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著作権判例セレクション

【言語著作物】租税論の入門的教科書の著作物性(創作性)及び侵害性を認めた事例

▶平成190528日東京地方裁判所[平成17()15981]
() 本件は,原告が,被告の執筆に係る書籍(「本件書籍」)の被告表現は,原告の執筆に係る著作物(「本件著作物」)の原告表現を複製又は翻案したものであり,被告には,同複製又は翻案について故意又は過失があるから,被告は,本件著作物について原告が有する著作権(複製権,翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害すると主張して,著作権法112条1項に基づく頒布等の差止め,民法709条,著作権法19条,21条,27条に基づく損害賠償金等の支払並びに著作権法115条に基づく謝罪広告を求めた事案である。
原告と被告は,それぞれ,大学院において,Cから指導を受け(原告が被告より先輩に当たる。),現在,ともに,教授として,大学等で財政学,租税論等の科目を担当する者であるが,Cの発案により,共著「租税論」を執筆し,平成12年3月15日,税務経理協会から出版した(以下,同書籍を「共著」という。)。
共著の出版に当たり,原告は,本件著作物,すなわち,共著中の第1章,第3章,第4章,第6章,第8章及び第9章の執筆を担当した。一方,被告は,共著中の第2章,第5章,第7章及び第10章の執筆を担当した。

1 争点1(著作権(複製権又は翻案権)侵害及び著作者人格権(氏名表示権)侵害の有無並びに被告の故意・過失の有無)について
本件著作物の著作物性
ア 被告は,本件著作物には全体として著作物性がないと主張するので,この点について検討する。
被告は,本件著作物に著作物性がないとする根拠として,本件著作物を含む共著は,原告及び被告共通の指導教授であるCの発案により,租税論における原理・原則・定説をわかりやすく解説するための初学者用の教科書として制作されたものであること,また,執筆に当たり,全体構造,ページ数,ベースとすべき複数の文献の指定,使用する用語,文体等に至るまで逐一詳細に同人の指導・指示を受けて作成されたものであることを挙げ,これらのことからすれば,本件著作物には内容上の創作性がなく,その表現の具体的形式も不可避的に選択されたものであって創作性がないと主張する。
イ しかしながら,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号),対象となる書籍などについて著作物性を肯定するためには,表現それ自体において創作性が発現されること,すなわち,表現上の創作性を有することが必要とされるものである。そして,表現上の創作性とは,独創性を有することまでは要せず,著作者の何らかの個性が発揮されていることで足りると解すべきであるが,創作物が言語によるものである場合,アイディアと一体となった表現や,表現形式が制約されている表現,平凡かつありふれた表現などにおいては,筆者の個性が発揮されているということは困難であり,創作的な表現であるということはできない。
そして,既に明らかとされている原理・原則・定説を解説する場合についても,これをどのような文言,形式を用いて表現するかは,各人の個性に応じて異なり得ることは当然である。したがって,原理・原則・定説を内容とする租税論の入門的教科書であっても,わかりやすい例を用い,文章の順序・運びに創意工夫を凝らすことにより,創作性を有する表現を行うことは可能であり,記述中に公知の事実等を内容とする部分が存在するとしても,これをもって直ちに創作性を欠くということはできず,その具体的表現に創作性が認められる限り,著作物性を肯定すべきものと解するのが相当である。
また,共著の執筆が,Cの発案によるものであることに加えて,Cが,被告の主張するとおり,ページ数,参考とすべき文献についての指導,使用する用語,文体等についての逐一詳細な指導・指示等を行ったとしても,実際に執筆する原告(及び被告)の具体的な表現が,一義的に決定されるというものではないから,これらにより,本件著作物の表現の具体的形式が不可避的に選択されたものであるとか,あるいは,原告個人の個性が表れていない,などということはできない。
なお,被告は,共著の実質的な制作者がCであると主張し,あるいは,共著の執筆において,相互にアイディア・意見を提供したものであり,本件著作物が原告の単独著作物であることを否定するかのような主張もするが,Cの指導・指示に関する被告の主張によっても,具体的表現を行っていない同人が,本件著作物の著作者であるとは到底評価することができないし,本件著作物の執筆についての被告の関与の具体的な主張立証はなく,被告の主張は採用できない。
