,控訴人オーク又は同社から委託を受けた編集プロダクションである旨主張する。
しかし,編集プロダクションが発意者であるという主張は,編集プロダクションが創作的な編集作業を行ったことを前提とするものと解されるところ,そのような前提が採用できないことは,原判決…記載のとおりである。また,編集プロダクションが創作的な編集作業を行ったとは解されない以上,編集プロダクションとの業務委託契約を締結した以外には編集作業に関与したと認められない控訴人オークを,発意者と認めることはできない(なお,前記イのとおり,(証拠)の稟議書は,この点の判断を左右するに足りない。)。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
エ 作成者について
() 控訴人らは,ステップシリーズにおけるステップ式編集方針(それまで「画数順」が一般的であった漢字の配列を「50音順」に配列し,各ステップ7~8字とした上で,ステップごとに,漢字の読み方を問う問題,応用問題2~3類型,漢字の書き取り問題を提示するという編集方針)などの編集方針の策定こそが,本件対策問題集の編集著作物としての創作行為の中核的部分である旨主張するが,控訴人らが主張するような編集方針は,抽象的なアイデアにすぎず,編集著作物として保護される具体的な表現とはいえないから,採用できない。
() 控訴人らは,本件対策問題集の制作につき最もよくそのノウハウを持っていたのは控訴人オークであり,被控訴人ではない旨主張する。
しかしながら,前記で補正したような内容の事業を行うことを目的として被控訴人が設立され,控訴人オークにおいて漢字検定事業に従事していた従業員が被控訴人の従業員となり,被控訴人が,その後の日本漢字能力検定を主催してきたことなどに照らせば,平成4年までは控訴人オークが検定を行ってきたことなどを考慮しても,本件対策問題集の制作当時において,最もよくそのノウハウを持っていたのは被控訴人であると認められるから,上記主張は採用できない。
() 控訴人らは,被控訴人従業員が作成した編集要項や執筆要項などは,編集方針というものではなく,作問ないし編集に当たっての「要領」にすぎないものであると主張する。
しかしながら,例えば,ステップシリーズの執筆要項や編集要項では,大問1の読み問題につき,問題数を24問にし,漢字表にある漢字の音訓それぞれを1回以上出題する,該当級以外の漢字,特に中学校で学習する音訓・熟字訓を優先的に出題する,最後の4~6問は2問ごとにくくった(同じ漢字の音読み・訓読み)ものとするという内容を,→→の順番で出し,それぞれの中では出題順は50音順ではなくランダムにし,例文は10字以上15字以内とする,といったように,小問の内容・順序に及ぶ点まで指定されており,編集方針としての具体性を備えていると認められる。また,前記アで検討したとおり,被控訴人従業員において,上記執筆要項の別紙という形で,大問における応用問題の割付けも決定している。これらの点に照らすと,被控訴人従業員のなした編集方針の決定が,単なるアイデアにとどまるということも,単に要領を定めたにすぎないということもできない。
なお,控訴人らは,(証拠)は,大問パターンを編集プロダクションに呈示しているだけであり,個々のステップにおいて適切なパターンを選択するのは編集プロダクションであるとも主張するが,(証拠)において,個々のステップにおける大問パターンは選択されていると認められるから,採用できない。また,上記執筆要項等には,既刊を踏襲するとされている部分が多いが,改訂版である以上は当然ともいえることであって,結論を左右するものではない。
() 控訴人らは,原稿の修正・変更作業における被控訴人従業員の関与は,「漢検合格のために最適な問題の選択と配列」という編集著作物の創作的行為に関わらない形式的事項に限られていた旨主張する。
しかしながら,被控訴人従業員は,編集プロダクションが作成した原稿につき,被控訴人作成の執筆要項に従っているか,配当漢字が正しく使用されているか,級の難易度に合っているか,対象年齢に相応しい表現がされているかといった観点からチェックを行い,修正・変更を行ったものと認められるところ,上記のようなチェックは,「漢検合格のために最適な問題の選択と配列」をするためのものに他ならない(Bも,漢検の問題として適切かどうかということに一番注意してチェックをしていた旨述べている。)から,控訴人らの上記主張は採用できない。
() 控訴人らは,(証拠)の書面は,「作問支援システム」というソフトウェアを使用し,検索条件を入力して機械的に抽出されたデータを基に作成したものにすぎず,編集著作物の創作に関与したものとはいえないし,これを素材として編集プロダクションが作成した原稿への被控訴人従業員の手書きの書込みは,校正の域を出ないなどと主張する。
しかしながら,上記書面が,(証拠)のソフトウェアに検索条件を入力するだけで直ちに機械的に作成されることを認めるに足りる的確な証拠はなく,編集プロダクションに示す小問の素案として上記書面を別の編集担当者と二人で分担しエクセルで作成した旨のBの供述の信用性は否定されない。また,仮に上記ソフトウェアを利用していたとしても,抽出結果の機械的な羅列ではなく,ステップ及び大問ごとに小問をまとめるという作業がなされ,素材の選択が行われていたといえることは,原判決…で説示されたとおりである。なお,編集プロダクションによる原稿作成後に被控訴人従業員の行った作業が,単なる校正にとどまらないことは,原判決…に説示されたとおりである。
これらによれば,控訴人らの上記主張も採用できない。
() なお,被控訴人や編集プロダクションの従業員らによって行われたステップシリーズ5~7級の改訂版制作に関する編集会議の中で,5~7級の級ごとに各1名の被控訴人担当者を定め,編集作業は編集プロダクションが行い,進行管理は編集プロダクションに所属する者が行うという体制を取ることが決められ,進行管理担当者が議事録を作成している。しかしながら,編集プロダクションが編集作業を行うのは当然であり,上記取決めをもって直ちに,上記被控訴人担当者が編集作業を行ったことが否定されるわけではないし,編集プロダクションの編集作業が独自の創作性を有するものと認めることもできない。また,編集プロダクション所属の者が進行管理を行い議事録を作成したことも,編集著作権の帰属に直接影響するものではない。
また,編集プロダクションにおいて,被控訴人従業員から提供された小問データや過去問のデータに記載のない問題を作成していたこともあったが,問題の作成が,被控訴人の指定した選択・配列方針に従って行われたものであり,問題内容の最終的な決定権を有していたのも被控訴人であることなどに照らせば,上記事実をもって,編集プロダクションに,被控訴人の編集方針を超える独自の創作性があったということはできない。
() その他,作成者に関し控訴人らが主張する点を考慮しても,原判決の判断を左右するものではなく,本件対策問題集について,素材の選択・配列について創作性のある作業を行ったのは被控訴人従業員であると認められ,編集プロダクションや控訴人オークに編集著作権が発生したと認めることはできない。
2 被控訴人の請求について
(1) 編集著作権の確認請求について
前記1のとおり,本件対策問題集の編集著作権は被控訴人に帰属すると認められるところ,控訴人らはこれを争っているから,この点の確認を求める被控訴人の請求には理由がある。
(2) 不正競争防止法に基づく請求について
前記1のとおり,本件対策問題集の編集著作権は被控訴人に帰属し,控訴人オークには帰属しないと認められるから,控訴人らが,第三者に対し,その編集著作権が控訴人オークに帰属する旨及び同書籍を制作販売する被控訴人の行為が控訴人オークの著作権を侵害している旨を告知,流布することは,教材の制作・販売等において競争関係にあると認められる被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知,流布となる。したがって,不正競争防止法3条1項に基づき本件対策問題集に関し上記告知・流布行為の禁止を求める被控訴人の請求にも理由がある。
3 よって,前記2の結論と同旨の原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。