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著作権判例セレクション

【表現形式が異なる著作物間の侵害性】 ドキュメンタリー映画(インタビュー映像+字幕部分)vs.書籍(言語著作物)

▶平成25325日東京地方裁判所[平成24()4766]▶平成250910知的財産高等裁判所[平成25()10039]
() 本件は,原告が,被告がその著者の一人である被告書籍中の被告執筆部分に,「A Man of Light」(「光の人」)と題する映画作品(「本件映画」)中の20:00(20分)から21:05(21分5秒)までの部分(「本件インタビュー部分」)に係る原告の著作権(翻案権)又は著作者人格権(同一性保持権)を侵害する部分が含まれていると主張し,著作権法112条1項に基づき,被告に対し,被告書籍の出版等の差止めを求めるとともに,著作権又は著作者人格権侵害の不法行為責任に基づく損害金等の支払を求め,また,著作権法115条の著作者としての名誉又は声望を回復するための適当な措置として,謝罪広告の掲載を求める事案である。
(前提事実)
〇本件映画は,約24分間の映像及び音声から成る映像作品である。本件映画のうち,原告が,被告による著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害を主張する部分は,20:00(20分)から21:05(21分5秒)までの部分(本件インタビュー部分)であり,その内容は,次のとおりである。
() 画面には,右手にコップを持ち,室内のソファに座る男性(C博士)の姿が映されている。
() 女性(原告)の声で日本語のナレーションが入り(「原告ナレーション部分」),その後,C博士がこれに対し回答し(「博士回答部分」),上記回答に合わせて,画面下部に字幕が流れる(「本件字幕部分」)。原告ナレーション部分,博士回答部分及び本件字幕部分の内容は別紙1のとおりである(なお,別紙1記載の博士回答部分は原告提出の反訳文に基づくが,(証拠)によれば,一部に本件映画の音声と別紙1記載の博士回答部分が異なる部分がある。)。
〇被告書籍は,平成21年5月31日に株式会社集英社から第1版が発行された書籍であり,被告と他2名との対談又は鼎談を収録した部分と論述部分から成る。被告書籍第一部の「いのちと戦争」と題する章中の,「ゲノム研究も戦争から」と題する論述部分は,被告の執筆に係るものであり,その中には,93頁1行目から4行目までの「…Aさんが,カリフォルニアのビデオ映像の大学院での卒業制作として,その過去と未来とを結びつけ,バイオエシックスの問題意識から学問研究を展開している私を取材しながら,『光の人』というドキュメンタリー映画を制作しました。」との記述に続けて,同頁5行目から14行目までに,別紙2のとおりの記載がある(以下「被告記述部分」という。)。そして,被告記述部分に続いて,93頁15行目から94頁1行目には,C博士の発言について,「原爆を投下したアメリカという国の,研究者としての意識や反省がほとんど感じられない話しぶりに,私はショックをおぼえ失望しました。」との記載があり,さらに,他の例を引いた上で,95頁8行目ないし11行目に,「このときのことを思いだすたびに,D博士が語られたように,良識ある科学者たち自身はもちろん,私たち非専門家がいのちの担い手として,バイオエシックスの考え方をふまえて積極的に警鐘を鳴らし,専門家たちにいのちの大切さを教えていかなければならない,という思いを新たにするのです。」と締めくくられている。
(別紙1)
(原告ナレーション部分)
「アメリカが日本に原爆を投下した後,犠牲者たちがヒトゲノム計画に利用された事実に関してC博士のお考えをお聞きしました。」
(博士回答部分)
Well, of course, the atomic bomb was a great tragedy, and killed a lot of people. I think ever there was a war, that’s sorts of conflicts that tragedy was inevitable. And so it actually was quite wonderful that what started out something irregular tragedy is now based in part for the genome project which really has the capacity to help tremendous number of people, to improve medicine, to improve life and people, to make health better all around the world. I think it’s a sort of classical example making plows out of sword what left residual terrible period and history using it developing something new, and something wonderful. It was very negative, but becoming very positive. I think thats a good thing.