ウ 以上からすれば,本件著作物を含む共著全体について,創作性がないとの被告の主張は採用することができない。
(2) 原告各表現の著作物性,原告各表現と被告各表現の同一性及び依拠性
上記⑴のとおり,本件著作物が全体として著作物性がないということはできないから,原告が,被告各表現において複製ないし翻案されたと主張する原告各表現についての著作物性及び原告各表現と被告各表現の同一性について,以下,検討する。
ア 原告各表現の著作物性
著作物性を肯定するために要求される創作性は,上記⑴のとおり,独創性を有することまでは要せず,著作者の何らかの個性が発揮されていることで足りると解すべきであるが,創作物が言語によるものである場合,アイディアと一体となった表現,表現形式が制約されている表現,平凡かつありふれた表現などについては,筆者の個性が発揮されているということは困難であり,創作的な表現であるとはいえない場合があると解される。
イ 原告各表現と被告各表現の同一性
著作物の複製(著作権法21条,2条1項15号)とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決参照)。また 著作物の翻案(同法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判参照)。
そして,著作権法は,前記のとおり,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイディア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,既存の著作物の複製及び翻案に当たらないと解するのが相当である(前記平成13年最高裁判決)。
ウ 依拠性
原告各表現と被告各表現の同一性が認められる場合に,それらが酷似していたり,既に発行されている文献等に現れないものがそのまま使用されていたりするときは,上記(前提となる事実等)における共著の出版の経緯や,被告が,共著の再版ができないために,急遽,学生向け教科書として本件書籍を執筆した旨主張していることなども併せ考慮すると,被告各表現は,原告各表現に依拠して再製されたというべきである。
エ 判断
以上を踏まえて,原告各表現の著作物性,原告表現と被告各表現の同一性及び依拠性について検討すると,別紙対照表2「当裁判所の判断」記載のとおり認められる。
被告の故意・過失の有無
上記(前提となる事実等)の原告及び被告による共著の作成の経緯や被告による本件書籍の執筆の経緯並びに上記⑵において認定した原告各表現と被告各表現との同一性の状況からすれば,被告には,原告の著作権を侵害したことについて,少なくとも過失があるというべきである。
被告は,共著を教科書として使用することを予定していた新学期の開始を間近に控えた段階で,原告の了承が得られないために共著の再版ができないことを知り,対応について相談したCから,被告単独の著作物として出版すべきであるとの指導を受けて,本件書籍を執筆したのであり,原告の著作権を侵害する意識もなく,過失も認められない旨主張するが,上記認定に照らし,被告が指摘する事情が存するとしてもこれらによって被告の過失が失われると解することはできないから,被告の上記主張を採用することはできない。
著作者人格権侵害
上記複製権侵害が認められる部分の被告各表現には,原告の氏名が表示されていないから,同部分について,原告の氏名表示権の侵害が認められ,被告は,上記⑶と同様の事情から,同侵害について,少なくとも過失があると認められる。
小括
そうすると,本件書籍を複製し,頒布する被告の行為は,別紙対照表2裁「判所の判断」欄で認めた部分において,原告の本件著作物についての複製権及び氏名表示権を侵害する行為に該当する。
そして,原告は,本件書籍の複製等の差止めを請求しているところ,本件書籍中の同部分のみを分離することはできないから,同部分を含む本件書籍全体について,その複製等の差止めを認容するのが相当である。
さらに,上記⑶及び⑷のとおり,被告には,原告の本件著作物における著作権及び著作者人格権に対する侵害について,少なくとも過失があるというべきであるから,民法709条に基づき,原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
2 争点2(原告の損害額はいくらか)について
(1) 財産的損害について
本件書籍について,その定価は,1部3200円(税別),発行部数は,1500部であったことが認められる。
また,本件書籍の使用料相当額は,上記定価の10パーセントと認めるのが相当である。
