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著作権判例セレクション

【著作権の制限】香港における美術作品のオークションが問題となった事例(改正著作権法47条の2以前の事例)

平成211126日東京地方裁判所[平成20()31480]
() 本件は,絵画等の美術品の著作権者である原告らが,被告においてオークションの出品カタログ等に原告らが著作権を有する美術品の画像を掲載し,また,その一部をインターネットで公開したことにより,原告らの複製権及び原告Aの公衆送信権を侵害したとして,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償の一部として所定の金員の支払を求めた事案である。
なお、被告は,平成20年11月25日,中華人民共和国の香港において「ASIAN Post-War & Contemporary Art」の名称で,現代美術作品のオークションを開催した(本件オークション)。この開催に先立ち,被告は,本件オークションに関連するものとして,「art_icle 2008年11月号(Vol.13)」という無料で配布する雑誌(フリーペーパー)(本件フリーペーバー)「EST-OUEST NEWS 10月発行号」と題する機関紙(本件パンフレット)、本件オークションの出品作品の画像を掲載した2分冊から成る冊子カタログ(本件冊子カタログ)を発行した。

2 準拠法について
(1) 本件における原告らの請求は,我が国に在住する原告らが著作権を有する著作物の画像を被告が複製又は送信可能化したことを理由とする損害賠償請求であるから,このような損害賠償請求権の成立及び効力に関して適用すべき法は,我が国の法と認められる(法の適用に関する通則法17条)。
(2) 被告は,次のとおり主張し,香港法が適用される旨主張する。
本件オークションは,香港で開催されるものであるから,主催会社である被告が日本の会社であるという理由では,カタログを通常の国際慣行とは異なるものにすることはできなかった。
オークション開催地の法律によれば適法であるのに,日本国内での複製や配布が認められないことは,日本のオークション会社が世界ではハンディを負わねばならないことを意味するのであり,そのような解釈は,我が国文化の発展にとっても不利益となり,不当であることは明らかであり,本件オークションにまつわる一連の行為については,その中心的行為がされる地である香港の法を準拠法とするべきである。
(3) しかしながら,複製権の侵害が問題とされている本件フリーペーパー,本件パンフレット及び本件冊子カタログは我が国国内で配布されたことが認められ,かつ,いずれの当事者も我が国国内に住所及び本店を有することからすれば,香港が我が国と比べて明らかに密接な関係がある地であると認めることはできないから,被告の主張する事情は,上記(1)の判断を左右するものではない。
3 争点1(引用(著作権法32条1項)として適法か)について
被告は,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ,本件パンフレット及び本件冊子カタログに本件著作物の画像を掲載したことは,いずれも著作権法32条1項の「引用」として適法な行為であると主張する。
著作権法32条1項は, 「公表された著作物は,引用して利用することができる。この場合において,その引用は,公正な慣行に合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と定める。ここにいう引用とは,報道,批評,研究その他の目的で,自己の著作物の中に他人の著作物の全部又は一部を採録することをいうと解され,この引用に当たるというためには,引用を含む著作物の表現形式上,引用して利用する側の著作物と,引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ,かつ,両著作物の間に前者が主,後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきである(最高裁判所第三小法廷昭和55年3月28日判決参照)。
前記認定事実のとおり,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ,本件パンフレット及び本件冊子カタログの作品紹介部分は,作者名,作品名,画材及び原寸等の箇条書きがされた文字記載とともに,本件著作物を含む本件オークション出品作品を複製した画像が掲載されたものであったことが認められるものの,この文字記載部分は,資料的事項を箇条書きしたものであるから,著作物と評価できるものとはいえない。また,このような上記カタログ等の体裁からすれば,これらのカタログ等が出品作品の絵柄がどのようなものであるかを画像により見る者に伝えるためのものであり,作品の画像のほかに記載されている文字記載部分は作品の資料的な事項にすぎず,その表現も単に事実のみを箇条書きにしたものであることからすれば,これらカタログ等の主たる部分は作品の画像であることは明らかである。本件冊子カタログの作者紹介部分についても,文字記載部分は,単に作者の略歴を記載したものであるから,著作物とはいえず,また,作品の画像が主たる部分であると認められる。