(本件字幕部分)
「そうですね,もちろん,原爆は多くの人命を奪った大変な悲劇でした。戦争であり,衝突があったのですから悲劇は避けられないものでしょう。悲劇であったことが今では多くの人々を救い,薬を改善し,人と命を向上させ,世界中をより健康にする可能性を持ったゲノムプロジェクトの礎の一つになりえたことは素晴らしいことです。戦争という人類の悲劇の時代に剣から鋤(新たな素晴らしいもの)を作りだすというのは歴史的にも見られるよい例だと思います。ネガティブなことが非常にポジティブなものになりつつあります。良いことだと思います。」
(別紙2)
(被告記述部分)
「そのなかで,彼女はC博士という,ノーベル賞クラスといわれている遺伝学の専門家にインタビューしています。
『広島と長崎の被爆者の,とくに血液データによる遺伝情報を,ヒトゲノムにつなげたというのは,どういうわけですか?』
C博士は,その理由を述べ,あとでこう言っています。
『おっしゃるように,アメリカの専門家による被爆者の遺伝子の調査はありました。日本人の被爆者のデータをもとに,ヒトゲノム解析プログラムができたのも,そのとおりの事実です。私自身は戦争には反対です。でも,戦争は起こってしまった。その悲劇はそれなりに受け止めるとともに,戦争によってであっても,人間の未来のために使えるデータを得たとしたら,それはどんどん使って,未来を明るくして生きていけばいいんです。』」

1 準拠法
前記前提事実のとおり,本件映画は米国内で製作されたものであるが,日本国民である原告の著作物であるから,我が国の著作権法による保護を受ける(著作権法6条1号)。また,我が国は文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)の同盟国であるところ,著作権を保護するための救済方法の準拠法に関しては,ベルヌ条約5条(2)により,保護が要求される同盟国の法令の定めるところによるべきとされるから,日本国内における利用行為の差止請求等の準拠法は「保護が要求される国」である我が国の法律である。さらに,著作権侵害を理由とする損害賠償請求及び謝罪広告請求の法的性質は不法行為であり,法の適用に関する通則法17条により準拠法を決定するべきであるところ,本件において,同条にいう「加害行為の結果が発生した地」は日本国内であると認められるから,我が国の法律がその準拠法となる。
なお,ベルヌ条約14条の2(2)(a)によれば,映画の著作物について著作権を有する者を決定することは,保護が要求される同盟国の法令の定めるところによるとされるから,本件映画の著作権の帰属に関しても,我が国の著作権法により判断するべきこととなる。
以上を前提に,各争点について検討する。
2 争点(1)(原告は本件映画の著作者及び著作権者であるか。)について
(1) 本件映画の著作者について
証拠によれば,原告は,本件映画の内容を具体的に構想し,脚本を作成し,映画の制作指揮を執り,演出,編集等を行ったものであって,本件映画の全体的形成に創作的に寄与した者であると認められるから,本件映画の著作者であると認められる(著作権法16条本文)。
なお,本件映画の内容からは,本件映画において,被告の講義や研究内容から着想を得た部分が存在することがうかがわれ,また,本件映画の製作に当たり,被告の協力を得た部分が存在するものと認められるが,本件映画の著作者に関する上記認定を左右するものとは認められない。
(2) 本件映画の著作権者について
ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告は,自己の修士卒業制作として,本件映画を製作することを発案し,本件映画の内容を具体的に構想して脚本を作成し,製作に従事するスタッフを選定して雇用し,これらのスタッフとの契約にかかる費用や各種経費,必要機材の購入,取材費用等を負担したものと認められるから,本件映画の製作に発意と責任を有する者に当たり,本件映画の映画製作者(著作権法2条1項10号)であると認められる。原告が本件映画の著作者でもあることは前記(1)のとおりであるから,本件映画の著作者が,映画製作者である原告に,本件映画の製作に参加することを約束していることは明らかであり,本件映画の著作権は,その完成時において,原告に帰属していたものと認められる(同法29条1項)。
イ この点,被告は,本件映画のクレジット表示から,本件映画の著作権は原告ではなくライフサイクル研究所に帰属すると主張する。