さらに,本件書籍中,原告の本件著作物についての著作権を侵害するのは別紙対照表2「裁判所の判断」欄で認めた部分であり,同部分の合計は行数にして1084行である。本件書籍の1頁当たり行数は28行であるが,図表,表題及び空白部分などを考慮し,1頁当たり20行として同部分を頁数に直すと約54頁となる。本件書籍の本文の総頁数は291頁であるから,総頁に対する侵害部分の頁数の割合を乗ずることとする。
そうすると,原告が被った財産上の損害は,8万9072円となる。
3,200円×1,500部×0.1×54/291≒89,072円
(2) 精神的損害
被告による侵害の態様その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,氏名表示権の侵害に基づく慰謝料は,本件書籍の侵害部分1か所につき2万円と認めるのが相当である。
本件書籍中,原告の氏名表示権を侵害するのは別紙対照表2「裁判所の判断」欄で認めた61か所であるから,原告が被った精神的損害は,122万円となる。
20,000円×61か所=1,220,000円
したがって,被告による氏名表示権侵害行為により被った精神的損害を慰謝すべき額として原告が請求している100万円について,これを認容するものとする。
(3) 弁護士費用
本件訴訟の性質,経緯その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,被告による著作権及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は,合計15万円が相当である。
3 争点3(謝罪広告の要否)について
著作者は,故意又は過失により著作者人格権を侵害した者に対し,「著作者であることを確保するため」,又は,「訂正その他著作者若しくは実演家の名誉若しくは声望を回復するため」に適当な措置を請求することができ(著作権法115条),謝罪広告もこの「適当な措置」に含まれるものということができる。
このうち,「訂正その他著作者若しくは実演家の名誉若しくは声望を回復するため に適当な措置を請求する場合の著作者の名誉声望とは,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的名誉声望を指すものであって,人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価,すなわち名誉感情は含まれないものと解すべきである(最高裁昭和45年12月18日第二小法廷判決参照)。
本件についてみると,まず,被告には,前記認定のとおり,原告の本件著作物についての著作者人格権侵害について,少なくとも過失がある。
また,本件書籍中,原告の著作者人格権を侵害すると認められる部分は,前記のとおり,頁数にして54頁であり,本件書籍の総頁数291頁の2割近くにも当たること,原告表現と酷似する被告表現も少なくないこと,訴訟提起前から現在に至るまで,被告は,自己の著作権・著作者人格権侵害行為の重大性についての認識が乏しい面がうかがわれることなどの事情が認められる。これらの事情からすれば,本件において,謝罪広告を,著作者であることを確保する等のための適当な措置として認めることも十分考えられるところである。
しかしながら,本件書籍の実売部数が1137部と限られており,本件書籍が,被告が大学で講義を行う際のテキストとして使用することを主たる目的として出版されたこともあって,これを購入したのは,主に,被告の講義の受講生,財政学・租税学の分野の大学教員や関係者であって,それ以外の一般の購入者はある程度限定されていると考えられるところ,上記(前提となる事実等)のとおり,平成19年3月28日の本件弁論準備手続期日において,原告と税務経理協会の間で,和解が成立し,別紙広告目録2記載の条件及び内容で,広告を掲載する旨の合意がなされたことにより,上記本件書籍の主な購入者層と読者層の一部が重複すると認められる月刊誌において,同目録記載のとおり,本件書籍には,本件著作物との間に,著作権法上の問題があることが明示されることになったのであるから,本件書籍における原告の著作者人格権侵害部分について,原告が著作者であることを確保するための手段が既に講じられているというべきである。また,上記の本件書籍の実売部数等の事情からすれば,本件書籍によって,原告の社会的名誉声望が害されたとまでいえるかは必ずしも明らかでなく,仮に原告の社会的名誉声望の侵害が認められるとしても,著作者である原告の名誉又は声望を回復するための手段が十分講じられているというべきである。
したがって,税務経理協会による上記広告に加えて,「著作者であることを確保するため」,又は,「訂正その他著作者若しくは実演家の名誉若しくは声望を回復するため」に,更に被告による謝罪広告を行わせる必要があるとは認められず,これを認めることはできない。