したがって,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ,本件パンフレット及び本件冊子カタログのいずれについても,本件著作物の掲載が「引用」に該当すると認めることができず,被告の主張は採用することができない。
4 争点2(展示に伴う複製(著作権法47条)として適法か(本件フリーペーパー及び本件パンフレットへの掲載に関して )について )
被告は,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ及び本件パンフレットは,本件オークション又はその下見会で本件著作物を展示するに当たって観覧者に本件著作物を紹介するために作成されたものであって著作権法47条の「小冊子」に該当するので,これに本件著作物の画像を掲載したことは適法な行為であると主張する。
著作権法47条は,「美術の著作物又は写真の著作物の原作品により,第25条に規定する権利を害することなく,これらの著作物を公に展示する者は,観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる。」と定める。 このように「小冊子」は「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする」ものであるとされていることからすれば,観覧する者であるか否かにかかわらず多数人に配布するものは,「小冊子」に当たらないと解するのが相当である。
本件フリーペーパーの綴じ込みカタログについてみると,前記認定事実のとおり,本件フリーペーパーは,6万部が発行され,美術館,画廊,コンサートホール,劇場等の場所に備え置かれ無料で配布されていたものであり,その綴じ込みカタログは,本件オークション及びその下見会に参加し本件著作物を観覧する者であるか否かにかかわらず,自由に受け取ることができたものであるということができるから,「小冊子」に当たるものとはいえない。
また,本件パンフレットについてみると,前記認定事実のとおり,本件オークションに参加するためには,本件冊子カタログを3000円で購入して参加申込みをする必要があり,被告会員であっても本件オークションへの参加資格があるわけではないところ,本件パンフレットは,オークションに参加するかどうかに関係なく9000人の被告会員全員に配布されたことからすれば,本件パンフレットについても,本件オークション及びその下見会に参加し本件著作物を観覧する者であるか否かにかかわらず配布されたものということができるから,「小冊子」に当たるものとはいえない。
以上のとおりであるから,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ及び本件パンフレットは,いずれも著作権法47条にいう「小冊子」に該当しないというべきである。被告の主張は採用することができない。
5 争点3(時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)として適法か(本件パンフレットへの掲載に関して))について
被告は,本件パンフレットを配布したことについて,本件オークションが国内オークション会社として史上初めて香港で開催するオークションであるという「時事の事件」を伝えるための報道に当たり,著作権法41条により適法とされる行為であると主張する。
しかしながら,前記認定事実のとおり,本件パンフレットには,「国内オークション史上初,香港オークション開催」の見出しが付けられ,「国内オークション史上初の海外開催となるエスト・ウエスト香港オークション。」との記載があるものの,その他は,開催日時や開催場所に関するものや,本件オークション等の宣伝というべき内容で占められており,被告が「時事の事件」であると主張する初の海外開催という事実に関連する記述は見当たらない。
上記記載の内容に照らすと,本件パンフレットは,被告の開催する本件オークション等の宣伝広告を内容とするものであるというほかなく,時事の事件の報道であるということはできない。被告の主張は採用することができない。
6 争点4(権利濫用の抗弁)について
被告は,原告による著作権の行使は権利濫用に当たり許されないと主張する。
美術品を譲渡するに当たっては,その美術品がどのようなものであるかという商品情報の提供が不可欠であるとして,そのための複製等が著作権者の許諾を得ることなく認められるべきであるとの要請があることはある程度理解することができないわけではない(平成22年1月1日から施行される改正著作権法47条の2では,美術品等の譲渡の申出のための複製等が一定の要件の下に許されることとされている。)。
しかしながら,著作権法は,複製権等が制限される場合を列挙して規定しており,その権利制限規定に該当しない以上,上記のような複製の必要性が認められるからといって,当然に著作権者の権利を制限すべきものとはいえない。
被告は原告らに無断で本件著作物の画像掲載を行ったものであることからすると,本件において,原告らの著作権の行使を権利の濫用であるとするような事情も認められない。
また,被告は,オークションカタログへの無許諾の画像掲載は,確立した国際慣習である旨主張するものの,そのような慣習が存在することを認めるに足りる証拠はなく,また,仮にそのような慣習があったとしても,強行規定である著作権法の規定に反するものであるから,被告が行った複製行為が適法となるものでもなく,また,その複製行為に対する権利行使が濫用となるものでもない。
以上のとおり,被告の権利濫用の抗弁は理由がない。
(以下略)