確かに,証拠によれば,本件映画の最後において,「著作権2002 ライフサイクル研究所」とのクレジットが表示されることが認められる。しかし,原告は,本件映画のクレジットに,ライフサイクル研究所が著作権者として表示されるのは便宜上のものであり,本件映画の著作権は原告に帰属している旨主張し,これに沿う内容の陳述書を提出しているところ,ライフサイクル研究所(「Life Cycle Institute」。現在の商号は「Ganbare Nippon!」)が,原告を最高責任者(代表者),書記役及び財務役として,平成13年に設立された法人であり,その取締役は原告のみであり,本店所在地も原告の住所地と同じであって,実質的には原告の個人企業であると解されることを考慮すれば,原告の上記主張は信用性を有するものというべきである。
ほかに,本件映画の著作権が原告から上記研究所に譲渡されたことなどをうかがわせる事情も存在しないことを考慮すれば,本件映画の著作権は,ライフサイクル研究所ではなく,原告に帰属していると認めるのが相当である。
(3) 以上によれば,原告は,本件映画の著作者であり,かつ,著作権者であると認められる。これに反する被告の主張は採用しない。
3 争点(2)(被告記述部分の作成は原告の翻案権を侵害するか。)について
(1) 著作権法は,著作権の対象である著作物の意義について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と規定しているから,同法による保護の対象となるためには,当該作品に思想又は感情が創作的に表現されていること,すなわち当該作品が著作物に該当することが必要であり,思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては,著作物に該当せず,同法による保護の対象とはならない。また,著作権侵害を主張するためには,当該作品全体に表現上の創作性があるのみでは足りず,侵害を主張する部分に思想又は感情の創作的表現があり,当該部分が著作物性を有することが必要となる。
そこで,被告記述部分の作成が原告の翻案権侵害を構成するか否かを検討する前提として,本件映画のうち,原告が翻案権侵害を主張する部分である,本件インタビュー部分に著作物性が認められるか否かを検討する。なお,被告は,被告記述部分に新たな創作性がないことを主張するための前提として,本件インタビュー部分に創作性があることを認めているが,著作物性の有無は法的判断であるから,被告の上記認否に拘束されるものではない。
(2)ア 本件インタビュー部分の内容は,前記前提事実のとおりである。
イ 本件インタビュー部分のうち,原告ナレーション部分についてみると,同部分は,原告が,C博士に対し質問をしたこと及びその質問の内容(米国の日本への原子爆弾投下後に犠牲者がヒトゲノム計画に利用されたことについて,C博士の考えを聞いたこと)を,短く簡潔な表現で述べたものにとどまるものである。
この点に関し,原告は,原告ナレーション部分に関し,ヒトゲノム計画に利用された対象(利用されたデータの種類)を特定していない点に特徴がある旨主張する。
確かに,本件において,原告が,被告記述部分において「血液データによる遺伝子情報」との文言を付加したことが著作権等の侵害に当たる旨主張していることなどからは,原告ナレーション部分において,ヒトゲノム計画に利用された対象を特定していないことに,原告の何らかの思想又は感情が込められていることがうかがわれる。
しかし,原告は,原告ナレーション部分において原告のどのような思想又は感情が表現されているのか,すなわち,上記表現を選択したことが原告のどのような思想に基づくものであり,原告ナレーション部分から,上記思想を感得することができるのかどうかなどの点に関し具体的に主張しておらず,同部分に表現されているという思想又は感情の具体的内容は明らかではない。また,著作物性の検討における「思想又は感情」とは,創作的に表現されたものでなければならないとされるところ,「ヒトゲノム計画」が,人のDNAの塩基配列(遺伝情報)をすべて明らかにする試みであり,その試料等として,血液,組織,細胞,体液,排泄物及びこれらから抽出した人の体の一部並びに提供者の診療情報,その他研究に用いられる情報が挙げられていることからすれば,ヒトゲノム計画に利用される対象試料が何であるかを特定し,又はこれを特定しないことにより,学術的に何らかの違いが生じるものとは解されず,原告ナレーション部分から,何らかの思想又は感情の表現を感得することは困難である。
この点,原告は,C博士が米国政府機関所管の組織である国立衛生研究所(NIH)に所属する,ノーベル賞クラスともいわれる遺伝子学の研究者であることから,同博士に,ヒトゲノム計画に利用された原爆被害者のデータの種類を特定した質問をするかどうかには特別な意味がある旨も主張する。しかし,原告ナレーション部分が,前記のとおりの短く簡潔な表現であることからすれば,原告の主張するような,背景事情を前提とした原告ナレーション部分の意味を,原告ナレーション部分から表現として感得することはできないというべきである。加えて,原告ナレーション部分に原告の思想又は感情が表現されているとみるとしても,これが創作的に表現されているとみることは困難である。
以上によれば,原告ナレーション部分に著作物性は認められない。
ウ 次に,本件インタビュー部分のうち,博士回答部分についてみると,同部分におけるC博士の発言は,原告の脚本等に基づくものではなく,同博士の考えに基づくものであると認められる。なお,C博士の発言は,原告の質問に対する回答としてされたものではあるが,原告の質問内容は,「アメリカが日本に原爆を投下した後,犠牲者たちがヒトゲノム計画に利用された事実についてC博士のお考えをお聞きした」という抽象的かつ概略的なものであって,その回答内容を限定するようなものではない。そうすると,博士回答部分の内容に,思想又は感情を創作的に表現した部分が存在するとしても,上記創作性は,C博士に帰属するものであり,原告に帰属するものではないというべきである。そして,博士回答部分は,同博士の一連の発言を録画したものであり,C博士が同部分記載の発言をしたという事実をそのまま伝達するものであるから,伝達の仕方等において原告の思想又は感情が表現されているとみることもできず,原告の思想又は感情を創作的に表現したものに当たらない。
この点に関し,原告は,C博士との質疑応答から,本件映画のテーマにふさわしい部分のみを抜き出し,本件映画の一部とした点に原告の思想又は感情の表現がある旨主張する。しかし,前記2(1)のとおり,著作権侵害を主張するためには,侵害を主張する部分に思想又は感情の創作的表現があることが必要となると解されるのであって,本件インタビュー部分の制作過程において,C博士との質疑応答という素材からどの部分を切り出すかという点に,原告の思想又は感情が表出されているとしても,本件インタビュー部分のみから,上記思想又は感情を感得することはできないものというべきである。
なお,原告の主張は,本件映画の構成として,20:00(20分)から21:05(21分5秒)までの部分に本件インタビュー部分を組み込んだことを著作物性の根拠として主張するものであるとも解される。しかし,前記3(1)のとおり,著作権侵害を主張するためには,当該作品全体に著作物性があるのみでは足りず,侵害を主張する部分が著作物に該当することが必要となるところ,本件映画の構成に原告の思想又は感情の創作的表現があり,著作物性があるとしても,これを,本件インタビュー部分の著作物性の根拠とすることはできない。
() さらに,本件字幕部分についてみると,本件字幕部分は,博士回答部分を原文として,これを日本語に翻訳したものと認められるから,その内容に係る表現は,博士回答部分に由来するものであり,本件字幕部分の創作的表現であるとは認められない。そうすると,本件字幕部分については,博士回答部分の翻訳に当たり,訳語及び訳文の選択において個性の表出の余地があるにとどまり,このような個性の表出が認められる限りにおいて,創作的表現があるものとして著作物性が認められるにすぎないというべきである。したがって,訳語及び訳文の選択の範囲が限定され,個性の表出の余地がないような場合には,そもそも当該表現は原告の創作的表現であるとは認められない。また,被告記述部分に,本件字幕部分と表現において共通する部分があるとしても,同共通部分が,博士回答部分の内容に由来するものであるなど,原告が創作的に表現したものでない部分に係る場合には,被告記述部分は,本件字幕部分の創作的表現を利用したことにならず,本件字幕部分の翻案権を侵害したと評価することはできないということになる。
() 本件字幕部分及び博士回答部分の内容は別紙1のとおりであり,例えば,「戦争という人類の悲劇の時代に」から「よい例だと思います。」までの部分についてみると,「its a sort of (a) classical example」を「歴史的にもみられるよい例だと思います。」と訳すなど,直訳的表現ではなく独自の工夫といえる点が存在し,また,「using it developing something new, and something wonderful 」の部分を「making plows out of sword」の訳部分に組み込み,「剣から鋤(新たな素晴らしいもの)を作り出す」と訳している点についても,表現上の工夫を見出すことができる。また,その他の部分についても,必ずしも博士回答部分の表現をそのまま訳したものではなく,日本語としての分かりやすさ等を考慮して語順を入れ換えた部分などがみられるのであって,本件字幕部分については,訳語及び訳文の選択につき,原告の創作的表現であるということのできる点が存在するものと認められる。
オ 以上のとおりであって,本件インタビュー部分のうち,思想又は感情の創作的表現に当たるものとして著作物性が認められるのは本件字幕部分のみにすぎず,また,その創作性の範囲は上記エでみた範囲に限定されるものというべきである。
カ なお,本件インタビュー部分の著作物性を,原告ナレーション部分,博士回答部分及び本件字幕部分の組合せという観点で検討しても,冒頭に,博士回答部分の基礎となった質問を簡潔に要約したナレーション形式で示し,続けて回答部分を流すとともに,画面上にその日本語訳を字幕形式で流すという構成はありふれたものであり,著作物性は認められない。また,前記前提事実のとおり,本件インタビュー部分は本件映画の一部であり,その中には,原告ナレーション部分,博士回答部分及び本件字幕部分のほか,映像も含まれるものであるが,原告は,原告ナレーション部分,博士回答部分及び本件字幕部分のみを被侵害部分として摘示している上,被告記述部分は文章表現であって,被告記述部分による被侵害部分は言語表現部分のみに限られると解されるから,上記映像部分における創作的表現の有無を加味して本件インタビュー部分の著作物性の有無を検討するのは相当ではない。
(3) したがって,本件字幕部分についてのみ,被告記述部分による翻案権侵害の成否を検討する。
本件字幕部分と被告記述部分を対比すると,両者は,その,訳文としての具体的表現において,大きく異なるものであるということができる。したがって,上記(2)エでみた,訳語及び訳文の選択における原告の表現上の工夫を,被告記述部分から感得することはできず,両部分は,その本質的特徴を異にするものであるというべきである。
この点に関し,原告は,上記部分の表現上の本質的特徴は,C博士が原爆の被害者から得られた何らかのデータがヒトゲノム計画の基礎データとされたことを認めたこと及び同博士がヒトゲノム計画の研究について肯定的態度であることにあり,被告記述部分中の上記部分からも,上記本質的特徴を感得することができると主張する。しかし,上記特徴は,博士回答部分の内容に由来するものであるところ,上記(2)ウのとおり,博士回答部分の内容における創作性は,C博士に帰属するものであって原告に帰属するものではないから,被告記述部分が上記の点において本件字幕部分と共通しているとしても,本件字幕部分の,原告に係る創作的表現を利用したことにはならない。
したがって,被告記述部分の作成は,本件字幕部分に係る原告の翻案権を侵害するものに当たらない。
(4) 以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,被告記述部分の作成は,本件インタビュー部分の翻案権を侵害するものに当たらない。
4 争点(3)(被告記述部分は,原告の同一性保持権を侵害するものか。)について
(1) 著作権法20条に規定する著作者がその著作物の同一性を保持する権利を侵害する行為とは,他人の著作物における表現上の本質的な特徴を維持しつつその表現に改変を加える行為をいい,他人の著作物を素材として利用しても,その表現上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は,原著作者の同一性保持権を侵害しないと解すべきである。
(2)ア 争点(2)に関する当裁判所の判断のとおり,本件インタビュー部分のうち,本件字幕部分以外の部分については,著作物性が認められないから,この部分につき,同一性保持権侵害は問題となり得ない。また,本件字幕部分についても,被告記述部分が本件字幕部分と訳文としての表現において大きく異なるものである以上,被告記述部分が本件字幕部分の表現上の本質的特徴を維持しているものということができないことは,争点(2)に関する当裁判所の判断でみたとおりである。
したがって,被告記述部分の作成は,原告の同一性保持権を侵害する行為に当たらない。
イ なお,原告は,対象となる著作物は本件映画全体であるとも主張するが,被告記述部分は,10行からなる文章表現であって,約24分間にわたる映像作品である本件映画の表現上の本質的特徴を直接感得させるものではないから,被告記述部分の作成が,本件映画に係る原告の同一性保持権を侵害するものであるということもできない。
ウ その他,原告は,被告記述部分が本件インタビュー部分の引用の形式を採っている以上,これを正確に引用するべきであるにもかかわらず,自説の裏付けとするため,これを改変し,意図的に証拠をねつ造したものであり,これにより,原告は,C博士から,インタビューの内容を歪曲したとして責任追及されるおそれがあるし,少なくとも原告とC博士との信頼関係が破壊されることは十分に考えられるとも主張するが,このような事情が同一性保持権侵害の成否を左右するものではない。
5 小括
以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないことに帰着する。
第5 結論
したがって,原告の被告に対する請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

[控訴審]
当裁判所も,控訴人の本訴請求はいずれも理由がないものと判断する。準拠法については,原判決「1 準拠法」に記載のとおりであり,控訴人の主張に理由がないことは,次に示すとおりである。
1 翻案権侵害ないし複製権侵害(争点(2))について
(1) 本件映画は,ノンフィクションを内容とするドキュメンタリー映画であり,その著作権が控訴人に帰属することは,原判決で説示されているとおりであるところ,そのうちの本件インタビュー部分は,控訴人がA博士に対して質問をしたのに対して(本件ナレーション部分),同博士が回答する様子を録画したものの一部分を映画の一場面として採用し(博士回答部分),これに翻訳字幕を付した(本件字幕部分)ものである。
他方,被告記述部分のうち,「広島と長崎の被爆者の,とくに血液データによる遺伝情報を,ヒトゲノムにつなげたというのは,どういうわけですか?」は,A博士に対する控訴人の質問を紹介する記述であり,「おっしゃるように,」から始まるA博士の発言と同様に,かぎ括弧で囲まれている。被告記述部分は,これを全体としてみれば,過去に本件インタビューが行われ,それに対してA博士が回答をしたこと及びその内容を,被控訴人が紹介する態様の記述として,要約して表現したもので,著作物である本件映画を紹介し,それに対する被控訴人自身の思想,感情を記載し表現した体裁となっている。
そこで,両者を著作権法上の翻案ないし複製の有無の観点から対比するに,まず,本件インタビュー部分のうちの控訴人の質問部分と,被告記述部分のうちの控訴人の質問紹介部分とは表現において共通する部分はなく,別個の創作的表現となっていて,その部分において,控訴人の表現上の本質的な特徴を被告記述部分から感得することはできない。被告記述部分のうちの控訴人の質問を紹介する部分はかぎ括弧で括られているが,このかぎ括弧が,本件インタビュー部分における控訴人質問部分を,表現として引用する趣旨で付されたのではなく,その内容を紹介する趣旨に出たものであることは,上記でみたように表現において共通する部分がないことから明らかである。
次に,本件インタビュー部分のうちの本件字幕部分と被告記述部分のうちのA博士発言の紹介部分とを対比すると,両者は,その訳文としての具体的表現において大きく異なり,後者の紹介部分からは,本件字幕部分における訳語及び訳文の選択についての控訴人の表現上の工夫,すなわち本質的特徴を感得することはできず,両者がその本質的特徴を異にすることは明らかである。
そして,被告記述部分において,本件インタビュー部分のうちの博士回答部分を英語で紹介する記載はなく,被告記述部分のうち博士回答部分についての日本語による紹介部分は,被控訴人独自の記述表現であって,博士回答部分の本質的特徴を感得することができる記載ではない。
(2) 著作物について翻案権ないし複製権侵害が成立するには,当該著作物が,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できるものであることが必要である(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決,最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
本件においてこれをみると,(1)で検討したとおり,被告記述部分のうちの各部分とも本件インタビュー部分の本質的特徴を感得できるものではない。被告記述部分を総体としてみた場合も,本件インタビュー部分を要約して紹介する記述表現となっており,本件インタビュー部分の表現上の本質的特徴を直接感得できるものではない。したがって,本件インタビュー部分と被告記述部分とは,表現上の本質的特徴を異にするものであるといわざるを得ず,本件インタビュー部分の著作物性,あるいは著作権の帰属などについて検討するまでもなく,被告記述部分の作成について,控訴人が著作権者であると主張する本件インタビュー部分の翻案権ないし複製権を侵害するものということはできない。
そもそも,控訴人が本件インタビュー部分について本質的特徴と主張するのは,いずれもインタビューの内容面についてであり,表現上の創作性についての本質的特徴というべきものではない。控訴人が,インタビューの内容についてA博士と打合せを行った上で,約30分に亘るA博士の回答部分から約65秒のシーンを選択し,本件映画のテーマに沿う的確な部分を選択していたものであるとしても,被告記述部分は,それを感得できるようなものではない。
2 名誉声望毀損行為の成否(争点(7))について
著作権法113条6項[注:現11項。以下同じ]は,著作者の名誉声望を害する態様での著作物利用行為に対して,著作者人格権侵害行為とみなすものであるところ,前記のとおり,被告記述部分は,控訴人の著作物と表現上の類似性を欠き,元の著作物の創作的表現は感得できないのであるから,控訴人の著作物を利用したとはいえない。したがって,被告記述部分について著作者人格権の侵害は成り立たず,同条項適用の前提を欠いている。また,著作者の名誉声望とは,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価をいい,人が自己の人格的価値について有する主観的な評価は含まれないと解されるところ,被告記述部分に,控訴人の社会的評価を低下させるものが含まれているということはできない。著作権法113条6項の名誉声望毀損行為をいう控訴人の主張は採用できない。
3 著作権に基づかない人格的利益侵害による不法行為の成否(争点(8))について
控訴人は,本件インタビュー部分が控訴人の創作活動の成果物である以上,その内容が第三者により無断で改変されないことにつき人格的利益があり,その侵害としての不法行為が成立する旨主張する。しかしながら,控訴人のそのような利益は,著作権法が規律の対象とする利益と同一であるということができ,保護された利益が共通であるから,著作権侵害ないし著作者人格権侵害が成立しないのに,別途不法行為が成立することはない(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決参照)。控訴人は,人格的利益の内容について,「名誉権,プライバシー権又はこれに類似した人格的利益」とも主張しているところ,名誉権侵害が成立しないことは前記に述べたとおりであり,その他の利益侵害についてはその内容が明らかとされていない。
控訴人は,結局のところ,被控訴人が本件インタビュー部分を正確に引用しなかったことを問題としているものと解されるが,被告記述部分は,本件インタビュー部分における表現を感得できない表現形式で記述したものであり,著作権を侵害する態様の記述とはなっていないのであるから,被告記述部分の作成をもって,不法行為が成立するということはできない。また,控訴人が,被控訴人の行為が,インタビューの内容等について,個人的・社会的・学術的な評価や批判を控訴人に向ける記載態様であり,社会的相当性を欠く旨主張するが,被告記述部分からそのような内容を読み取ることはできないし,控訴人の主張する被控訴人の不当な意図については,いずれも控訴人の陳述のほかに客観的な証拠を欠いており,採用することはできない。
第5 結論
よって,本件控訴及び当審における予備的請求のいずれにも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。